アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

109 / 166
海外から見た異端(グラ)

 

 ジャパンカップとチャンピオンズカップを制したことで、日本のレース界はアナグラワンワン旋風が席巻している。普段はウマ娘レースを観ない層もこぞって関心を向けるようになり、『その名を知らぬ者はいない』と言っても大げさではなくなってきた。

 

 ではそんな異端児が、海外からどう見られているかと言えば──

 

 

 

■あるトレーナーたち

 

 アメリカではアナグラワンワンの注目度はさほど高くない。流石に名前は知られているが、芝に専念するとの宣言もあって敵にはならないと判断されたのだ。

 

 しかし例外もいる。

 彼女を脅威と見做すトレーナーたち、その数は10名と少し。共通項は担当するウマ娘がボールドルーラーステークス(GⅢ)に出ていたこと。

 

『あのレース、ティーガードンナの勝ち目は薄かったはずだ』

 

 それが彼らの共通見解。客観的な戦力評価。

 日本から来てすぐは路面の違いに苦しんでいたし、しばらくは解決の(いとぐち)も無い様子だった。あのままなら1着にはなれなかっただろう。

 それがボールドルーラーSの数日前、突如アケダクトにやって来たアナグラワンワン*と話してから急速な改善が始まった。その場ですぐにとは行かなかったが、本番では見事にこちらのダートに適応していた。

 

『あの貧相なウマ娘が何をしたというんだ?』

 

 彼女の身体つきはレースの理想形から外れている。ティーガードンナと似ていたりもしない。トレーナーたちの目には明らかだ。

 そして指導経験も確認できない。日本でトレーナー業をしているなどの事実も、調べた範囲では無さそう。

 

 なのに上手くやった。何らかの方法で。

 

 アメリカ人の多くは合理主義者である。上手くいくやり方があるならそれを模倣し、改善し、拡散しようとする。

 加えて危機感もあった。来年1月の末に行われるペガサスワールドカップ、ティーガードンナはこれに出ると宣言している。アメリカのスタンスはフランスとはまるで違うけれども、かなり新しいこのレース*は創設以来ずっとアメリカのウマ娘が勝ち続けてきた。奪われるのは是非とも阻止したい。

 

 彼らは真剣に調査を始め、やがて辿り着いた。URAが内部で共有しているロンシャン芝の分析レポートに。

 

 

どこぞの諜報機関がアクション映画さながらの攻防を繰り広げたかも知れないが、未公開内部文書の存在を知り・あまつさえ入手するまでの経過は全て闇の中である。

 気にしてはいけない──そこに芦毛と栗毛の奇行種*が関与したとしても

 

 

 ともかく、ついにそれを手に入れたアメリカのトレーナー陣。

 内容に目を通して…………首を傾げる。知りたかったことが書かれていないのだ。

 

『これ、だけか?』

『レポートの前半しか入手できなかったとか?』

 

 残念ながらそれで全てである。レポートはロンシャン芝の物理的特性を分析しているだけで、そこをどう走るべきかは全く書かれていない。走り方を教える方法も。

 そもそも、ここにまとめられた芝の特性から合理的に導かれる最適の走法を、当のアナグラワンワンがやっていない。なんというか異形じみた走り方である。

 

『この分析からアナグラワンワンのあのフォームを組み上げたのか?』

『どんな路面分析をすればティーガードンナのあの走りを導き出せる?』

『……常識的に考えて無理だろう』

『ならば日本は、何か革新的なノウハウを隠しているのでは

 

 そんな事実は無い。グラの走りを横展開する方法があるならサキの方が教わりたいほどだ。

 異端児による分析は(物理的には正しくとも)一般的なウマ娘の感覚からかけ離れており、これを走りに活かすことは日本のウマ娘にとっても難しい。

 

 ティーガードンナの急成長は『今回はたまたま上手く噛み合った』というべきだろう。相手がUMA娘だと分かっているから言葉を鵜呑みにせず、遠慮なく大胆な再解釈を加えた点は勝因だろうが……日本のウマ娘全体に広めることは不可能だ。

 そもそもアドバイスを受けたがらないウマ娘の方がずっと多い。なのでアメリカのトレーナーたちは是非とも安心して欲しい。

 

 

 しかし彼らは更なる恐怖に見舞われる。ジャパンカップ(芝)とチャンピオンズカップ(ダート)の連闘制覇のせいで。

 

『あの身体でこの戦績、何か秘密があるはずだ!』

『ロンシャン芝だけでなくアメリカダートについてのレポートは!? どこかに隠されてはいないか!?』

 

 録画映像を何度も見比べて、答えを探し続けてしまう。

 ……グラからすれば『自分にとっての最適解が他のウマ娘にとっては効率の悪い走り方だと分かっているからわざわざ報告していないだけ』のことなのに。

 

 

 海の向こうで顔も知らないトレーナーたちの脳を灼いていることなど、本人は当然自覚していない。

 

 



 

 

■ルーテデラソワ

 

 目の前に限られた選択肢しか無いとしよう。

 一方は勝利。

 もう一方は誇り。

 言い換えれば、『誇りなき勝利』か『誇りある敗北』かの二者択一。

 

 先輩たち(フランス)は長く勝利を選んできた。誇りを捨ててでも凱旋門に勝ち続けた。

 でも今年、それすら喪って。私は道に迷ってしまって。

 

 そんな時、日本の奇妙なウマ娘は当たり前みたいに言うのだった。

 

は?

