アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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 どこかの時空では年が明けたようですが、作中日付は6月下旬でございます。



宝塚記念(1/2)

 

 ゴールドカップのライブを終えたらすぐ飛行機に乗って帰国した。

 

 なぜかマルディンウィルトさんが一緒に日本に来ようとしたのはびっくりしたけど。あんな野性味あふれる自由人がどうして私なんかを気に入ったやらとんと分からない。分からないったら分からない。

 

(あちらのトレーナーはとても上品なウマ娘のおばさまで、丁寧に謝ってくれたし腕力で暴走を止めてくれた)

 

 ともかく振り切ってきたので彼女のことは一旦忘れるものとして。

 宝塚記念の前日時点で、すでに私の体調は万全だ。我ながらウマ娘離れが著しい。

 

 


 

 

 翌朝──つまりレース当日の朝。

 言うまでもなく自分のことに集中しなきゃいけないんだけど、朝のニュースは流石に見過ごせなかった。

 

「……ロス、これ聞いてた?」

「いいえ全く」

 

 トリィさんは昨日(日本時間の昨晩)、クイーンエリザベス2世ジュビリーステークスというGⅠレースに勝った。ロイヤルアスコットミーティング最終日の第3レースって位置付けで、距離は1200m。

 同じ距離の高松宮記念は2着とはいえ勝てなかったわけだから、そんな適性外の短距離に続けて出るなんて普通思わない。今回ばかりは私の見方も常識寄りだろう。 

 まぁトリィさんだからと言われたらそれまでなんだけども。

 

「驚いてなさそうだね」

「愚姉の奇行に慣れているだけです。意図も想像がつく」

「そこは偉業って言っておこうよ。意図っていうと、『1200でも勝っておきたかった』とか?」

「恐らく『アスコットでも勝っておきたかった』ではないかと」

「……アスコットでも、か」

 

 前のトリィさんは『各国の最高のレースを獲る』みたいなことを目指していて、K&Qもそこに含まれてたけど……今のロスの言い方だと予定から外すのかな。アスコットでの勝利はすでに掴んだって形で。

 彼女も頑丈な方ではあるけど私やニュクスさんレベルではないから、ローテは色々と悩んでるはずだ。

 

(ちなみに5月6月のニュクスさんはダートを荒らし回っている。ゴールドカップ前日のさきたま杯ではドンナさんに敗れて、なんだかムキになっているらしい。一時は心配したけど元気で何よりです、はい)

 

『凱旋門賞はきっと連覇を狙うでしょうし、ジャパンカップのリベンジにも来る。7月末のK&Qをスキップして予定を空けるんだとしたら……代わりに8月か9月にぶつけてきますかね……』

《グラ、そこまでだ。未来(さき)に行き過ぎている》

『っと、ありがとうございます。今日のこと考えなきゃ』

 

 思考を立て直す。そうだ、アイビスサマーダッシュの無様を思い出せ。

 ……あの時はムンちゃんがアスコットで勝って、それに気を取られたんだよな。なんか嫌なジンクスが出来そうな土地だ。

 そんなジンクスは勝利をもって吹き飛ばそう。今日の宝塚、それにムンちゃんにリベンジ予定のK&Qも勝つことで。

 

 そのためには7月末までに()()を完成させなきゃだけど……〈閉ざす者〉を含む喰核(コア)たちを従わせる覚悟が決まった今、レース中にやらなきゃいけないことはもう無い。全力でぶつかれる。

 

 いやぁ、枷が無いって良いなぁ! まずは宝塚記念、全力で勝ちに行くぞ。

 

 


 

 

 さてさて、パドックのお時間。

 

『なんか……なんですかね?』

《違和感は分かるが、私も言葉にできないな》

 

 雰囲気がどこかいつもと違う。何となくではあるけど、私が気付くってことは中々の異常事態なのでは。

 ドゥとテセさんは別として、他の15人が……やけに暗かったり、どこか投げ遣りな感じだったり?

