11月の終わりだったか12月の頭だったか、ともかくチャンピオンズカップの直前のこと。
次走の有馬まで3週ほどあるタイミングで、アルヘイボゥさんから年末の予定を訊かれた。
「有馬より後ですか? なら特にありませんが」
「よかった。じゃあ軽いパーティに顔出さない?」
「パーティ、ですか。大人数の席はあまり……」
「それはワン子もそうよ。今のところ10人かそこら」
そのぐらいなら無愛想な私でも乗り切れるだろうか。
詳しく聞けば、それは実質的にグラの戦勝祝いだという──有馬のではなく、およそ1年分の。サキさんたちの陣営はずっとタイミングを探っていたそうだ。これまでもちょこちょこと遊びに連れ出したりはしていたものの、きちんとしたお祝いは春頃から溜まっているのだと。
「ああ、連闘続きのせいで」
「そ。冗談半分で『負けた時にまとめてやる』なんて言ってたけど、負けてもちっとも止まらないんだもの」
「確かに……」
東京ダービーで負けた後はすぐ海外へ発っていたし。凱旋門賞で負けても翌週には秋華賞だったし。アイビスサマーダッシュの後も……あれでお祝いするのは余りにも変だし。秋天を休むことが決まったらなんかアメリカに飛んでるし。
まっっったく落ち着きが無いったら。
「有馬の後だと私が勝ってるかも。グラは気にしませんかね」
「ええ。その場合はあの子の有馬以外と貴女の有馬を──あとキングジョージとかも──祝う会になるわね」
ふむ、と少し考える。
負けた直後に(過去の)勝利を祝われたら、普通なら微妙な空気になりそうだけど……あの子なら平気だろう。
というかそもそも、皐月賞と菊花賞については『おめでとう』の一言すら伝えていない気がする。それぐらいは言うのがスジかも知れない、いくら直接の勝者・敗者でも。
「グラの年明けは空いてるんですか?」
「そこは平気。サキさんとちゃんと話して、しばらくは鍛え直すって」
「……なるほど」
鍛え直す、か。今のグラは全力で愉しく走るだけでは満足しない。シビアに勝ちを目指してスケジュールを立てたのね。
私だって年明けは春天への準備期間だ。4月末までレースをしないのは長すぎるから2月のダイヤモンドステークス(GⅢ・3400m)か3月の阪神大賞典(GⅡ・3000m)は挟むだろうけど、それ以外はグラと同じく訓練期間になる。
(我ながらなんて常識的なローテだろう。あのUMA娘とは違うのだ)
ともかく、断るのも不義理に思えたのでお誘いには応じることにした。
有馬でも負けるつもりはないけれど、仮に負けたとしてもきちんと祝おう。とんでもなく凄いことをやってのけたのは確かなのだから。
そして年末──有馬記念の数日後。
高級そうなレストランを借り切っての食事会には、私と真壁さんを入れて計10人が集まっている。
人数的には問題無いのよ。初対面なのは2人だけ。これはグラのご両親で、少しは緊張するけどそれだけだ。
ひどく居心地が悪い原因はそこではない。
……私の両親まで来ているせい。
「娘が大変お世話になっております、アナグラワンワンさんとのレースはいつも楽しそうで──」
「こちらこそです、娘からのメールにはよくムーンカフェさんのお名前が──」
「それは羨ましいですね、うちのは連絡なんてめったに寄越さなくて──」
親同士で盛り上がるの止めてくれないかしらね……! 真壁さんもサキさんも、私の表情を見た上で見守りモードになってるし!