誇りある勝利を目指しなさいよ

いやいや

いやいやいやいや

 

 イギリス最高のレースと言われる(キング)(クイーン)をクラシックで制し、アイルランドチャンピオンステークスでもぎりぎりまで迫った強者、ムーンカフェ。

 アナグラワンワンと親しいせいか、どうも自分のことを常識的一般ウマ娘だと誤解している節のあるUMA娘だ

 

 あの"金剛"と友人でいられる神経も分からないけど、平然と話の前提を覆さないで欲しい。

 

 誇りある勝利。

 それが出来たら苦労は無い。誰だってそうする。

 …………本当に?

 

 本気で考えたことがあるだろうか。独力で凱旋門に勝ってやろうって。

 国の力でなく個の力で──トリウムフォーゲンやアナグラワンワンがそうしていたように──自らの勝ちを目指した過去が、私にあるか? そのつもりで備えていたか?

 

 

 否だろう。そうは考えていなかった。これまでは。

 

 

 悩んだ末、アナグラワンワンとの再戦を決めた。

 しかし10月の渡日は空振りに終わる。

 

秋天に勝ったからって

日本を制したとか思わないでね

思わないよそんなこと

トリウムフォーゲンじゃあるまいし

 

 テンノウ賞にアナグラワンワンは居なかったのだ。テセウスゴルドも明らかに不調だった。6月のダービーで敗れた相手がこれじゃあ勝ったような気がしない。

 

 だというのに、帰国した私を待っていたのは──、

 

あーもうさー

愚痴ばっかりで悪いんだけど

想像ついちゃった

丁度フランスのニュース観たとこ

それそれ

勘弁してほしい

 

──私のことを『日本を(くだ)した英雄』みたいに持ち上げるメディアによる歓迎だった。降してないってのに。

 

 いや、分かるよ? なんとなくイヤな雰囲気を払拭したいんだろう。

 でも凱旋門に勝ったのは(アナグラ)(ワンワン)じゃないし、テンノウ賞では彼女と戦ってすらいないし。

 テセウスゴルドにだって勝ったと言えるやら。少なくとも送って寄越した再戦の誘いは、上品な言い回しの中に敗者とは思えない上から目線が見え隠れする見事な──生粋のパリジェンヌ並みに嫌味ったらしい──挑発だった。*

 

 しかしムーンカフェはさっぱりしたものだ。

 

勝ちは勝ちでしょ

胸を張りなさいな

さっきと言ってること違わない?

そうかしら

テンノウ賞は誇れる勝利じゃないと思う

私にとっては、だけど

誇りって勝つまでの準備だと思うの

ルーテがなんて言っても結果は結果だし、

実戦の経過は運も絡むじゃない?

 

 曰く、勝てるよう鍛え直してきたのは事実だろうと。テンノウ賞に勝った結果共々誇ればいいと。当日の経過については私のせいじゃないんだから関係無いだろうと。

 彼女の勝負観はどこか超然として浮世離れを感じる。サムライというやつだろうか。

 

 ……いや、きっと私たちが偏ってたんだな。

 凱旋門に挑む前の私たちは、結果ばかりを求めて他を蔑ろにしていた。当日までの準備でもずっと、『自分たちは独りじゃトリウムフォーゲンに勝てない』ことを前提にポジションや“領域”の連携を練習してさ。あんなんじゃ勝てたとしても誇れやしない。

 あぁ、確かに“誇りって勝つまでの準備”だ。違いない。

 

 なら私がすべきことはひとつ。もっと鍛えて再戦する。ムーンカフェの誘いに乗って年末のアリマ記念に照準を合わせた。

 

 ……そしたらまたGⅠ連闘制覇とか、ほんとバ鹿なんじゃないかアイツ。

 

クラシックだけで何戦するんだアイツ

も含めると

23戦ね

バ鹿じゃないの

そうよ

いまさらでしょ

 

 そうだけどさぁ。

 ムーンカフェはアイツの奇行をなんでも『いまさら』で流しちゃってない?

 

 



 

 

■スウェーデンのさる名家

 

 一方、トリウムフォーゲンやトロゥスポットの実家はというと。

 

 繋競走の未来を担う下の姫が自ら見初め、強く望んだ乗り手候補のアナグラワンワンにはもちろん注目している。

 日本での成績は把握しているし、驚いてもいる。

 

 が、危機感は抱いていない。

 無意識に平地競走を下に見ている彼女らは、トロゥスポットがそちらにも興味を持っていることを知らないのだ。アナグラワンワンと過ごすほどに欲が増しているなど思いもしない。

 

 それは無知とも言えるが信頼でもあった。

 愛娘が繋に向ける情熱を信じている。それとは別に、代々従者を務める家系の(すえ)にも監視や報告を命じたから異変があれば報せてくるはずだと。

 

 

 無論、監視役(ミネイ)は色々と把握している。

 ジャパンカップの後にトロゥスポットたちがどんな話をしたのかも、『平地()走りたい』を目標に据えたことも。

 

 現場の判断で報告していないだけである。

 だから実家はアナグラワンワンのことを危険視できない。

 

 めでたしめでたし(?)。

 

*
100話『次なる連闘計画』

*
現実では2017年が第1回。

*
テセウスゴルドは栗毛である。

*
テセウスゴルドの要望を受けて、シックザール親子のフランス語を参考にした結果。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。