【完結】マンハッタンカフェのそっくりさんをスカウトした転生トレーナー   作:クスクス

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Run for the Roses

 

Run for the roses。

その華麗な異名はレースに勝ったウマ娘に薔薇の花束が贈られた事に由来する。

ケンタッキーダービー。

ダートの最高峰のアメリカ。その中でも頂点に位置するレース。

生涯にたった一度のレース。

 

当然、人気も凄まじい。

会場には数十万人が押し寄せるし、TV中継や配信も含めれば数億人が視聴する。

 

そんなレース場に降り立った私達を迎えたものは、イージーゴアを待望する観客たちだった。

まるで戴冠式に臨む王女を待つ臣民のように。

新しい女王の登場を心待ちにしている。

 

サンデーはサンタアニタダービーで鮮烈に勝利した事で2番人気ではあるものの、あまり注目されていないようだ。

もっとも…それは私からすれば色々な意味でありがたかったりするのだが。

 

そんな喧噪の中、パドック前の控室でサンデーは瞑目している。

その様は何かに祈りを捧げているかのようで。

静謐な美しさがあった。

 

そんな彼女を邪魔しないよう、私は傍らで見守る。

3冠のうちの1冠。通過点に過ぎないとは言いつつも、このレースには思い入れがあるのかもしれない。

 

彼女が目を開けるとネクタイピンを手に私の元に近寄ってくる。

そして、愛をこめて付けてくれる。

言うべき事は初めから決めていた。

 

「このレースは最高のウマ娘を決めるレースだ。なら、勝つのは私の愛バ…サンデーサイレンスだ」

 

彼女が嬉しそうに微笑んだ時、彼女の後ろから長身のウマ娘とトレーナーがやって来るのが見えた。

私が視線を彼女の後ろに向けた事にサンデーが不服そうな顔をする。

 

「やあ、お邪魔だったかな?」

 

陽気だが穏やかで聞くものを安心させる声。

輝くような金髪に丁寧な仕立ての青いスーツを一分の隙もなく着こなした若い男は、どこか騎士を思わせる。

 

「僕のお姫様が君たちに挨拶したいって聞かなくてね…僕はイージーゴアのトレーナー。そしてこちらが僕の愛バ、イージーゴアだ」

 

「もう!トレーナー…!お初にお目にかかります。イージーゴアと申します」

 

おとぎ話から抜け出して来た王女。

そんな印象を持たせる美しいウマ娘。

自分のトレーナーにお姫様とからかわれた事に可愛らしく怒りをみせるが、すぐに天真爛漫な笑顔で私達に挨拶をする。

 

私も自己紹介してイージーゴアのトレーナーと握手を交わしたのだが。

サンデーは完全にイージーゴアの事を無視している。

脚が床を苛々と叩いているところを見るに、私との時間を邪魔されて相当気が立っているな…

 

だがイージーゴアは、サンデーの非礼をあまり気にしていないようだ。

 

「私…貴方と走れると思うと胸が躍って…!ずっとこの日を心待ちにしていましたの。きっと二人なら楽しいレースが出来ますわ!」

 

そう言って手を差し出す。

だが、サンデーは反応せず金の瞳でじっと彼女を見つめていたが…やがて口を開く。

 

「ええ…私も楽しみにしていましたよ。イージーゴア。あなたを打ち負かす事を」

 

「まあ…!でも私も負けませんわ!私も「セクレタリアトの再来」と言われるウマ娘ですもの!」

 

サンデーの挑発的な台詞にも関わらず、かえって目を輝かせるイージーゴア。

その様はまるで初恋の相手に出会った乙女のよう。

だが、サンデーは冷めた目でイージーゴアを見ていた。

 

「いいえ…勝てませんよ。レースは楽しむものじゃない。戦いなんです…それがわからない限り、あなたは私には勝てない」

 

サンデーサイレンスから黒い殺気が立ち上る。

その殺気にあてられてイージーゴアが戸惑った表情を見せる。

きっと彼女にとってはこんな反応をされるのは初めてなのだろう。

 

私はイージーゴアのトレーナーに視線を送る。

彼も了解したようすで、さりげなくサンデーとイージーゴアを遮るように立つと穏やかに微笑む。

 

「さて…あまり邪魔をしてはいけないな…私達はこれで失礼するよ。良いレースを」

 

