【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー   作:クスクス

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前哨戦/燃え上がる愛

サンタアニタダービー。

ケンタッキーダービーへの登竜門の一つであり、有力なウマ娘達が集まるレース。

私達が選んだのはそんなレースだった。

彼女の夢、米国3冠に挑むにはまずこのレースに勝利する必要がある。

 

それがプレッシャーにならないか心配したのだが、彼女はいつもと同じように平然としていた。

そんな愛バの様子を頼もしく思いながら、彼女をレースへと送り出す準備をする。

 

サンデーが以前と同じように愛情のこもった動きで私にネクタイピンを着けてくれる。

何事も二度目からは慣れるというが、彼女の愛はいつも私の胸を打つ。

早めに慣れたいものだ。

でないと…私の心臓が持たない。

 

そして、ネクタイピンを付け終えたサンデーが静かに私から離れる。

漆黒の勝負服。そして、さらに艶やかさを増したように思う黒髪。

精巧な人形のように整った顔の中の金の瞳が私の言葉を待っている。

その瞳には以前のような酷薄な肉食獣の飢えと、それに加えて、穏やかだが確かな愛の灯が燃えている。

 

「行っておいで。サンデー。私の愛バ。君の祖国で、君の存在を人々に思い出させよう」

 

儀式めいたやり取り。

だが、これが彼女を戦いの場に一人送り出さなければならない私にとって慰めとなっていた。

彼女が静かに微笑む。

 

「はい…それに私の国の人々にもトレーナーさんと私を祝福してもらいたいですから」

 

ん?「私の国の人々”にも”」?

とても気になるフレーズがあったような気がするが…

 

それを追及する前にパドックの時間を告げるブザーが鳴る。

彼女は名残惜しそうに身を翻すとパドックに向かっていく。

 

「行ってきます」の言葉を残して。

 

まあ、多分大丈夫だろう。

前回は初のG1で感極まっただけの事。

 

だが、私はこの判断を後で悔やむ事になるのだった。

 

 

 

────────────

 

 

 

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────────

 

 

レース終盤。

 

私の中の黒い怪物が吼えている。

口元に肉食獣のような笑みが浮かぶのを止められない。

 

私の狩場。

コーナーがまもなく近づいてくる。

 

普通のウマ娘がスピードを落とさなければならないところで。

私はほとんど減速せず、それどころか加速する事すらできる。

 

…ああ、なんて容易い狩りなんでしょう。

前を走るウマ娘の姿は疲労が濃い。

その姿は、まるで肉食獣から逃れようとする兎のようで。

 

喰らってあげます。

私とトレーナーさんが楽園に行くために。

 

最終コーナー。

私は加速して外から一気に彼女をまくる。

 

ちらりと後方の彼女を見ると、先ほどまでぴたりと肉薄した私の気配が消えた事に安堵していた彼女の顔が驚愕に染まるのが見える。

 

喰った。

それで黒い怪物の私は満足し、爪をしまって眠りにつく。

だけど、今日の私の中には炎が燃えている。

私とトレーナーさんの愛の炎が。

その炎が私の脚を駆り立てる。

 

そのままトレーナーさんを探す。

会場を埋め尽くす何千何万の人。人。人。

 

でもその中でもあなたの事はすぐに見つけられた。

私の事だけを見つめる一途な視線。

思わず頬が緩んでしまう。

 

あなたのもとに早く行きたくて、思わずコースを外れそうになったのを慌てて修正。

 

そして、会場を埋め尽くす群衆に向かって心の中で呼びかける。

 

…私は戻ってきました。

トレーナーさんと一緒に。

そして見てほしい。

 

トレーナーさんと私の愛を。

 

私の中の炎が溢れ、会場を呑みこみ、遥かな楽園までをも焦がす様を幻視する。

 

その衝動のままに私はゴールへと駆け込んで…見れば後続は遥か彼方。

11バ身差。

…そんな大差で私はレースを制し、楽園への2歩目を踏み出したのでした。

 

私の走りに圧倒されて沈黙していた群衆が魔法から覚めたように我に返り、私の名を呼ぶ。

割れんばかりの喝采。

 

そして…私の愛しい人がやってくる。

私の大好きな笑顔で。

 

見てください。あなたの猟犬の獲物を。

そして覚えてください。私の国の祝福の味を。

 

誇らかに胸を張る。

そんな私の髪を優しく撫でて、あなたは私にネクタイピンを付けてくれる。

 

愛の証が私の胸の上で輝き、幸福が私を満たします。

 

そして…トレーナーさんの瞳をじっと見つめる。

私の瞳にトレーナーさんは何かを感じとった様子で。

 

「サンデー?まさか…」

 

でも。もう遅いですよ。

トレーナーさんに抱き着く。

 

貴方の腕の中。私が世界で一番安らげる場所。

そこで祝福を堪能する。

 

私を抱き締めながらも葛藤している様子のトレーナーさんの耳元でそっと囁く。

 

「…慣れていただかないと困ります。だってこれから何度も私は勝つのですから」

 

ますます苦悩を深めるトレーナーさんに私は悪戯に笑うのでした。

 

 

楽園への鍵は手に入れました。

後はもう扉を開けるだけ。

 

 




恋を叶えた女の子は最強。そうは思いませんか?
そして…サンデーサイレンスは言葉よりも彼女の魂の場所たるレースでその愛を示すのではないかと思います。

次回はケンタッキーダービー。
「Run for the roses」の華やかな異名を持つレースで、宿命のライバル、イージーゴアと初めて対決します。
この小説における前半のクライマックスといえるお話になりますので、ぜひお読みいただければと思います。
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