チャンピオンズカップの前にムンちゃんから貰った、しびれるような勝利宣言。
『危機感を抱きなさい。貴女が菊花賞のままなら、有馬は私が獲る』
あれはガチだ。10月時点の〈
チャンピオンズC時点で
──正直、微妙。
勝ちを求めるとか芝に専念するとか、気構えの面では変わったと思うけど……それだけで速くなれるわけじゃないし。特に私の貧弱な身体はごくゆっくりとしか成長してくれない。
だからムンちゃんが言ってくれた通り、焦ることにした。
危機感マックスでことを進める。
最後のダートレースを勝ったその日の夜からサキさんに相談。
「……すごいこと考えるわね」
「挑戦してみたいんです。アリー先輩の復帰も近くて忙しいとは思いますが」
「それは気にしなくて平気。貴女からも目を離したりしないから、一緒にやっていきましょう」
「はいっ!」
有馬記念まで20日。
翌月曜日にはニュクスさんに相談。
彼女自身へのお願いは快く請けてもらえた。
あと19日。
……ちなみに、同席してもらった葵さんにニュクスさんのスケジュールが平気か訊ねたら。
「予定はたぁっぷり空いていますよ、ゲート審査に合格するまで公式レースには出られないので。
すっかり忘れてる座学、頑張りましょうねニュクス?」
「ぅう、見捨てないで葵さぁん……」
「…………が、がんばってください」
私もテスト受けたの去年の春だし、全く苦労せずに
サキさんによれば普通のウマ娘は最初のゲート訓練をひどく嫌がるもので、審査さえ通ったらその頃の記憶を思い出したがらないことは多いそうだ。それにしたって葵さんが珍しく呆れを露にしていたので、ニュクスさんはよっぽどなんだと思う。
明けて火曜日のお昼、ムンちゃんと真面目な話。〈
菊花賞のあの日、最初に呼ばれたシユウはニュクスさんの〈天眼〉に灼かれて消えた。
「あの子たちって、痛がったり苦しんだりするのかな?」
「え。はっきりしたことは分からないけど──ッグラ、まさか!」
「うん、考えてる通りだと思う。いや私も苦しめたくはないからさ。ムンちゃんはどうだろ、確かめたくない? 気にしてるみたいだったし」
「…………確かめる手立てがあるっていうの?」
「色んな人の協力が必要だけどね」
私の構想をざっと聞いた上で、ムンちゃんは一旦答えを保留した。真壁さんとの相談も要るだろうし
──頷いてくれるだろうって自信もあるしね。これはほぼ間違いないと思っている。
となれば答えを待つのも時間の無駄だ。同じ火曜日の夕方、私は初めて自分から学園長を訪ねた。
用件は1つ。冬にニュクスさんの件で貸してもらった私設の練習場を使わせて欲しいということ。
「確認! それは練習内容を秘匿したいということかな?」
「いえ、練習は別に見られても構いません。ただ
まだ協力してもらえるとは決まってないんですけどね」
「ふむ…………了承! 今すぐにとはいかないが、数日中に使えるようにしよう!」
「ありがとうございます!」
あっさり快諾してもらえたのは、これまでに何度か学園側のお願いに応えてきたからだろう。断れないだろうって承知で頭を下げるの、お父さんがやることみたいで大人になった感があるなー。
そんなこんなで根回しをして、有馬まで18日。
水曜日は待つしかなかったけど、木曜日には大枠が決まった。集まってくれた
あと16日。
金曜日の放課後から、理事長先生の私有地で特訓開始。
あと15日。
火曜日、特訓5日目。
ようやく少しは慣れてきた……と言えたら良かったんだけど。私とニュクスさんは昨日までと同じように地面に膝をついている。全身の疲労で呼吸さえおぼつかず、酸素吸入を受けるにも背中を支えてもらう始末だ。
こうなることは覚悟してたとはいえ、しんどい。
「ぜ、はっ、ありがとロス……」
「喋らないでいいですから、ゆっくりと吸ってください」
自称箱入りお嬢様のロス、割と献身的。
「き、鍛えられてる、感じがしますね……!」
「お黙りやガレくだサイ」
「はぃ……」
ミネイは日ごとにニュクスさんへの扱いが雑になってきて面白い。日本語は拙いながらお世話自体は完璧なので文句が言えないっていう。
持久力がめきめき鍛えられてるのは確かだと思うけどね。でもこの特訓の主眼はそこじゃないのだ。
「…………」
へろへろな私たちの様子を見ているムンちゃんは、汗ばんでいるし息も上がってるけど私たちよりはまだまだ余裕がある。難しい顔で考え込んでいるようだ。