そしてイージーゴアを連れて去っていく。

 

去っていく彼らを嗜虐的な瞳で見ているサンデーをたしなめるが…全く意に介した様子がない。

 

「敵のところに来るほうが悪いんです…そして対面してわかりました。イージーゴアは私の相手にはなりません」

 

叱るべきかどうか悩んだが…私は結局そのまま彼女を送り出す事にした。

イージーゴア陣営には悪いが、今日のレースではサンデーの闘争心が役立つかもしれない。

 

私はサンデーに甘すぎるな…そう思いつつ観客席に上がる。

すると、先ほどの騎士のような男が立っていた。

イージーゴアのトレーナーはレース場の様子を見ながら私に話しかけてくる。

 

「酷い天気だな…それに馬場の状態も悪い…少し話さないか。サンデーのトレーナー」

 

彼の求めに応じ、まずはサンデーとイージーゴアを引き離してくれた事に感謝する。

 

「いや、気にしていないよ。彼女にはきっと良い刺激になる…彼女にあんな態度を取る娘はいなかったからね」

 

彼は鷹揚に笑って続ける。

 

「君たちのサンタアニタダービーの映像を見させてもらったよ…あれを見て確信した。サンデーサイレンスはイージーゴアの最大の敵になる」

 

そこまで言って彼は目を細める。

 

「あのスピード。コーナーリングの巧みさ。そして何より君との絆。今日、実際にこの目で見て、やはり僕は間違っていなかったとわかった。だが、より興味を引かれたのは…君だ。君からは野心を感じない」

 

野心?どういう意味だろうか。

 

私の問いに彼は少し驚いたような様子を見せる。

 

「今日のレースは、アメリカで最強のウマ娘を決めるレースだ。そこで勝利するウマ娘を育てられたならトレーナーとしての名声は揺るぎないものになる。勝利に伴う賞金。名家や有望なウマ娘を担当する権利…トレーナーとしてそそられないか?」

 

ああ…そんな事か。

興味がない。

私個人の栄達など。名誉も。賞金は…人並には欲しいが。

 

私が興味があるのは、サンデーサイレンス。不器用で、誰よりも頑張り屋で、暗い道の中をずっと走ってきた娘が日のあたる場所へ。祝福される場所へ。彼女の魂の望む場所にたどり着く事だけだ。

 

イージーゴアのトレーナーは私のそんな青臭い話をじっと聞いていたが…やがて表情を苦いものにした。

 

「…君たちの事を過小評価していたかもしれないな。君からは学べる事が多い。また話そう」

 

最後に爽やかな笑顔を残して彼が去った後、再びコースを眺める。

 

まるで暗夜のような曇天。

沼のような悪路。

 

それを眺めながら、私は内心期するところがあった。

 

サンデー。

君の人生に容易な道など一つとしてなかった。

君はこの悪路のような道を踏みわたってきた。

暗い夜のような孤独の中で。

 

だからこそ、今日は祝福の日だ。

誰よりも過酷な道を、ただ前を見据えて歩いてきた君の人生が報われる日なんだ。

 

今日の赤い薔薇は君にこそ相応しい。

 

だからどうか私に。君に薔薇を捧げさせてくれないだろうか。

灰かぶり姫。私のシンデレラよ。

 

 

────────────

 

──────────

 

────────

 

ケンタッキーダービー。

 

アメリカのウマ娘なら誰もが望む夢の舞台。

そのゲートに入りながら瞑目する。

 

過去の残響。

あの時の記憶。

 

 

『ねえねえみんなはどのレースに出たい?』

 

 

栗毛の娘の元気な声がスクールバスの車内に響く。

 

ウマ娘達が集まれば一番に話題になるのはやはりレースです。

 

『私はやっぱりまずは2歳G1で勝ってどどーんと弾みをつけたいな!』

 

元気よく答える鹿毛の娘。

 

『にひひ…ブリーダーズカップは外せないでしょ!賞金がっぽがっぽだよ!』

 

悪戯っぽく笑う青毛の子。

 

私はその頃病弱でレースに出られるかもわからなかったので、会話には積極的に加わりませんでしたが。

みんなの熱のこもった楽しそうな声にいつか私もレースに出たい…なんてそう思っていました。

そんな私を見て、私の隣に座った葦毛の大人しい娘が話しかけてきます。

かつて…私の親友だった娘。

 

