アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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有UMA記念(3/3)

 

 テセウスゴルドは典型的な追込みウマ娘だ。脚質だけでなく性格も“領域”もそういう走りに向いている。

 

 ジュニア時代は最後まで勝ちきれず、『自分はゴールドシップさんの猿真似をしているだけではないか』と悩んだこともあった。しかし東京優駿までに自分は自分でしかないと納得済み。

 真似ているのではなく、自分らしく走った結果がたまたま憧れと似ているだけだ。恥じるどころか喜ぶべきことではないか。

 

(脚質は追込みだが他がそうではないニュクスヘーメラーなどと比べれば、テセウスゴルドはとても幸運と言える)

 

 中盤までは最後方でゆったりと流し、3コーナーか4コーナー辺りでドンと加速して先頭をかっさらい、ほぼ同時にゴールするようなレース運び。これがテセウスゴルドにとって最もやりやすく好ましい。ゴルシワープと称えられた(驚かれた?)ゴールドシップの皐月賞に近い形が理想的。

 

 なのだが。

 有記念でそういう戦法は取れない。まず阻まれてしまう──ムーンカフェの“領域”によって。

 何かしら別のプランが要る。

 

『ナーサリーやドゥームみてえに“領域”を捨てることも考えたが……それじゃ今のワン助には勝てねえ』

 

 あちらを立てればこちらが立たず。だから『身体も魂も両方を磨き上げる』必要があったし、(さつ)想形(きしょう)をなぞることも諦めた。

 

 参考にするなら、ワープと見紛うほどの急加速から400mほどを突き抜けた皐月賞ではない。じわじわと加速し続けて1000m近くにわたって力を見せつけた、菊花賞のロングスパートだ。

 

 



 

 

 向正面の半ば、残り1000mを切った辺りでテセウスゴルドは“領域”を発動している。といってもこれまでのようにハジケる魂の躍動ではない。ひっそりと隠すように、小さく頼りない火を灯した。

 

『あーくそ、やっぱスッキリしねえなこのやり方!

 だが狙い通りだ、ムーンのやつの“領域”に耐え(﹅﹅)きっ(﹅﹅)()!』

 

 最前線ではアナグラワンワンが先頭を奪い、その時にほんの僅かながら〈新月〉が使われた。テセウスゴルドが灯した小さな火は消えていない。

 実はこのやり方、ホープフルステークスで見た〈アバドン〉を参考にしている。〈新月〉の中でもグラは異形を纏っていた。なら同じことができるはずでは? そう考えて〈抜錨〉を自身の内側に閉じ込めた。どうやら賭けには勝ったらしい。

 

『焦るな、じっくり加速だ……!』

 

『3コーナーを待たず向正面の半ばで"金剛"動いた、一息に先頭を奪いました! ルーテデラソワは食らいつく、ドゥームデューキスも息を吹き返して位置を上げ、ムーンカフェはゆったりと加速したでしょうか4番手に残る!』

『5番手以降も激しく順位動いていますペース上がってきた、最後尾テセウスゴルドは集団に近付いたものの未だ静観の構えです』

 

 こんな段階から、こんなにも緩やかに、こそこそと前進したことはこれまでに無い。だからこそ警戒されにくいはずだ。

 アナグラワンワンの仕掛けをきっかけに全体の速度が上がった。これまでなら差ができるのも気にせず悠々と見送っただろう。今日は何食わぬ顔でぴたりと追随。

 

 ここからもゴールドシップの菊花賞のように行きたいところだが……すんなりとは行きそうにない。

 

『アナグラワンワン、3コーナー入り口で強く踏み込んだ速い速い! いつもながら何故このスピードで最内ぎりぎりを回れるのか、圧巻のコーナーワークです!』

『ここで追うか、セオリー通り4コーナーで加速するか……後続はどうでるでしょう』

 

 4コーナーを待たず猛追を選んだのは秋天の勝者・ルーテデラソワ。

 

 領域具現──為すに任せよ(レッセ・フェール)

 

 しかし月は無慈悲である。

 

 領域具現──神域は新月にて(フライ・ミス・トゥ・ザ・ムーン)

 領域捕喰──疑似極点(アルダノヴァ)

 

 月面がターフを上書きし、荒野を満たしていくのは色とりどりの花。

 ルーテデラソワの“領域”は奪われ、テセウスゴルドからも〈抜錨〉が引き剥がされかけた。身体の内側だけに作用するよう押し留めることでどうにかそれを防ぐ。

 

『あっぶね! ちっ、ムーンの傍だとヤバそうだな……いや、近付くまでに加速しとけばその速度は奪われねえはず』

 

『先頭は残り600m地点を通過、最後の4コーナーへ向かいます! アナグラワンワンとムーンカフェの2人はぐんと伸びて3番手を突き離し、差は2バ身近く空いたでしょうか』

『ルーテデラソワはタイミングが合わなかったのかやや減速、ドゥームデューキスに抜かれて4番手に後退』

 

