アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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※三女神様を喰ってはいけません。


序章:英雄の帰還
ファースト・コンタクト


 

 ウマソウルって何? とか訊かれたら、ウマ娘だって説明に困ってしまう。私に限らず、偉大な競走ウマ娘であっても。

 過去のインタビューとか色々漁ったから間違いない。ウマソウルについてはっきり説明できた人はいない。

 

 だから、ウマソウルの定義というか性質というか……『こういうものだ』っていうのは個人的体験の積み重ねだし、『こんなウマソウルはおかしい』なんてことも言えはしない──のだけど。

 

 それでもやっぱり、私のウマソウルは珍しい。

 なんか色々とおかしい。

 

 覚えていないくらい幼い頃、両親をひどく心配させたことがあるらしい。

 愛情たっぷりに考えられたヒトとしての名前を呼ばれても、私は全く反応しなかったというのだ。耳は聴こえてたし、知的発達にも問題は見つからなかったのに。

 かなり深刻に捉えられたこの疑問は、私が言葉を話し始めてようやく解ける。どうも私は、生後すぐにウマ娘としての名前を──ウマソウルの名前を──把握してたらしいのだ。

 

 両親から与えられた名前を無視していたわけじゃなく、それが自分のことだと分かっていなかった。

 今はちゃんと、ヒトの名前も大切に覚えてるけどさ。

 

 ウマ娘であるお母さんはとても驚いた。普通、ウマソウルの名前を自覚するのは5歳前後と言われているからだ。

 異常なほどに早い名前の覚醒。このウマソウルの変なとこ、1つ目。

 

『この子は天才なんじゃないかしら!』

 

 ──いやぁ、ごめんねお母さん。全然そんなことなくって。

 

 2つ目。このウマソウルは弱い。とても弱い。

 

 ウマソウルの効果が最大限に発揮されるのはもちろんレース中。でもその時以外もいつだって、ウマ娘はウマソウルと共にある。

 ぶっちゃけて言うと、ウマ娘に関わる不思議現象の原因をまとめてウマソウルって呼んでるような節もあるわけで。例えば『全く同じ体重・筋肉量・骨密度であるヒトミミ』と比べて明らかにパワフルで頑丈な身体機能だって、科学では解き明かせないソウルの産物だ。

 私の身体能力は、ヒトミミよりは強かったけれどウマ娘としては最低ランクだった。小学校1年生の間、ちびっこレースは常に最下位。……大差の最下位。

 ほんとにウマソウルと共にあるの? って他ならぬ私が疑いかけたくらいに、弱い。

 

 3つ目。ウマソウルの求めがおかしい。

 

 私は走ることにさほど興味が無かった。勝てないから走りたくないとかじゃなくて、勝っても負けてもそこまで心を揺さぶられない。速さにもあんまり執着しない。

 そのくせワケの分からない衝動ばかりが強い。無理やり言葉にするなら、この焦りが駆り立てるものは。

 

 

戦え。

 

 

 どうして。平和に暮らせてるのに、なんでこんな風に思うのか。

 

 

戦わなければ

 

 

 戦う必要なんか無いじゃないか。競っても勝てないじゃないか。競走だけがウマ娘の生きる道じゃない。

 

 

死ぬぞ。

 

 

 死なないってば。

 戦わなくたって死んだりしない。

 それははっきりしてる……なのに、強迫が消えてくれない。

 

 幸い(?)、勝ち負けは重要じゃなかった。ただ『長いこと戦わずにいる』のが耐え難い。争った上でなら、『戦った。負けた。でも生きている』と安心できる。

 問題はそれが、ゲームとかのお遊びじゃダメってこと。魂を削り合うような『戦い』でないと治まらないこと。

 そしてウマ娘が真剣にぶつかり合うものといえば、やっぱりレースなわけで。そして純度の高い戦いを定期的にしたいなら道は1つしかない。

 

 なんて言いながら、中央トレセンには落ちる覚悟で地方の受験にも備えてたけれど。

 補欠合格の末、どうにか中央に滑り込むことに成功した。5年近く続けた地獄のトレーニングは無駄じゃなかったのだ……!

