アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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現役たちの硬軟(直前特訓2/2)

 

 競走ウマ娘とそのトレーナーにとって、『競い合うライバルがどんな練習をしているか』は大きな関心事だ。そして実際のところ、お互いにある程度まで把握している。

 所属トレセンが同じ場合は特に、徹底的に隠し通すようなことは難しい。体調不良や弱点などがあればきっちりと隠すけれども、どんな能力を重点的に鍛えているか程度は様々な手がかりから推察可能だ。

 

(例えばトレセン内で坂路トレーニングを行うとして、設備の使用予約は他のトレーナーからも確認できるし、坂路自体も壁で覆われていたりはしない)

 

 雰囲気を出すために『秘密特訓』などと呼ぶことはあっても実際にはそれほど秘されていないことが多い。海外はともかく日本ではそんな雰囲気であり、真面目なトレーナーであれば探り合うのは当たり前。

 

 だから言うまでもなく、アナグラワンワンたちも偵察の対象となる。

 

 


 

 

 テセウスゴルドのトレーナーである群雲(むらくも)(かすみ)もまた警戒のアンテナを張っていた。

 有記念が2週後に迫ったあたりから、アナグラワンワンが学外でなに(﹅﹅)()始めたらしい。

 

『なにごとも開けっぴろげなあの子が、わざわざ人目を避ける……? いやな予感しかしない』

 

 調べないという選択肢は無い。そして霞は常時発動している〈雲隠れ〉によってほぼ誰からも認識されないUMA娘だ。偵察役にはぴったりである。

 

 

 月曜日、情報収集のために足を運びながら……しかし内心は気が重い。

 

『悪い子じゃないんだけど、むしろかなり気遣ってくれたけど、私を見つけられるってだけで苦手意識が……いやいや頑張らないと』

 

 アナグラワンワンは〈アイテール〉を纏えば〈雲隠れ〉内の霞を視認できるらしい。9月にいきなり見つかった時は死ぬかと思ったが、呼吸困難に陥る霞をゆっくり待ってくれたし、視線が怖ろしいと伝えれば目を逸らしてくれた。

 怖いことはしてこない。勝手に恐ろしく感じるだけで。

 

 ただ、もっと怖い相手も同じ場所に居るらしいのだ。

 

『しかもムーンカフェさんまで……あぁぁ気が進まない』

 

 〈新月〉は〈雲隠れ〉を見抜くのではなく打ち消すため、天皇賞の後にテセウスゴルドを匿っていた霞は多くの美浦寮生から視認された。あんなに多くの視線に晒されたのは現役の頃以来で、堪らず目を回しそうになったほどだ。

 ……気絶はできなかった。お説教モードのムーンカフェがそれを許してくれなかった。怖い。

 

 それでも霞は行く。テセウスゴルドのために。

 彼女を有で勝たせたいという一念で恐怖を誤魔化し、覚束ない足取りながらその敷地に入った。

 

 正面の通用門から。

 気付かない警備員の目の前を。

 無許可で。

 

「──群雲さん」

「ひゃいぃ!?」

「この先は秋川理事長の私有地です」

 

 門を抜けてしばらくしたところでいきなり声をかけられ、慌てて頭を下げて詫びる。

 わざわざ“領域”を解かなくても、()()には視えるし聴こえるのだ。

 

「すっ、ススススミマセン今すぐ! 出ていきます!」

 

 どうやっているかは全くの謎だが、駿川たづなには〈雲隠れ〉が通じない。霞は彼女から隠れられたことが無い。

 慣れているので、たづなは霞から目を逸らしたまま告げる。

 

「なので、ちゃんと入場申請をして注意事項を読んでから入って下さいね」

 

 たづなは警備員のいるゲートまで戻り、代わりに手続きを済ませた。霞に〈雲隠れ〉を解かせて対面でやらせたら1時間以上はかかってしまうので。

 

「あ、すみ、ありがとうございま……あれ。入っていいんですか?」

「こっそり忍び込むのでなければ構いませんよ」

 

