アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

135 / 166
ゴールドカップ(2/2)

 

 今回のアスコットゴールドカップで、イギリスのレースファンたちから1番人気に推されたのはラウンドヘアである。

 シニア2年目の彼女は長距離戦の経験が豊富でGⅠにも勝っている。ローテを長めにとって調整も万全だ。

 

 ムーンカフェに対する評価も高い。

 K&Qは見事なものだったし、日本の天皇賞でも3000m超のレースを走る力を窺わせた。

 

 アナグラワンワンは……イギリス初戦ということもあり、まだまだ理解を拒まれているようだが。

 

 

 さて、最初のコーナー付近で動いた"放浪詩人"もイギリスのGⅠウマ娘だ。しかしラウンドヘアほどの支持は得ておらず、それどころかムーンカフェよりも下。

 理由のひとつは距離適性で、彼女に4000mはどう考えても長過ぎだと見られている。確かにK&Qはきわどく2着だったが、あれは2400m。アイルランドチャンピオンステークスの勝利も称えるべきものだが2000m。過去に3000m以上を走ったことはあるが10着かそれ以下だった。

 

 ……が、それだけならファンたちは応援しただろう。支持を集めない理由は他にある。

 ムーンカフェが『イギリスのUMA娘』と称した不可解なレース選びと日頃の奇矯さ、そして何より……特異で不穏なソウルの名前。

 "放浪詩人"はある意味で腫れ物扱いされている。

 

 ウマソウルの名はマルディンウィルト。ただし滅多に呼ばれない。ほとんどの場合で"詩人"だ。

 

 マルディン・ウィルトと言えば──その名前が示すのは──6世紀に存在したとされる予言者にして詩人。

 一説によればアーサー王伝説に登場する魔法使いマーリンのモデル(の1人)だという。故にイギリスでの知名度は高いのだが、一般的なイメージは『物静かな賢人』とは程遠い。最初に想起される人物像および肩書きは『正気を失い森で獣と暮らすようになった()()』なのだ。

 物語の中ではその言葉が予言詩のように機能していたが、実像を考えれば……果たして意味のある言葉だったのやら。

 さすがにウマ娘を"狂人"呼ばわりはできないので"詩人"と通称されている。

 

 

 なお、この名について一通りを調べた時のグラはこんな風にまとめた。

 

「日本人にとっては『山月記の李徴(とら)さん』が近いんでしょうか」

「どうかしら……あぁ、李徴も詩人だったわね」

 

 サキは呆れたように呻いたが、要素を挙げれば共通点は幾つかある。

 

「それにほら、山月記は学校でやるからすごく有名ですし」

「うーん、確かに。『国民に広く名の知られてる発狂者』なんて、きっとあんまりいないものね」

「ですです」

 

 もちろん相違点も多い。大きなものは発狂の原因だ。

 李徴は詩才が認められないなど長年の鬱屈がふと弾けたように描かれているのに対し、マルディン・ウィルトには明確なきっかけがある。

 

 戦争に負け、仕えていた主や同僚たちの無惨な死を目にしてしまったこと。

 その流血の地は、古い言葉でアルヴデラズと呼ばれていたらしい。

 

 


 

 

 領域具現──敗残に狂い果て(アフター-アルヴデラズ)

 

 

 それは明らかに戦場の情景だった。

 表面上は子供向けのアニメ(トゥーン)じみて、血飛沫や死体のようなものこそ見当たらないが、そのことが余計にグロテスクな印象を増している。言葉にはされないものの、体験したイギリスウマ娘から"狂詩人"と思われる所以だ。

 この“領域”に満ちた死生観は語る。『ヒトミミもウマ娘も動物も、生きて戦い死ぬだけ』と──まるでどこかの兵士のようなことを。

 平静を保てるウマ娘はいない。

 

『っく……!』

 

 初めてではない上にUMA娘に慣れているムーンカフェでさえ奥歯を噛み締めてしまい、走りの繊細なバランスが乱れた。

 そして当の兵士系UMA娘も。

 

『なん、で──そっか、そういう──!』

 

