アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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有UMA記念(1/3)

 

 中山レース場・芝2500m、有記念。

 言わずと知れたGⅠレースで、賞金においてはジャパンカップと並んで国内最高額となっている。

 

 

《レース名は創設者の有頼寧(よりやす)に由来するんだってな》

『はいはいそうですね安田記念だけじゃありませんでしたね!』

 

 

 かつてのグラ*にとっては数あるレースのひとつに過ぎず、なんら特別視するものではなかったが……今では違う。

 自身にとってクラシック最後の闘い。激突するのはドゥームデューキス、テセウスゴルド、ルーテデラソワ、そしてムーンカフェ。滾らずには居られない。

 

 ちなみに世間においては『蹂躙者にして征服者である"金剛"が彼女らを迎え撃つ』ような語られ方がよくされている。

 そういった風聞を気にしないグラだが、今回はたまたま耳に入った。

 

 3週間前なら『実績はともかく実力はそんなに離れてない』などと否定しただろう。

 しかしマンハッタンカフェやネオユニヴァースらとの特訓を終えて──シンボリルドルフに打ち切ってもらって──身体にも変化が現れた後は違う。自らが『受けて立つ格上』のような立場にあることを、部分的には認めるようになった。

 部分的には。全員の(﹅﹅﹅)格上だとは思っていない。

 

 

3着以下になるとしたら、それは私の大ポカ。今の私がムンちゃん以外に敗けることは考えにくい。

 ……あ、これはこれで結構プレッシャーだ』

《勝って当たり前と思えるレースは多くなかったからな》

『そういえばそうですね』

 

 

 控え室で時間を待つ間、なんとなしに手をやるのは勝負服の一部──赤い腕輪。

 見る限りでは新品同様。しかし指を滑らせれば細かな傷が幾つもついていることが分かる。グラはこれまでに転倒などをしたことが無いので、巻き上げられた砂や土が少しずつ刻んできたのだろう。

 駆け抜けてきた激戦の歴史であり、砂礫が金属を削るだけのスピードの証明。グラが密かに『GⅠタイトルよりも誇らしい』と思っている兵士の勲章。

 

 今日のレースでもきっと新たな傷が刻まれる。ライバルたちとぶつかり合い削り合うことになる。

 それはとても嬉しいことで、何より愉しい時間で。少しでも長く味わいたい、なんて気持ちも無いではない。

 無論そんな欲は無視する。誰より早く平らげた者こそ勝者なのだから。

 

 味わい(たのしみ)つつの早喰い(しょうり)

 その両取りこそ目指すところだ。

 

 




 

 

 最初に仕掛けたのはドゥームデューキスだった。前日の阪神カップ(GⅡ)を(ナーサ)(リー)(ナース)が勝ったことで気合い120%、手段を選ばない彼女はレースの発走前から揺さぶりをかける。

 

『いよいよゲートイン、真っ先に向かったのは1枠1番ドゥームデュー……おっと、これは?』

『スタートダッシュを決めるぞという意思表示でしょうか』

 

 彼女はゲート内で出来るだけ後ろに下がって構えた。スタートの瞬間に初速を得ておこうというのだ。

 

 普通、ゲートが開く瞬間のウマ娘は全員止まっている。速度はゼロ。その時すでに前進を始めていれば有利なのは間違いない。

 なのにドゥームデューキスのやり方が一般的でないのは、タイミングがシビア過ぎるからだ。

 少しでも早ければゲートにぶつかる。外枠に移されるだけならまだしも、怪我をする危険も小さくない。

 そして少しでも遅れれば、周りより後ろからスタートするだけとなってシンプルに不利。

 

 選択を迫られたのはスタートを何より重視する逃げ〜先行のウマ娘たち。その1人、ルーテデラソワは──、

 

『あれが成功すれば、スタート直後の先頭は譲ることになる。……それはそれで、風除けにするのもアリかな』

 

──最初はこう考えた。ぶっつけ本番で真似をするようなことはリスクに見合わないと。

 しかし直後、再考を強いられる。

 

『あーっと!? ドゥームデューキスの体勢を見てからゲートインしたムーンカフェ、同じく枠内の後ろ端でダッシュの構え!』

『あの位置から先頭を取るつもりでしょうか!?』

 

 ムーンカフェの枠番は13。有力視されている中では最も外側だ。

 そこから強引に先頭を取る気なのか? 差しの走りでも周りからは先行に見えてしまうほどの強者が?

 

『どう、する? ムーンを易々と先頭に立たせるのはマズい気がする……!』

 

 ムーンカフェの得意戦型は先行〜差しと認識されている。ルーテデラソワとしては『逃げで来るなら私の有利だ』と言いたいところだが……予感がある。

 前を譲ったら、抜ける気がしない。

 こちらは普段から先頭を逃げて戦うタイプであり、今回の枠番は3。

 ……最初から尻込みしていて勝てるものか、と心を決める。

 

『なんとなんと3人目! 多くの選手が普段通りに構える中、ルーテデラソワもロケットスタートの発射台を選びました!』

『スタート前から波乱含みですね。ご覧ください、"金剛"アナグラワンワンこの表情です』

 

 ウキウキニコニコの表情が大画面に抜かれたため、スンと表情を消すアナグラワンワン。しかし耳や尻尾までは抑えが利かない。嬉しい、愉しい、血が滾る。

 

『8番アナグラワンワンは……通常のスタートを選んだようです、枠内後方ではありません』

『枠の中での位置まで実況するのは初めてですよ』

『私もです』

 

