アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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【喚起】

 

 先輩が京王杯スプリングカップに勝利した翌日。

 私は千田さん──ギンさんではなくサキさんの方──のトレーナー室に呼び出された。

 

「スカウトですかっ!?」

 

 少しだけ先走った私の問いかけに、トレーナーではなく先輩が応える。

 

「落ち着きなさい」

「はい!」

「ふふ、上下関係がスゴいわね。

 さて改めて、アナグラワンワンさん」

 

 サキさんは苦笑を挟んでからかしこまると、いきなり頭を下げた。期待させて申し訳ないと言うのだ。

 ……スカウトじゃない、ってことだろうか。

 

「少し回りくどい話になる。

 まずはボゥの言った、『とある仮説』を確かめなきゃいけない。それがただの思い過ごしなら、その時は改めて君をスカウトさせてもらう」

「……?」

 

 先輩の気の所為なら、スカウトしてもらえる?

 

「逆に事実であった場合。こちらでもスカウトはするが──」

「えっ」

 

 どちらでも? じゃあもう実質スカウトなのでは?

 

「──もしそうなら、君はあらゆるトレーナーから引く手数多になるだろう。その有用性をきちんと把握した上で判断するんだ。私のスカウトを受けるかどうか」

「???」

 

 未だスカウト0件な私が引く手数多とか、それが何なのかはまだ分からない。でももしそうなら、ささっと囲い込んでしまうのがチームの利ってやつじゃないのかな。

 わざわざ私の意思確認をしっかり挟むだなんて──これは先輩が言い出したことに違いない。じっと視線を送ってみる。

 

「…………」

「……後になってゴネられたら面倒になるから、早い内に自覚させときたいだけよ」

 

《ツンデレというかただの良い子だな》

 

 照れ隠しのつもりが全然隠せてないこの態度、良い子だと思われたくないのかなぁ。先輩の可愛らしいところだ。サキさんもニヨニヨしてるので間違いない。

 

「はぁーい」

「返事が軽い。はぁ……。

 アンタはきっとどれ程とんでもない話なのかぴんと来ないでしょうから、訊かれたことだけ答えなさい」

「了解ですっ」

 

 相変わらず先輩からは常識知らずだと思われているようだ。でも否定はしない、ギンさんとの会話で思い知ったから。私は自己認識をアップデートできるウマ娘なのだ。

 言われた通り訊かれたことだけ答えよう。素直さ(ばっちり)な感じで。

 

 


 

 

 ──残念ながら、私は答えを持たなかった。

 先輩と仲良くなってからの数日間の内、『選抜レースの翌日(=日曜日)』と『京王杯の前日(=一昨日)』にだけ特別な何かをしたか? なんて訊かれても。

 

 日曜日から毎日、1〜2時間は一緒に過ごしてきた。先輩にとってのアップやクールダウンが私にはトレーニングになるような感じだったけど、先輩の邪魔にはなっていないとサキさんが言ってくれたから。

 で、5日間の内の最初(ピンポン球ゲーム)と最後だけ、先輩は違和感を抱いたらしい。私と身体を動かしてる最中、他では得られなかった(なにか)に触れたというのだ。

 

「去年、GⅠレースの中で片鱗だけ掴んでそれきりだった私の“領域”。それから何度も求めてきたけど、本質は(もや)の向こうだった──なのに、アンタとのお遊びでそれが垣間見えた」

「えっ」

「アンタは、一緒にトレーニングするウマ娘に“領域”のヒントを与える力がある──かも知れない」

「え、え、そんな」

 

 そんな自覚は全く無い。トレーニング中なんていつも学ぶことに必死で、先輩に何かを与えられるなんて思ってもみなかった。

 そもそも今の言い方だと、先輩は“領域”を使えなかったってことになる。

 

 

「えっと、“領域”って誰でも使えるものじゃないんです……?」

 

 

 ──違うらしい。

 サキさんには大いに驚かれてしまった。

 先輩は深い深い溜め息ひとつで諦め(うけいれ)てくださった。流石です。

 

《そういえば"皇帝"もウマソウルの極致だとか言っていたな。誰でも使えるものを極致とは呼ばないか》

『今さら!!!』

 