 首を傾げながらたづなについて行くと、やがて整備されたターフが見えてくる。使用頻度が低いために学園のものより綺麗なそこには、ぱっと見ただけで10名弱のギャラリーがいる。

 全員トレセンの関係者。普段通り、偵察はお互い様といったところらしい。

 

 渡された注意事項の紙にも、思ったほど厳しいことは書かれていない。『“領域”を知らない若いウマ娘や、トレセン外の一般人に漏らすな』という時に使われる定型文だ。つまりこの先ではそういうトレーニングが行われている。

 霞からすれば納得の内容。アナグラワンワンがいるのだから超常現象乱れ打ちは分かっていた

 

 ……ただし、現実は予想を大きく越えてくる。

 

「明日からも、見学希望なら私を呼んでください。こっそり入るのは警備上の問題もありますし、貴女のためにもお勧めしません」

「私のため……?」

 

 たづなは真剣に気遣う様子。「見かけて良かった。おひとりで来ていたら危なかったですよ」とまで言う。

 

「今ここには貴女を見つけられそうなウマ娘が沢山いますから。私と居れば平気だとは思いますが、こそこそしていると睨まれますよ。最悪、敵意と勘違いされるかも」

「た、たくさん? あの子たちと、たづなさんやデジタルさん以外に?」

「ええ、たくさん」

 

 実際、その直後にかけられた声は──、

 

「やぁ、お久しぶりですたづなさん! それと初めまして、透き通るように儚げなお嬢さん!」

「あ、やっぱり。お久しぶりですオペラオーさん」

 

──はっきりと霞を勘定に入れたもので。

 

 

 後ほどたづなから事情を聞いたテイエムオペラオーは、「なるほど、黒子に徹しているということかな? ならば役者(ボク)には視えて当たり前じゃないか!」と独特の理屈で答えた。

 他にも「根性無しの匂いがする」やら「読者さんを装うタイプの登場人物ですか、メタ構造ですね」やら「NP」やら……あまりにも存在を認識されるので、この日の霞は肝心の目的をあまり果たせなかった──見るべきは引退した優駿たちではなくアナグラワンワンとムーンカフェ*だと、そんなことは分かりきっていたのに!

 

 もっとも、古豪に意識がいってしまい充分な偵察ができなかったトレーナーは霞だけではない。むしろ経験豊富なほど真壁のように胸が熱くなり偵察どころではなかったようだ。

 厳しい表情のまま滂沱に濡れていた老爺はドゥームデューキスのトレーナー。その言い尽くせぬ情を笑うことなど誰にできようか。

 

 

 ……ということを言い訳に、霞は(かよ)(うび)も翌々日もそこへ向かった。

 3日かけて、どうにか最低限の情報収集はできたらしい。

 

 



 

 

 水曜日の夜、霞のトレーナー室。

 彼女が担当するウマ娘が2人、席を並べている。

 

 ここで行われるミーティングはかなり独特だ。このトレーナーは担当ウマ娘にさえ姿を見せない。〈雲隠れ〉に引きこもったままキーボードを操作して大型ディスプレイに文字などを打ち込み、それでコミュニケーションをとる形。

 誰も触っていないのに勝手に動いたように見えるわけだが、この奇妙さが気になるようなら最初から契約していないので大した問題ではない。

 

〔共有。まず端的に、急成長ヤバい〕

「端的すぎねぇ? 分かりやすいけどさ」

 

 テセウスゴルドが応えると、偵察してきた特訓の様子が高速で打ち込まれていく。次々と挙げられるビッグネームには2人とも驚いた。

 自分もゴールドシップから大いに助けられているのでズルいなどとは思わない。ただ羨ましくはある。

 

「混ざりてえなぁ。ていうかドゥームのやつはしれっと混ざってそうな感じするぜ」

〔鋭い、今日は参加しようとしてた。

 でも引退ウマ娘たちを強化しての訓練は昨日が最後だったから空振り〕

「ほーん? 有の直前までやるわけじゃねえんだ」

〔流石にきつい。ワンワンの負担が過大〕

「まぁ相変わらずおかしな“(りょう)──って、ん? 今の話だいじょーぶなのか?」

 

