アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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天駆ける翼

 

 1月最後の土曜日、フロリダ州のガルフストリームパーク。

 今目の前には、『ペガサスワールドカップ』という名前の由来になった像が──、

 

は? アレがペガサス?

『え、なんですかいきなり』

《いや、うぅん……納得は納得なんだが》

 

──その実物を前に、アナさんは何故か不思議がった。

 神話とかに詳しくない人もほぼ確実に知っている幻想生物、ペガサスとドラゴンが対峙する様子を象った大きな銅像である。睨み上げるドラゴンの方が逃げ腰で、見下ろすペガサスが勝った場面なのかな、たぶん。

 何が不思議なんだろう、ペガサスよりずっと大きいドラゴンが負けてることがおかしい? いや、大きさなら神機使いとアラガミだってかなり差があった。うーん、分かんない。知識のあるアナさんにはどこか変に見えるみたいだけど。

 

《いや、その。ペガサスって、あれウマ(﹅﹅)()じゃないか》

『ウマ娘に翼は生えてませんよ?』

《分かってる。この世界に馬はいないんだから、ペガサスがああ(﹅﹅)なのは当然だ》

 

 ……あっ。

 アナさんの世界にはウマ娘が居ないから、ペガサスも『背中に翼が生えたウマ娘』ではないってことか!

 

『馬って4本脚の動物なんでしたっけ。ラクダみたいな?』

《ラクダ……とは、かなり違うが……まぁ人よりはラクダに近いと言える》

 

 ラクダの背中に大きな翼を生やした姿を想像してみる。違和感しか無い。

 待てよ、ペガサスがそうなら他にも色々違いそうだ。

 

『じゃあもしかしてユニコーンとかも?』

《あ。この世界だとユニコーンも》

『額に角の生えたウマ娘ですよ、もちろん』

 

 アナさん(イメージ)は頭を抱えてしまった。こういう細かな認識の違いはまだまだあるみたいだ。

 埋めていくにはきっと長い時間を要するだろう……なんて、のんびりもしていられない。

 

《名前にペガサスとついた子が今日の相手にいたよな?》

『はい、2人』

《ペガサスというのはどんな存在だ。どう語られ、どう信仰される?》

 

 とりあえず今はペガサスのことだけでも伝えておかないと。いつも“領域”の効果とかを推察してくれるアナさんは、『この世界でのペガサス』について何も知らないみたいだから。あぶないあぶない。

 

 

 ──後になってから振り返ると、この段階で気付けたのは本当にラッキーだった。

 

 

 あ、ちなみにペガサスワールドカップは最初ダートレースとして始まって後からターフが追加された。だから同日開催ではあるもののターフが先に行われる。

 建前上はどちらもメインレースだけど、順番的に私はドンナさんの前座というわけだ。ペガサス独占なんて言っちゃったし、ここはばっちり場を盛り上げておかないとね。

 

 



 

 

 樫本さんが所長を務めるあの施設、すごい再現度だったんだなぁと改めて感心する。実際に走るのは初めてなのに、用意してきた走り方で想定していたスピードをばっちり出せるんだもの。

 

『1000m地点を過ぎまして残り800、先頭は日本のアナグラワンワン!』

『2番手との差は1バ身あるかないか。おっとどうやら後ろを気にする余裕も見せていますね』

 

 そもそもここは(洋芝に比べると)日本の芝に特性が近い。だから慣れているっていうのはある。

 だけどそれだけじゃない。それだけならもうちょっと苦しんでいる。

 

『想像以上ですね。アナグラワンワンは坂やカーブなどで真価を発揮するタイプだと思っていました』

『この平坦コースでも悠々と先頭を逃げる先頭に、後続も疑念と焦りを感じ始めたか』

 

 そう、ここのコースは真っ平ら。高低差がほとんど無い。カーブも緩いから私の得意を押し付けられる仕掛け所に乏しい。

 だけど今のところ余裕がある。ブラフではなく。

 

「なんで……!?」

「そこまで速くないはずなのに!」

 

 2番手・3番手の人たちが不思議がるのも当然かな。その力強い足音から歩調を読んで、『遅い瞬間』にリードを稼いだり脚を休めたりしてるなんて中々想像つかないでしょ。

 

《相手もGⅠに出てくるレベルだぞ……?》

 

 呆れるアナさんに……返事するヒマまでは無いですごめんなさい。

 ただここは日本のように摩擦が大きい芝なので、加速しやすく減速もしやすい。つまり最高速と最低速に落差がある。だから何とかなってるわけ。微かなリードを丹念に拾い集めてるから身体以上に頭が忙しい。

 頑張って余力を残しているのだ。相手を甘く見てないからこそ。

 

『最終コーナーまわった先頭はアナグラワンワン! さぁ後続が動き出したぞ!』

『ペガサス独占なんてビッグマウスを後悔させてやれーッ!!』

 

 最終直線でそれは来た。

 

 

 領域具現──ハッピー・ハッピー・ゴールイン

 

 

 世界を塗り替える強固な渇望。

 ……とっても分かりやすい。これは教会だ、それも結婚式の。ゴールラインには神父さんと新郎と思しき男性が待ち、私を含む競走相手はベンチのような席に並ばされてしまう。

 中央には真っ赤なバージンロード。そこを歩めるのは“領域”の主だけで、列席者に過ぎない他者は踏み出すことすらできな──、

 

ちょーっと待ったぁー!