 

 それはそれとして。

 先輩からの問いに答えうるのは私ではなくアナさんだ。

 

《日曜日と一昨日、か。……心当たりなら、無くはないが》

「む?」

《いや、しかし理屈に合わない。だが他に可能性も無さそうだし……》

 

 アナさんが何か言いたそうだけど、どうも込み入っていそうだ。しばらく口を閉じよう。

 

「あの、私ちょっと黙ります」

「存分にどーぞ」

「ボゥ?」

「今は気にしないでください、少し待ちましょう」

 

 

 

『アナさん、心当たりっていうのは?』

《……覚えていないか? アルヘイボゥが挙げた2つの日付、それぞれの前夜にだけ他と違うことをした》

『?』

 

 ……何かあったっけ。

 片方は土曜のことだから、アナさんと話せるようになった初日。初めて尽くしで夜と言われてもどれのことやら。

 

《夢の中でグラが私を捕食したんだ。衝動を私に送るために》

『あ……!』

 

 そう、だ。

 一昨々日(さきおとつい)はお父さんからメールが来ていて、それで自分を追込む気持ちが高まったせいか夜にはアナさんから『噛め』と言われてしまった。噛まずにはいられなかった。

 

《責める気はないぞ。ただ、グラが私を噛んだ翌日にだけアルヘイボゥは“領域”のヒントを得たという》

『そういうものが、あるんですね?』

《あるにはある、が……》

 

 アラガミと戦う神機使い(ゴッドイーター)の中でも、限られた何人かは特別な力を持っていたそうだ。

 1人につき1つ。アナさんのそれは【喚起】といって、効果は『仲間が秘める力を目覚めさせる』こと。

 

『え、ドンピシャじゃないですか』

《そうだが、これらは非公開情報だ。知られていなかったのだから、アナグラワンワンという物語には含まれない》

『む』

《神機の機能とも違う。私の身体に由来するものだ。が……今の私に肉体は無いのだし。なんで使えるんだ?》

『身体っていうと、あの腕輪とか?』

《いや。これは“血の力”と呼ばれていた》

 

 血の、力。

 アナさんには夢の中で怪我をさせちゃってて、その時は血も流れる。でも一瞬で治せるから、身体も血も夢のイメージに過ぎないのかなって思ってたけど──それだけでもない、のかな。

 

『私がアナさんを噛んで血に触れたから……?』

《そんなことあるかぁ……?

 いやすまん、理屈を追求しても仕方ないか。それで発動するならそうと考えるしか無いし》

 

 うわぁ切り換えが速い。なんなら試してみたいとワクワクしてる感じすら伝わってくる。

 

『じゃあ試します? アナさんが痛い思いしちゃいますけど』

《いいとも。アルヘイボゥたちの言い方からして『“領域”を目覚めさせる力』はかなり有用なようだし》

『……嫌なことはちゃんと嫌って言ってくださいね』

《言わないと思うか?》

『うーん、いまいち信用しきれない』

 

 まぁものは試しか。血をちょろっと舐めるだけで効果があるようなら痛みは最小限にできるだろうし。

 

 

 

「──お待たせしました。心当たりがあるので、検証してみる方向でお願いします」

「……そう、ありがとう」

「お礼には早いですよ、上手くいくかまだ分からないので」

 

 サキさんに応えながら部屋を見回す。お布団とかベッドとかは……無い、か。ソファで代用するしかないね。

 私は上履きを脱ぎ、ごろんと横に──、

 

「じゃあちょっと寝ます」

「えっ」

「待ちなさい」

 

──なろうとしたら、先輩にぐわしと頭を掴まれてしまった。

 サキさんからの意味不明なものを見る目。先輩からの冷たい視線。そしてアイアンクローに籠められた力。

 

「いた、あの、割と本気で痛い」

「説明をしなさいワンちゃん? なんで今の流れで『ちょっと寝る』になるのよ」

「え、再現実験のためです」

 

 先輩なら大まかに分かってくれるだろうし、サキさんに伝えるのも私より上手いと思ったんですが……?