「グラ、ちょっとあれ止めてきてよ……!」
「? 別に喧嘩してるわけじゃなくない?」
ダメだ、恥ずかしいとかそういう感性が終わっている。よくこの状況で親を無視してもしゃもしゃ食べられるわね。なおアルヘイボゥさんとアソカツリーさんも苦笑いの諦めモード。
「ムンちゃんが呼んだわけじゃないんだ?」
「呼ぶわけ無いでしょう。有馬の後すぐに帰省しないって今日のことを伝えたら、両親がどうしてもって」
「……あー」
「たぶん予想通りだけど納得されるのも腹立つわ」
小学生時代の私に友達が多かったとはとても言えない。特に低学年の頃は霊視体質との折り合いがついていなかったし──だからタキオンさんは子供っぽいイタズラばかり仕掛けてきたのかしら──お姉様への憧れが強かった私には同年代が幼く見えてならなかったのだ。
レース関係も、私と対等に競える同年代は近くにいなかったし。
つまりうちの両親からすると、『トレセンに入ってようやく、年末の帰省よりも優先する友人ができた』みたいに見えているのだろう。
人並みの友達付き合いはジュニア時代からしてるけどね! 少なくともグラやドゥームなんかよりは顔が広い方よ、いちいち親に伝えてなかっただけで。
「グラこそ、親に連絡とかしてたのね」
「しないとトレセンまで顔を見に来るとか言うから……」
「あー」
それはまぁ、この
そんな話をしている間も親たちは黙っていない。
「ワオンさんと仰るんですか?」
「いえ、本名は
「雅ですね。
「やめてよそんな昔のこと!」
慌てて遮ったわよ。手遅れだったけど。
大人たちも昔の話をやめてくれたので、改めてグラと健闘を称え合ったり祝い合ったりして。
ようやく落ち着いて色んな話をできた。
例えば欠席者の話。
「そういえばボゥ先輩、ニュクスさんも誘ったって言ってませんでしたっけ。断られちゃいました?」
「いいえ、来るはずだったんだけど……」
「…………まさか……」
表情を強張らせるグラ。私にも思い当たる──ニュクスの目下の課題といえば間違いなくゲート審査だ。
今日の幹事だから連絡を受けたのだろう、アルヘイボゥさんは悩ましげに言う。
「昨日受けた筆記が、ギリギリ不合格だったらしくて」
「え、じゃあ東京大賞典ダメなんですか!?」
「温情で追試を受けられるらしいわ。それが明日だから猛勉強中だって、桐生院さんが」
「うわあ……」
母親が小声で「そんなに難しいの?」と訊いてきたのに否定を返す。ちゃんと備えておけばそうそう落ちることはない。
葵さんに厳しく追い込まれてるんだろうなぁ、泣き顔が目に浮かぶようだ。完全に自業自得なので同情は湧いてこない。こういうお祝いの席とか、ニュクスは来たがったでしょうにね。
例えばアソカツリーさんの話。
「私とムンちゃんばっかりお祝いされてる風ですけど、アリー先輩も快復おめでとうございます!」
「え、わ、ありがとー。ありがとーございまーす」
急に拍手を浴びて照れ臭そうにする彼女は、安田記念で脚を痛めてから療養が続いていた。
復帰戦は有馬の前日にあった阪神カップ(GⅡ・1400m)、結果はナーサリーに敗れての2着。
本人は「相変わらずシルバーコレクターでーす」なんて笑ってるけど、今回は最終確認みたいなものだろう。マイル〜中距離を得意とする彼女にはやや短めのはず。
まぁ2000m以上でぶつかることがあれば負ける気はしないけれど。ここで口にすべきではないことだ。
お祝いの席だし、半年近くも走れなかったのに腐らず治療やリハビリを続けてきたことは素直に尊敬する。表情や言動から抱いてたユルい印象は訂正すべきみたいね。
印象といえば……同期の戦力評価の話とかも。
「そういえばワンちゃん、ムーンちゃん。うちの妹ってどんな風に見られてるのかな? あ、強さ的な意味でね」
「「あ〜……」」
ホウカンボクのことか……。グラと一緒に口ごもってしまった。ちょっと答えづらい。
「私に気を遣わないでいいからさ」
「じゃあ、えーと……私から見て、マイルにおけるムンちゃんでした。重点警戒対象ですよ」
私を引き合いに出されるのは微妙な気分だけど、警戒するのは当たり前だろう。彼女の戦績を思えば。
まだ本調子ではなかったらしい3月のフィリーズレビュー2着。桜花賞・NHKマイル・安田記念でも上位に入り続け、7月の函館記念でクラシック初勝利。8月の関屋記念はかなりの大差勝ちで、更に10月まで連勝を重ねている。
特に9月の紫苑ステークス(GⅡ)は驚いた。ニュクスを降したのだ──あの夏合宿を経た変幻自在の“領域”使いを。
グラが向けていた警戒には誰もが納得するだろう。とは言えその辺はアソカツリーさんも知ってそう。
本当に訊きたいのはきっとその後、
「同期にとっても驚きでしたよ。マイルチャンピオンシップはホウカンボクが獲ると思われていました」
11月半ば、エリザベス女王杯の翌週に行われたマイルCS。グラはジャパンカップに備えるため回避したレース。
