【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー 作:クスクス
※トレーナー視点
がたり、ごとりと音をたてて列車が走る。
山あいを走る列車の中は人影もまばらで、列車の音だけが響く。
ふたり、並んで座るシートの向こうには、まだ枯れたままの木々が続いている。
葉を落とした枝々は、空に向かって静かに手を伸ばしているようだった。
まるで墓標のように見える剥き出しの姿、その中に春の生命を秘めて。
そんなとりとめのない事を思いながら車窓の景色を眺めていた。
私の肩に身を預けるサンデーの重さを感じながら。
起こさないように気をつけて、サンデーを見る。
華奢でまるでビスクドールのような静謐な美。
そして…穏やかで幸せそうな寝顔にどこかくすぐったさを感じる。
「…髪がかかってる」
そう呟いて、私はそっと彼女の額から前髪を払った。
指先に触れた髪は絹のように柔らかく従順だった。
その瞬間、彼女のまつげが微かに揺れる。
「ん…」
サンデーがゆっくりと金の瞳を開く。
透き通るような白い肌にほのかに血の色が通いはじめる。
彼女の瞳が私の視線をとらえ…きらきらと輝く。
「起こしてしまったかい?サンデー。まだ少し時間はあるよ」
サンデーが微笑んで軽く伸びをする。
それから窓から流れてくる空気を味わうように匂いを嗅ぐ。
「…春の香りがします」
彼女は満足そうな声でつぶやく。
私も真似をして空気を嗅いでみるが…山の澄んだ空気以上のものを嗅ぎ取る事はできなかった。
そんな私を見てサンデーはくすりと微笑むと…
「ウマ娘でないとわかりませんよ…私が、教えてあげます。これから…ずっと」
私の耳元で甘く囁く。
私は彼女の髪を乱さぬよう気をつけながら、彼女を軽く撫でた。
「ありがとう。サンデー…ところで」
彼女が心地よさそうに目を細める。
それを確認して、私は言葉を続けた。
「そろそろ旅館の名前は教えてくれてもいいんじゃないかな?」
そう。今回の旅行はサンデーが手配してくれたが、旅館の名前すら教えてもらっていない。
切符は都度サンデーから渡されるし、このローカル線もどこどこの駅を過ぎたら起こすようにと指示は受けたが、正確な降りる駅は秘密…とまるでスパイ映画の潜入作戦のようだ。
決してサンデーの手際に不安があるわけではない。
しかし、遠征の手配はいつも私の役目だったから…どこか宙ぶらりんな気分なのも事実だった。
そんな私にチェシャ猫の笑みを浮かべて答える。
「駄目です…あなたに教えたらあなたは旅程を考えるのに夢中になってしまいますから」
図星を突かれて私は少し言葉に詰まる。
実は切符を渡されてから降車駅の候補を割り出して旅館の特定を試みたが、今ひとつ絞り切れなかった。
だから、旅館の名前を聞いて周囲にサンデーが興味を持ちそうな観光地や名産がないか調べようと思ったのだが…
「いいんです。今日は私に全部まかせてください…そのかわり」
サンデーが甘えた声で身体をすりよせてくる。
そして私の手を取って彼女の髪に導く。
「その分…たくさん可愛がってください」
蕩けた甘やかな声。
尻尾も緩やかに大きく振られている。
私は苦笑して…ありがたく大役を拝命することにしたのだった。
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※トレーナー視点
駅から降りて少し離れたところにその旅館はあった。
外観は質素なほどに落ち着いていて、周囲の自然にすっと溶け込んでいる。
木と白壁のバランスが美しく、目立つ看板も暖簾もない。
けれど、その静かな佇まいの中に、手間ひまのかかった品の良さが滲んでいる。
小さな石庭には苔が瑞々しく広がり、手入れされた山野草が静かに季節を告げていた。
窓越しに見えたラウンジには誰の姿もなく、音もない。
あたかも、この建物には違う時間が流れているように感じられた。
ずいぶんと…なんというか贅沢だな。
ウマ娘のアプリではもう少しカジュアルなイメージだったのだが。
困惑する私を後目にサンデーは迷いなく進んでいく。
旅館の扉が静かに開くと、和服姿の妙齢のウマ娘が一歩踏み出して丁寧に頭を下げた。
そのまま館内のラウンジに丁重に案内され、チェックインの手続きを行う。
ここでもサンデーが自分でやると主張するので、彼女に任せて館内を見回す。
落ち着いた檜の香り。
磨き込まれた床が柔らかく光を反射し、窓際には控えめに生けられた花が揺れている。
そして…さりげなくあちらこちらにここを訪れたウマ娘の揮毫が飾られている事に気づいた。
シンザン、クリフジ…伝説の名バの名もあり感心していると、ある見慣れた言葉を見つけた。
『一心同体』
…まずい。
頭の中で警報が鳴り響く。
私がその書を注視していることに気づいたのか、従業員のウマ娘が解説をしてくれる。
「その書はメジロ家のメジロアサマ様の書です。新婚旅行で当館を訪れて大層気に入ってくださったそうで…ご贔屓にしていただいております」
…聞きたくなかったな。
いや、落ち着け。
例えメジロ家ご用達であったからなんだというのか。
メジロ家が色ボケというのは悪しき風潮…!
