アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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お勉強@東京レース場(2/2)

 

 ローテとはローテーションの略で、本来はレースとレースの間隔のこと。『厳しい(短い)ローテ』だとか『余裕を持った(長い)ローテ』みたいに言う。

 そこから派生して、出走計画を指す場合。『4月半ばに皐月賞→5月前半にNHKマイルカップ→5月末に日本ダービー』だとか、そういう流れを指してローテと呼んだりもする。

 ……らしい。

 

「え、でも皐月賞とかってクラシック級だけだったような」

「ああ、シニアは走れない」

「じゃあその年だけってことですよね」

「そうだな?」

「……周回(ローテーション)してないじゃないですか?」

「あー、そこが引っかかってたのか」

 

 こくこくと頷く。私がイメージするローテーションって、例えばバレーボールのポジションみたいにぐるぐる回ることで……1度しか通れない道なら、それを1周って呼ぶのはなんか違わない?

 

「言われてみればそうかもな。だがレース界隈ではそういうもんとして定着しちまってるから」

「なるほど、代々トレーナーを輩出した名家に伝わる秘伝みたいな奴ですか」

「ウマ娘どころかファンだって知ってるぞ」

 

 なんだって……。それじゃますます知らなかった私がただのバ鹿ってことじゃないか。

 千田さんは話題を進めてくれた──落ち込む私のためかな。優しさが滲みる。

 

「嬢ちゃんは走れるレースの選択肢が多い。どうも中長距離寄りっぽいが、短距離だってアレ(﹅﹅)の加速力がありゃあ戦える」

 

 確かに、選抜レースで使ったスパイクは加速力って点ではかなりのアドバンテージだろう。むしろスプリントの方が勝ちやすいかも知れない。

 

「海外も視野に入るだろうし、若いトレーナーは尻込みするかも知れん。

 ……あぁ、それとアンケートの影響もあるか?」

「アンケート?」

「入学してすぐ書いただろ。夢を語れ的なヤツ」

「書きましたけど……あれのせいでスカウトされづらい?」

 

 別にそんな尖ったことは書いてないはず──、

 

「嬢ちゃんがなんて書いたのか、事務員の俺は具体的に知らねぇ。だが(サキ)の反応からすると曖昧なこと書いたんじゃねえか? 『たくさん勝ちたい』とかよ」

 

──む、曖昧ってことになるのかな。

 ちなみにサキさんとはアルヘイボゥ先輩のトレーナーさんで、ここ数日で何度かお会いしている。

 

「えーと、“GⅠ勝利”ってだけ書きました」

「ふむ。それだけだとお嬢ちゃんが何をしたいのか分からんからな。トレーナーとしちゃあ具体的に『ダービーウマ娘』とか『ティアラ制覇』とか書いてくれた方が指導に迷いが生じない」

「あー……」

 

 なるほど納得である。

 じゃあ私は目標を絞った方がいいのか。桐生院さんに逆スカウトをかけるって手も……うーん、じっくり考えよう。

 

《……グラ、今度からレースの知識は私に伝える前にアルヘイボゥか千田に確認してくれよ……?》

 

 またアナさんからの信用度が下がってしまった。相談して決めたいのになぁ。

 

 


 

 

 京王杯スプリングカップ(GⅡ)、芝1400m。

 向こう正面のスターティングゲート近くに先輩たちが集まった。

 

「そう言えば嬢ちゃん、ウマ娘にも詳しくはないらしいが」

「う。すみません、あそこにいる皆さんも先輩しか分かりません」

「そりゃあ良いのさ、ジュニア期なんだから。覚えるなら競う可能性のある同期を優先しな。

 で、知らないなりに見てどうだ? 強そうとか弱そうとかよ」

「弱い人はいないと思いますけど」

 

 GⅡレースに出られるシニア級って時点で弱いわけがない。パドックを見ていても明らかに不調っぽい人なんか居なかった。

 

「じゃあ聞き方を変える。俺と(トレーナー)の見立てじゃ、アルヘイボゥは恐らく1着か2着になる。ライバルがどいつか分かるか?」

「む。先輩に勝つかも知れない誰かってことですか」

 

 そう言われると気にはなる。なるけど、むーん。

 私は()()の良し悪しなんて分からない。先輩より太いとか細いとか、言えるのはそこまでだ。

 

