【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー   作:クスクス

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祝祭/The first step

そこは祝祭の空気に溢れていた。

G1当日、会場を埋め尽くす群衆。

あちこちで笑い声があがり、推しのウマ娘を巡って激論を交わしたり、新しいスターウマ娘になる娘のグッズを買おうとする者ありと思い思いの過ごし方でこれから始まるレースを待っている。

老若男女問わず、皆一様に興奮してこれから始まるドラマへの期待に胸を膨らませていた。

 

そしてその空気はここ…パドックに出る前のウマ娘たちの控室にも満ちている。

一世一代の晴れ姿。

華麗な勝負服のウマ娘達が興奮で上気した顔をして幸せそうにトレーナーと話したり、記念写真を撮ったりしている。彼女たちは今まさに夢の舞台への第一歩を踏み出したところなのだ。

自分達の輝かしい未来を微塵も疑わない幸福な顔。

 

残酷なものだ。

それを傍らに見ながら歩みを進める。

ここにいるウマ娘は皆、新馬戦から続くレースで好成績を収めたウマ娘達。

敗北を知らず、己の栄光がどこまでも続く事を疑った事もないだろう。

だが、今日勝てるのは一人だけ。

それ以外のウマ娘は憧れ続けた夢の舞台で、幻想が崩れ去るのを味わう事になる。

彼女がそれを味わう側にならない事を祈るばかりだ。

 

そんな事を考えていると、そんな喧噪から離れ一人たたずむ私の愛バの姿が目に入る。

漆黒の衣装に身を包んだ彼女は、この雰囲気とは無縁の別種の空気をまとっていた。

猫科の肉食獣のような野生。

獲物を狩る肉食獣の陶酔と飢えが彼女の金の瞳に溢れ、烏の濡れ羽色の髪は控室の頼りない照明の中でもほの青く見えるほど艶やかだった。

サンデーサイレンス。

 

彼女は私に気づくと全く重さを感じさせない軽やかな歩みで私の前に立った。

 

「トレーナーさん…こちらを」

 

彼女の手には私が贈ったネクタイピンが握られている。

そのまま彼女は愛おしそうに私のネクタイを手に取ると慣れた手つきでネクタイピンをつけてくれる。

私のネクタイにつけられたネクタイピンの輝きを金の瞳がとらえ、満足そうに細められる。

 

「ありがとうサンデー…」

 

微笑んで彼女に礼を言った後、何を言うべきか迷い、言いよどむ。

勝負服はウマ娘自身を象徴するもの。

それを着て走るレースは…彼女たちの魂の在り方を示すものでもあるのだ。

 

「私がここで生きていると証明するものを」

 

勝負服を作った時の彼女の台詞が脳裏によみがえる。

生きていることの証明。

まだ年若い身でその発想に至るからにはおそらく…彼女には過酷な過去がある。

そんな彼女を、自身の存在証明をかけた戦場に送り出すに足る言葉を…私は持っていない。

 

”無理をしないで自分らしい走りを””気負わずに走ればきっと勝てる”

 

どれも違う。

事前に用意していた言葉がいかにも軽薄に感じられる。

彼女は静かに私の言葉を待っている。

ああ、彼女の金の瞳は微塵も揺らがないのに。

その瞳に映る私が怯えていた。

瞳の中の弱弱しい私に彼女がつけたネクタイピンだけが静かに輝いている。

 

結局これだけが確かなものという事か。

そんな自分を情けなく思いつつも、そっとネクタイピンを示す。

 

「これを君に着ける時を楽しみにしている…だから」

 

そこまで言ったところでパドックの時間を告げるブザーが鳴る。

もう一刻の猶予もない。

思わず衝動のままに彼女の肩を掴んでしまう。

 

「だから勝て!サンデーサイレンス。君は私の愛バだ!最強のウマ娘だ!」

 

彼女の美しい金の瞳の中に私が見える。

激情に歪んだ獣のような顔。

我ながら醜いな…と独りごちる。

こんなはずではなかったのに。

もっと大人としてスマートに送り出してあげたかったのだが。

そんな私に彼女が嫣然と笑いかける。

 

