アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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暴露の真名(春天2/2)

 

 クラシックの1年間で、ムンちゃんとは3回戦って全て勝っている。

 ただし菊花賞と有記念は、搦め手というか不意打ちというか……びっくりさせてその隙に1着を掠め盗ったような感じだ。勝ちは勝ちだけど何度も通じるやり方じゃない。

 

 もっとこう『勝つべくして勝つ』みたいなことができるならそれが王道だとは思うんだけどね。それはどちらかというとムンちゃんが歩んでいく方向性だろう。

 私は堂々と邪道を征く。勝ち方に拘れる身体じゃないし、別に悪いこととも思っていない。

 問題はレースの度に手を変え品を変え、新しいびっくりどっきりを用意しなきゃいけないことで。〈尊み〉も有の時ほどには動揺させられないだろうし。

 

 ……とか考えてることが、ムンちゃんにはまるっとバレてたのかも。そう思うほど効果的なものを用意してきた。

 彼女の対策はいつも通り脳筋(シンプル)で、『一時的に驚かされるとしてもそれが問題にならない位に上回ればいい』だ。

 

 

 

 領域具現──神域は新月にて(フライ・ミス・トゥ・ザ・ムーン)

 

 まだ2000mもある、こんなタイミングで。

 

 領域捕喰──疑似極点(アルダノヴァ)

 

『ここで動きましたムーンカフェ! まだ丸々1周を残した段階でみるみる順位を上げていく!』

 

 幾らなんでもこんなところから月に囚われるのは想定外だ。だけど“領域”の感触からしてムンちゃんはこれをゴールまで続けるつもりらしい。

 

もう!? 早すぎる!

 

 思わず声が漏れた。

 以前は──有の頃は──1000mちょっとしか保たなかったはずなのに。この4ヶ月で〈新月〉の継続時間をぐっと伸ばしてきた。

 もちろん“領域”だけではないはずだ。

 

 残り1800m、差は6バ身。

 速い……! まだトップギアの手前だろうに、こんなに詰めてくるのか!

 

 アナさんにも内緒で備えてきた対策は、あるにはある。だけど試したことはまだ無いから、咄嗟に出てきたのは使い慣れたもの。

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):マルドゥーク

 

 これで解除できるならまだ良かった。でもやっぱり駄目だ、ペガサスワールドカップで結婚式を強制終了した時とは全然感触が違う。私の足下だけは解けてるのかも知れないけど……アナさんが帰ってこないんじゃ意味が無い。

 

 残り1600m、差は5バ身。

 なら単純にスピードで対抗してみるか。

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):ルフス・カリギュラ

 

 アナさん抜きでは最高速の喰核(コア)

 さすがにゴール前ほどのスパートはまだかけない──だからって。

 

 残り1400m、差は4バ身半。

 これでも詰めてくるの?

 

 あぁそうか、有のラストでは〈ヴィーナス〉の加速も乗っていたから。(アラ)(ダマ)を喰うことの恩恵は思ったより大きかったらしい。

 だからムンちゃんは〈盈月〉を使ってこない。けれどもシユウやセクメトを活かすためにロスから習ったボディバランスは普段から有用だ。〈盈月〉無しの走りも前よりずっと洗練されている。

 

 残り1200。あと4バ身。

 200mごとに半バ身。このペースが続くなら逃げられる、なんてね。続くわけがない。

 

 誰かが“領域”を使うかも知れないし、誰も使わなくたって同じこと。あっちはまだ脚を残している。それは主に身体の力で、つまりこっちを上回るってことで。

 アナさんの居ない私を降すにはムンちゃんだけの力で充分。ハ、あは。こうして見せつけられたら反論もできないよ。

 

 喰核を解く。

 距離を詰められることを承知で短く息を入れる。

 

 全く、いやになるほど王道だ。私には歩めない道──いや、並んで走ったら敗けるから選ばないんだけどさ。

 邪道対決したらこっちが勝つもんねー? 得意を押し付け合うのは当たり前でお互い様。そう来なくっちゃ。

 

「こういうの好きでしょグラァ!」

「大っ好物、お揃い!」

「負けるのは大嫌いよ!!」

「ほんとに気が合うねムンちゃんとは!!!」

 

 残り1000m。差は3バ身を切った。

 ……行くぞ、今度こそぶっつけ本番だ。

 

 


 

 

 前提として〈新月〉は放置できない。この大問題に対処しない限り勝ち目が薄すぎる。

 有みたいな瞬間的な解除は無意味だろう。これだけ長距離・長時間の展開ができるなら再発動されて終わり。

 もっと根本的に──そうでなくとも持続的に──どうにかしないと。

 

 〈マルドゥーク〉は通じない。

 そもそもマルドゥークって『周りのアラガミを鎮静化するアラガミ』であって『ウマ娘の異能を封じるアラガミ』とかじゃないし。そんなの居ないし。

 

 異能封じのアラガミは、居ない。

 でも〈新月〉みたいな範囲型の“領域”なら。そういうものを『終わらせるアラガミ』なら──居る。

 

 



 

 

世界(りょういき)を、閉ざせ!」

 

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):世界を閉ざす者

 !ERROR!