『……アナさん、そういうの分かります?』

《分からん。分からんから、手がかりにするとしたらアルヘイボゥだ。視線とか》

『先輩の視てる先……?』

 

 そう言われても、今まさにゲートに入った先輩は特定の誰かを睨んだりはしていなかった。逆に誰かから目を逸らすとかでもなく、正面だけを見ていた気がする。

 耳の向き。尻尾の動き。ゲートに入る前のそれらを思い返しても、先輩の意識は細く尖って前だけを向いていた。

 

「私には分かりません──、

 「そうか、正解はな」

 ──でも、たぶん」

 

 教えてくれようとした千田さんの言葉を遮って、確信めいた予感を呟く。

 未来が見えるわけじゃない。脚質とか作戦とかも分からない。ただ、先輩より尖ってる人は居なかった。

 

「1着は他の誰でもなく、先輩だと思います」

 

 



 

 

 昨年、クラシック級だったアルヘイボゥはGⅢ・GⅡと景気よく勝ち上がり──その先で惨敗を経験した。9月のスプリンターズステークス、11月のマイルチャンピオンシップ、どちらもシニア級との混合レースとはいえ……ひどい負け方をして、深刻なスランプも経験している。

 だから陣営にとって、このレースは試金石であり分水嶺だ。ここで快勝すれば6月の安田記念にも弾みがつくが、逆に負ければ『GⅡで負けたのにGⅠなんて』と後ろ向きになりかねない。

 

 アルヘイボゥにはそういうところがある。

 そんな気質であることは知られていて──今回はそこを突かれた。

 

「くそ……」

 

 ゲートインを見守りながら、千田サキ──アルヘイボゥのトレーナーは歯噛みしている。苦々しい視線の先は担当するウマ娘ではなく、その2つ隣。

 シニア2年目のGⅠウマ娘、アルバイトスタッフ。昨年のマイルCSの勝者である。順当に考えれば、この5月前半は京王杯(GⅡ)ではなくヴィクトリアマイル(GⅠ)を戦える経歴の持ち主だ。

 なのにここにいる。出走資格があるのは確かだが、アルヘイボゥ潰しとしか思えなかった。

 

 幸い、狙われた当人は飄々とした様子だったが。

 

 

 ──ゲート、オープン。勝負は90秒未満で決まる。

 

 

「最近のアルヘイボゥは上向いてる。大丈夫、私が信じないでどうするの──!!」

 

 期待があり、信頼があり、不安がある。

 特にアルバイトスタッフの出走を気にも留めない態度は不可解だった。これまでのアルヘイボゥならば、もっと驚くか戦意を剥き出しにするかしたはずだ。

 

 アルバイトスタッフは先行。アルヘイボゥは追込み。レース序盤は予想された位置取りから。

 ただしこの先は分からない。ファン曰く、アルバイトスタッフは『セイウンスカイを思わせる』ウマ娘──サキは持ち上げ過ぎだと思うが。つまり傾向として幻惑のトリックスターであり、この場で唯一のGⅠ覇者という存在感はバ群のコントロールを容易にするだろう。それをもってアルヘイボゥの妨害を目論むことは明らかだ。

 軽い下りの3コーナーを過ぎ、微妙に上る4コーナーへと入った辺りで……計略が牙を剥く。

 

「なっ、先行集団があそこまで固まるの!?」

 

 ややダレてきた逃げウマ娘、アルバイトスタッフを含む先行組、早めに飛び出した差しウマ娘までもが不自然なほど大きな団子を作る。

 アルバイトスタッフが行ったであろう誘導の全ては理解できないし、仮にあれが“領域”の効果ならサキには観測すらできない。しかしなんであれ、追込みのアルヘイボゥからすれば道が塞がれた形だ。

 4コーナーを抜けて最終直線に入り、アルバイトスタッフが当たり前のように先頭へ飛び出した。すべてのウマ娘が力を振り絞りそれを追う。さすがに集団は少しバラけたが、外を周るのがより困難になったとも言える。

 大きく膨らむしかないのか? しかし東京レース場の最終直線には登り坂もある。

 

 あの僅かな隙間を、アルヘイボゥが滑らかに抜けられたら。それはたとえば──、

 

