アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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短距離の門

 

 美浦寮で対策会議が行われた2日後の土曜日、ムーンカフェはダイヤモンドステークス(GⅢ・3400m)を大差で勝利した。

 次走は4月末、春の天皇賞。敬愛するマンハッタンカフェが勝ったレースということもあって非常に気合いが乗っている。3200mという距離に対する不安は皆無だ。

 

 その2週間後(3月初頭)、アナグラワンワンは予告通りフランクキルローマイルステークス(GⅠ・1600m)に出走。

 結果は快勝で、勝利者インタビューでも『もうアメリカには来ないんですか』的な質問は無かった。どうやら今度こそ『もう来ないでくれ』と思われたらしい。

 

 勝利後のアナグラワンワンはまたしてもドバイに戻り、久々に帰国したのは3月の下旬。

 高松宮記念の直前である。

 

 


 

 もし誰かから『短距離において最も苦しめられた相手は誰か?』と問われたら、グラは迷わず『アイビスでのボゥ先輩』と答えるだろう。

 そこで更に『同期の中では?』と重ねられると──答えに迷う。ゲージスプレイなど何人かの名前は思い浮かぶものの、アルヘイボゥほどに苦しめられたかというと微妙なところだ。

 

 そんなアナグラワンワンだから、1200mの高松宮記念では本命と目されていた。

 

 逆に──こんな質問は誰もしないが──もし『短距離であれば絶対に負けない相手』を問われたなら、すんなりと挙がる名前が幾つかある。ドゥームデューキスもムーンカフェも該当するだろう。その2人も(内心では)認めるはず。

 そこに含まれる中長距離ランナーが高松宮記念に出てきたとして、普通ならば脅威にはならない。

 

 普通ならば。

 アナグラワンワンはもちろん普通ではない。

 そして、類は友を呼ぶ。

 


 

 

『続きましてご紹介しますのは青葉賞やセントライト記念の勝者テセウスゴルド。1200mは初めての挑戦です』

『観客の皆さんも選手たちも驚いているようですね』

 

 

 中京レース場・高松宮記念のパドックに注目する数多の観客。その中の1人が、隣に立つ男性にこんな声をかけた。

 

「そういえば真壁さん。バ鹿みたいなこと訊きますけど」

「うん?」

 

 ムーンカフェの後輩である。真壁とは昨年末にトレーナー契約を結んだばかり。

 今年クラシック級のスプリンターで、先週はフィリーズレビュー(GⅡ・1400m)でコンバスチャンバーに敗れた。彼女ともベアリングシャフトとも何度もぶつかることになるだろう。

 すでに桜花賞に向けて気持ちを切り替えているので、今は目の前のことだ。

 

「私らが長距離を走れないのは分かるんです、へろへろになっちゃいますから。でも先輩みたいなステイヤーが短距離を走るのって何が問題なんですか?」

「ふむ」

 

 確かにスタミナの問題は無い。しかし中距離走者と見做されるテセウスゴルドがこのレースに出ることは驚きを呼んでいる。

 大きな問題があるということだ。真壁は自分で答えず、問いを横に渡すことにした。

 

「ムーン、説明できるかい?」

「……はい」

 

 苦手意識を滲ませるムーンカフェ。とはいえ先輩としての務めも理解はしている──分かりやすく伝えられるかは別だが。

 

「短距離にも序盤・中盤・終盤みたいな展開の流れがあるでしょ。それ自体は距離が長くても同じなのよ。だから私たちからしたら、それぞれが短くて展開が速い」

「…………???」

「えっと……この高松宮記念ならスタートからゴールまで80秒も無いじゃない。ゲートが開いて好位置を占めるまでの序盤も、終盤に向けた駆け引きの中盤も、全部を絞り出す終盤も、それぞれ25秒かそこら。

 距離が2倍ならそれぞれの時間もざっと2倍になるわけ。私はそれに慣れてるから、1200mの(せわ)しなさに追いつけない。頭も身体もね」

「なる、ほど……?」

 

 端的に言えば『展開(の推移・変化)が速すぎる』といったところ。真壁は同じことを別の言い方で伝え直す。

 

「カーレースに喩えるなら、ムーンは1速から2速→3速と順繰りに加速していくタイプ。君が憧れるマルゼンスキーは1速→3速→5速みたいな加速ができるって感じかな」

「なるほど!」

 