 

 ちなみに中央トレセンは、よく『地元じゃ負け知らずだったウマ娘がごろごろ居る』なんて言うらしい。地元のちびっこレースで1位になれたことが1度も無い私は、確実に底辺オブ底辺である。良いじゃないか受かったんだから。

 

 

 そして──4つ目の異常。

 

 中央トレセンに入学してから1ヶ月ほどが経った頃、私は夢の中でウマソウルと話をした。

 ……なんか喋り出したのである。とっても流暢に。

 

「はじめましてお嬢ちゃん。長らく待たせて悪かった、私が君のウマソウル……ウマソウル的なモノだ」

「はい?」

 

 寮のベッドで眠りについたのは覚えていて、私はパジャマ姿で、見渡す景色は地平線まで続く幻想的な花畑。……それが全方位だ。明らかに現実じゃない。

 でも、無意味な幻覚とも思えなかった。

 

「貴女は……?」

 

 ウマソウル的なモノ、と怪しげな名乗りをしたその女性は。

 ……まず、どう見てもヒトだった。ウマミミが無い。顔の横にヒトミミがある。後ろに回ってみても尻尾が無い。

 

「物怖じしないお嬢ちゃんだ。いいね」

 

 じろじろと見てしまったことを、怒るどころかニヤリと笑う。遠慮は要らないようだ。

 オフショルダーの肌着とショートパンツはどちらもぴっちりしていて、全身の鋼のような筋肉が見て取れる。身長は中1の私とそんなに変わらないけれど、顔立ちや体型は大人っぽい。30代以上って感じ?

 やや色褪せた黒髪は狼のようにあちこちへ散って、そのせいか長くは伸ばしていない。アクセサリーの類もない。耳にもピアスとかはしていなくて……つまり、飾りっ気というものに乏しい。

 

 ──なのに、というか。

 ──だから、なのか。

 右手首の、ひどく無骨な腕輪が異様だ。

 

「あぁコレか。気になるのは分かるけど気にしないでいい。君には関係ない」

 

 視線に気付いて右腕を持ち上げる。

 その動きで分かった。ただの腕輪じゃない。装身具としてはあまりに大きくてぶっとい赤色は、どうもその手首にがっちりと固定されているらしい──どうやって? まさか肉や骨に直接……?

 気にしないでいいというか、気にしない方が良さそうだ。訊かないでおこう。

 

 ともかく、ここでは言葉を交わせるらしい。会話に応じてくれるっぽい。

 ということは、ずっと謎だったあれこれに答えを得られるんじゃ──!

 

「それじゃ貴女が、」

「あ、自己紹介は要らないのか。名前は伝わるんだっけ」

 

 そう。ウマ娘が自然と自覚する魂の名。私に限っては言葉より先に刻み込まれた原初の名前。

 

「貴女が【アナグラワンワン】さん!?」

「あれ、そっちの名前で伝わってるのか」

 

 あ、なんでも知ってるわけじゃなさそう?

 

 

 

 

 その人は困ったように語った。

 

「【アナグラ11(ワンワン)】はコールサインだ。本名より有名だったから、私の歴史や逸話って意味なら納得だが」

 

 もしくは照れ臭そうに。

 

「自分で言うのもなんだが、私は英雄ってヤツでね。世界を救った──いや、放っといたら人が大量に死ぬような危機に立ち向かってどうにかした。3つくらい」

「3つ!?」

「数え方によっては4つかな、もっとかも? 私1人でやったわけじゃないけど、現場のリーダーだったのは確かだ」

 

 はっきりと誇らしそうに。

 

「頼りになる仲間が沢山いたんだ。フェンリルっていう世界的な組織があって、極東支部が通称アナグラ。そこの第1部隊の第1(リー)隊員(ダー)だからアナグラ11(ワンワン)ってね」

「あ、犬の鳴き声じゃないんですね」

 

 そして、少しだけ──寂しそうに。

 

「君には迷惑をかけたから、最低限の説明をしに来たんだ。何でも訊いてくれ」

 

 訊かなくても感じた。最初で最後の会話になるのだろうと。

 

 


 

 

 ウマソウルは異世界で活躍した魂だ、なんて説も聞いたことはあるけど、どうなんだろう。

 少なくともこの人が生まれ育った世界は、アラガミというモンスターによって人類は滅びに瀕していたらしい。ウマっていう生き物は、たぶんもう絶滅していたと。

 

