アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

104 / 166
ジャパンカップ(1/2)

 

 11月最後の日曜日、ジャパンカップ当日。

 

 

〔中継をご覧になっている皆さまに、繰り返しのご案内を申し上げます。

 本日の東京レース場では、当日入場券の販売を行っておりません。事前にインターネット等で申込みと購入を済ませた方のみのご入場となりますのでご注意ください〕

 

 

 大混雑が予想されるレースではしばしばこうした措置が取られる。

 このことは2か月近く前から何度も周知されていたから、当日まで知らなかったというレースファンはほとんどいないはずだ。にも関わらず東京レース場は、入場券を持たない観戦希望者たちによってぐるりと囲まれていた。

 

 異様な雰囲気である。ここが平均的に善人の多い世界でなければ、事前に入場券を買ってある者が襲われてチケットを奪われるような事件も起きたかも知れない。

 ここでも現に、切羽詰まった声かけは行われているが。

 

「チケットお持ちなんですか!? お願いします売ってください!」

「何倍でも出しますから!」

「病気で寝たきりの祖母が観たがってるんです!」

「寝たきりなら来られないだろ!?」

 

 強引なものは警備員が飛んできてやめさせているが、話しかける程度では介入しにくいし何より数が多い。あちこちで亡者の群れが蜘蛛の糸を求める羅生門のような有様だ。

 

 そんな中、ある夫婦はそうした声を1度もかけられることなく入場ゲートまで辿り着いた。

 

「すごい熱気だね」

「そうね、でも仕方が無いわ」

 

 誰も声をかけなかったのは、幾ら積まれてもチケットを手放すわけがないと明らかだから。広く顔が知られているのだ──特に妻の側が。

 全国あちこちのレース場に横断幕を持って駆けつけるアナグラワンワンの母親である。荒天のために叶わなかったものの凱旋()門賞()にも行こうとしていた筋金入り。

 

「今日は特別だもの」

「ジャパンカップが大きなレースなのは聞いたけど……」

「まず、和音(あのこ)が菊花賞にも勝ったのが大きい。それは昨日話したわよね」

「ああ」

 

 かつてはウマ娘レースにほとんど興味が無かった母親も、今や父親に教える側となった。知識は広くSNS等での世評にも明るい。

 ちなみに菊花賞までの戦績(=クラシックとティアラの同時制覇)がいかに並外れた偉業なのかは、昨日までに10回以上も解説していた。父親からすれば耳タコである。

 娘がすごいことをやったという話なのだから、毎回頬を緩めて聞いたけれども。

 

「そんな和音に勝ったことがある──いいえ、()()()かっ(﹅﹅)()ことがある子は世代全体でも数えるほど。それが3人も集まってる」

 

 オークスで完全同着になったドゥームデューキス。

 東京ダービーの勝者ニュクスヘーメラー。

 凱旋門賞の勝者にしてフランスの無敗3冠、トリウムフォーゲン。

 なお東京ダービーでも凱旋門賞でもアナグラワンワンは僅差の2着だった。結果の予想は全くつかない。

 

 菊花賞でムーンカフェを降したアナグラワンワンがここで勝てば、出走数だけでなく実力においても世代の覇者と認められるだろう。日本一との呼び声もいよいよ聞こえ出すだろう。

 少なくとも世間はそういうレースとして注目している。『事前に入場規制をかけたのに会場の周りが大混雑』というおかしな状況を作り出すほどに。

 

 

 もっとも、親にとって最上の祈りはひとつであった。

 

「怪我だけはしないでね……」

「ゴール直後に寝るのは、アレどうなんだい?」

「もちろん褒められたことじゃないけど。でも仕方ないじゃない、昔っから電池切れ直前まで駆け回る子だったし」

「あぁ、ふふ、そうだったね」

 

 



 

 

 パドックの段になっても、ドゥームデューキスには迷いがあった。

 体調は万全、作戦も2つに1つというところまでは絞り込んで研ぎ澄ませてある。どちらで行くかが決まっていない。

 

『これまで通りに〈二重否定〉前提で奇策を交えて挑むか。それとも……ナーに(なら)ってみるか。どっちにしろ勝率は高くねェ』

 

 前者の勝率は良くて2割と見ている。『上手くハマれば勝てる』と思えるプランを組めただけでも上出来という自己評価。

 対する後者は、実現性も分からなければ出来た場合の勝ち目も未知数。

 