『ねえ…サンデーちゃんはどのレースに出たいの?』

 

彼女の穏やかな声に導かれて私が口を開こうとした瞬間。

 

『うんうん!どれもいいけどさ!やっぱりあれだよね!ケンタッキーダービー!』

 

初めに口を開いた栗毛のウマ娘の大きな声が響きます。

ケンタッキーダービー。

そのレースの名を聞いた途端、周囲のウマ娘達も大きくざわめきます。

口々に同意する声。

 

普段は大人しい私の友人も熱っぽく瞳を輝かせていました。

そのざわめきを得意そうに受け止めて、栗毛のウマ娘が席から身を乗り出して周囲を見渡して言います。

 

『よーし!じゃあ!ここにいるみんなで出ようよ!ケンタッキーダービー!勝つのは私だけど恨みっこなしね!』

 

車内に満ちる笑いと喜び、そして大きく出たウマ娘へのからかいの声。

私の隣にすわった私の親友もその美しい銀髪を揺らして笑っていて。

 

『サンデーちゃん、私達も一緒に出ようね』

 

戸惑う私の手を握ってそんな事を言いました。

ああ、そんな子供っぽい約束。

 

なのに…あの事故で、みんな挑む権利すら奪われてしまった。

 

 

ケンタッキーダービー。

そんな夢のレースを…私だけが走る。

 

過去の思い出を振り払う。

…感傷に浸っていて勝てるほど甘いレースではありません。

 

そして運命の幕が上がる。

 

弾丸のようにゲートから飛び出す。

 

身を切るような寒さ。

脚をとられる泥沼。

怯むウマ娘もいましたが、私には気になりません。

だってそれは。私の人生で慣れ親しんだものでしたから…!

 

バ群から抜け出すと、私を追ってきたイージーゴアがぴたりと私に並ぶ。

 

その美貌にあの天真爛漫な笑顔を浮かべて。

まるでこの悪路が。曇天の空が。

陽光に照らされた花園でもあるかのように。

 

それを見ただけでわかりました。

今日のレースは。

私とあなただけのレースになる…!

 

私とイージーゴアに追われて、先頭の逃げウマ娘が速度を上げる。

可哀そうに。

彼女にあの速度でこのレースを走りきる力はありません。

彼女の夢はもう…生きながら死んでいる。

 

冷徹な目で彼女を狩る算段を立て終えて。

傍らを走るウマ娘、イージーゴアに視線を送る。

 

美しい。

自然に愛されたとしかいえない身体を躍動させて走る彼女は。

私がこれまで見てきたどのウマ娘よりも美しく、走る事を楽しんでいた。

 

そんな私の視線を受けて、彼女は。

無邪気な喜びと称賛を込めた瞳で私を見る。

まるで遊び相手を初めて見つけた子供のように。

私と共に走る事を喜んでいる。

 

この娘も…孤独なのかもしれません。

 

ふとそんな事を思う。

 

世界に並び立つ者のない孤独。

それは誰も顧みられる事のなかった私の孤独と…どう違うのでしょうか。

 

そうして二人で走り続けて。

まもなく最終コーナー。

私の狩場が来る。

 

私が体勢を整えるのを見て、彼女が目を輝かせる。

やっと。全力をぶつけられる相手ができた。そんな喜びが彼女の瞳から伝わってきます。

 

イージーゴア。

あなたは世界に愛されています。

あなたほど祝福されたウマ娘はいないでしょう。

 

ああ…でも、だからこそ。

あなたは私には勝てない。

 

皆に愛されて、陽光のような祝福を浴びて歩んできたあなたは。

暗く冷たい夜のような日々の中で、私を導いてくれた北極星のような愛の尊さを知らない。

だから、トレーナーさんの愛バである私には勝てません。

 

ただ、純粋にレースを走る事を楽しむあなたには。

レースに出られないウマ娘の無念が、負けたウマ娘達の夢が砕けるのが見えません。

だから…皆の無念を、他のウマ娘達の夢を喰らって走ってきた私には勝てない。

 

私の中の怪物を解き放つ。

 