 

 

 それはアラガミの意志に侵された狂科学者の終着点。神機使いたちが戦った最後のアラガミ。間違いなくアン・マグノリアが捕喰した相手だ。

 しかし神機は応えなかった。

 

「不発……?」

 

 訝しむムーンカフェの内側で、アナは余計な言葉を伝えないように驚きを鎮めている。“世界を閉ざす者”について語ったことはないのにどうして、と。

 グラはアラガミデータベースとしての神機から登録名や特徴などを(自力で)引き出した。有記念の頃にそれができる習熟度に達したらしい。

 ただし掴めたのは表面的な情報だけ。

 

「やっぱり、名前(﹅﹅)が違う……!」

 

 データ上は“世界を閉ざす者”として登録されていたが、これはおかしい。フェンリルではアラガミに神や暴君などの名をあてていた(例外は他にも*あるが)。明らかに名前の毛色が違う。

 

 そしてここでは正しい名前が要る──オントバサラを望んでいても名前を間違えればウコンバサラの喰核を纏ってしまったように。

 “世界を閉ざす者”では駄目なのだ。それは一種の欺瞞すら孕む登録名。本質を示しておらず、だから再現できていない。

 

 名前さえ、完全な名前さえ分かれば。

 

「力を貸して、ラケル(﹅﹅﹅)さん!」

《ラケル先生……》

 

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア)世界を閉ざす者(ラケル・_______)

 !ERROR!

 

 

 足りない。ファーストネームだけでは不充分。

 

 人類にとって最大最後の脅威となったそのアラガミは──というよりその人物(﹅﹅)は──フェンリル所属の科学者だった。“世界を閉ざす者”という迂遠な名前で登録されたのはその辺りの事情もある。

 また、その科学者とはアナが“先生”と呼ぶ育ての親だ。彼女について語る口は常に重かったし、グラも深堀りすることは無かった。

 

 フルネームを教えたことはない。

 これではどうしようもない……そんな諦めがアナの心を満たす。

 

 が、グラは諦めていない。

 そもそも予感していた事態だ。“世界を閉ざす者”や“ラケル”だけでは再現できないだろうと。

 

 だから探り(﹅﹅)は既に入れてある。確実にそれだとは言い切れないが。

 

「結婚とかで名前変わったりしてないでください……!

 お願い! ラケル・クラウディウス!

 

!? なんでお前がその名を──

『アナさん?』

 

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア)世界を閉ざす者(ラケル・クラウディウス)

 

 

 ──知ってる!? あ、あの時か!》

『良かった、おかえりなさい!』

 

 フルネームは教えていないし教わっていない。

 ただし、ラケルの姉のフルネームなら漏らしたことがある──レア・クラウディウス。

 

《グラァ! お前1月からこんなこと考えてたのか!?》

『正面から訊いても答えてくれない気がしたので』

 

 海外進出支援訓練所にいた頃、夢の中で話した*ことだ。姉妹ならファミリーネームが同じだろうという点は曖昧だったが、グラはその賭けに勝った。

 再現された〈世界を閉ざす者〉はその名の通り〈新月〉を侵食し、無効化によってアナは元の居場所に戻る。

 

 ここまではグラの期待通りだ。

 そしてここからも、グラの懸念(﹅﹅)通り。

 

 神機に保存された情報はアラガミそのものではないし、ラケル・クラウディウスの魂もここには無い。

 あくまで情報(きろく)。既に確定した過去(きおく)

 いくら人間を辞めた逸脱者であっても、アナのように言葉を交わすことは不可能である──交わすことは。

 

「!っ、ぁぐ……!」

 

 まるで〈尊み〉を叩き込まれたムーンカフェのよう。アン・マグノリアに向けられた狂愛はあまりに圧倒的かつ一方的で、レースに集中するどころの騒ぎではない。

 耐え抜くつもりではあったが……ラケル以外にも衝撃的なことが多く、こちらの賭けには負けてしまう。

 