 予め纏っていたはずの〈閉ざす者〉は、何故か〈敗残〉を閉ざそうとしなかった。

 その驚きと“領域”自体の衝撃で意図せず喰核(コア)が解けてしまっている。

 

『本っ当に、そっちの人たちは……!』

 

 理由は想像がついた。

 しかしグラには認められない。

 

《グラ?……怒っているのか?》

『少々!!』

 

 衝動のまま叫ぶ。

 先立たれて狂ったはずの魂が、こんな死生観に染まっているなんて悲しすぎると。

 

「あなたは! 生き残った側でしょうに!」

「おぉ? いやいや、私はマルディン・ウィルトその人じゃない。大仰な逸話を継いだだけのウマ娘さ」

 

 ウマ娘のマルディンウィルトは飄々と笑う。勝ちも負けも自らの未来も、てんで構わないような破滅的な加速と共に。

 長い坂の途中で一気に追いついてきたこともそうだが、この加速も4000m戦とはとても思えない。

 

「どうだか……っ!」

 

 勝つことよりも戦うこと自体が目的化したような、自分とは異なる方向の異端。アナの人格次第ではこうなっていたかもと恐ろしくなる──が。どうやら彼女はただ自由なだけらしい。

 マルディンウィルトは獣の幻を纏っていく。グラにとっては未知の生物、ウマのような幻影を。

 

「もっと楽しんだらどうだい?」

「速っ……!」

 

 最初のコーナーを曲がりながら突き放されて、気付けばグラは7番手。

 "狂詩人"の走りが最後まで保つとは考えにくいが……いずれにせよこのままでは勝てない。2着にもなれない。

 先頭ムーンカフェは6バ身ほど先を行っており、多少はペースを落としたようだが差は今も広がり続けている。

 

『…………』

《……グラ?》

 

 コーナーを抜けて直線へ。

 およそ750mの間に20mも下る、平均斜度マイナス2.7%という難所だ。同時にグラにとっての仕掛けどころ。

 

 しかしグラは短く息を入れた。

 腹を立てているのだ。ムカついている。

 

 マルディンウィルトの〈敗残〉は『生きて戦い死ぬだけだ』という(ことわり)に貫かれていた。それを受けたラケル・クラウディウスは『そうですね』とただ認めた。当たり前すぎて、だから“閉ざす”対象から外れたらしい。

 

『分かった、分かりましたよ。ラケルさんの力を借り(﹅﹅)()なんて、私が間違ってました』

 

 グラは断固として拒む。そうではないだろうと。

 ウマ娘レースは生きるための不殺の戦いだ。戦い抗えと呪う声からそうやって生き逃れてきた。絶望的な殺し合いを生き抜いた英雄に救われて。

 

 戦場に赴くしかない者には『生きて死ぬだけ』という前のめりな勇ましさも必要かも知れない。

 しかし残される者からすれば生きて欲しかったはず。そんな捨て鉢を認められるものか。

 

『そんなことも分からないなら! 私に従え!

 

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア)世界を閉ざす者(ラケル・クラウディウス)

 

 

 神機に宿るのはただの情報。ラケル・クラウディウスの魂はここに無い。

 グラの向こう見ずな怒りは闘争の理を踏み台にして駆ける。

 

(ブレード)展開、ペイジ!』

《うわぁ、リッカ*に怒られそう》

 

 下り坂で身体を前に倒し、重力と刺剣を使って加速。すぐに(ライフル)に切り替えて回復弾を連発する──喰核を纏ったまま強引に。

 

 普段と違い、この時のグラには実況の声が聴こえていない。集中力は細く尖り、マルディンウィルトの嬉しそうな言葉ははっきりと耳に届く。

 

「イカれたことだ! 狂気を従わせようとは!」

「そのまま走ったら大怪我しますよ!?」

 

 距離を詰めつつ、今度は〈閉ざす者〉の力を意図的に仕向ける。〈敗残〉は一気に削られつつ、しかし完全に閉じることはない。しぶとく抵抗しているらしい。

 

「キミもムーンカフェと似たようなことをするのか、厄介なことだ」

「あなたに言われたくない……!」

 

