アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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後輩から見た異端(グラ)

 

 秋の天皇賞から1週間が経ち、11月最初の月曜日。

 テレビでもネットでも、12月頭に行われるチャンピオンズカップのコマーシャルが流れ始めている。

 

〔シニアではこれまで以上に勝つことにこだわりたくて、だから芝に専念します。その前にダートで勝っておきたいんです〕

 

 アナグラワンワンの勝利宣言。

 もちろんライバルたちのものも。

 

〔望むところだ。日本で負けてアメリカに逃げたなんて思われたくないからな〕

 

 個別に撮られた短い言葉が入れ替わり立ち替わり映される。そして最後に置かれたのは、金剛と雷虎の双方を上回った唯一の女神。

 

〔最っ高に、楽しみです!〕

 

 ……仲間内では『最近デジタルさん化が激しくないか?』と心配されるニュクスヘーメラーだが、一般視聴者からすれば『こんな無邪気な笑顔であんなに走ってるのか……』と戦慄されている。

 丁度一昨日(おととい)の土曜日にアルゼンチン共和国杯(GⅡ)を勝ったところ。菊花賞から中1週しか空けていない。しかも次は中2週でジャパンカップに挑み、連闘でチャンピオンズカップを走る予定だという。ローテという言葉の意味を学び直した方が良い。

 最近ではその頑丈さから、金剛(ダイヤモンド)(なぞら)えて鋼玉(コランダム)とも呼ばれ始めた(ダイヤモンドに次ぐモース硬度を誇る鉱物。様々な色があり、朝焼けのような橙のものも夜闇のような紫のものも*ある)。ファンの常識は虫の息だ。

 

 

 

 下級生たちから観て、そのCMは羨望の的になった。ただし──、

 

「はぇ〜……すごいなぁ、こんなのあんまり見ないよね」

「うん、さすが先輩。私もこんなCMになってみたい」

「う、うーん。出るのはかなり覚悟がいるかな?」

 

──羨望だけでなく尻込みもあるようだが。

 コンバスチャンバーとベアリングシャフトの会話を聞いていたトロゥスポットにはよく分からない。

 

「あまり見ない、というと? 特定レースのCMもGⅠならよくあると思いますが」

「あぁうん、あるにはあるけど。でもよく使われる映像は前の年までのものなんだよ。今年これから走る人たちがメインになるの、割と珍しいと思う」

「そういうものでしたか」

「ほら、全員に都合つけるのも難しいしさ」

 

 確かに、短い一言があったウマ娘は有力とされる5〜6人だけだった。その中でも最有力の3人は明らかに扱いが重く、不公平といえば不公平である。出走予定なのに映らなかったウマ娘のファンは不愉快にも思うだろう。

 日本では嫌われる類型に入るのかもな、と納得しかけて……では何故こんなものが実際に流れているのか。トロゥスポットの疑問はベアリングシャフトが先取りする。

 

「リスクも、ある。バスは気にしい」

「……なるほど」

「ベアは肝が据わりすぎだよう。いつもいつもマイペースなんだから」

 

 このようなCMに出ておいて、1着争いに少しも絡めなかったら恥ずかしい。コンバスチャンバーはその可能性に腰が引けるタイプであり、ベアリングシャフトは気にしない。

 覚悟と自負があれば出演すれば良いし、不言実行を誓って断るのも自由──そして自己責任。

 『文句があるなら勝てばいい』。平地でも繋でも変わらない根本原理のひとつだから、トロゥスポットにも理解はできる。

 

 ただしその観点でいくと不思議に思うこともある。どちらもジュニア級でトップクラスのスプリンターである2人は、昨日(きのう)別々(﹅﹅)()重賞を走ったのだ。

 コンバスチャンバーは東京で京王杯ジュニアステークス(GⅡ)に。ベアリングシャフトは京都でファンタジーステークス(GⅢ)に。

 

 どちらも際どいところで勝利しており、それは喜ばしいことだが……距離は同じく1400mなのだから、負けを恐れないベアリングシャフトならGⅡに挑みそうなものなのに、と。

 

「……では、京王杯はベアさんが譲ったのですか?」

「ん、譲ったというのは違う。話し合って分けたのは確かだけど」

「9月にやったばっかりだしねー」

 

 彼女らはトレセン入学以前から何度も競い合ってきたし、9月に小倉ジュニアステークスでも激突した。そこで勝ったのはコンバスチャンバーの方で、その『格付け』を受けて勝者がGⅡに挑むと決めたらしい。

 

 ──が、その辺りの話は即座に流される。

 

「ワンワンさんも意外そうでしたよ。『どっちも京王杯に出ると思ってた』と」

「先輩たちじゃあるまいし……って待ってロスちゃん、先輩が私たちなんかの話を!?

