「ねぇムンちゃん、ちょっと真面目な質問なんだけど」
「なに?」
「私って隠しごと下手かな?」
「ド下手」
「………………」
「『これまで何度も内心を見抜かれてきたけどそれは相手が年上だったからで、同年代なら──いやこれはムンちゃんだから分かるだけであってそんな』」
「怖いよ! 当たってる! 怖い!!」
「ロスやミネイだって読み取れてるんじゃないかしら。分かりやすいものグラ」
「えぇ……」
歯に衣着せない、そしてきっと嘘も吐かないムンちゃんの言葉が胸に刺さる。流石にアナさんが慰めてきたほどだ。
《ま、まぁ先生の名前の件は全く分からなかったぞ。過去を観られると分かってたらレア博士のフルネームなんて教えなかっただろうさ》
『……ですよねー。なのでこっそり訊き出したわけです。中々うまくやったでしょう?』
強がりである。強がりは嘘じゃないことにさせてほしい。
ジュニアの5月にアナさんが目覚めたばかりの頃、神機は私のいうことを全く聞かなかった。時間をかけて剣・盾・銃の3種を操れるようになったら、今度は
そういう成長は有馬の頃にひとつの壁を越えることになる。
逆に言うとそれ以前は、ある点ですっごく不便だったのだ。データベースとして見るならとんでもない欠陥だよ。
例えば“コンゴウ”って名前を知ってればそのデータを引き出せる。それはいい。だけどこの時にコンゴウ堕天やハガンコンゴウやラセツコンゴウの情報はでてこなかった──そういうのが居るということすら。
だから以前の私は、アナさんから教わらないと喰核を纏う以前に存在すら知り得なかったわけ。ニュクスさんと関わり始めた頃にサリエルの名前も知らなかったように。
有馬以後は全アラガミの一覧みたいなものも把握できる。アナさんが口にしなかった名前も知って、“閉ざす者”なら〈新月〉対策になりそうだと思って……でもその名前だと再現できそうになくて。
ラケルさんのフルネームを探る試みは、年明けから最近までずーっとしてましたよ? たまたま手がかりを漏らしてくれたのがレア博士の件だっただけで。
そうです、上手くやったとか強がってはみたものの『数打ちゃ当たる』です、はい。
「……で、神機のデータから私の死後のことも分かったと?」
「ほら、NHKマイルカップの後に色々教えてくれましたよね。走るのは遅いウコンバサラとかオントバサラとかも」
「NHK……ああ、ベレへニヤの〈懸濁海〉か。思いがけずグボロ・グボロが役に立ったし今後もどんな状況になるか分からんから、予め伝えておこうと思った」
そう、“いつどれが必要になるか分からないので予め”として教えてくれた。“急な雷でレースが中止になりそうな時はオントバサラの砲撃で雲を散らそう”なんて使い方を想定してたわけじゃない。
それを踏まえると、アナさんは知っているアラガミを全部教えてくれるはずなのだ。幾つかの例外はあるとしても。
「はい。でもアナさんが教えてくれなかったアラガミも、ここには登録されてます」
「“
え、“世界を
「アヌビスとかラーとか」
「うん、私は知らない。エジプト辺りか」
「ヌァザとかハバキリとかバルバルスとか」*
「知らん知らん。ケルトに日本に……ローマ? あちこちで再発生したようだな」
実はまだ結構いる。1種や2種ならともかくこんなに隠すのはおかしい。
てことは、それらのアラガミはアナさんも知らないのだろうと推測できたわけだ。
「私の神機に、私の知らないアラガミ……なるほど、死後に使われたとしか考えられないな」
「…………」
「グラが落ち込むことじゃないだろう。あの世界の人間が何かやらかしたか、ラケル先生の負の遺産か……案外、榊博士のうっかりミスかも知れない。はっは、ありえる」
アナさんはおどけて笑う。なんでもないことのように。