ホウカンボクは『上期のマイル女王決定戦』と言われる安田記念で3着だった。その時の1着と2着(アルヘイボゥさんとアソカツリーさん)はマイルCSに居ない。
だから自然と本命扱いになっていたわけ。安田記念では4着とはっきり差があったしね。
でも実際はその4着が前評判をひっくり返した。
「こう言っちゃなんですけど、マイルでホウカンボクに勝てるとは……私は思ってませんでした」
「私もです。真壁さんやサキさんもそうじゃありませんか?」
トレーナーの2人もはっきりと頷く。
そう、あれは番狂わせ。不調ではなさそうだったホウカンボクを上回った
「それでか。ボクはやけに驚いて……納得いってない感じでさ。また子供みたいにスネてそうなんだよね」
アソカツリーさんはうんざりしたように息を吐く。『妹を元気づけろ』みたいなことをご両親から頼まれたらしい。
そんなこと言われたって、ねぇ。負けは負けでしょうに。
「放っといても勝手にやる気出すんじゃないですか?」
「ええ。出さずにいたらニュクスが引っ張り出すでしょうし」
「そっかー。じゃあ今回こそ何もせずにおこっと」
そう、私たちはアスリート。
もしホウカンボクが負けて停滞してるなら、彼女よりも注視すべきは金星をあげて勢いづく
まぁ私は距離的にぶつからないけどね。グラはシニアで安田記念とマイルCSを走るらしいから。
──そして、例えば。
下級生や後輩のこと。
話題に挙げたのはほろ酔いなサキさんだった。
「そういえば真壁さん、やっと担当増やすんですって?」
「耳が速いなぁ。うん、もうすぐクラシックに上がる子と来年デビュー予定の子、2人と契約したよ」
「もう書類仕事は引き受けませんから」
「反省してますよ」
私にも直接の後輩ができたわけだ。
学園はかなり前から担当を増やせと急かしていたので、サキさんの言った通り『やっと』である。
「ムンちゃん、その2人とはもう会ったの?」
「一応顔合わせくらいは。あっちが変に硬くなっちゃって、まだ普通に話せてもいないけど」
「あ〜」
そういえばグラも下級生2人から慕われてるわね。トレーナーこそ違うものの併走に付いてくる位は許しているようだ。
ちゃんと先輩できてるのかしら? 不安に感じるのは私だけではない。他ならぬ本人も。
「あのさ、『後輩のため』ってどんなことしたらいいんだろ」
「……自分を客観視できるのは良いことね」
「上手くやれてない自覚はあるよ」
後輩のため、か。訊く相手を間違ってると思う。
「アドバイスなんかできない。私は自分のことで精一杯だし、後輩の面倒なんてスキマ時間でやれることだけ」
「自分の時間を削ろうとは私も思わないけどさ。限られるからこそ意味のあることをしてあげたいというか」
「そんなのケースバイケースとしか言えないんじゃないの?」
グラの言葉に、サキさんとご両親は目を剥いて驚いている。
同じことを先に訊かれてたっぽいアルヘイボゥさんたちには驚きこそ無いものの、やはり『どういう心境の変化?』と訝しむ様子。
私は……私も、有馬の前なら驚いていただろう。グラがそんなことを言い出すイメージは皆無だったから。頭でも打ったのかと心配するに違いない。
だけど今は、今なら、奇妙な納得感がある。
有馬記念のゴール直前。
グラが弾けさせた〈尊み〉は〈極点〉を通じてムーンカフェに流れ込んだ。照れも
結果、ムーンカフェには3つのことが伝わった。
言うまでもなく、ムーンカフェを尊く思っているという事実が1つ目。
また、どんなアスリートを尊ぶかという価値観が2つ目。
ドゥームデューキスなどのように『負けるかも知れないけど勝ち目はある』と挑んでくるスタンスよりも、ムーンカフェやトリウムフォーゲンのような『何が何でも自分が勝つ』という前のめりを好むらしい。
ここまではグラも自覚している。相手に伝わることも承知していた。
しかし3つ目は自覚すら無いことだ。言葉以前の
そのような価値観が如何にして育まれたのか。自らを打ち負かそうとする強敵を、何故わざわざ尊ぶのか。兵士脳だと言うなら敵の弱気はつけ入る隙だろうに。
ムーンカフェなりの言語化を通せばこうである。
『子供の頃は貧弱過ぎて、デビュー以降は異端過ぎて、まともな──対等な人間関係に飢えている。
つまり貴女、“寂しい”んじゃないの』
流れ込んできた〈尊み〉が孤独を嘆いたわけではないし、平静で居られなかったのは賛美の熱量が巨大すぎたからだ。そこに『友達の居ない幼な児』を見つけてしんみりしたのはゴールした後のこと。
どうやらあのUMA娘は、見下されるのも見上げられるのもお気に召さないらしい。
それを踏まえて『後輩のため』という言葉を噛みしめると……ムーンカフェは閉口してしまう。
どうしたって仰ぎ見られるだろう。対等に、打ち勝つべき相手として見てくれるウマ娘には中々出会えないだろう。
ならばどうする?
『下の世代をUMA娘だらけに育てるとか、そういう方向に行かないでしょうね……?』
それは流石に、なんというか。
全体としてレースが面白くなるとしても、同期として思い留まらせるべき企みに思えてならない。