「割としてますよ?」

「「そうなの!?」」

 

 後輩2人、大興奮。アナグラワンワンは自分たちにさして興味など無いと思っていたようだ。しかし実際のところ、あの異端児の交友関係はかなり狭い。

 

「むしろ『特別な後輩』扱いかと。ご自身が下級生からどう見られているかお分かりではないのでしょう」

「先輩のファンめっちゃ多いよ?」

「うん、私とバスは妬まれてる」

「ワタシは承知していますが、ご本人はその好意に無自覚なようで。畏怖されている自覚だけがあるように見受けられます」

「「あ〜」」

 

 多くの下級生は交流を持ちたい。ところが桁外れの偉業が近寄り難くさせる。

 そうした葛藤はグラから見れば『みんな私を怖がって近寄ってこない』であり、『バスちゃんベアちゃんは仲良くしてくれて嬉しい』となるわけだ。

 

「ねぇねぇ他には? 私たちのこと何か言ってた?」

「そうですね、確か……」

 

 



 

 

 バスさんに問われて思い起こす。昨日の夜、寮室での会話。

 

「バスちゃんとベアちゃん、ぶつかるものと思ってた」

「分け合うにしても片方がGⅡですから、奪い合いになりそうですよね」

「だよねぇ。それに……ナーとドゥは得意距離が違うせいで戦う機会が少ないの、よく残念がってるからさ。どっちもスプリンターならがんがん戦うものかと」

 

 ……それはどうだろう、と内心で疑う。確かにナーサリーさんとドゥームさんはそのようなことを時おり口にするけれど、あれはどちらかといえば建前や言い訳の類に思える。

 トレセンの学生はアスリートだ。競い合いからは逃れられない。『文句があるなら勝て』だと分かってはいる──それでもやはり、あらゆることに順位と勝ち負けを付けるのは好ましくないという日常感覚もあるのだ。

 ムーンさんなら(言葉にはしないまでも)『ヌルい馴れ合い』と唾棄しそうな価値観ではある。少なくともレースには持ち込むまい。ナーサリーさんたちも基本的には同様だが、お互いだけは例外なのだろう。アスリートになる前からの知り合いなら不思議は無い。

 

 

 私だって……いや、それはいいか。

 

 

「バスさんが勝ったのは9月でしたか」

「うん。ベアちゃんはそれのリベンジをしたがるかなって。私なら絶対する」

 

 でしょうね、と相槌を打って良いものか。この(かた)は芙蓉ステークスで負け、その勝者にホープフルステークスで再度敗れている。

 まぁ菊花賞では勝っているし、こんなことで怒るとも思えないが。

 

「ワンワンさんはそうでしょうね」

「私、普通のウマ娘よりは勝ちへの執着が薄いって言われたんだけどなぁ。ベアちゃんはどうなんだろ?」

 

 執着が薄い、か。とてもそうは見えなかったから、初めて聞いた時は大いに驚いたものだ。答えはボゥさんやアリーさんが下さった。

 

『勝利っていう抽象物じゃなくて、特定のウマ娘が執着の対象なだけよ』

『こだわりの強さで言えば相当ですよねー?』

『ね。ウザいというかしつこいというか』

 

 お互いを幼馴染かつライバルとして意識し合っているバスさんとベアさん。その関係を想像するにあたって、ワンワンさんには『勝ちたい相手』以外の執着をうまく思い描けない。ムーンさんによれば『勝ち負けをはっきりさせたくない相手』というカテゴリが存在しないのだという。

 

『アスリートとしての意識は高いから始末が悪いわ。対人関係のレベルはあんなに幼いくせに』

 

 幼いという評価はどうかと思うが……まぁその、今のところ否定材料は見つかっていないとだけ。

 

 少なくともこの方は、誰かの動向を予測するようなことが実に拙い。心情的な面でも──、

 

「年末は……阪神ジュベナイルか朝日杯フューチュリティあたりかな」

「えっ」

「ん?」

「その2つは1600mでは?」

「1400mで勝てたんだからいけるんじゃない?」

「それはどうでしょう」

 

