アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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 ごく軽い性的なほのめかしがあります。
(『両親が仲良しなのでトリィやロスには弟妹が多い』という話)


北の末姫

 

 ワンワンさんの有記念を見届けた翌日、私はミネイを伴って祖国(スウェーデン)に帰った。

 アルヘイボゥ先輩が企画なさっていた祝賀&忘年会にも出席したかったが、あれはかなり内々のもののようだし……クリスマスは家族で迎えるものだ。日本人の感覚でいえば年明けが近いかも知れない。

 実家嫌いのお姉様ですらこの時ばかりは顔を出す。ほんの3日ほどで台湾だかオーストラリアだか*に発ってしまったが。

 

 

 私としては、家族で過ごしたい他にもう少し小狡い計算もある。

 繋と平地の両方を狙う件、まだ実家には隠しているのだ。家の者が望む道を邁進する『よい子』だと思わせておきたい。というか繋はきちんとやるのだから余計な口出しをさせたくない。

 ワンワンさんも『トレーニングを考えてみる』と言ってくれた段階で、具体的には何も始めていないのだし。

 

 そんなことを考えながら迎えた年末、そのワンワンさんから連絡をいただいた。

 

「年明けですか? 1月の4日か5日には寮に戻るつもりでしたが」

〔だよねぇ〕

「何か問題が?」

〔あ、戻るなら戻るで全然構わないんだけどさ〕

 

 普段より歯切れの悪い口調で伝えられたのは、しばらく学園に戻らず外部で特訓するとのこと。こちらからすれば彼女の居ないトレセンに通う意味は薄いと考えて報せてくれたようだ。

 

「ちなみに、ワタシがそちらにお邪魔することは」

〔いいよって言ってあげたいけど、ごめん無理なんだ〕

 

 私がワンワンさんの傍にいること自体はURAも認めている。なのに来るなというなら──、

 

「……それも言うべきではなかったような」

〔まぁ想像の通りかな。平気、場所さえ教えなければセーフだってさ〕

 

──そこは何らかの秘匿施設なわけだ。この時期の彼女が泊まり込むことから用途も想像がつく。日本も本気らしい。

 

 施設自体を隠しておきたいなら広大な土地が必要になるから、オーストラリアかアフリカか中東あたりか? いや、ウマソウル的な何かで隠蔽してる可能性も……だとしたらどんな可能性もあるな。青木ヶ原樹海とか琵琶湖の湖底とか桜島の火山口とか。ワンワンさんなら有り得る。考えるだけ無駄だ。

 

「分かりました。家の者とも相談しますが、少しこちらでのんびりするかも知れません」

〔うん。次に会うのは3月になるかも〕

「そんなに? いえ分かりました、特訓がんばってください」

 

 思ったより長い。来年の予定は聞いていないが、海外戦線を渡り歩くのだろうか。各国の平地競走界隈が大騒ぎになりそうだ──胸が躍る。

 そんなことを考えていたところに、ワンワンさんから予想外の言葉。

 

〔私の説得をしてないと、ご実家から怒られたりする?〕

「え。気にしなくて結構ですよ、そんなこと。乗り手の件はまだ保留中だと承知しています」

〔そうなんだけどね。でもロスの平地を応援することは決めた。そこに横槍が入るようなら、排除の手助けくらいはするよ〕

 

 ドキリとする。この人が排除とかいうと物騒だ。

 言葉に詰まったところへ横から口を挟むミネイ。この子相手に私のプライバシーなんてものは無い。

 

「ならエリトロップに来てくだサイますか」

〔ミネイ? えっと、スウェーデンで一番大きな繋レースだっけ〕

「はい。5月の末デス」

〔う……ごめん、安田記念に集中したいかな〕

「分かりました、もちろんソチラを優先で」

 

 あー、まぁワンワンさんがスウェーデンに来てくれたら実家は安心して黙るだろうけど。流石にそれは申し訳ない、と思っていたら──、

 

〔8月後半ならちょっとくらい顔出せるよ〕

「ゼヒ!」

 

──来れるんですか。いや個人的には有り難いのですが。

 

〔あ、8月ってオフシーズンだったりする? せっかくだから本場のレース観てみたいな〕

「年中やっていますから、そこは安心してください」

〔オッケー。じゃあそういうことで〕

「ありがとうございます」

 

 軽い。しかしこれで実家関連の厄介事はぐっと簡単になったと言える。

 

 

 ……代わりにムーンカフェさんが面倒臭いことになるかも? いっそあの人のことも招待してしまおうか。要検討だな。

 

 


 

 

 ワンワンさんがしばらく日本に帰らないことは、ある意味で嬉しいタイミングだった。あの人を説得するというメインタスクが進められないなら実家にはできるだけ留まりたいからだ。

 こんなに長く離れるのは初めてだったからわちゃくちゃと絡んでくる弟たちのことも甘やかしてやりたいし、何よりお母様のご出産が近い。大したことはできないが*傍に居たいと考えた。