 訊ねた側の興味関心に寄せることで理解を促した。

 もっとも、今年の夏にデビュー予定なもう1人の後輩は自動車に興味が無いためますます混乱したようだ。ムーンカフェも頭を捻って言葉を探す。

 

「ええ……?」

「長距離がサッカーで短距離がフットサルって言えば伝わるかしら。それともテニスと卓球? 私はどの球技もやったことないけど」

「あー、スタミナはサッカーやテニスの方が使いそうですね」

「うん。だからってサッカー選手にとってフットサルは勝手が違いそうでしょ。狭い分だけ目まぐるしいっていうか」

「分かった気がします、ありがとうございます!」

 

 ムーンカフェは軽く頷いて不慣れなくすぐったさに耐えた。真壁からは若干からかうような視線も感じるがスルーする。

 それよりはパドックに集中したい。

 

『さぁ本日の1番人気、日本でのシニア初戦となりますアナグラワンワンの登場です。おや、少し硬い表情でしょうか?』

『1200mのこのレースに思わぬライバルが来ていることへの驚きかも知れません』

 

 最近は取り繕うことを覚えたようで、内心がダダ漏れというほど酷くはない。しかしムーンカフェから見れば驚き以外の感情も露わだ。

 

『あれは危機感──あ、アナさんに落ち着けとか言われてる。

 かなりヤバいと思ってる様子ね。常識で考えればテセウスたち(﹅﹅)はさほど脅威にならないけど……まぁ常識は通じないか』

 

 無意識に自らを棚に上げながら 考える。

 

 テセウスゴルドはドゥームデューキスのように策略を弄するタイプではないから、宝塚記念をターゲットに据えているのは恐らく本心だ。それを踏まえればこの高松宮記念を選んだ目的は【喚起】に違いない。

 比較することは難しいが、恐らくあの異能は昔よりも効果が高まっている。

 

『お陰で言葉にしやすくなった──アナさんが力をくれるわけじゃない。私たちの中に眠ってるものを、見つけ易くしてくれるだけ』

 

 あくまで導きに留まるもの、言わばヒント。ただし極めて強力な。

 実戦で何度も【喚起】を浴びてきたムーンカフェやテセウスゴルドは、与えられたヒントのほとんどを発掘し終えている。

 まだ何か埋まっているとしたら、それは道標があっても掘り出すのに時間を要する深淵。だからアナグラワンワンの国内初戦に被せた。少しでも早くヒントを得て、宝塚記念までの期間でモノにする為に。

 

 世間からの評価とは違い、ムーンカフェの認識するテセウスゴルドは合理主義者である。確かに奇行も見られるが、理由があってそうしているだけ。レースには真摯だ。

 

 動機の推測にはそれなりに自信があった。だから彼女相手には危機感を抱く理由が無い。

 問題はテセウスゴルドではなく、もう1人。

 

『テセウスがこのレース中に急成長する可能性はほとんど無い。グラも……グラはともかくアナさんならそう判断するでしょう。

 となるとやっぱり、脅威認定はあっ(﹅﹅)()か──そうね、ここでの勝利も掴むつもりに決まってるもの』

 

 常識的にはこのレースのライバルになりえないステイヤー。【喚起】という奇跡(いじょう)を踏まえても、それを浴びるのみを目的とするのが常人もしくは合理主義者だ。

 しかし彼女はどちらでもない。『今日は1着を諦める』など有り得ない。

 それに……勝ち目が無いとも言い切れなかった。

 

『これまでに2回【喚起】を浴びたはずだけど──ヒントに耳を貸さず投げ捨てたでしょ、貴女なら。今日はその主義を()げて、そんな不満そうな顔で、実利を拾いに来たわけか。

 確かに、勝ってしまいかねない』

 

 ただでさえ超感覚派な上にヒントを与えられる感覚も体験済み、それを今回は意識的に取り込むつもりで、なおかつ未発掘だらけの金脈。レース中の成長幅は計り知れない大きさだ。だからグラも恐れている。

 

 ムーンカフェと並び立つほどの、最大のライバルを。

 

 

『最後に現れました、フランスでGⅠ6勝*という大将軍!

 マイル未満は初挑戦ですがジャパンカップの2着以外は常勝、凱旋門の勝者・トリウムフォーゲンです!