「ムンちゃん、後悔してる?」
「引き受けたこと? してないわよ。グラだけじゃなく私だって強くなってるんだから」
「良かった」
私からの提案はあちらにも益のあるものだった。
『〈盈月〉で現れる
具体的にはニュクスさんがその名を思い出した時に使った“領域”、〈
多角的な観察のためにマンハッタンカフェさんとネオユニヴァースさんに来てもらって〈嘆願〉を浴びせ、ムンちゃんを含めて全員の感知能力を【喚起】で高めた状態で〈盈月〉を使ったら、普段は分からないことが色々分かるんじゃないか。
そう提案して、こうして実行している。……して
ただし現役を退いたウマ娘たちを全盛期に戻すには代償が必要だ。私とニュクスさんの体力という。
いやもう、ほんっとうにしんどい。
しんどいので、その様子を嬉々として計測・記録するのやめてもらえませんかねタキオンさん。「実に興味深いデータだよ君たちィ!」とハイになってるから言っても耳に入らないんだろうなぁ。
そもそも私がニュクスさんに頼んだのはネオユニさんへの連絡だけ。ムンちゃん経由で頼んだ先もカフェさんだけ。タキオンさん
酸素とか疲労回復ドリンクとか、色々持ち込んでくれて助かってる面はあるけど……あるけど!
やっぱり文句のひとつ位はぶつけとくべきじゃないだろうか、想定外にしんどくなってしまったこの現状について!
「あの、タキオンさん。ここでの特訓を察して飛び入り参加したことはもう仕方ないと諦めますが──」
「うん?」
「──〈嘆願〉の対象者を
そう、ここでは限られた距離ながらムンちゃんと全盛期のカフェさん&ネオユニさんが激突する(だからムンちゃんは受けると思ってた)。こんなこと学園でやろうものならあっという間に人が集まって周りの邪魔になりかねないので、それを避けるために場所を借りたのだ。
ひっくり返すと『ここでなら夢のレースがやり放題』と言えなくもないけれど、そこは目的じゃないんですよ。だというのに、タキオンさんを始めとする呼んでない
「私とムンちゃんが確かめたかったことはとっくにはっきりしてるのに、なんか終われないじゃないですか!!」
困る。や、
これでムンちゃんは気兼ねなく〈盈月〉で使役できるし、私も引け目を感じることなく
それが分かった時点でこの特訓は大成功、お疲れ様でしたと終われるはずだったのだ。
特訓3日目の日曜日にやってきたあの人は、
『よーぅ! 楽しそうなことやってんだってェ?』
『ポッケさん!?』
東京優駿やジャパンカップを制したジャングルポケットさん。カフェさんやタキオンさんの同期だ。
大いに驚いていたからカフェさんが呼んだということはないはずで、ならタキオンさんが呼んだに決まって──、
「私は誰にも話していないよ?」
「「え」」
──決まってる……と思ったんだけど。ムンちゃんもそう思ってたみたいだけど。
そうではないらしい。
「え、じゃあどうして……」
「どうしてというのはアレかい? この場に私やポッケ君や──」
タキオンさんじゃなければ誰が漏らしたっていうんだろう。カフェさんではないし、面子の豪華さからして偶然なんてこともありえない。
「──副会長やトップロード君が来ている理由ということかな」
「興味本位で噂を広めたりするでしょ、タキオンさんなら」
「ムーンが私をどう見ているかはよく分かったが、漏らしていないものは漏らしていない。誓おう」
副会長ことナリタブライアンさん。皐月賞、東京優駿、菊花賞、有馬記念を制した"怪物"。
ここに来てすぐは『あれ、ヤマニンゼファーさんより若いはずだよね……?』ってぐらい覇気の無い雰囲気だったのに、〈嘆願〉を体験したら一気に若返って
ナリタトップロードさん。菊花賞に勝った他、カフェさんやポッケさんや、あの"覇王"テイエムオペラオーさんとも激闘を繰り広げた"麗し"。
私たちがへろへろなのでブライアンさんを宥めてくれているけど、『待ちましょう』であって『今日はここまでにしましょう』ではない辺り容赦が無い。
昨日は"覇王"サマも連れ立ってのお越しでいやがりました。今日は
それはもーーーう、皆さん実に楽しそうで。
ええ、私たちも有り得ないほど貴重な体験させてもらってますよ! すっごく成長してる実感がありますよ! でもいつまでやるんですかコレ!?
