アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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 メイクデビュー編またはトレーナーゲット編、開幕です。


着章:異端の萌芽
お勉強@東京レース場(1/2)


 

 選抜レースから6日後の祝日。

 今日は東京レース場に来ている。京王杯スプリングカップを走るアルヘイボゥ先輩の応援のため──というのは、嘘じゃないけど正確でもなくて。

 先輩から命じられたのだ。応援にではなく勉強に来いと。

 

『レース場に入ったこともないって本気? 本番で会場の空気に飲まれたらどうすんのよ』

『私にそんな繊細さがありますかね?』

『……無い気もするけど。あんた諸々常識足りてないんだから、しっかり教わっときなさい』

 

 ひどいことを言うものだ。おかげでアナさんからは知識を疑われて散々である。

 だけど良い機会なのも確か。先輩はトレーナーさんのお父上に話を通してくれた。その人もトレーナーだったという。今日はレースを観ながら色々教えてくれるのだ。

 

 

 

「アナグラワンワンです、はじめまして」

千田(せんだ)ギンだ。よろしくな」

 

 レース場の外で待ち合わせたのは白髪混じりの──というか黒髪がちょっと残ってる感じの──男性。ノーネクタイのブレザー姿にカラーシャツとカジュアルな装い。

 襟元にトレーナーバッジは無い。ご病気で引退されたと聞いたけど、ぱっと見はお元気そうだ。まぁ今も学園の事務員だというし先輩もたまに練習を見てもらうらしいから、体力的な問題とかなのかな。

 

「今日はお世話になります。というか、急にすみません」

「構わんよ。あのボゥが後輩の世話を頼んでくるんだ、よほど気に入ってるんだろうさ」

「……どうでしょうね?」

 

 気に入られてる、のかなぁ。この数日で数え切れないほどの溜め息を聞かされたんだけど。

 

《それはグラが独り言を隠さないせいだろ……》

『むっ。今日は黙ってるんじゃなかったんですか』

《はいはい》

 

 アナさんとの会話が傍目に奇行なのは分かってるけど。ほら、先輩はスルースキルが急成長してらっしゃるし、プライベート空間で気を張り続けるのは私も疲れるし?

 甘えちゃってはいるんだろうな。

 だからこそ千田さんにまでそうするつもりはない。しばらくはアナさんから何か言われても返事せずにいくと事前に決めてある。

 

「レース場自体が初めてだって?」

「あ、はい。直接来るのはそうです──テレビで観たことも多くはないですが」

「なら客席に入る前にざっと案内しよう。ついてきな」

「よろしくお願いしますっ」

 

 練習じゃないレースを直接観るのもそうだし、トレーナー経験者の視点から教わることもそう。今日は学ぶことが沢山ありそうだ。

 

 ちなみに私、座学の成績はとても良い──そこに驚いた先輩はすっごく失礼だと思う。

 

 


 

 

「で、ボゥからは『常識が足りてない』としか聞いてないんだが。俺は何を教えればいい?」

「私としてはそんなに非常識ではないと思うんですよ」

「……それは、非常識なヤツもそう言うんじゃねえの」

「むう」

 

 想像していたより何処も彼処も広くて大きなレース場を案内してもらいながら千田さんと話す。

 先輩が大袈裟に伝えてる面もあるんじゃないかな。

 

「ちなみにこの間、知らない男性からいきなり太腿(トモ)を触られたんですがどうするのが常識的でしたかね」

「それはソイツが非常識なんだ、済まねえ。蹴るなり逃げるなりしていい」

「良かった」

 

 あれは本当にびっくりした。正式な中央トレセンのトレーナーと知って2度びっくり。

 後であの(﹅﹅)ゴルシさんのトレーナーだったと知って微妙に納得──いや納得はしないけど。

 ともかくあの人は遠慮したい。他のトレーナーさんがいい。

 

「先輩と話してたのは、まずトレーナー探しの件です。でも皆さんの間で私がどう評価されてるかなんて、分からなくて当たり前じゃないかと」

「嬢ちゃんの走りがトレーナーからどう見えてるか、か。それは確かにウマ娘からは──特に本人からは分かんめぇな」

「ですよね〜?」

 

 今のところスカウトをくれたトレーナーは居ない。選抜レースで1着だったとはいえあんな走りだったんだから、無理も無いとは理解してるけど……。

 