 

 領域具現──髪梳る3色柱(コーミング・トリコポール)

 

 

──絡んだ髪に櫛を通す、ように。

 

「は?」

『────』

 

 サキは思わず言葉を失った。実況さえもしばし沈黙した。

 気付けばアルヘイボゥは2位。集団を背負い、さらにその先にある唯一の背中を猛追している。

 

 追込みの加速力だけを考えるなら不思議はなかった。アルヘイボゥにはそれだけの脚がある。しかしアルバイトスタッフの用意した壁を無きものが如くするりと抜けたのはなんだったのか。

 

「まさか“領域”……?」

 

 サキからは分からない。

 はっきりしているのは、1対1のこの状況は最高の勝機であること。

 

「行けーーーっ!!」

 

 



 

 

 ウイニングライブでセンターを務めたアルヘイボゥ。帰り支度をしながら、改めてサキの労いを受ける。

 

「お疲れ様、いいライブだったわ」

「…………複雑な気分」

「まぁまぁ。可愛い後輩ちゃんじゃないの」

 

 ライブも初体験だったアナグラワンワンは、ステージからでも見逃しようがないほど熱狂していた。客席でも若干浮いていて、隣では千田ギンが止めようか他人のふりをしようかと迷っており、申し訳ないことこの上ない。

 

 あまりイジるべきではないと判断して、サキは話題を変える──、

 

「強くなったわね、ボゥ」

「なんですか急に」

「アルバイトスタッフが出走を被せてきたこと。昔の貴女ならもっと揺れていたと思うの」

「あぁ……」

 

──変えようとは、した。しかしそれは話題転換になっていない。アルヘイボゥからすれば頭の痛い後輩の話が続いている。

 

あの人(アルバイトスタッフ)が仕掛けてくる戦略を踏み越えるには、狙いを見抜かなくちゃと焦ってました。彼女の考えを理解しようと必死で、前はそれが出来なかったんです。

 ……今は余裕ですよ。どこかのワンちゃんよりずぅっと合理的ですから」

「後輩ちゃんのおかげ……?」

「感謝はしたくないですね。ホントにあの子ったら──」

 

 控え室を出て、駐車場で車に乗り込み、学園へと走り始めても……アナグラへの愚痴は止まらない。立て板に水で喋り続ける。

 サキはそれをうんうんと聞いていたが。

 

「──ギンさんにだってご迷惑かけたに決まってます」

「あら。それは少し違うみたいよ?」

 

 ひとつ口を挟む。アルヘイボゥは思い切り怪訝そうに「えぇ?」と返したが、父からのメールはむしろ彼女を褒めていた。

 

「出走直前に訊いたらしいの、貴女のライバルがどれか分かるかって」

「あの子、シニア級のウマ娘なんて把握してないでしょう」

「ええ。でもゲートインをじいっと見つめてから、結果を言い当てたそうよ」

「…………」

 

 結果、すなわちアルヘイボゥの1着を。そうなって欲しいではなく、そうなると言った。

 

「不思議な子ね」

「不思議──そうだ、あの理不尽UMA娘め……サキさん、相談があるんですけど」

 

 いやに改まったアルヘイボゥからの頼みごと。その内容もサキには奇妙に感じられた。

 トレーナーとしてアナグラワンワンと話す──これは良い。スカウトを検討することも構わない、というか既にしていた。

 ただしそこに手順を加えて欲しいというのである。

 

「私の感覚だけじゃはっきりしないので、この可能性……仮説について検証すること。

 気の所為じゃないとしたら、それをワンちゃんにも知らせて、そのデタラメな価値の高さを理解させること。

 そういう順序を踏んでから選ばせるべきです」

「……? ごめんなさい、良く分からないわ。説明してもらえる?」

 

 この時点ではアルヘイボゥにも確信が無い。

 もし事実であればとんでもない話であり──なるほど、スカウトの諾否にも影響する話だ。

 

 

「勘違いであって欲しいですけどね。だって事実なら、今日の勝利は本当にあの子のお陰ってことになっちゃいます」

 




□オリウマ娘ちゃんズの名前の由来

アルバイトスタッフ
 モブウマ娘『バイトアルヒクマ』と
 『エキサイトスタッフ』からの変形。
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