 何かを言いかけて言葉を飲み込む。“領域”の知識は慎重に扱わねばならないはずだ。

 しかしここまでの話、つまり『引退したウマ娘たちが一時的とはいえ全盛期の力を取り戻していた』というのも充分に超常の類である。

 

 ということは、横に座っているもう1人は既に。

 

〔ごめん。ベアはもう使えるから色々教えてある〕

「ぶい」

 

 ベアリングシャフトはピースサインと共に答えた。

 

(ジュニア級の内から“領域”を使えることは本来なら驚くべき早さなのだが、テセウスゴルドは9月の芙蓉ステークスで習得していたし同期も似たようなものなので早いとは感じなかった)

 

 この下級生はアナグラワンワンによく懐いており、邪魔にならない範囲でジョギングについて行ったり(時に置いて行かれたりも)しているようだ。【喚起】の影響を受けていても不思議は無い。

 その中で、あまり知られていない秘密を知る機会でもあったのだろうか。

 

「お、そりゃおめでとさん。でもここは私の有対策会議だ、なんか耳寄りな情報でもあんの?」

 

 そうでないならここに同席している意味が無いことになるが──、

 

「無い。外でやってた特訓のこと知りたかっただけ」

「自由かよ」

「どやっ」

 

──特に無いらしい。

 呆れたようなテセウスゴルドも怒ってはいない。霞をトレーナーに選ぶウマ娘が奇人揃いなことなどとっくに自覚している。

 

「でも今の話だとバスには教えられない。残念」

〔肯定。“領域”を知らない相手には伝えないように〕

「相方はまだなのか。ワンワンのおっかけは一緒にやってんだろ?」

「バスは“かたい”から」

 

 ベアリングシャフトは面倒臭がりで、考えを言葉にするのも得意ではない。それでも数ヶ月の付き合いから察しはついた。

 ここでいう“かたい”とは『常識の枠からはみ出そうとしない』ようなニュアンスだろう。そこへいくと霞とやっていける2人はかなり“やわらかい”。恐らく後者の方が早い内から“領域”を習得し易いはずだ──思い切り常識の外にあるものだから。

 

『……ライバルたち(あいつら)はどうかね?』

 

 テセウスゴルドはそんなことを考えかけたが、すぐに放り投げた。アナグラワンワンの周りに“かたい”者など居ない。元がそうでも“やわらかく”ならざるを得ないので。

 

「コンバスチャンバー、だっけか。そいつよくワンワンのファンでいられるな」

「うん、バスはまともに見えてネジがとんでる。びっくり箱みたいで面白い」

 

 コンバスチャンバーが選んだトレーナーはドゥームデューキスやナーサリーナースのことも担当している。霞たちに比べれば常識(まと)()な、つまり“かたい”陣営だ。

 

 “やわらかい”方が“領域”を習得しやすいとして、では“かたい”ことは単に不利なのか。もちろんそうとは言い切れない。

 物理法則を揺るがぬ前提とするなら、アスリートはその法則の中で極限を究めようとするだろう。

 

「霞ちゃん。ジャパンカップでのドゥームをどう見た?」

〔脅威かつ驚異。オークスよりも宝塚よりも、“領域”を使わずに走ったジャパンCの方が速くて強い〕

「だよな」

 

 秋華賞でのナーサリーナースもそうだった。奇跡(りょういき)に頼るより物理(からだ)に全てを注ぐ方が総合的に上だったのだ。

 もしかすると、早くから前者に頼っていたことで後者がおざなりになっていた面が(金剛世代の多くに)あるかも知れない。いずれにせよドゥームデューキスがジャパンCで見せた体捌きは素晴らしい。

 

 

 ただしその観点でいくと、改めて浮き彫りになるのが──、

 

「……やっぱバケモンだろ、ワン助」

〔同意〕

 

──アナグラワンワンの異常性である。

 

「? 先輩が?」

「アイツは、ドゥーム並みの精度で身体を操りながら“領域”もガンガン使ってんだ。意味わかんねえ」

「さっすが先輩」

「おいおい私の応援もしろよ」

「してる、してます」

「ホントかー?」

 