 そのムーンカフェも彼女を厄介と言っていた。相対してみればよく分かる、実に厄介だ、実力的にも気性としても──もちろん“領域”も。

 

《グラ、気付いてるか?》

『分かってます、この“領域”は【喚起】に近い! 切っ掛けにはなってもらいましたが、もう掴んだ!』

 

 そう、〈敗残に狂い果て〉の本質は妨害ではない。むしろその逆で、マルディンウィルトを含む全員から秘めたる野性を引き出そうとする。強力な【喚起】のようなものだ。

 強引すぎて忌避感を持たれることがほとんどだが、グラはしかめっ面で噛みつき吐き出した。

 

 これの何が厄介かといえば、事前の戦力見積もりが根底から崩されること。誰がいつUMA娘化してもおかしくない辺獄であり、そんな不確定は"狂詩人"以外誰も望んでいない。

 

 

 領域具現──神域は新月にて(フライ・ミス・トゥ・ザ・ムーン)

 

 

「ちぃ……!」

 

 マルディンウィルトは獣の力を失った。〈閉ざす者〉と〈新月〉に挟まれることでとうとう〈敗残〉が解けたのだ。

 

『アナさん、ここにいますね?』

《あぁ、〈閉ざす者〉で防げている》

『よかった。それにしても──』

 

 天皇賞では一瞬で解除できたのに、今は相互に押し合って拮抗している。

 マルディンウィルトが疲れ果てて沈んでいったため〈新月〉はすぐに解かれたが。また、アナを奪われないならグラとしては無理に“閉ざす”必要も無いのだが。

 何らかの理由で〈極点〉になることを許してしまったら、後出しで〈閉ざす者〉を纏っても解除できないかも知れない。

 

『──ムンちゃん、成長速すぎません?』

《嬉しいくせに》

『嬉しいですが怖いですよう』

《安心しろ、たぶんお互い様だ》

 

 そんなことを話しながらあっという間に直線を駆け下りた。常識的には脚を痛めるオーバースピード。観客たちは悲鳴を上げそうになるが。

 

『バーリオル』

 

 コース最低点に至るため、衝撃から脚を護る壊剣へ。

 

『シールド』

 

 そこは2つ目のコーナーでもある。故にコーナリングを助ける盾へ。

 

『ペイジ』

 

 その先はまた登り直線だ。すなわち刺剣へ。

 喰核を纏ったままの切り替えに頭の中は大忙しなのだが、外から見る限りではすいすいと順位を上げていく。

 

《お前の成長速度も大概なんだよなぁ……》

『すいません、今なにか言いました?』

《いや、いい》

 

 残り約1500m。

 ここから最後のコーナーまではおよそ600mあり、その間に10m登る。この直線は最も傾斜の変化が大きく、最大斜度の登りもあればごく短い下りもあるという嫌がらせのような区間だ。

 つまり相対的にはグラが有利な条件。じわじわと確実に順位を上げていく。

 

 残り約800m、最終コーナーからホームストレッチへ。

 一度駆け抜けた登り坂に再び合流した時点で前を行くのは2人、先頭ムーンカフェと2番手ラウンドヘア。どちらの脚にもかなりの疲れが溜まっており、こまめに回復弾を挟んできたグラはここでも距離を詰めていく。

 

「見違えたじゃないの、グラ!」

「そっちこそ、だよ!」

 

 

 領域具現──神域は新月にて(フライ・ミス・トゥ・ザ・ムーン)

 

 

 ぶつかり合う。〈新月〉は閉じず〈閉ざす者〉も追放されない。この状況ではラウンドヘアも“領域”を使えないが、仮に使ってもムーンカフェを利することはない。その効果は〈極点〉になって初めて発生するもの。

 

 最後の直線、あとは身体ひとつで競い合うのみ。

 

 

 スタート前よりは明らかに成長できた。

 喰核(コア)と剣などを併用できるようになった。

 脚のダメージも癒やしながらここまで来れた。

 

 しかし、今日のところはここまでだ。

 

 