 ナーサリーナースは秋華賞の後に丸2日寝込んだ。メンタル面もドゥームデューキスが初めて見るレベルの落ち込みぶりだった。

 それはそれとしてライブを抜けた謝罪はさせたが。

 怪我や病気ではなく、ソウルを絞り尽くしてしまったのだ──菊花賞でのアナグラワンワンのように。今はもうすっかり元気にしている。

 

あそこまで出し切ったことがあるか? 私は1度も無い、できてない。ひヒ、何様だよゥ全く』

 

 自嘲しながら台に登り、放送席からの紹介を受ける。

 

『──続きましてドゥームデューキス。女公爵の名に相応しい格式を感じさせるドレスが勝負服です』

『今回は仮面舞踏会で使うような仮面も着けていますね。他にも幾つか細かい変更がされています』

『初めて袖を通した頃から10ヶ月が経ちました。彼女以外もそれぞれ、勝負服に調整を加えているようですよ』

 

 ゆるりと回って衣装を見せ付ければ、その間に戦績も読み上げられる。

 秋華賞までで通算10戦5勝。GⅠに限ると5戦2勝。

 これだけ見れば一番人気に推されてもなんらおかしくないところだが──、

 

『支持率はトリウムフォーゲンに次いで4位となりました。なんと、彼女の成績で4位ですか』

『2位のニュクスヘーメラーから4位までは僅差ですが……クラシックでGⅠ2勝、しかも2着1回3着2回*という素晴らしい連対率のドゥームデューキスが埋もれかねない金剛世代、本当に魔境ですね』

 

──上位陣がもっとおかしいのでトップにはなれなかった。

 もとい、4位でもドゥームデューキスの〈二重否定〉には高過ぎる。せっかく各種SNSのサブアカウントで自己(セルフ)ネガキャンを展開しているというのに。上手くいかないものだ。

 

『あー、支持率が高い……ゥし、ナーの真似でいこう』

 

 優雅なカーテシーをして台を降りながら結論を出した。“領域”は使わ(﹅﹅)()()

 ドゥームデューキスがアナグラワンワンよりも明確に優っている点──身体能力。これを120%発揮するには、“領域”という奇跡が邪魔になることもある。秋華賞でのナーサリーナースはそれを証明した。

 なにしろ“領域”は祈りの力。他者からの応援や願いなくして成立しないもの。原理的に他人に依存している。〈二重否定〉は特にそうだ。

 

『あんまり頼り過ぎるなってトレーナーが言ってたのはそういうコトもあるんだろゥ。今日の私は1人きりで走る……』

 

 ウマ娘のソウルには名前がある。ウマソウルは選べず変わらず捨てられない。しかし決して、異世界のウマこの世界のウマ娘は同一存在ではないのだ。

 大切な幼馴染が、秋華賞ではただの『のどか』として走り2着に入ったように。ならば自分もただの『(まな)()』として走ろう。

 そんなことで“ドゥームデューキスというウマの(ソウル)”はそっぽを向いたりしない。味方になってくれるだろう。

 そのはずだ。

 

『私()だけで、って信じた方が良いのかね?』

 

 たぶん。

 ウマソウルが寄り添ってくれているのだとしても、ウマ娘は心細さを覚える。なにせ──、

 

『聴こえてんのかよゥ“ドゥームデューキス”。ったく、話でもできりゃ助かるのに』

 

──それは常識的な(しゃべらない)ウマソウルなので。

 

 


 

 

 ゲートに入れば、心は細く細く絞られていく。開放の瞬間はまるでスローモーション。

 

 ガッ──

  行くぞゥ。

   ──ッコン!

 

 飛び出す。ドゥームデューキスは逃げウマ娘だ。

 強敵トリウムフォーゲンとの直接対決が避けられないことは分かっていた。そこにアナグラワンワンが絡んでくる可能性は考慮していた。

 しかし。

 

「せいっ!!」

「「!?」」

 

 先頭争いに混じってきた3人目の姿に、トリウムフォーゲンと揃って目を剥く。差しまたは追込みを得意とするはずのニュクスヘーメラーだったから。

 しかも彼女は2人の様子をまじまじと眺めると、最初の直線が終わらない内にずるずると後退していった。その意図が文字通りの『鑑賞』にあったことなど2人には分からない。

 

 第1コーナーを曲がり始めて先頭は2人での争い、どちらも直前の驚きは頭から追い出している。しかし/だからこそ、カーブの入り口で視線を後ろへ()った。アナグラワンワンはどこだ?