 実況解説の舌が回り切らぬこの時、テセウスゴルドは密やかに8番手まで上がっていた。先頭との差も6バ身強。しっかりと縮めている。

 悪くない展開だ。ここまでの緩やかな加速は抑えて小出しにした〈抜錨〉によるもので、ゴール前で〈新月〉に抗えなくなったら温存した脚力を爆発させてやるだけのこと。

 

 この先の4コーナーは少々気がかりだが──、

 

『ワン助があそこに残した硬い(﹅﹅)()1周目(﹅﹅﹅)にちゃんと踏んできた! 分かってりゃ脚を取られたりしねえ!』

 

──テセウスゴルドには踏み越えてやる自信もある。

 

 


 

 アナグラワンワンが今日最初に喰核(コア)を纏ったのは1周目の急坂より前、4コーナー半ばでのこと。

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):ラセツコンゴウ

 

 集団を抜き去るついでに、烈鎚(ブーストハンマー)で広範囲の芝を強く押し潰しておいた。追込みウマ娘が──主にテセウスゴルドが──ゴール前の急加速を始めるであろう辺りを狙って、周りの芝とは感触も反発も異なるトラップを設置したのだ。

 

 テセウスゴルドはそれを後ろから見ていたため、1周目ではインコースを通れたのにあえて外に膨らみ、踏み潰されたトラップエリアの感触を確かめてある。

 


 

 

『残り500m、4コーナーを回っていく! 先頭アナグラワンワン2番手ムーンカフェ、ドゥームデューキスとルーテデラソワはついていけないか──おっとここで現れましたテセウスゴルド!

 急加速、ではなくすでに速度がついているぞみるみる5番手!』

『今回のテセウスゴルドはじわじわと前進するロングスパート、恐らく向正面から仕掛けていたのでしょう』

 

 ドゥームデューキスに奪われた3番手を取り返そうとしていたルーテデラソワ。背後から迫ったテセウスゴルドに一気に差されて5番手に後退したが、彼女の闘志は萎えていない。

 

『まだ! 私はまだ行ける!』

 

 “領域”が封じられていても、前を行かれれば燃えてしまう気質は変わらない。テセウスゴルドについていくように外へ膨らみ、ドゥームデューキスを躱して行こうと──した、が。

 

『っ!──なに今の!?』

 

 ほんの1歩か2歩の違和感だ。(ハンマー)で打ち固められた芝は、ブレーキというよりその逆の形で──『想定以上に脚が前に進んでしまう』という要因で──ボディバランスを崩した。

 テセウスゴルドは(意識して工夫して)難なく駆け抜けていくのに。

 ドゥームデューキスも(最内の芝は平常なので)好機とみて再び前へ出るのに。

 

 ルーテデラソワだけが立て続けの不可解に阻まれて沈む。残念ながら、この国の異常性について下調べと対策が足りていなかった。

 

 

『残り400切ってホームストレッチに向かうはアナグラワンワンムーンカフェ続きましてテセウスゴルドにドゥームデューキス!』

『今ここでの最速はテセウスゴルドか、切れる追い脚で前2人を追い上げる!』

 

 ドゥームデューキスの細やかな策は既に出尽くしている。ライバルたちの体力なり気力なりをここまでにもっと削っておく算段だったのが、それすらまともに機能していない手応え。

 もはやできることは身体性能を限界まで引き出すのみ。開き直って身体の操作だけを考えていられるが、自力で届く可能性がゼロに近いことは自覚している。

 

 

『最終直線入りました残り300! ここでテセウスゴルド更に伸びた!?』

『しかし前の2人も! ここまでずっと溜めていたのか急坂へと雪崩れこんでいくぅー!』

 

 テセウスゴルドが末脚を切り、ほぼ同時に〈抜錨〉がムーンカフェに移る──が、それでもここまでに稼いだ速度と脚力全開の短期決戦ならば追いつける自信があった。抜けるかは微妙だが並ぶところまでは行けると。

 事実、テセウスゴルドの追込みは比類なくパワフルだ。ムーンカフェに届く可能性は充分にあっただろう。

 

 〈新月〉ないし〈極点〉だけ(﹅﹅)()あれ(﹅﹅)()

 ムーンカフェの用意してきた切札は、“どちらも”という点でテセウスゴルドと近い。ただし“やわらかさ”では大きく上を行くものだ。

 

 

 矛盾観測──満ちたる月の裏側

 

 



 

 

「!? ──そんなことできるの!?」

「見ての通りよ!」

 

 残り200m、坂の入り口でムンちゃんがやったことは私から見てもかなりUMAってる。けど言葉にすれば単純で、()()具現(げつ)()()転象(げつ)両方(﹅﹅)同時(﹅﹅)()やっている。どうやってって、そんなの私も分かんないけど。

 ともかく私は抜かされた。一旦は2番手に落とされた。

 