どこか非人間的な獰猛さを感じさせる笑み。

彼女がこんな風に歯を見せて笑うのを見たのは初めてかもしれない。

それでも彼女は美しかった。

 

「誓います…勝ってあなたの元に戻ってきます」

 

彼女を見送って観覧席へと移る。

恥ずかしい話だが、パドックの様子は全く目に入っていなかった。

もう祈る他はない。

彼女を担当してから片時も彼女を想わなかった時はない。

それでも…私は全身全霊を尽くしたといえるだろうか。

振り返るだけでも無数の無駄や改善すべき点、失態が思い出される。

 

軽々とG1を取らせるアプリのトレーナーのような才能は私にはない。

結局は…彼女を信じるしかない。

これまで過ごしてきて彼女の素質は本物だと知っている。

凡人の私の指導が彼女の素質を損なわなかった事をただ祈る。

 

やがてレースが始まる。

大歓声の中を走り出すウマ娘達。

サンデーサイレンスはまるで豹のようにしなやかにスタートを切った。

先頭争いから抜け出して、好位置をキープしている。

ここまでは作戦通り。

 

ああ、それにしてもウマ娘のレースというのは…なんと華麗で美しく、そして残酷なのだろう。

声援の中で。

歓声の中で。

夢が、憧れが、未来が死んでいく。

 

サンデーの後方にいるバ群の中のウマ娘の一人を見やる。

14番。

逃げを持ち味とするウマ娘で警戒すべきウマ娘の一人だったが…

スタートで出遅れてバ群の中に沈んだ。

ああなってしまっては彼女に勝ちの目はないだろう。

 

哀れに思うが、気持ちを切り替えてサンデーを見る。

一見荒々しいが、獣のように柔らかで無駄のない走り。

彼女の走りに呑まれて周囲のウマ娘もペースを上げるが…

 

一人。また一人と脱落していく。

彼女に喰われたなと思う。

彼女達の夢も希望も喰らって黒い獣…サンデーサイレンスは加速する。

最終コーナーを前にして、先頭集団で残っているのはサンデーと8番だけだった。

8番が猛然と加速してサンデーの前に出る。

最後の勝負に賭けようというところか。

 

だが。

8番がコーナーで減速したところでサンデーが緩やかに加速して追い抜く。

8番が驚愕に目を見開くのがわかる。

サンデーサイレンスの天性のセンスとたゆまぬ努力で身に着けた柔軟な筋肉のなせる業だ。

 

 

最終直線に入り、サンデーサイレンスの金の瞳が私を捉える。

彼女としっかりと視線を合わせる。

 

そうだ。

君の生命を。

君が確かにここに存在している事を高らかに証明してほしい。

今日勝つのは…サンデーサイレンス。君しかいない…!

 

彼女が頷くとさらに加速する。

瞬間、観客の大声援も何もかもが後景に退いていくように感じられる。

この世界にいるのは私と彼女だけ。

そんな音の無い世界を彼女は駆け抜けて。

 

「サンデーサイレンス今一着でゴールイン!他を寄せ付けません!」

 

そして音が戻ってくる。

観客の大歓声。

 

走り終えた彼女の元に向かう。

約束を果たすために。

 

いまだ鳴りやまぬ歓声の中で彼女は私を待っていた。

その透き通るような肌を上気させて。

 

「トレーナーさん…私勝ちました…!約束通りに…!」

 

「君が勝つと信じていたよ」

 

彼女にしては珍しい弾んだ声を微笑ましく思いながら、彼女のネクタイにネクタイピンを着ける。

この上なく大事なもののようにそれを見つめる彼女を見ていると、買ってよかったと思える。

あのブランドの品がそんなに気に入ったのなら今度別の品をプレゼントするのもいいかもしれないな。

そんな事を考えていたが…ふと以前言った言葉を思い出す。

 