「闘争欲求? それは多分こっち──あっち? の影響だ、済まない。でもそういう世界だったんだ。

 私には戦う力があったけど、アラガミは戦闘員とか非戦闘員とか区別しない。力が無かろうと、抗うにせよ逃げるにせよ、何かしなきゃ死ぬってのは単なる事実だった」

「…………」

「無理にコメントしなくていい。大丈夫、アラガミの脅威はすっかり消えたし、私は戦いじゃなく老いで死んだ。清潔なベッドの上で」

 

 ベッドが清潔なこと。それが当たり前でなく特別だった世界。

 そういう特別を当たり前に変えた、英雄。

 

「あー、そういえば確認された気もする、アナグラワンワン」

「確認?」

「私の本名、外国人には発音しづらいとかで。『コールサインもよく知られてるし通りが良いから、教科書とかにはそっちで載せていいか』みたいな」

「教科書に載ってたんですか!?」

「そりゃそうよ。いえーい」

 

 軽い。話は重いのに。でも言われてみれば教科書に載るのも当たり前なのかな。

 そんな英雄は、やがて寿命を迎えて。

 

「その後のことは、ちょっと上手く説明できない。アレが本物の神様ってやつなのかも。言葉が通じないというか、魂に情報を叩き込んできたというか」

「……もしかして三女神様?」

「さぁ、はっきりとは分からん。ともかくそんな感じで、私は自分の歴史と名前がウマソウルとして赤ん坊に宿ったことを認識した。

 私はウマじゃないが、今はウマ娘に宿ったんだ。ウマソウルみたいなもんだろう」

 

 ざっくりしてるぅ……。そんな事態は想像するのも難しいけど、自分が体験したらなんて考えただけで心細い感じがする。

 この人の場合はそれ以上だったそうだ。

 

「君に宿って、テレビとかで平和な世界なんだと確認して……本気で焦った。ヤバいって」

「平和で焦った、ですか」

「私は競技者(アスリート)じゃなく兵士(ソルジャー)だから。死なない限り負けじゃないし、アラガミを狩るためなら毒も目潰しも迷わず使う。実際にそういうヤツだったし、そういう英雄として語られた名前だ」

「あ……」

「この世界に生きる君の、邪魔にしかならないと思った」

 

 優しい人だ。私のことを想ってくれたんだ。

 

「だからあんなに力を抑えて」

「それは違う。

 こっちでも10年くらい経ったのかな、これまでの弱体化はただの結果、いわば副作用だ──別のことをしてる間の」

「別のこと」

 

 私を気遣って──とんでもないことをしていた。

 

「元の世界の過去(﹅﹅)に戻って、やり直してた」

「はい?……はい!? それって、そちらでは有りふれた技術だったり……?」

「いや全然」

「じゃあそんな、どうやって」

「気合いで」

「気合い」

 

 一言で片付けられましても……でも、それを大したことだとは思っていないらしい。

 

「このくらいの無茶は(とお)せなきゃ世界なんて救えないさ。私の仲間だって、絶対死ぬような状況からケロッと生還するようなのばっかりだったし」

「異世界こわ」

「それは否定しない。

 とにかく、戦いが終わったくらいの時代に戻って。それから老衰で死ぬまでの間──走りまくってきた」

「? 時代の最先端を、的な?」

「違う違う。走って競って、レースをしてきたんだ。仲間と一緒に興行にして、地方巡業とか映像配信でファンに応援してもらって。歌ったり踊ったりは他に任せたけど」

「な──」

 

 何してんですか、と言いかけたけれど。というかその世界では散々言われたらしいけれど。

 それでもこの人は、荒廃から復興する世界にレースという文化を根付かせた──私の、ために。

 種播きしか出来なかったなんて、きっと謙遜だ。

 

「アラガミを狩る神機使い(ゴッドイーター)──英雄としての武名が消えたわけじゃないが。でも【アナグラワンワン】は、ランナーとしても多少は知られるようになった、と思う」

「…………」

 