 

 



 

 

『ここで先頭交代トリウムフォーゲン! しかし内からアナグラワンワンも沈まない食らいついている、伸びるか伸びたぁァー!

 これは写真判定になるでしょうか!? スロー再生では、いえ、どうやらアナグラワンワン先着とお伝えできそうです』

『どちらの末脚も切れていました着差は1/4バ身あったか無かったか。ですが流石は金剛です、ゴール直前に差し返していました』

 

 

 ……しんどい。勘弁してよトリィさん。

 

《本当に勝ちに来ていたなぁ》

『だから言ったじゃないですか、トリィさんは勝つつもりだって』

《いくら【喚起】があっても距離的に厳しいと思ったんだが》

 

 それはほとんどのケースで正しいけど、トリィさんには当てはまりませんよぅ。

 2度も【喚起】を経験しているのだ。そして11月のジャパンカップ以降はその感触を何度もリプレイしたはず……血を吐くような憤激と共に。こわ。

 

『ゲートが開いた瞬間から凄い勢いで飲み干して進化していくに決まってる、と覚悟はしてましたけどね……』

《予想を上回られた、と。ふふ》

 

 楽しそうで何よりです、ええ全く。

 

 ちなみにレース直前に『【喚起】を切ることは今もできないんですよね』と訊ねたら《できないし、やりたくもない》と返された。トリィさんの急成長が観てみたかったそうで。

 度々忘れそうになるけど、アナさんは常に私の味方ってわけではない。【ブラッドアーツ】以外だとレース関連の助力は少ない。

 負けても死なないからね。ウマ娘レースはアナさんにとって『楽しさ優先でも構わない種類の戦い』だ。

 もちろん生死を賭けたいわけでも賭けさせたいわけでもないのでオールオッケー。納得はしてますよーだ。【喚起】を切れないのは本当でしょうし。

 

『3着争いは際どいところ、外ゲージスプレイが僅かに逃げ切ったか』

『悔しそうです、テセウスゴルドは4着だと思っている様子』

 

 

カ、ヒュ……

 

 苦しそうによろめくトリィさんに軽く肩を貸した。

 思いきり(もた)れて来るわけじゃないけど、汗も熱も呼吸もかなりの消耗度合いだ。1200でここまで絞り出せるのはもうステイヤーではないと思う。

 

 想像を越えられた。びっくりしている。絶対怒られるから言わないけど。

 言うつもりは無かったんですよ?

 

ありがと……もう、平気

えっ

なに驚いてるのよ

 

いや、トリィさんが素直にお礼言うなんて

私をなんだと思ってるわけ?

……暴君?

 

 怒られた。訊かれたことを応えただけなのに。

 怒られたけど、どうも今日のトリィさんは雰囲気が柔らかい。敗けた直後とは思えないほど穏やかだ。

 そんな優しさを向ける先は限られる……あぁ、そういうことか。

 

安心はできましたか?

そうね。グラの力は悪いものじゃなさそう

 

 【喚起】を浴びるのも高松宮記念の勝利も目的ではあったんだろうけど、それプラス安全確認もしたかったわけね。私が帰国するイコール、大事な妹と何か始めるって考えたわけだ。

 

 いやまぁ、色々と考えてはいるんですが。

 すぐには何もしないですよ。

 

 ロスは(平地デビューするとしても来年だから)急かすようなこと言わないし。

 それに今日、本気で勝ちを獲りにきたトリィさんには〈尊み〉を使わされ(﹅﹅)()。アメリカでの2戦では──ムンちゃん以外には──強く反応しなかったこの力を引っ張り出された。

 

 

 こっちは今日から4連闘だっていうのに。

 体力とかソウルとか、もうちょっと温存したかったんだけどなぁ。

 

*
クリテリウム・ド・サンクルー、プール・デッセ、ジョッケクルブ賞、ディアヌ賞、パリ大賞典、そして




テセウスゴルド:
 宝塚記念までにやべー奴になる。
トリウムフォーゲン:
 レース中によりやばくなった。
 凱旋門賞までにまだ化ける。
後輩A:
 今年クラシック。バス&ベアの同期。
 マルゼンスキーやスポーツカーが好き。
後輩B:
 今年デビュー予定。
 戦闘機にたとえて貰えたらばっちり理解できる。
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