──それ以外の面でも。

 1400mと1600mの間に横たわる1ハロンは決して小さくないのだ。常識的ウマ娘にとっては。

 

 



 

 

「……年内にGⅠにも挑むのかな、とか。そんな話を」

「「えぇ……」」

 

 2人の計画には全くその予定が無かった。ジュニア級が挑める国内GⅠは少ない上、最短でも1600mあるから。

 

「クラシックに上がってからならともかく、今年はちょっと……」

「先輩、バ場も距離も戦法も自由過ぎ。カッコいい」

「カッコいいんですかね、アレは」

 

 3人はのんびりと雑談を交わす。コンバスチャンバーたちはレースの翌日なので練習もできないのだ。

 そんな中、2人のウマホが同時に鳴った。

 

「! ワンワン先輩だ! エリザベス女王杯出るって! ……んん!?」

「これは驚き。先輩はいつも面白い」

 

 どうやらアナグラワンワンのSNSアカウントに通知を設定していたらしい。

 2人が何に驚いたかはさておき、出走予定は次のように更新された。

 

検討中:エリザベス女王杯(11月2週)

確定 :ジャパンカップ(11月4週)→チャンピオンズカップ(12月1週)→有記念(12月4週)

 

 

確定:エリザベス女王杯→ジャパンカップ→チャンピオンズカップ→有記念

 

・年内の出走はこの3戦ないし4戦のみです。

 

 

・年内の出走はこの4戦のみです。

 

「検討中と発表したのもつい先日でしたが」

「うん。ロスちゃんも初耳? こういう話しないんだ?」

「口を出せば出し過ぎてしまいかねないので、触れないようにしています」

 

 傍らに控えていたミネイがロスの端末を渡そうとする。

 しかしベアリングシャフトはそれを遮った。

 

「ストップ、ここでクエスチョン。

 先輩は女王杯に出るって決めた理由も書いてくれた。ロスにはそれが分かる?」

「むっ、その挑戦を受けないわけにはいきませんね」

 

 アナグラワンワンの行動予測。トロゥスポットが日々負け続けている難題だ。

 

 今回の問い、最もありそうな答えは容易に思い浮かぶ。すなわち誰かライバルが出走を表明したから、そのウマ娘と戦うためという理由。

 しかし──、

 

「問題が悪いよベア。これは分かんないでしょ」

「黙ってバス。今のは大ヒント、これ以上は無い」

「むむむ……」

 

──コンバスチャンバーの言葉がそれを否定する。そんなに分かりやすい理由ではないのだろう。先ほど2人が驚いたのもその理由に意表を突かれたから。

 

『問題が悪い、つまり突拍子も無い理由が答えということだ。普通ならありそうもないこと。ワンワンさんだからありえること……』

 

 悩んだ末、ありそうな答えを裏返してみた。『誰かが出走するから』ではなく、『誰も出走しないから』ではないかと。

 

「ワンワンさんが検討中と書いたことで、無視できない人数がエリザベス女王杯の出走回避を明らかにした。このままだと規定人数を下回りかねないので、競走不成立を防ぐためにワンワンさんは出走を決めた。これでどうでしょう」

「その想定だと、出るって発表することでなおさら不成立に近づくんじゃないの?」

その読み違えもコミで

「「やりかねない」」

 

 ひどい後輩たちである。ありえないとは言い切れないが。

 少なくとも今回は違う。そもそもエリザベス女王杯が不成立に瀕しているような事実はない。

 

「残念ロスちゃん。正解はこれだよ」

「拝見します」

 

 実際の投稿を開いたウマホを、トロゥスポットが覗き込むと──、

 

今年のエリザベス女王杯に出ることで、来年の連闘を減らせればと考えています(今年勝てた場合、来年はエリザベス女王杯には出ず翌週のマイルチャンピオンシップに出ます)。

 

──よく分からないことが書かれていた。

 

「……失礼、読み返します」

「「どうぞどうぞ」」

 

 改めてゆっくりと咀嚼しても文面は変わらない。来年の負担を減らすために今年の内に走ると書いてある。

 つまり、今年の出走を決めた理由は来年のため

 

 

──計画性なんて持ち合わせておられたんですか!?

「「うんうん」」

 

 

 返す返すも、容赦の無い後輩たちであった。

 菊花賞の後になるまでは来年のことなど考えていなかったのだから、正しい認識ではあるのだが。

 

*
オレンジサファイアやバイオレットサファイアなど。ちなみに紅いルビーもコランダムの一種。

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