「あの選抜レースってどんな扱いなんでしょう」

「ルール違反が無かったことはちゃんと周知されてるぜ。理事長から安全面の念押しはあったが、スカウトを躊躇う理由にはならねぇ」

 

 理事長とシンボリルドルフさんから言われたように、私のスパイクはトレーナーが使用可否を判断することになっている。

 でもウマ娘の走りを安全に保つ必要は誰を担当する時だってあるから、私だけの面倒な義務ってことにはならないそうだ。

 ──ほらぁ、こういうのって本職から聞かない限り分からないじゃん。

 

「アナグラワンワンの走りに対する評価は、一言で言やあ『様子見』だよ。授業中もそれとなく見られてるの、気付いてたか?」

「えっ。別に私だけが見られてるわけじゃない、と思ってましたけど」

「そりゃ嬢ちゃん『だけ』ではねえよ。だが注目度は高い方だ。理由は分かるだろ」

「それは、はい。良く言えば日進月歩ですから」

 

 日曜日にやったピンポン球でのトレーニング──おっと、先輩によれば『お遊び』だったか。あれ以降も動作の最適化はどんどん進めていて、そして続いている。走り方を改善すればするほど力のロスが見つかるものだから、今日までずっと『昨日と今日とでフォームが違う』状態だ。

 

「ジュニア級並みのバ(りき)がある小学校低学年、みたいな感じですかね。スカウトしにくいのも分かる気がします」

「おお、まさにそんな感じよ。放っといても今は伸びてるから、トレーナーを必要とする段階に来てねぇとも言える」

 

 ですよね。その言葉は私やアナさんの自己評価とも合致する。

 アルヘイボゥ先輩が言うような常識知らずではないのだ。千田さんも『言うほどヒドくねえじゃねえか』みたいな表情だし──、

 

「ありがとうございます。それでも伸び代は減ってきたので、あと1週間くらいしたらスカウト来るでしょうか」

「…………ぉん?」

 

──あれ、表情が曇った。なんでだ。

 

「え、っと。スカウトを躊躇う理由、もうすぐ無くなると思うんですが」

「いや? さっきのは大した問題じゃねえよ」

「えっ」

 

 あの、そこで『なるほどそういうことか』みたいに頷くのやめて頂けませんか。問題なんて何も無いでしょう、ね?

 

「嬢ちゃんが避けられてる理由のメインは走りじゃねえ」

「え、え? まさか家柄!? 一般家庭出身だから!?」

「違う──(クセ)ウマ娘だからだ」

えーっ!!??

 

《くっくく、ふふははは!》

 

 脳内アナさん、うるっさい! 笑うな!

 

「どこがですか!? なんで私にそんな評判が!」

「マジで自覚ねえのか」

 

 千田さんは呆れたように言う。

 まず4月まではなんだったのかと。それについては弁明のしようもない。変な、率直に言えば厄介なウマ娘だと思われもするだろう。

 でも2つ目は本当に想定外。

 

「トドメが今週の振る舞いよ」

「今週……?」

「あのなぁ、嬢ちゃんちょっとムーンカフェに絡み過ぎなんだよ」

「ぇ……」

 

 な、そ、え。

 確かにこの5日ほど、ムーンカフェちゃんには積極的に関わっていってたけど。でもクラスメイトだし、初めてのお友達だし……。

 

「いくらクラスが同じだって、半ばストーカーってレベルで付き纏ってるらしいじゃねえか」

「スト──!? でも、だってムーンカフェちゃんは私と公式レースで競おうって」

「だからこそ距離を取りてえタイプもいる。別に嫌われてはいないんだろうが、ベタベタしたくもないらしいぜ」

「そ、そんなぁ……」

 

 これが噂に聞く、距離感を間違えたというやつか。踏み込み過ぎ、近づき過ぎ。

 競い合おうと言ってくれたムーンカフェちゃんに嫌な思いをさせてしまっ──本当に? 実は単なる照れ隠し的なやつで、千田さんが誤解してるだけとかない?

 いや待って、“ベタベタしたくもないらし(﹅﹅)()”ってなんだ。

 

「まさか私の知らないところで職員会議にかけられたりしてます……?」

「ぶっは! はは、そりゃねえよ、ははっ!」

 

 笑われた。冗談のつもりはないのに。

 

「ムーンカフェからボゥに頼みがあったんだとよ。『同室の先輩ならアナグラワンワンの手綱を握っといてくれ』だとか」

「え゛」

 

 そ、そんなにイヤだったの!?