 

──あ、誰か乱入してきた?“領域”のルールを破って?

 

「トレーナーと結婚するのは私! 私です!」

「させるわけないでしょ! 諦めなさい、このレースもハニーのことも!」

 

 いや、あれはルール内か。

 喧嘩しつつ最後方からぐんぐん順位を上げてくる2人。どちらも綺麗な白毛さんで勝負服も真っ白だけど、それは核心じゃないだろう。たぶん、ある男性(ゴールラインで待つ新郎氏の本物)に強い執着を抱いていれば誰でも『ちょっと待った』できると思う。

 もちろん私にはできない。この教会における主役にはなれない。競い合うべき前提(あい)を持たないから。

 

《……事前に聞いておいて良かったな》

 

 ペガサス像を見ながら話したことだ。

 ペガサスが描かれる時は大抵白毛。髪も翼も尻尾も真っ白。だからペガサスは──アナさんの世界とは違って──()()の守護者とされる。

 

『さぁ上がってきたぞ追い込みコンビのライバル同士! ペガサスブーケとペガサスヴェール、今日はどちらが上回るか!』

『速い速い! まるで前が停まっているかのようだ!』

 

 あの2人の名前、このレースのタイトル、そしてウェディングドレス風の勝負服と結婚を望む相手。その幸せなゴールインには祝福しか許されない。

 かつて『トリィさんの“領域”はそういう効果かも知れない』と恐れた、()()確定(﹅﹅)型だ。この“領域”が維持される限り、何をどう頑張ってもペガサスブーケさんかペガサスヴェールさんしか勝者になりえない、そういう類の(りふ)(じん)

 

『トリィさんへの警戒がここで生きるとは思いませんでした』

 

 こんな“領域”が存在するかもと考えたことが無ければ対処が遅れたかも知れない。実際には手札がある。

 本物の結婚式ならいくら私でも邪魔しなかった。現実にはレースの最中だ。遠慮は要らない。

 

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):マルドゥーク

 

 

 〈エトワール凱旋式〉とは違って周囲全体を巻き込む“領域”なので美味しく白狼の餌食である。想定より強固ではあったけど、何度か踏みつけることで教会の幻影は消え去った。

 

「「なんてことするのよ!?」」

「レースですが!?」

 

 さっきの“領域”も何気に2人の協働で成り立ってた気がするし、実はすごく仲良しでしょ貴女たち。

 

『何だその末脚は!? ここまで逃げてきたアナグラワンワンが更に伸びる!』

『ペガサスの守護も跳ね除けたか、黒き金剛石が今堂々のゴォール!』

 

 


 

 

 ゴール直後の時点では「私たちの結婚式を……!」とぷんすこしていたおふたり。地下バ道に戻った今はしゅーんと項垂れて小さくなっている。

 キツいお叱りを受けているからだ。

 

「そもそも勝った方と結婚するなんて約束はしていません。何度も言ったはずですよね?」

 

 ブーケさんとヴェールさん、共通のトレーナーらしい。“領域”の果てに白いスーツで立っていたのと同じ顔だ。

 

「それに、恋愛感情をレースに持ち込むなんて──」

「でもハニー、それは」

「私たちのモチベーションですし」

「──胸に秘める分には何も言いません。しかし勝者に愚痴をぶつけるのは……いえ、それ以外の相手に対しても。真摯に走った皆さんに失礼だと思いませんか?」

 

 あー、実はそれちょっと思ってた。

 失礼というか『トレーナーさんより私を見ろ』みたいな。『私のことを真っ直ぐ見ずに勝てると思ってるのか』みたいな。

 そんな共感&納得の気持ちで視線を送っていたら──、

 

「1着おめでとうアナグラワンワン、色目使ってんじゃないわよ」

「今日は私の負けです。ですがトレーナーさんまで奪おうというなら」

 

──俯いてたふたりが同時に睨んでくるからびっくり。奪いませんよ別に。

 

「……ひとまず今は反省タイムだったのでは? 初対面の私でも分かる位にトレーナーさんの目が笑っていないような」

 