命がけで救った世界が、実は救えてなかったと知っちゃったのに……いやまぁ、アナさん的には『その時に生きてる人間が頑張ること』ぐらいの話なのか。そうかもですけどー。
「前も言ったが、神機の本体はアラガミだ。正式な使用者だけは喰わないよう個人を識別するが、他はアラガミだろうと神機使いだろうと喰う。だから死後に使われるはずも無かったんだが……」
「あ、使い手のこととかは全然分かんないです」
「いいさ、さほど興味は無い。例外はいたし、私もリンドウさんの神機に喰われかけたことあるし」
「何してんですか!?」
「そうするしか無かったんだ、だったらやるだろ」
それはまぁ、必要なことをやるってのは同意ですが。
春天では敗けた。このままだとムンちゃんには勝てない。だったら勝てるように備えるだけだ。
次は中1週を挟んでヴィクトリアマイル、そこから中2週で安田記念とマイル戦が続く。どちらもムンちゃんとは当たるまい。
その次は……どうしよう、年始の計画通りだとぶつかるんだよな。受賞式の中継ではナイショにしたレースだし、取り止めても良いけど。
とはいえ6月のそれを回避したところで、7月末はきっと戦うことになる。イギリスのKGⅥ&QESだ。
もう4月も終わり。ムンちゃんとの再戦まで2ヶ月未満、長くても3ヶ月。
間に合うだろうか──普通にやったんじゃ厳しいかも。急がなきゃ。
春の天皇賞から1週間ほどが経った5月の初頭。
ムーンカフェは後輩(の片方)と併走トレーニングを始めようとしている。これまでも軽く流すことはあったが、今回は真壁から初めての指示があった。
「1600mか……レヴ、真壁さんから何か聞いてる?」
「え、『お互い本気でやるように』ってだけです。他は特に」
「そうよね。まぁ指示された以上手は抜かないけど」
彼女の名はレヴエルトという。
今年クラシックのスプリンターで、憧れのウマ娘はマルゼンスキー。直近の戦績は4月頭の桜花賞で2着。
敗戦でかなり落ち込んでいたようだから、それを踏まえて
渡せるものはちゃんと渡していきたいと思う。機会は限られているので。
「先輩、もうすぐドバイに行っちゃうんですよね」
「ええ、しばらくは日本で走る予定が無いから」
「寂しくなります。いつ頃戻ってきますか?」
「それはレース次第」
誤魔化しだ。どちらかというとトレセンを離れての座学課題の方が重い。
レポート提出で成績を取れている内は当分帰国しないつもりでいる。格好悪いので後輩には言わないだけだ。
ちなみにムーンカフェはまだ知らないことだが、海外進出訓練所の所長は走りだけでなく学業もみっちりサポートしてくれる──強制的に。
アップを終えた2人は真壁の合図でスタートを切った。
先行したのはスプリンターであるレヴエルト。しかし800m過ぎからペースを上げたムーンカフェは悠々と抜き去り、更に加速して大差で先着してしまう。
肩で息をする後輩に、首を傾げるムーンカフェ。
「こ、こんなに、差をつけられる、なんて」
「これで良かったのかしら……?」
良くない。これではレヴエルトの自信を砕いただけ。
『本気で』としか伝えなかった真壁の失策だ。
レヴエルトは桜花賞でベアリングシャフトの“領域”を受け、わけも分からぬまま敗れた(3着はコンバスチャンバー)。それがどういうものなのか、トレーナーからできる説明は既に尽くしてある。
「こちらの言葉足らずだ、すまない。〈新月〉を見せてあげて欲しかったんだよ、ムーン」
「あー……。え、レヴはもう?」
「まだ知ってるだけ。使えはしない──悪かった、反省してます」
〈新月〉は“領域”に対するカウンター技なので先ほどは使う理由が無かった。『本気』の併走なればこそ、そんな無駄は避けて当然。
過ぎたことでトレーナーを責めても仕方がない。まずは浴びせてやろう。
「まぁそういうことなら。レヴ、いい?」