「なにしろ…当初1泊だけの予定を何度も伸ばしていただいて…最終的には1週間も泊まっていただきました。当館の名誉、誇りでございます」
…血は争えない。さすがあのマックイーンの祖母ということか…!
まあいい。旅館がどうあろうと私が節度を持てばいいだけのこと。
幸い温泉旅行券は一人一室。
間違いが起きることもあるまい。
覚悟を新たに注意を戻すとサンデーが宿帳に記載を終えたところだった。
「サンデー…温泉旅行券を」
軽くサンデーを促すとサンデーが頷き、バッグから温泉旅行券を取り出し…そのまま破り捨てた。
温泉旅行券だったものが机に散らばるのを眺めて呆然としていると…
サンデーが悪戯な笑みを浮かべる。
「偶然や…運命なんて嫌いです。私自身でつかみ取ったものでなければ」
その様子を平然と見ていた従業員のウマ娘は静かにサンデーから宿帳を受け取る。
さりげなく別の従業員がサンデーに旅行券の残骸を片付けていいか尋ね、速やかに処理される。
プロの手際だ…いや、そんな事よりも温泉旅行券を破ってしまってどうするのだろうか!
焦る私に、従業員のウマ娘は冷静に告げた。
「サンデーサイレンス様からは2名1室でご予約を承っております。また当館では温泉旅行券の取り扱いはございませんので」
してやられたか。
頑なに旅程を教えてくれなかった理由も腑に落ちる。
初めから温泉旅行券の旅館に行くつもりはなく…サンデーの自分で予約した旅館に連れてこられていたのか。
ちらりとサンデーを見ると勝ち誇った顔でこちらを見ている。
無邪気な喜びにみちた顔。
サンデーの尻尾は、列車の中と同じように満足げに揺れていた。
しかし…サンデー。君にはわかっているのだろうか。
私にだって欲望はあることを。
私は内心溜息をついて…試練に備えるのだった。
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※トレーナー視点
夕食後、一息ついた後。
窓の外はもうすっかり暮れていて、山の輪郭がぼんやりと闇に沈んでいる。
すでに部屋の中には布団が二つ並べて敷かれていて。
「そろそろ…お湯に入りませんか?」
サンデーが湯籠を並べながら私に問う。
先ほどまでの弛緩した穏やかな時間がにわかに緊張感を帯びる。
大浴場がこの旅館にない以上、部屋風呂に入らざるをえない。
しかし…
葛藤する私にサンデーが静かに笑っていう。
「一緒に入りますか?…私は構いませんよ…?」
口調こそ穏やかだが、その金の瞳が熱情に輝いている。
尻尾が誘うように揺れている。
おそらく…ここで断っても彼女は後から入ってくる。
その確信はあるが、はじめから一緒に入ることを認めるわけにはいかなかった。
「じゃあ、先にいただこうかな」
私は苦笑して、サンデーから湯籠を受け取る。
「はい…ごゆっくりと」
愉しそうに尻尾を揺らしながらサンデーが答える。
獲物の血の匂いを嗅ぎつけた猟犬のように。
危険な輝きを帯びる瞳を見せつけながら。
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※トレーナー視点
湯煙が周囲を満たす。
涼やかな空気の中に満点の星空と満月が浮かんでいる。
本来はマナー違反ではあるが…タオルを腰に巻いたまま、露天風呂の中にゆっくりと身を沈める。
乳白色の湯の蕩けるような感触を楽しみながら身体を伸ばすと疲労も張りつめた緊張も溶けていく。
彼女は来るだろうか。
ゆったりとした気持ちで考える。
サンデーが何を求めているかはわかっている。
愛する人に求められる事は素直に嬉しい。
とはいえ、できれば結婚してからにしてあげたい。
何よりも大切な恋人なのだから。
そこまで考えたところで、脱衣所のドアが開く音がして…それからかけ湯をする音が響く。
私は静かに目を閉じた。
やがて、微かな足音、身体を湯に沈める音。
「来て…しまいました。私を…叱りますか?」
静かだが、わずかにはにかんだ声。
私はくすりと笑って告げる。
「悪い子だね…サンデー」