 

 再びお説教が始まって、苦笑いのサキさんに見送られながらインタビューに出た。

 

(日本では太いタスキみたいな優勝レイだけど、アメリカではもっと大きな布でブランケットと呼ばれている。ペガサスワールドカップのは白いレースに細かい刺繍*がされていて……なるほど、花嫁に憧れるなら着けたいかも知れない)

 

〔まずはおめでとうございます。アメリカ初上陸でのGⅠ勝利、とても鮮烈でした〕

「ありがとうございます」

〔レースを振り返って、率直な感想をお聞かせください〕

「そうですね……ずっと後ろの足音に気を配り続けていたので、身体だけでなく頭も疲れる戦いでした」

 

 この辺りは定型の質問。用意してきた答え。

 でもそこからいきなり──、

 

〔初めての芝はいかがでしたか?〕

「予習してきた通りで、気持ちよく走れました」

 

──こんなストレートに例の訓練所のこと探ってくるんだ。思わずあまり考えずに返してしまった。

 どうも挑発のようなものと受け取られたらしい。

 

〔ほ、ほぉ。それはつまり、この後のダート戦でも日本が勝つと仰りたい?〕

「ぇ、そこまでは言えません、私はダートの……えっと、もう芝に専念してるので、ダートの選手を詳しく知らないんです。ドンナさんのライバルにどんな人たちがいるのか把握していません」

〔……すみません、こちらも熱くなりました。お詫びいたします〕

「いえ、こちらこそ失礼を」

 

 お互いにぺこりぺこりして、仕切り直し。

 

〔次のレースは3月と伺っています。また例の特訓に向かうとか〕

「はい。次走は日本ですが、その後はオーストラリアに渡るのでその準備を」

〔年間の予定を拝見しましたが、もうアメリカには来られないんですか?〕

 

 インタビュアーさんの訊き方に、ちょっと不可解なものを感じつつ正直に答える。

 

「……予定では、そうですが」

〔それは残念。また来て頂きたかったものです〕

 

 うーん、これはちょっと自信が無い。これ以上怒らせたくないし、アナさんにも訊いておこう。

 

『今の、社交辞令的なやつだと思います?』

《“リベンジさせろコラ”じゃないか》

『ですよね』

 

「嬉しいお誘いですね。少し意外かも」

〔意外でしたか。確かに差し出口ではありますが〕

「いえ、そこは平気です。ただどちらかといえば『もう来るな』と言われるんじゃないかと思ってて」

〔ほっほーぅ?〕

 

 あ、今のは失言か。弱虫扱いしたことになるよね。申し訳ない。

 

「えと、えーと、じゃあお言葉に甘えて考えてみます?」

〔そうして頂ければ嬉しいですね。次はアメリカが勝つからなぁ

 

 漏れてる漏れてる、本音が隠せてないですよ。でもきっと同感な人は多いのだろう。観客席からも地下バ道からも戦意の視線を感じる。嬉しい限りじゃないか。

 

「じゃあえっと、そうですね……。トレーナーとも相談するのでこの場でお約束はできませんが、候補になるのはフランクキルローマイルステークス辺りでしょうか」

 

えっ

 

 カリフォルニアのサンタアニタパークでやるマイルGⅠだ。フランク・E・キルローという方のお名前に由来する。芝の特性はほとんど同じはず。

 

〔あの、それは3月初頭ですが……?〕

「? はい」

 

 そこにレース予定は入っていない。年間予定を見てくれたんなら把握してるでしょう?

 

〔それだと年24戦になりませんか〕

「なるかもですね」

 

 あれ、なんかおかしいな。インタビュアーさんの表情が引きつり、観客席がどよめいている。

 

『私、なんか変なこと言いました?』

《恐らく向こうは、オーストラリアやフランスに行く予定をアメリカに切り(﹅﹅)替え(﹅﹅)()気はないかと訊いたつもりなんだろ》

『──っ!』

《出走数を増やせなんて、ははっ。そんな要求は常識的にありえまい

『!!?』

 

 アナさんにこの世界の常識を説かれた! 嘲笑つきで!?

 

「でも、だって、ボールドウィンやサンダウンの芝も用意してもらうスケジュールがもう組まれてるので、だからその──」

 

 しどろもどろに言い訳を始めたところ、サキさんが「そろそろこの辺りで」と割り込んできたのでインタビューはお開きになった。

 

 私はただ、樫本さんの進めてくれてる準備を無駄にしたくないのであって! 合理的なだけで! 常識が無いのとは違うんですよ!

 

 

 自称ですけど!!!!

 

*
現実のペガサスワールドカップでは青地に白文字のブランケットが贈られる。




 ペガサスとドラゴンの像は実在します(Googleマップリンク)。
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