 

 むしろ、これを知っていながらさっさと家を離れたお姉様は冷たいとさえ感じたが……。

 結果から言えば私もそうすべきだった。お姉様は慧眼だったのだ。

 

 

 今日は家族でレース場に来ている。

 ……なんとも居心地が悪い。口には出せないが『早く終わって欲しい』と心底から願っている。

 

 原因はお父様が乗り手としてレースに出ること。

 

(厳冬期であっても、そういう時こそ繋走者は走れなくてはならない。だからレースは本当にいつでもやっている)

 

 普段のお父様はお母様の専属ドライバーだが、妊娠中ずっと乗らずにいるとカンが鈍ってしまう。そこで特定のパートナーを持たない牽き手と臨時のペアを組む。相手は若いウマ娘になりがちだ。

 緊張に硬くなる新人と、それを解してやるベテラン。そんな微笑ましい光景だと言うのに──、

 

「駄目よあなた、そんな風に笑いかけたら恋をさせてしまうわ!」

 

──お母様は割と本気でハラハラしている。というか嫉妬だなこれは。そういえば末の弟が産まれる前もこうだったじゃないか、忘れていた……。

 

 これが家の中ならミネイの母親あたりがずばっと叱りつけるのだが、今は人目のある観客席。こういう場での我々は貴族然とした堅苦しい振る舞いを求められてしまう。

 そういう家なのだ。具体的には当主たるお母様を止められる者がいない。

 なんでお祖母様はいらしてないんですか──もしかして面倒臭いから!?

 

 周りから注がれるのはもちろん『あそこのご夫婦はいつまでもラブラブね』という生暖かい視線である。なんなら『トロゥスポットちゃんも佳い人に出会えるといいわね』もだ。居た堪れない……。

 これに巻き込まれたくないからお姉様はさっさと国外へ脱出したわけか。教えて下さいよ。

 

 両親の夫婦仲など心配するのもバ鹿らしい。長子のお姉様と次子の私をお産みになった後も2〜3年に1人のペースでお子を授かっている。

 お母様はまだ33歳、今度産まれるのは第6子。エコー診断でウマミミが見えたそうだ。3人の弟に続く、私にとって初めての妹。

 出産が済んだらすぐ競技に復帰するんだろうなぁ。お父様を独占するために。

 

 

 我々のような一族では多産が求められる向きもあるにはあるが、現代において6人は流石に多い。お祖母様どころかひいお祖母様だってそんなには産んでいないはずだ。

 更に言えば6人で終わるかも怪しい話で……。

 

 繋のレースで“領域”が使われることはほとんど無い。

 声援を集める牽き手が『乗り手の指示通り走る』一般的なスタンスだと、恐らくソウルが燃えにくいのだ。逆に『乗り手が牽き手に合わせる』非常識なやり方ならば、そして両者の理想とする走りがぴたりと合致するならば、繋でも奇跡は顕現する。

 お父様とお母様でも数年に一度しか成功しないらしいが。

 

 ……で、あくまで両親の場合、そうした走りができた夜は大層“もりあがる”らしい。だからまだ弟妹が増える可能性は高い。

 

 

 この日、お父様は2回乗り手を務めて1勝1敗。

 言うまでもなく“領域”など使われていないのだから、勝っても負けても不機嫌になるのやめてくれませんかお母様……。

 

 


 

 

 1月半ば。

 お母様は「多分もうすぐだと思う」と静かに陣痛の波を待つ構え。さすがは歴戦の経産婦だ。

 

 丁度URA賞の授与式がネット放送されているので一緒に観ることにした。お母様は日本語を解さないが、ワンワンさんの顔ぐらいは流石に覚えている。

 

「……彼女、主役なのでしょう? 姿が見当たらないようね」

「恐らく時間を惜しんでトレーニングしているのでしょう。中継などで出てくるのではないですか」

「感心しません。こうした式典をきちんと熟すことも強者の務めです」

 

 苦言を呈する表情はきりりとしたもの。この間は乙女のような嫉妬に悶えていたというのに。

 この方は紛れもなく一族の長だが、今ここに他人の目は無い。私はただの娘として応える。

 

「まぁまぁ。ワンワンさんは奔放な方ですが、URAに話は通しているはずです。“最初の3年間”だから認められたのでは?」

「む。であれば組織がゆるいのでしょうか。いえ、平地での選手生命は短いと聞きますから……」

 

 言うまでもなく繋の世界に“最初の3年間”なんて習慣は無い。技術と経験が物を言うこちらでは、デビューから3年など見習い期間のようなものである──私とワンワンさんなら別だが。

 

 そんなことを話している間に中継が繋がった。

 どこかの屋内訓練施設……かなり大きいな。想定していたよりずっと。

 

「この隣の子は?」

「ティーガードンナさん、今回の最優秀ダートウマ娘です。次走はアメリカのGⅠだったかと」

「ということは芝だけの施設ではないと」

 