さようなら、イージーゴア。

かわいそうだけれど…あなたに構っている暇はありません。

だって…今日は、みんなと約束したレースだから。

 

彼女を置き去りにして、漆黒の獣と化して私は走る。

彼女の縋るような視線を背中に感じながら。

そのまま先頭のウマ娘に襲い掛かり、追い抜く。

 

心中でかつての友人達に呼びかける。

 

私は…あなた達の夢のレースを走っています。

あの日の約束を私は果たしに来ました。

 

もちろん、これはただの自己満足。こんな事で今の彼女等が救われる事もないのですが…

それでも。

 

そして、私は先ほどまで自分と一体になっていた黒い飢えが私から離れて、黒いウマ娘の形をとるのを幻視する。

 

あの日の私達。

その黒い幻を私は追い抜いて。

 

喝采。

 

最終コーナーを回って先頭に立った私を迎えたのは、満場の喝采でした。

それを受けた私は、自分の中の怪物がいなくなっている事に気づきました。

 

レースで初めて感じた自由。

けれど、私をこれまで導いてくれた飢えを失って。

私は一人ぼっちの子供のように、どうすればいいか迷ってしまいました。

 

喝采の中で私が白く溶けてゆく。

私の魂の形。決して他の色に染まらない黒い勝負服すら色を失っていくようで。

 

コースをでたらめに蛇行する。

飢えに任せて踏みわたってきた泥沼のようなコースが、こんなにも重い。

まるで、これまでの人生の黒い過去が襲ってくるようで。

 

『醜いお前に、赤い薔薇は似合わない』

 

満場の喝采の中で、呪われた声が響き渡ります。

救いを求めて、観客席を見渡す。

ああ、そして見つけました。

 

ただ揺るがずに私を見つめる愛しい人を。

あなたの瞳の中に私がいる。

喝采の中に溶けていきそうだった私がはっきりとした形をとる。

 

私はもう二度と見捨てられることはない。

そして、彼と一緒なら私はどこまでだって行ける…!

 

コースをしっかりと踏みしめる。

私の望む場所へ。

彼と一緒に楽園に行くために。

 

 

そして私はゴールを駆け抜けて。

 

満場の喝采と祝福を受けながら私はもう一度語り掛けます。

 

見ていて…くれましたか?

あの日からずっと私は走ってきました。

あなた達の夢の欠片を運んできました。

だから…みんなは私と一緒に走ったんです。

 

再び、会場からの祝福と喝采が轟音のように私に降り注ぎます。

もう私は圧倒されたりしません。

私はここにいます。

私はトレーナーさんの愛バです。

でも、どうして…こんなにも涙が止まらないのでしょうか。

 

ぼんやりとした視界の中でトレーナーさんが駆け寄ってくるのが見えます。

彼は私にネクタイピンを付けると

 

「サンデー。君はずっと走ってきた。…よく頑張ったね」

 

そう言って私を優しく抱き締める。

トレーナーさんの腕の中で私は…子供のように泣きじゃくってしまいました。

あの日からずっと走ってきました。

誰にも顧みられなくても。どんなに蔑まれ、嘲笑されても。

 

それはきっと今日…この日のために…!

 

これまでの呪いを、過去を全てを吐き出して、真っ白になった私が泣き止むと。

トレーナーさんが勝者の証の真紅の薔薇の花束を差し出す。

 

「サンデー。この薔薇のように君を愛している。でも…君を愛しているのは私だけじゃない。君は世界に愛されているんだよ」

 

愛でみたされた世界。

その愛と祝福を分かち合う。

ああ…でもトレーナーさんの愛だけはあげられません。

それは私の…トレーナーさんの愛バの私だけのものですから。

 

 




何と言うか…人生でたった一度の日。これまでの全てが報われる日。
それが伝わったらいいなと思っています。


※イージーゴアのトレーナーは現実の陣営をモデルにはしていないので…完全なオリキャラです。
また、本来ケンタッキーダービーでは勝者に薔薇の優勝レイが贈られるんですが…
ウマ娘の場合どうなるんだ…?そのまんまフラダンスのレイの薔薇バージョン?とかいろいろ考えたのですが良い案が出ず、薔薇の花束を贈る事にしました。

次回は少しお時間をいただければと思います。

追記:誤字報告ありがとうございます…どうして肝心なところで誤字るのか…
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