「へっ? あっ、その。私は、はい」
「? どうかした?」
「いえ、えーと、なんでも」
「そう? じゃあいくわよ」
1600m程度の併走ならムーンカフェの疲労は軽い。そのことを分かっているはずの後輩が見せた
領域具現──
「──っ!!!」
レヴエルトが息を飲んだ。視界は見渡す限りの月面に変わり、どこか神聖な雰囲気の花々が満ちていく情景。
真壁には全く視えないこの世界こそ──、
「えっ、真剣勝負でしか使えないものじゃないんですか!?」
「う゛っ」
──(普通は)ウマソウルの極致とされる奇跡である。ムーンカフェは常識が歪んでいる自覚すら失っていたが。
「え、その、トレーナーは本気で走る必要があるって……」
「……え、うん、えぇっと……」
今さらに気付く。『本気で』という説明は真壁なりの気遣いだったらしい。
夏合宿以降のムーンカフェが容易く“領域”を使えることくらい彼は知っている。後輩に体験させるだけが目的なら併走自体が要らない。なのに敢えて走りの中で見せろと促した。
こんな風に何気なく見せてしまえば、言い訳の余地なくUMA娘だからだ。常識サイドに留まっていたい──非常識だと見られたくない──ムーンカフェのために、『全力の併走の中で見せる』という場を整える意図があった。
察しの良さに甘えてしまった部分は否めないが……普段のムーンカフェならば言わずとも通じていた可能性が高い。この場にもう1人の後輩が居ないことなど、手がかりはあったのだから。
(今回は春天の勝利から間もないため気付けなかった。彼女のそれは分かりにくいが、人並みに浮かれている)
そういった背景を、手遅れなことも含めて理解したムーンカフェ。
速やかに誤魔化しにかかる。
「ま、まぁ良いじゃない。“領域”を経験するのが目的だったんだから」
「はい、ありがたいです!」
実際、このような形で体験できることのメリットはとても大きい。機会の少なさも習得難度を上げているハードルのひとつだからだ。
一般的には──金剛世代以外では──GⅠレースなどでしか使われることがなく、そのようなレース中はもちろん誰もが必死である。周りの様子や自らの魂を落ち着いて観察する余裕も持ちにくい。
「そうです、桜花賞のゴール前でも……ベアリングシャフトの、冷たい世界が……」
「“領域”の引き出し方は個人差が大きいし、言葉で説明することもできない。でもまずは周りより自分を意識すべきだと思うわ」
「私、ですか」
「貴女のウマソウル──それがどんなものかは分からない。まだ1分くらいは平気だから、じっくりやってみたら?」
「はい!」
レヴエルトは目を閉じて自らの内を探り始めた。
その様子にほっと息を吐きながら……ムーンカフェは気づいてしまう。
『一応、役には立てそうね。こういう時間は“領域”を覚える上でかなり有用だろうし──あれ? ちょっと待って?』
この後輩は遠からず、他のウマ娘よりは高い確率で、“領域”に目覚めるだろう。〈新月〉の補助によって。
その効果は【喚起】に比べればずっと緩やかながら、そもそも“領域”の獲得を促す手立ては極めて稀だ。
『もしかして私の周りでは──周りで
その可能性は高い。
気が付けばムーンカフェも、どちらかといえば常識を逸脱させる方向の影響力を持ってしまっている。昨年末、グラに対して『下の世代をUMA娘だらけに育てるとかやめてよね』などと考えていた*くせに。
『自分もUMA娘の筆頭格であることは、ぼちぼち認めるしかないんじゃないかなぁ』
頭を抱える担当ウマ娘に、真壁は呑気にそんなことを思った。
異常性を強みと捉えるトレーナーの思考は、女子学生のデリカシーに鈍感である。
レヴエルト(Revuelto):
まだまだ全然ウマ娘。
命名は実在のハイパーカー、ランボルギーニ・レヴエルトから。スペイン語で『かき混ぜる』の意。