 続いて画面に現れた樫本女史が施設を簡単に案内していく。“世界中の芝やダート”と来たか。なるほどワンワンさんが滞在するのも納得である。

 

「まさかワンワンさんのために……?」

「流石に計算が合いません。この規模の施設となると、着工から5年……最低3年は経っています」

「そんなに前から」

「国としてのプロジェクトなら珍しくもない。本気で海外を制覇していくつもりでしょう」

 

 それはなんとも……悩ましい。次も勝てるだろうか、お姉様は。

 

「…………」

「あの子の凱旋門が心配?」

「あ、その……はい」

「ふむ。流石にこんな施設をすぐには用意できません。使わせてもらう交渉も無理筋でしょう」

 

 そんなことを考えていたのかこの人は。嘘をついてまで*トレセン学園に乗り込んでいる私の言えたことではないが。

 

「私は平地競走に詳しくありませんが、凱旋門賞のあの子は立派でした。とても強かった。貴女はそう思えない?」

「まさか。お姉様の強さに疑いはありません。ただワンワンさんの──」

 

 言いかけて気付く。強敵は1人ではない。

 

「──ワンワンさんとそのライバル。イギリスの大レースを制したムーンカフェさんも、凱旋門賞には並々ならぬ想いを抱いています」

「ムーンカフェ。ディアヌ賞で2着だったかしら」

 

 頷く。お母様が観た平地競走はお姉様が走ったものがほとんどだから、その時しかご存知ないだろう。

 但しあのレースは半年前。今のムーンカフェさんはまるで別物だ。脅威度があまり伝わらないのではないかと危惧したのだが──、

 

「彼女は──うん。確かに強敵ね」

 

──お母様からの評価は高いようだ。

 

「歯がゆいことだわ。私たちは平地での戦いに具体的な(たす)けがほとんど出せない」

「それは……トーヴェが頑張ってくれています」

「そうね。でもきっと、あの子は孤軍奮闘だと思っている。思わせてしまっている」

「…………」

 

 お姉様にも繋をさせようとか、平地を諦めさせようとか、かつてそういう動きもあったことは確かだ。当人からは『鬱陶しい家のしがらみ』くらいにしか思われていないが、しがらみの正体はこういう情なのだろう。

 親が知らない世界に飛び出して欲しくない。助けてやれないから。

 愛情であることは疑うまい。

 

 まぁそれはそれとして。

 私も平地を走りたいわけで、走りたいから走るわけだが──

 

「……貴女も、ね。どうか怪我だけはしないで欲しい」

「っ、あ、」

 

──もしかしなくてもバレてますか?

 

 

「顔を見れば分かります。あまり大人を無礼(ナメ)ないように」

 

 


 

 

 この後、ワンワンさんのシニアでのローテが発表された。

 

〔私は特定レースの連覇記録ではなく、『最も多くのGⅠレースを喰い散らかしたで賞』を目指します〕

 

 全てGⅠ、2度の4連闘を含む23戦。未確定の2戦を回避して21戦でも充分に異常である。

 繋の牽き手なら年間25〜30戦ぐらいは現実的だが、それはベテランの話。スタミナの配分や身体のケアに不慣れな内は15戦できれば良い方と言われる。

 消耗やダメージは平地競走の方が明らかに激しい。それを20戦だなんて。

 

「……日本ではこれが普通だったり?」

「ご冗談を。ワンワンさんだけです」

 

 頭を抱えるレアなお母様。ははは、愉快痛快。

 

「去年も23戦とは聞いていたけれど、幾つかのGⅠ以外は格下で数を稼いでいるのかと」

「常識的にそう考えるのは理解できますが、全て重賞でしたし半数以上はGⅠでしたよ」

「なぁにそれぇ……? っ、産婆を呼んでラウラ」

すぐに!

 

 

 ワンワンさんの異常性に驚いたのが良かったのか、末の妹はごく短時間ですぽーんと誕生した。

 

 ありがたい話ですね、えぇそこは同意します。けれど(あやか)って名前を付けるとかはやめておきましょうお母様。悪いことは言いませんから。

 

*
冬のフランスは寒すぎてトレーニングに適さないため。

*
お抱えの医師がいる家なので、ロスが手伝うことは無いに等しい。

*
『国と実家から繋競走を強いられている』的な嘘により、保護や避難に近い名目で日本にいる。URAもとっくに気付いているが、アナグラワンワンの“3年間”を侵してはいないなどの理由から黙認中。




 次話からグラの話に戻ります。

※重要ではない設定
 本作では『ウマ娘がヒトミミ女児を産むことも、その逆もありうる』と設定しています。全体としてはヒトミミ女児の方がずっと多いので、3人の娘が全てウマ娘なのは中々にレアなケースです。
 ただしこの設定が今後に活かされる予定は特にありません。
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