その声に彼女も少し笑って…私に身体をすりよせてくるのを感じる。
肩と肩が触れ合って、彼女の手が私の手を探り当て、握りあう。
そして二人静かに温泉を楽しむ。
ともに乳白色の湯の中で溶け合うような感覚。
だが、やがて彼女の手が離れ、彼女が身を起こす気配を感じる。
咄嗟に彼女の手を追おうとして…
そして甘く密やかな声で囁かれる。
「ねえ…。目を開けて、見てください」
その声に誘われて目を開いてしまう。
「きれいだ…」
思わず声が漏れる。
美しい…そう思った。
白銀の月光に照らされた彼女の肢体を。
何一つ隠さないで、静かに私の前に佇む彼女を。
まるでその姿が旧い神話の女神のようで。
思わず私も身を起こした。
そんな私を見て、彼女は静かに微笑むと、誘うように後ろに下がろうとして…バランスを崩した。
ばちゃん。
そんなやや間の抜けた水音が響き。
ばちゃばちゃと溺れるサンデー。
「サンデー!?」
咄嗟に私は彼女を抱きあげていた。
私の腕の中で少しむせる彼女に外傷がない事を素早く確認する。
良かった。無事だ。
水を少し飲んだくらいのものだろう。
そして安堵に胸をなでおろしたところで…至近距離から彼女の金の瞳を見る。
そして、抱き上げている彼女のここちよい重さと肌の滑らかさを感じる。
改めて愛おしさがこみ上げると同時に裸の彼女を抱いている事にきまり悪さを感じ…彼女に声をかけた。
「サンデー…無事でよかった。降ろして大丈夫かな?」
サンデーは私の腕の中で、浅く息を整えながらこちらを見つめていた。
息がかかるほどの距離。
彼女の腕がゆるやかに持ち上がり、私の首に回される。
「……もう少し、このままで」
小さく囁いたサンデーの唇が、そっと私の唇に重なった。
抱き寄せる腕の力が、自然と強まる。
湯煙の中で、私たちは言葉を交わすことなく、想いを伝え合った。
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※トレーナー視点
脱衣所で浴衣を着る。
あの後少し恥じらった様子のサンデーから『先に着替えます…私が呼ぶまで待ってください』と言われ、彼女が着替え終わるのを待っていたのだ。
乙女の羞恥心というのは中々複雑なものだな…と微笑ましく思いながら部屋に戻ると、勝負服姿のサンデーが布団にしどけなく座っていた。
黒く艶やかな勝負服。何者にも塗りつぶされない色。彼女を象徴する服。
だが、どうして。
呆然とする私に、サンデーが切なく濡れた瞳を向ける。
「今日は…私の全てを捧げます。だから…この衣装で。私の魂ごと愛してください」
その声は決意に満ちていたが…微かに震えていた。
私は静かに彼女に歩み寄ると腰を落として彼女と視線を合わせる。
勝負服にネクタイピンが輝いている。
私達の愛の証。
サンデーの一途な愛情に輝くそれを見て、私は一瞬目を閉じた。
責任。良識。
トレーナーとしての鋼の意思。
しかし、それをもってしても。
今のサンデーを愛したいという思いには抗えないのだった。
悪い男だな。私は。
自嘲する。
責めは後でいくらでも負おう。
だが、今だけは。
そっとネクタイピンに触れる。
サンデーは静かに私を待っていた。
優しくネクタイピンを抜き取り、そっと置く。
「全てもらう。いいかい?」
サンデーの瞳から静かに涙が一筋零れ落ちて…
それから彼女は微笑んだ。
「はい。私はずっと…あなたが私を見つけてくれた時から。楽園へと共に歩んでくれた時からずっと…あなたの猟犬です」
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
1年もたってから番外編を始めたので、読んでいただけるか不安だったのですが皆さまから温かい感想や評価をいただき本当にありがとうございます!
そのおかげで番外編も完結させる事ができました。
精一杯書きましたので皆様に楽しんでいただけるものになっていればこれほど嬉しいことはありません。
それではまたどこかでお目にかかれれば幸いです。