 ベアリングシャフトに答えながら、テセウスゴルドは画面を見やる。トレーナーの言葉を待っているのだ。

 それを知りつつ霞の指はしばし迷ってしまった。迷いを打ち消せぬまま事実を打ち込む。

 

〔身体能力をロスなく速さに変える技術が、彼女は以前からとても高い〕

「そうだな」

〔ただその身体能力が決して高く〕

 

 文章は不自然に止まった。しかしきっぱりと引き継ぐテセウスゴルド。

 

なかった(﹅﹅﹅﹅)

〔そう、全体の平均未満*だった〕

 

 過去形。GⅠウマ娘の中では最底辺に近かった要素が、今はそこまで低くない。

 

「え、先輩が言ってたことと違う。その辺はすっごく伸びが悪いって」

「それ、いつ言ってた?」

「……先月? もっと前かも」

「今訊いたら違う答えだろうぜ」

 

 テセウスゴルドはジュニア期からクラシック期への成長が周囲より早く、また目覚ましい形で発現した。だから分かる。今ごろアナグラワンワンも自覚しているだろう。

 

 どれほど偉大な英雄たちとトレーニングしようが、ほんの数日で身体性能が大きく変わったりはしない──“かたく”考えるならば。

 身体と違い、魂は経験を喰らって急成長する。するとそれに引っ張られるように激変するのがウマ娘の身体だ。不可思議であっても現にそうなのだから仕方がない。

 

 だからつまり、霞が最初に述べたことは実に的を射ていたということ。

 

「急成長ヤバい、ね」

 

 

 これが実戦の直前であれば、身体に振り回されてフォームが乱れるようなこともあるかも知れない。しかし有記念まではあと10日。アナグラワンワンなら最適化を済ませてくるだろう。

 

「身体面ではまだまだ私が勝ってる。差が多少詰まったとしても」

〔肯定〕

「技術面は今んとこ負けてる」

〔肯定〕

「“領域”の質は……多彩さを別にすれば負けてねえ、と言いたいけど」

〔否定。これまでの〈抜錨〉では差し切れない〕

「そか。はっきり言ってくれてさんきゅ、霞ちゃん」

 

 否定や反論はしない。戦力評価は概ね一致した。

 だからやるべきことは明白だ。

 

 まず“これまで”の自身を超えること。体力も技術も魂も。

 鍛えて備える。相手よりも多く。

 

 そんな当たり前のことを、加えてもうひとつ。

 

「備えたもんを絞り出す……そっちの練習もしねえと」

「なんだか真面目だよテセさん、お腹でも痛いの」

「なんでだよ。本番で発揮されないカタログスペックじゃ無意味って話」

 

 (つよ)いだけでは、巧いだけでは、魂だけでは、勝てない。

 

奇跡(りょういき)物理(からだ)の“どっちか”じゃダメだ。“どっちも”突き詰める。

 お前の大好きな先輩をぶっちぎるためにな」

 

 二者択一を拒み両獲りを狙う。二兎を追って二兎を得る。

 都合の良い、諦めの悪い、子供じみた不可能事? そんな賢しさに耳は貸さない。アナグラワンワンは出来ているし、勝つには必要だし、テセウスゴルドは“やわらかい”ので。

 

「うん、テセさんのことも応援してる」

「はん。どうせアイツが勝つと思ってんだろ?」

「そんなの分からない。ただ──」

 

 上級生の熱を前に、ベアリングシャフトも冗談をやめて背筋を伸ばした。珍しく大真面目なようだ。とりわけ“やわらかい”彼女にしては。

 

「──ただ、もしテセさんが勝ったら1週間は口きかないと思う」

「真顔で理不尽だよなお前……」

 

*
ここにはニュクスヘーメラーもいるが有には出ない。

*
ジュニア期はまだ平均程度だったが、クラシック夏以降は成長幅の少なさで平均未満に。なおここでいう『全体』とは『アナグラワンワンの同期のうちメイクデビューに成功した(少なくとも1勝をあげた)全てのウマ娘』を指す。





 次話から有記念です。
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