 

「ボゥは断ったらしいが、まぁこうして俺に振ってきた通りだわな」

「さすが先輩」

「あぁ」

 

 先輩の優しさと照れ隠しが心の傷にしみる……いかんいかん、先輩との距離感も間違えかねない。

 

「ま、さっきも言ったが嫌われてはいねえよ。嬢ちゃんを気遣うようなことも言ってたらしいからな」

 

 千田さんによると──間に先輩を挟んだ又聞きになるけど──ムーンカフェちゃんはこんなことを言っていたそうだ。

 

『あの子は人付き合いの経験が極端に少ないみたいですし、私に対して好意はあっても悪意は無いんでしょう。それは分かりますよ、素直に仲良くなれない私が子供なのかも知れません。

 でも、ライバルなんですよ!? こっちは選抜レースでも半分負けたような気持ちなのに、そんなの無かったみたいに笑顔で来られたら困るんです!』

 

「えっ優しい……」

「待て待て待て、そう思うなら汲んでやれ、な? 週明けからはちょっと加減しろよ?」

「分かりました!」

「ホントかねぇ……」

 

 任せてください。ちゃんと分かった。

 問題があるとすればムーンカフェちゃんがそれを私じゃなく先輩に伝えたことだ。たぶん、彼女の中では『すげなく拒絶したら傷ついてしまう子供』みたいな認識をされてるんだな。

 それは不要な気遣いである。先輩がそうしてくれるように、『感受性がどこか壊れたクソ度胸』位に扱ってくれた方がお互いに楽だろう。

 まずはその辺りから丁度いい距離感を探っていくのがいいのか、な……? あれ?

 

「それが原因でスカウトが来ないんなら、ちゃんと落ち着いて距離を取ったら声かけてもらえますかね……?」

「あー……マシにはなると思うが……」

「やっぱり他にも原因がある感じですか」

 

 だと思った。選抜レースで1着、フォーム改善を自力でこなし、基礎能力も低くない私が敬遠されるにはちょっと理由として弱いでしょ。弱いよね?

 

 他の原因──何が問題だろう。

 千田さんは答える代わりにコースを指さした。最外周の芝コースをぐるりとなぞった後、その内側をもう1周。

 東京レース場は、芝コースの内側にダートコースがある。

 

「?……ああ、バ場適性ですか」

「そうだ。お嬢ちゃんは両方走れるんだろ」

「はい」

 

 アナさんが言ってた通り、私は路面の差を苦にしない。もちろん力の伝え方は変えなきゃいけないけど、その最適化さえ済ませればどっちでも走れるだろう。

 

「そういうウマ娘は本当に少ねえ。指導経験が無ければ躊躇いもするさ」

「なるほど、そんな風に思われちゃうんだ……」

 

 言われれば納得もいくけれど、そんな影響があるなんて思いもしなかった。

 なんでもそういうウマ娘の育成実績を複数もつトレーナーさんがいるとかで、『アナグラワンワンも桐生院に任せるのが最善ではないか』と考える向きもあるらしい。

 

「桐生院? どこかで……あ、前に寮に来てた人。なんだか寮母さんと仲良くお喋りしてました」

「寮母っつーとデジタルか。あの子も桐生院の教え子*だな。すごかったぞ、芝でもダートでも」

「レース中は死ななかったんですか?」

「言いてぇことは分かるが変な質問だな」

 

 ウマ娘ちゃんを何より愛する寮母さんとは引退後の姿、現役の頃はウマ娘ちゃんを何より愛する優駿だった──あんまり変わってない気もする──アグネスデジタルさん。

 そうか、あの人はどっちも走ってたんだよな。

 

「桐生院さん以外からすると、そんなウマ娘はイヤなんでしょうか」

「イヤではねえが……ノウハウが少ない。選択肢が多い分、定番とされるローテも考え直しになるし」

「あ、それ」

「ん?」

 

 そうそう、先輩から散々バ鹿にされたり溜め息をつかれた中でそれもあった。なんでこんなことも知らないんだと呆れられて、結局教えてもらえなかったやつだ。

 

 

“ローテ”ってなんですか?

 

 

「…………よぉーしお嬢ちゃん、よく聞くんだぞ」

 

 あれ!? なんか千田さんが急に優しくなった!?

 

*
本作のデジたんは葵ちゃんが育てました。

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