G1で勝ったらきっと皆が君の脚の美しさに気づくだろうと…

今がまさにその時ではないだろうか。

サンデーの名を呼ぶ観客を見ながらそう思う。

まあ、厳密に言うと脚の事だけではないだろうが…やむをえまい。

サンデーサイレンスは全てが美しいウマ娘なのだから。

 

サンデーの傍らに立ち、優しく彼女の肩に手を置く。

 

「…?トレーナーさん?」

 

「以前、言った事を覚えているかな…G1で勝ったら誰もが君の脚を認めるだろうと。いや脚だけじゃない。今日の走りで君は君の在り方を示した。皆それに魅了されているよ」

 

観客席を私が手で指し示し、サンデーがその金の瞳を向けると会場が一瞬静まり…そして祝福の声が爆ぜた。

サンデーサイレンス。

誰もがその名を讃えている。

祝福の中で感極まる彼女を微笑ましく見ていると突然彼女が私に抱き着いてくる。

 

「トレーナーさん…私…もっと勝ちます!あなたとならきっと”楽園”に…!」

 

彼女の涙が肩を濡らすのを感じながら彼女を抱き返していいものか迷っていると…

会場からブーイングが起きる。

ふざけるなよ!トレーナーとウマ娘とはいえ、年頃の少女だぞ!

そう抗議したくなるが、考えてみれば彼女は米国のウマ娘。

ハグぐらい普通の挨拶かもしれない。

そう自分を納得させると彼女をしっかりと抱き締める。

かけがえのない尊い重さと温かさを感じる。

それと同時に観客席からの歓声。

 

…ウマ娘ファンというのはやはりちょっと変人が多いのかもしれない。

そんな頭痛を覚えつつも祝福される彼女の姿に幸福を噛み締める。

彼女のG1初勝利はそんな幸福の中で幕を閉じた。

 

 

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※サンデーサイレンス視点

 

『この子はもう助からないよ』

 

…待って。行かないで。私はまだ生きています。

 

『この子ももう二度と走れないね』

 

…違う。まだ走れます。だって私はまだ生きているのだから。

 

 

私を苛む呪わしい過去。

その呪わしい過去はどんな時も心の奥底から囁きかけてくる。

私が生きていると証明しなければ見捨てられて、死んでしまう。

ウマ娘として生きていると証明するには走るしかない。

走れなくなってしまったみんなのためにも。

 

その呪わしい声が、トレーナーさん…あなたといると薄らぐんです。

あなたがどんな時も私を見ていてくれるから。

この人は決して私を見捨てないと思うから。

あなたは誰にも見出されなかった私の手を取ってくれて、祝福される場所まで連れてきてくれました。

 

あなたの愛の証のネクタイピンを着けて、あなたに抱きしめられながら祝福を浴びている時、呪わしい声が聞こえなくなっているのを感じたんです。

 

やっぱり私は…間違っていませんでした。

二人で無数の勝利を積み重ねた先に、きっとこの声の届かない”楽園”がある…!

 

このG1は最初の一歩。

楽園にたどり着くその日まで。

どうか私を離さないでくださいね。トレーナーさん。

 

 




サンデーを苦しめる声というのは史実で病気で死にかけたのと馬運車の事故でサンデーサイレンス以外の同乗していた馬が全て死亡して、サンデー自身も重症を負った話が元ネタです(声の内容は彼女のトラウマで、関係者を批判する意図はありません)
ウマ娘世界だと事故の方は皆一命はとりとめたけど走れなくなったぐらいで…

書き溜めがなくなってしまったので次は少しだけ時間が空くかもしれません。
次はイージーゴアの回(本人はまだ出ません)かクリスマスかお正月回で箸休めをするかちょっと考えています。
結構重い話で疲れたので軽くイチャイチャする回を挟みたいなあと…

感想や評価をたくさんいただいてびっくりしています。
本当にありがとうございます。
執筆の励みになっています。

彼女とトレーナーさんは果たして楽園にたどり着けるのか。
ぜひ見届けていただければと思います。
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