「ぎぎ……もーー、無理ィ! 解除!」

 

 

 確かに〈新月〉を破りはした。しかしそこまでだ。破ったままにもしておけなかった。

 そんなことをしている間に、ライバルはすぐ後ろにいる。

 

「く……アナさぁん!」

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア):カリギュラ・ゼノ

 

「させるわけないでしょ!」

 

 領域具現──神域は新月にて(フライ・ミス・トゥ・ザ・ムーン)

 

 

 

『両者もつれるように4コーナー抜けまして直線入りました、ここで前に来た、僅かに前に出たのはムーンカフェだ! 先頭交代、"金剛"からハナを奪ってみせたこのまま行けるでしょうか!?』

 

『むしろ差は開いていきます半バ身、更に離れるか、いや諦めてはいないアナグラワンワン必死の追走! しかしムーンカフェも更に伸びて──ゴールイン!!』

 

ムゥーンカフェがやりました! アナグラワンワンの連勝を止めたのはやはりこの子、突き上げた拳は春の空に、天皇賞の栄冠を掲げます!

 

 



 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 息が苦しい。曲がりそうな背中を頑張って反らして、空を仰ぐみたいにしないと酸素が入ってこない。

 脚がガクガクする。立ち止まっちゃいけないのは分かってるのに、もう芝生に寝転がってしまいたい。

 

「私の、勝ちよ。グラ」

「ハッ、うん……うん」

 

 敗けた。

 誰より敗けたくない相手に。見送りたくなかった背中を後ろから見て、追いすがって追いつけなくて。

 

 ぶっつけ本番の〈閉ざす者〉が想定外の()作用(﹅﹅)を伴ったことは敗因とは言えない。他の喰核と同じように維持できたとして、それで〈新月〉を封じたとしても、その状態じゃスピードを出せないから。〈ルフス〉とかに変えたら即〈新月〉だし。

 長時間かつ瞬時&繰返し発動な“領域”を引っ提げてきた時点でムンちゃんは勝っていたとも言える。皐月賞とは逆に、私の方が準備不足で来てしまった。

 

 それは、私みたいな邪道とは違う勝ち方で。

 つまり……もう1回やっても同じ結果になる。それが王道の怖いところ。

 

 悔しい。

 滾る。

 勝ちたい。

 

 そういう気持ちは嘘じゃない。ホントだよ?

 

「……何、その表情(かお)

「ごめん違うの、バ鹿にしてるとかじゃなくて」

 

 ムンちゃんを不機嫌にさせるような変な笑顔になってる自覚はある。敗けて悔しいとかそういう風には見えないよね。

 私としても今はちゃんと悔しがりたい。この熱情を燃やして噛み締めて、次への確かな糧にしたい。

 

 でもさぁ。

 

「ちょっと、アナさんの過去を視ちゃって

「え。……それは、その……大丈夫?」

「や、つらいこととかグロいものとかは視てないよ」

「そう。でも、走りの邪魔になるようなものだったんでしょ」

「まぁ、集中はできなかったね……」

 

 あれはラケルさんの視点。孤児院で引き取った最初の子供、アン・マグノリアの成長(﹅﹅)()()

 

ちっちゃい頃のアナさん、めっちゃ可愛かった

「はい? なんの喰核よそれ」

「詳しくは、ごめん。でも見間違いとか他人のそら似じゃないよ、アナさんが不貞腐れてコメント拒否ってるもん」

 

《…………》

 

 〈閉ざす者(ラケルさん)〉の記録は私だけじゃなくアナさんにも流れたようだ。その時は呆然として、今も無言のまま不機嫌っぽい。

 

「グラ、それは」

「あ、ううん! 敗けた言い訳じゃない。分かってる、ちゃんと分かってるよ──」

 

 険しくなりかけた声に慌てる。

 副作用(=唐突な成長アルバム上映会)が無くても同じ結果だろうって推測をちゃんと伝えた。

 

 すっごい悔しいけど、そうとしか言えない。

 それでも悔しいから、忘れずに一言添える。

 

「──私が自滅したんじゃなく、ムンちゃんが強かったんだ。

 今日のところは

 

 

 これで通算3勝3敗。

 ……年末に勝ち越せてなかったらトゥインクルに居残ろうかな?

 

*
“世界を(ひら)く者”

*
121話『狂母の(たばか)り/異端の(たくら)み』




 グラが見たものの中身は次話にて。

 シニア7戦目にして敗北。
 連勝数は昨年の秋華賞から続く12でストップ。


ムーンカフェ:
 自力でやべー奴になった。
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