ブライアンさんなんて『なんとしても会長を呼ばなくては』とか盛り上がってて本当に勘弁して欲しいんですが!!
こんなことになった発端がタキオンさんでないなら、それは誰なのか。
「私でもカフェでもないんだから消去法で明らかだろうに」
「え、ネオユニさんってことですか?」
「私たちがこうなるって知ってるはずなのに……?」
ニュクスさんと2人、思わず恨めしげな声になってしまう。〈嘆願〉の後に私たちがどうなるのか、彼女は見知っていたのに。
「動機は分からないが、悪意ではないだろう。現にここ数日は大きな糧になったはずだ」
「「なりましたけど……」」
そこは仰る通り。否定したら大嘘になってしまう。
特に昨日だ。ネオユニさんカフェさんタキオンさんに加えてトップロードさんとポッケさんとオペラオーさんが揃ってたから……ムンちゃんが目をキラキラ(ギラギラ?)させながらどんどん速くなってたなぁ。
ネオユニさんだからと言われると微妙に納得感もある。
〈嘆願〉で全盛期に戻せる対象は、英雄級の皆さんだと同時に2人が限度だと思っていた。それを走っては休んでと繰り返しながら増やしていって、最終的には4人同時で1200mいけたから、成長したのは間違いない。
こういう『今は出来ないけど鍛えたら出来るようになる』みたいな予測にかけて、“観測”は予言じみた精度のようだ。
ただしそれは、異常にタフな私やニュクスさんだから良かったようなものの、有り得ないほどのスパルタだった。
カフェさんもさ、最初は周りを留めて無茶をさせない立ち位置だったのに、勝ったり負けたりしてる内に完全に
本来ブレーキ役のサキさんたちもみんなテンションがおかしかった。真壁さんなんかずっと涙ぐんでた気がする。カフェさんの走る姿に胸を打たれたそうな。
(ちなみにムンちゃんは〈嘆願〉の範囲内にいても負担にはならない。今がこれまでで最強だからだろう)
……まぁ幸い、
で、繰り返すけど私とムンちゃんの主目的(霊魂についての検証)はもう済んでたの。続ける必要無かったの。
でもトップロードさんが『引退してからどんどん元気が無くなっちゃったブライアンさんが大喜びするはずだから』と熱望してきたので今日もやっております。
明日も誰か来るんですか? そろそろ皆さんを止めてくれませんかねぇ!
(ちなみにちなみに、今日のカフェさんは勝負服を持ってきている。昨日の謝罪はなんだったのか)
翌日の水曜日。
なんとヘリで駆けつけたシンボリルドルフさんは、状況を把握するや否や引退済みウマ娘の皆さん(勝負服)を正座させて一喝して下さった。
「言語道断とはこのことだ! 若者の貴重な時間をなんだと思っている!」
わーカッコいー。
その後に「せめて有馬の後にしろ」とか言いながら尻尾ぶんぶんさせてなければ心底から感謝しましたよ。
私たちの疲労具合をみて、全く走らず観戦に徹してくれた先輩もおられる。普段着のままだし、もちろんルドルフさんのお説教からも対象外だった。
ハッピーミークさんとゼンノロブロイさんである。癒し。
有馬記念まで、あと10日。
カフェ・ネオユニ:
グラが呼んだ。
タキオン:
独自に察して勝手に来た。
RTTT勢:
ネオユニが呼んだ。ニュクスとグラの〈嘆願〉に負荷をかけて鍛えるためと思われる。
ナリブ:
レースを離れてから元気がなかったのを心配してトプロが呼んだ。
ルドルフ:
戦うつもりでナリブが呼んだ。
ミーク:
葵ちゃんが自分のブレーキ役として呼んだ(トレーナーの役割を放棄していたら指摘してくれと)。
でも観戦が楽しくてそちらに熱中してしまう。
ロブロイ:
お友達としてネオユニが呼んだ。後輩を気遣って走らないことは想定済み。
観戦は楽しんでいる。うずうずしてもいる。