『最後は差を詰められたがきっちり残した1バ身、勝ったのはムーンカフェ! 2着争いはきわどいか!?』

『ラウンドヘアはリードを守護(まも)る粘りに定評がありますが、アナグラワンワンの末脚もよく伸びていました』

 

 

 確定した順位はラウンドヘア3着。敗因は理解不能な追い上げに対する驚きと恐れである。

 

 



 

 

 レースに負けたウマ娘を迎えるトレーナーにとって、最初にかける言葉はこの上なく悩ましい。

 ましてや今回のアナグラワンワンは、よほどの不運がムーンカフェを襲わない限り1着になれないことを承知で出走した(もちろんそんな不運を望んでもいない)。極めて不本意だったのに、将来のために生まれて初めてのストレスに耐えたのだ。

 

『このレースでの目標はほとんど達成できたように見える。次走への脚も守れた。その成長を褒めるか……けど悔しくて情けないのも間違いない。慰めを先に持ってくるべき……?』

 

 サキの苦悩はいつも以上に深い。

 しかし地下バ道に戻ってきた一団は実に賑やかだった。

 

「気に入った! こんなキ●ガイが私以外にいるとはね!」

「あなた滅茶苦茶失礼ですね!?」

「礼儀など知ったことか、私はキミと親しくなりたいんだ」

「親しくなりたい相手にそんなこと言います?」

 

 きわどく2着に滑り込んだグラは、最下位だったマルディンウィルトに思い切り懐かれていたのだ。珍しくも迷惑そうに突き放す素振りである。

 

「諦めなさいグラ、言葉は通じるようで通じてないから」

「なんだ嫉妬かムーンカフェ? キミのことも気にはなっていたが、その狂気は彼女の移り香に過ぎないと分かった。もう興味は無いよ」

 

 以前のムーンカフェもほんの僅かに執着を受けた。じっと見つめてくる程度のものだったが、それも何かしら感じるところがあったらしい。

 人間社会に馴染めないマルディンウィルト。霊視能力を持つ者として同情しないでもない。

 しかし彼女はどうやら同類を探している。その点でムーンカフェは冷淡だ。

 

「そうそう、私は常識的(まとも)なのよサヨウナラ」

「私が狂人扱いされたことに抗議してくれない?」

「…………ごめんなさい、グラ」

ガチに謝らないでよ!?

 

 仲良しこよし──とまでは言わないが、俯いたまま帰ってくるよりはマシなのだろう。たぶん。

 

「サキさん助けてください!」

「キミがトレーナーかい。……おお、普通に見えてなかなか際どい」

「サキさんへの暴言は許しませんよ」

「おっと、怒らないでくれ。私のこれは侮辱じゃない、むしろ親しみだ」

 

 マルディンウィルトが何処に狂気(どうるい)の片鱗を見たかは分からないが、サキは反感を抱かなかった。トロゥスポットしかり、常識に囚われたまま担当できる相手ではない。

 

「……お帰りなさいワン、お友達が増えて良かったわね」

「えっそういう反応なんですか!?」

 

 異端児は不満そうだが諦めて欲しい。

 サキとムーンカフェの頭にある言葉は極めて的確である──類は友を呼ぶ、だ。

 

*
神機をメンテナンスしていたメカニック、楠リッカのこと。





マルディン(元ネタにした人物について):
 Myrddin Wyllt。
 マルジンやミルディンと書かれることも。ウィルトのルも現代英語に無い摩擦音らしくウィストと書かれたりする(Wylltは現代英語でいうWildなので本作ではウィルトとした。つまり野人(ワイルド)マルディン)。
 問題の戦場はArfderyddと綴る。総じて古ウェールズ語をカタカナ表記することに無理があるので正確さは求めないでください。

ウマ娘のマルディンウィルト:
 人間社会ととことん相性が悪い。レース以外の日常に苦痛を感じながら育った点では誰かと似ている。
 息をしやすいレースと出会わせてくれた両親やトレーナーには(彼女なりに)深く感謝しているが、それはそれとして自宅や寮の中でぐらい全裸で過ごしたって良いじゃないかと思っている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。