 感謝の言葉も無い。そんな、そんなことまでしてくれるなんて。

 この人は英雄だ。異世界での偉業とは関係なく、私にとっての英雄だ。

 

「ランナーとしての格はそんなに高くないかも知れない。持久走では悪友(ソーマ)に負けっぱなしだったし、短距離だと後輩(エリナ)同僚(ギル)が強かった。どんな距離でも2位から4位みたいな」

「それだって凄いことですけど」

「ちなみにランナーは多くても6人くらい」

 

 おっと順位の意味が変わってきた。いやでも、感謝は感謝だ。

 

「え、えーと。距離じゃなくてコースはどうだったんでしょう」

「芝生だけのコースは整備できなかったなぁ、ごめん」

「そんな、謝らないでください」

 

 聞く限り、レースなんて娯楽がそもそも無かった世界。ダートだって開催するのは大変そうだし、この人の名前で走れるなら芝もダートも平地も障害も誇らしく思う。

 

「路面には縛られないと思う。草地も荒れ地も岩場も山道も走れるし、なんなら空中でも1歩か2歩は駆けれるから」

「あはっ、それも気合いで?」

「冗談だと思ってる?」

 

 冗談ですよね?

 ……え、冗談ですよね?

 

 


 

 

 それから色々と話をした。

 どうも私が小さい頃に得た限られた情報でしかこの世界を知らないそうで、レースや勝負服については私から教えることも少なくない。

 

「狼の紋章を入れると良いかも。組織(フェンリル)のエンブレムなんだ。こう、細い三日月をガブッと咥えたような」

 

 そしたらすぐにこんなアイデアを出してくれる辺り、心底敵わないけれど。

 夢の中だから紙や色鉛筆はいくらでも生み出せる。印象的な勝負服を私が(拙いなりに)描いて見せたり、「こんなの走りにくくないか……?」と驚かれたりもした。

 ちなみに記憶を読むとかはお互いにできないみたい。

 

 そんな楽しい時間は、あっという間に過ぎて。

 

 

「朝が近い。そろそろお別れだ」

「もう、話せないんですか……?」

「この世界に私が狩るべき厄災(アラガミ)はいないだろ」

 

 予感はしていた。

 お姉さんは最初からそういう態度。コールサインではない本名を訊いても秘密にされてしまったように。

 

「嘆くことはない。君のウマソウルは消えたりしないし、むしろ力を増す。その厄介な闘争欲求も少しは落ち着くはずだ」

「でも、お姉さんが」

「普通ウマソウルは喋らないだろ? というか、喋って欲しくないんじゃないか」

「そんな。もっとお喋りしたいですよ」

「そうかぁ……?」

 

 お姉さんは真顔で首を傾げた。

 彼女は最初、ウマソウルをウマ娘の武器に喩えた──すぐに蹄鉄と言い直したけれど。

 

「蹄鉄に感情があって喋れるとしたら、全力疾走しにくいだろ」

「それは、うーん」

「道具は喋らない方が使いやすい。喋る神機(ぶき)がいたからマジでそう思う」

 

 別れを悲しむなと彼女は言う。

 死を悼む必要も無いと。死者はどこかの異世界にいて、ここにあるソウルは黙るだけ──眠りにつくようなもので、消えはしないからと。

 私は黙って欲しくもないんだけど。でも、彼女は段々と話すことすらしんどそうになっている。

 

「さすがに、無理やり過去に戻ったのは堪えたか……。こうして話せて良かった」

「待って、ください。どうにかならないんですか」

「済まないがあまり時間は無さそうだ。最後に改めて伝えておく」

 

 ひとつ。ウマソウルの弱体化はお姉さんが過去に戻っていたせいだから、今後は十全の力を取り戻すこと。

 ひとつ。“戦え”についてはお姉さんが一緒に休眠するのでこれまでよりはマシになること。

 

 そして最後に。

 ウマソウルが急激に強くなってるから、急な運動はくれぐれも避けて、時間をかけて慣らすこと。

 ──待って。

 

「へ? 時間をかけて?」

「そう。どんな出力(パワー)になってるか分からないから危ない」

「困ります」

「うん?」

「明日──というか今日、大事な選抜レースなんです」

「……今日!?」

 

 ゆっくり慣れていく時間なんて、無い!

 

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