 後ろからはテセさんも迫って来てるけど、今のムンちゃんはもっと速い。

 それはそうだ、自前の脚力の上に〈為すに任せよ〉と〈我道への抜錨〉が乗っかって、更にセクメト(の形をした霊魂)に引っ張り上げられてるんだもの。それでも力のロスが無いあたりワケ分かんないほど最高。

 おまけに盾骸獣(マグナガウェイン)(ボルグ)(・カ)(ムラン)までこっちに盾を向けてくるの、ほんと敵意が高いよね。

 

 もちろん喰う(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)

 あれはアラガミじゃないけどそれに近い敵意・悪意だ。アナさんから切り離され【ブラッドアーツ】も使えない、神機を頼る今の私には貴重なエネルギー源である。そもそも気兼ねなく喰べるためにわざわざ人を頼ってまで確かめたんだもの、そりゃあ喰う。

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):ヴィーナス

 

 もっとも、実戦では初めて再現する〈ヴィーナス〉は全力疾走のテセさんより遅い──遅かった。これは『アラガミを喰って取り込むアラガミ』で、素の状態では意味が薄いのだ。

 ムンちゃんの〈盈月〉で現れる荒魂を喰うところまでが運用の前提である。

 

「喰べ放題だよ〈ヴィーナス〉!」

「ソレにヴィーナスって名付けたヤツ頭おかしいんじゃないの!?」

「私でもアナさんでもないってば!」

 

 美の女神とかいう割に見た目がキモいのはムンちゃんに同意。ゼノとかラセツコンゴウとかの神融種とは別のベクトルで、生々しくおぞましいよねヴィーナスは。

 おぞましく、何より貪欲。喰えば喰うほど強くなる。その力は速さを生む──特にこの登り坂では。

 

「──ちくしょうッッ! 待ちやがれぇえー!」

 

 テセさんの叫びに応える余裕は無い。

 万が一を避けるため、ムンちゃんを直接支えてるセクメトを喰うことはしなかった。だから彼女は減速していない。

 残り100mぐらい、急坂を登りきったので〈ヴィーナス〉を〈ルフス・カリギュラ〉に換える。今の私ならスピードのロスなくできるし、〈ルフス〉の方が慣れてるから。

 

 この瞬間、速いのは私の方。

 前にいるのはムンちゃん。

 

 ──思い出されるのは初めての対決、芙蓉ステークスのゴール前。そういえばあれも中山(ここ)だった。

 アナさんと切り離された私はムンちゃんを追っていた。今と同じく『速度では優ってるけど残り距離が少なすぎて抜けるかは微妙』ってシチュエーション。

 

 でも今回は秘策がある。あっちの〈満月〉にもびっくりさせられたけど、こっちも予想はつかないはず。

 〈新月〉の中で──というより〈極点〉の中での戦い方はずっと考えてたんだ。そしてこれなら、ほんの一瞬であれ非常に高い確率でムンちゃんの走りを突き崩せる

 

 今こそ喰らえ、対ムンちゃん専用妨害(﹅﹅)技。

 

 

 継承因子:(サクセサー・オブ・)尊み☆ラストスパー(゚∀゚)ート!(アグネスデジタル)

 

 

「は??」

 

 ムンちゃんが戸惑うのは当然だ。だって〈尊み〉は寮母さんから受け継いだ“領域”*である。意図が分からないのだろう。

 アナさんなら瞬時に察すると思うけど、黙っててくれるはず。私の狙いを教えてしまったら思い切り勝負に介入することになるから。

 

 目論見通りに私から引き剥がされ、〈極点〉を通じてムンちゃんへと取り込まれていく〈尊み〉。

 ……考えがおキレイ過ぎるよ。今の私は、勝つ為なら反則以外はなんでもする。菊花でも思わず嘘ついちゃったし、こうやって()も使うんだ。そうしなきゃ勝てない貴女のためなら。

 

「──ッッ!!?

 

 はい動揺したー。

 そりゃそうだ、『私がムンちゃんをどれほど尊く思ってるか』を自分の内側から叩き込まれたんだから。不可避の褒め殺しを喰らうようなものである。

 体勢を崩す、だけじゃ済まないよね。心も魂も揺さぶられて、そんな繊細そうな“領域”を保っていられるわけがない。

 

《──グラ、お前なぁ……》

『おかえりなさい、〈ゼノ〉で決めます!』

 

 

『アナグラワンワン! アナグラワンワンだ! ワンワァァァぁぁああン!!!!

 

 

 有記念──勝利。

 決め手は私の誇り、兵士的なエゲツなさだ!

 

 

アナグラワンワン

> クビ

ムーンカフェ

> 34

テセウスゴルド

> 12

ドゥームデューキス

> ハナ

ルーテデラソワ

*
ニュクスヘーメラーからの孫受けではなく、本人から直接。経緯はいずれ。





 ひどい勝ち方!(というのはグラには褒め言葉です)

 次話から間章、世間の反応などなど。
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