 

「うっ──アンタの考えが読めるのも癪だけど……それ以上に! 周りが合わせてくれるのに甘えんじゃないわよ、そういうところが癖ウマ娘って言われるんだわ」

「全部ご説明します!」

「あ、気にしてるんだ癖ウマ娘って」

「当たり前じゃないですか!?」

 

 くすくすと笑うサキさんに寝ようとした意図を説明をする──そりゃあもう必死に。

 だって千田さん(ギンさんの方)は言っていた。癖ウマ娘なんて表現は最近のトレセン学園ではあまり聞かれなくなった、と。これが20年ほど昔なら、ちょっとの気性難だとかコミュニケーション上の特性でも全部そう呼ばれてたらしいんだけど。

 

『そんなのは癖ウマ娘って呼ぶまでもねえ、そういう認識に変わったんだ──例の芦毛と見比べちまうからな』

 

 友達がいない私の耳にさえ入る黄金の(ゴールド)奇行列伝と比較してさえ、なお見劣りしないほどの個性(クセ)の強さ。それが今のトレセンにおける“癖ウマ娘”が持つ印象だ。私には過分な評価なのでご遠慮します。

 

「ムーンカフェちゃんのことだって麻袋で拉致なんてしてないのに……」

「するべき説明をすっ飛ばしてる点は『検証するので寝ます』も同じだってのよ」

「ひぃん。ちゃんと話しますから!」

 

 流石にトレーナーさんにドロップキックとかはしない──!!

 ……それにしても、生意気な言い種だけど、ちょっと共感できちゃったかも。説明を省いても分かってくれる人に甘えることは、こんなにも楽なんだ。受け止めてもらえるって安心感がある。

 かの不沈艦と妖怪トモ撫でトレーナーさんとの相性は抜群だったらしくて、だからのびのびと奇行に走れたのかも知れない。

 

 もちろん、先輩には私を甘やかす暇なんて無いんだから反省。サキさんにも伝わるように、苦手であっても言葉を尽くさなくては。

 ──ちょっと面倒臭いな、とか思うけども。

 

「えっと……つまり、先輩が“領域”のヒントを感じたという日の前の晩にだけ、私は普段と違うことをしてまして──」

 

 


 

 

 サキさんの担当ウマ娘は現在2人。アルヘイボゥ先輩ともうお1人にも、検証に協力してもらうことになった。

 

「ども〜。ワンちゃん何かするんだってー?」

「よろしくお願いします、アソカ先輩」

 

 ぽわっとした雰囲気のアソカツリー先輩は私の1つ上、クラシック級だ。アルヘイボゥ先輩と同じスプリンター寄りのマイラーである。

 ぐいぐい距離を詰めてくる人で、私はちょっとたじたじ気味。お陰で踏み込み過ぎにはなってない……うぅ、ムーンカフェちゃんには週明け謝らないと。

 

 アソカ先輩とも何度か、ジョギングぐらいはご一緒したことがある。だけどそれは日曜日でも一昨日でもなかったから、『アナさんを噛んだ後の私』とトレーニングをするのは今日が初めてだ。

 

 で、一緒にランニングを始めて5分もしない内に。

 

「……なんだろこの感じ?」

「アリーも分かる?」

「分か──んん──分かりはしませんけど、なんか……なんかこう」

「そうよね、言葉にはしづらいわよね」

「先輩もですかー?」

「ええ。使えるようになっただけじゃなく深まってる感じがするわ……」

「これってワンちゃんのおかげなんです?」

「たぶん」

 

 2人の会話、私には全然分からない。もちろんサキさんにも通じていなかった。

 

 

 

 ただ、少しだけ時間を飛ばして結論を先取りすれば。

 この日からほんの1ヶ月ほどで、アソカツリー先輩は“領域”に覚醒めた。

 

「アンタなんで去年入学してこないのよ」

「そんなこと言われましても。それよりGⅠ勝利おめでとうございます、ボゥ先輩!」

 





※最後のみ6月の会話を先取りしていますが、次話は5月半ばの話です。
※アナの設定には、ゴッドイーター1と2の主人公が混ざっています。本来は別人なので独自設定です(どちらもプレイヤーの分身なのでご容赦ください)。
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