 3人以外はいつも通り、それぞれの枠内で前よりいっぱい。16人のゲートインが完了した。

 

 

 ウマ娘たちの前方、せり上がった台の上で旗を振っていたスターターと呼ばれる職員が、ゲート開放の最終的な操作を行う。

 今回務めるのはもちろんベテラン中の大ベテランだ。それでもプレッシャーは大きい。角度的に選手たちからは見えないはずだが、手元に視線が突き刺さるような錯覚を禁じ得ない。

 スイッチになるのはレリーズと呼ばれる機械で、握力計のような形をしている。軽く握り込むことでゲートが開くので、腕の動きなどからタイミングを読むことはできない……はずだ。

 

 

 それは奇跡のような発走だった。

 経験豊富で職務に忠実なスターターが『自分の視線や仕草が何かを教えてしまったのではないか』と疑いを抱くほどに、3人の初速は抜きん出て、続く13人も揃ったスタート。

 実際にはそのような不正などなく、単純に全員の集中力の賜物である。

 強いて原因を挙げるとすれば、それは歓びと興奮のあまり普段より高まっている【喚起】の影響だろう。つまりアナグラワンワンのせい。

 

 

『さぁ始まりました、最初に先頭を獲ったのは──ドゥームデューキス! すぐ後ろにルーテデラソワ、ムーンカフェと続きます!』

 

 


 

 

「*******!」

「おゥ? 話しかけるなら日本語にしてくんねーかな」

「『あのトリウムフォーゲンと並んだウマ娘がまともなわけなかった』ですって」

「いや通訳は頼んでねェんだけど」

 

 先頭3人の位置はかなり近い。特にルーテデラソワとムーンカフェはほとんど横並びであり、ドゥームデューキスははっきりと先頭を逃げている。

 

「トリウムフォーゲンといいそいつといい、なんでこんなにまともな私をUMA娘扱いしやがんだよゥ」

「まとも? どうだか。初速が一番速かったのは貴女でしょうに」

「最内スタートだからじゃね?」

「騙されない。私たちはフライングを恐れたの、貴女に比べたらね」

 

 その指摘は正しい。リスキーなスタートを選んだ3人の内、文字通りの全力で踏み切ったのはドゥームデューキスだけ。タイミング次第ではゲートを破壊していたこと間違いなしというパワーで飛び出し、だからムーンカフェはひとまず先頭を諦めたのだ。

 

「あんな危ない真似、トレーナーに止められなかったの?」

「止められたに決まってんだろゥ。だがああでもしなきゃ勝ち目がねえ、非才の身なもんでね」

「悪いけど、貴女の言葉も表情もレース中は信用しないことにしてるから」

「ひっでぇ」

 

 ドゥームデューキスは確かに相手を惑わすような作戦を多く採ってきた。しかし今の発言は『格上の油断を誘うために格下を装う(ブラフ)』というわけではない。

 名だたる古強者たちを集めたという特訓で、ムーンカフェとアナグラワンワンはまた上のステージに至ってしまったと聞いている。格下という自認は本心だ。

 格下が常に敗けるなどとは全く思っていないが。

 

『3コーナーでの先頭はドゥームデューキス、半バ身後ろにルーテデラソワ、すぐ外並ぶようにムーンカフェ、そこから3バ身4バ身ほど空いて先行集団が続きます』

 

『詰まった大きな集団、おっとアナグラワンワンは前を塞がれたか、現在12番手』

 

『間を空けて最後尾から前を睨むのはテセウスゴルド』

 

 4コーナーに差し掛かると、先頭3人を目視した観客席からわっと声が上がって1周目のホームストレッチを賑々しく盛り上げる。

 この有記念では内回りコースをもう1周するので、選手たちは中山名物の急坂を2度登らねばならない。

 

 これから目指すその1度目が最初の勝負どころになるかと思われたが……その前に動き始める台風の目。

 

『4コーナー半ばで早くも動いた"金剛"アナグラワンワン! 大きく外に膨らんで集団を追い抜きにかかります!』

『かなり早い仕掛けです、彼女なら坂で仕掛けても有利を取れそうですが……狙いが分かりませんね』

 

 わざわざコーナーを膨らんで集団を追い抜き、急坂に差し掛かる前に4番手まで順位を上げたアナグラワンワン。しかしそこから先頭集団に迫ることはせず、ムーンカフェから4バ身ほど空けた位置に留まるようだ。

 

 その意図は察しがたい──普通なら。“かたい”視点では。

 しかし同じターフを走る選手の一部は違う。

 

『珍しい、アナさんの采配かしら? ()いわ、グラも必死なのね』

 

 ムーンカフェには思い当たる可能性があった。

 

『あー……ちくしょう、イヤらしい手だな』

 

 テセウスゴルドは後ろから見ていたのでもっとはっきり分かった。

 

『何考えてるあのUMA娘……いいえ! 考えるだけ無駄、走るのに集中!』

 

 ルーテデラソワには分からない。彼女はまだまだ“かたい”。

 実力的には勝ち目もあった。しかし未来の視点から非情な事実を述べるならば、この仕掛けをスルーしてしまった時点でその目は失せたと言える。

 

 勝負を愉しむだけでなく勝ちにこだわるようになったグラが、残り約2000mで放った一手。

 この時点でその意味を知る者は、本人以外には2人だけだ。

 

*
安田記念を地名由来だと勘違いしていた理由について、“ヒトミミ個人に由来するレース名なんてほとんど無い”と弁解している(15話『英雄の歓楽ⅱ』)。

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