 

『2番手集団にはいない、中団手前にもいない、中団(うしろ)……あそこにもいない? 今回は最後方からかよゥ』

 

 狙いや目的は考えない。

 『アイツは意外と合理的だから最終直線までは動かないだろう、だから後回しでいい』とか『考えてもどうせ分からないから』とか、そういった理屈を立てるより先に思考から零れ落ちていた。良い傾向だ、集中できている。

 今はトリウムフォーゲンとの先頭争い。こうして走ってみると、なるほどシンプルに強い。第1コーナーを抜ける時点で既に厳しさを感じてしまう。肺が熱に驚いている。脚が衝撃に怯えている。

 このまま2400mを駆け通せるかは──かなり怪しい、と思いかけたのを捨て去って───分からない。

 分からないはずだ、分からなくて当たり前だ。そこまで限界を窮めたことなど無いのだから。

 

っ、聞いてたよりもやるじゃないの!

「────」

 

 全く通じない異国の言葉ながら、声が孕んだ喜悦は伝わる。しかし返さない。返せない。ただ静かに視線を送った。

 トリウムフォーゲンには余裕が見える。表情にも体捌きにも強張りが少ない。膨れた筋肉が躍動する太腿(トモ)は『ようやく温まった』かのように汗を滲ませるだけ。

 

『──なるほど、そうやる(﹅﹅﹅﹅)のか』

 

 ドゥームデューキスの──もしくは(まな)()の──走りが変わる。トリウムフォーゲンのフォームに触発されて。

 これを狙っていたわけではない。そもそも常識的にはレース中にフォームの改善など言語道断というべきだ。

 

 しかしこの2人の得意戦型はほぼ同じだった。先頭を逃げて譲らぬまま勝つステイヤー。体格もかなり近い。

 “領域”の使用を捨てたことで身体の操作に全てを注げているのも大きな要因だろう。

 加えて、アナグラワンワンとの日常的なトレーニング経験。あの異端児は非常に細かくフォームを使い分ける。それを見慣れたお陰でどこがどう違うかを見抜く直観が鍛えられたらしい。

 

 相手のフォームを写し取るわけではなく、自分のフォームを大きく変えるでもない。(まね)ぶのは力を籠めるタイミングと抜くタイミング。力を残したまま逃げるための呼吸。肺から心臓を通った新鮮な血液を、脚の振りで一気に爪先まで送り出す強引な合理。

 

 トリウムフォーゲンからすれば不気味な視線だ。己を丸裸にするようで、しかもそれを証明するように相手の走りが洗練されていくのだから。

 

!? 全くグラの周りはこんなのばかりなわけ!

 

 今度もスウェーデン語は通じていない。しかしドゥームデューキスには見覚えのあり過ぎる表情だった。いわゆる『アナグラワンワンの被害者の典型例』として。

 つまりトリウムフォーゲンはこちらを非常識サイドと見做しているわけだ。おかしな話である。

 

 ひとつ、こちらは常識的一般ウマ娘なこと。

 ふたつ、そっちこそ無敗3冠UMA娘だろうが。

 

『……なんかブゥメランなこと言ってやがるな?』

 

なんか失礼なこと考えてるわね!?

 

 意外と通じ合っているらしい。

 

 

 

 2コーナーを抜けて向正面の直線へ。残すところ1600m。

 先頭トリウムフォーゲン、ほぼ並んでドゥームデューキス。スタート直後に奇行を見せたニュクスヘーメラーは下がって11番手。注目のアナグラワンワンはここまで最後尾の18番手のまま。

 

 以降の大まかなレース展開は──少なくとも外から観る限りでは──想像しやすく常識的な流れだった。顔ぶれの割には信じ難いほどに。

 すなわち第4コーナーから最終直線でのぶつかり合い。逃げと差しと追込みがコンマ秒未満を削っては奪う、永遠よりも長く感じるラスト3秒。

 斬り結び鍔迫り合うホームストレッチまで、あと1000m。

 

*
ホープフルステークス3着、皐月賞2着、オークス1着、宝塚記念1着、秋華賞3着。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。