 

「……?」

「不思議そーにしてんじゃねぇぞ元凶がよゥ」

「えー、私のせい? テセさんじゃなくて?」

 

 まだパドックにいるので、お客さんの目を気にしてこっそりとドゥが話しかけてきた。残念ながら内容には心当たりが無い。

 

「中2日の連闘で怒らせたんなら分かるけど、そういうのとは違う気がして」

「それはあんまり関係ねえ。あいつらはワンワンが本気で走らねえことを期待してたんだ。ヴィクトリアマイルみてーにな」

「む。むーん」

 

 本気じゃなかったと言われるのは少し不本意。勝ったベレーにも失礼だと思う。

 でも周りから見れば確かにそうか。勝機と思われるのも理解はできる。

 ……それがどうして、あんなヤケクソみたいな雰囲気に?

 

「そんな期待を持ってる様子には見えないけど」

「そりゃ、おめーが手を抜かないことが分かったからな」

「え、なんで?」

「なんでって、あれ見りゃ分かんだろゥ」

 

 言いながらドゥが示したのはパドックとお客さんを区切る柵……その向こう側。私の名前が可愛らしく踊るいつもの横断幕と、ハンディカメラを構えたお父さん(お母さんは()()()側に居るんだろう)。

 恥ずかしいからあんまり視界に入れないようにしてたけど、来てたのは知っている。

 

「えっと……」

 

 今日の私に手抜きを期待しても無駄なのは確かだ。でも別に、家族が居ようと居まいと私の走りにはあんまり影響しないよ?

 と、言おうとしたのだけれど。

 

「あのなぁ、おめーの母ちゃんほとんど全レース応援に来てるじゃねーか」

「そうみたいだね」

「だがヴィクトリアマイルには居なかった」

「…………あ」

「手ぇ抜くから来るなとか言ったんじゃね?」

「……似たようなことは……」

 

 手を抜くからとは言わなかったけど、来ないで欲しいとは言った。ヴィクトリアマイルとゴールドカップは観られたいものじゃなかったから。

 今日は特に来るなとは(来てくれとも)言っていない。縛り無しの──現時点でできる範囲では──全力を出すつもりだから。

 

「え、あの横断幕だけでそんな判断したの? ほぼ全員が?」

「そんだけ注目してんだ。おめーにとっての悪条件・好条件、目を皿にして探してる」

「……ふむ」

 

 そう言われると、なるほど。私だって凱旋門の時はトリィさんに似たような注意力を向けていた。

 それを全員に振り向ける余裕は無いけど、今もドゥたち2人には注目している。

 

「私、今日のテセさんはヤバいって思うね」

「……同感だけど、ンなドヤ顔で言うことではねえよ。ありゃ誰が見たってやべえ

 

 うん、すごい気迫だ。

 まだ6月なのに夏をまとっているような、1人だけ画風が違うというか別の世界にいるというか。

 

 ラストラン云々は公表されていない。なのに見るだけでその覚悟が伝わるんじゃないかってくらい──というか実際、お客さんの誰かが零した呟きがさわさわと広がっていく。

 

「オペラオー……」

「そうだ、まるでテイエムオペラオーだ」

「有のオペラオーもあんな雰囲気だった」

 

 ほとんど引退の気構えがバレちゃってるような。まぁオペラオーさんはその有に勝てなかったし*テセさんの引退も望まれてないから、縁起が悪いと気づいてお客さんたちは口を閉ざしたけれど。

 

 

『最後にご紹介いたしますテセウスゴルド。シニアに上がってからここまで3戦2勝の4着1回です』

 

 距離的に厳しかった高松宮記念以外だとGⅢに2つ出てどちらも大勝した*テセさん。

 気合いのノリも身体の仕上がりもこれまで以上なことはぱっと見で明らかだ。それに加えて分かりやすい変化がもうひとつ。

 

『今回から勝負服の色を金色に変えてきました。形は変えていないようです』

『ゴールドシップそっくりだった赤い勝負服からの脱却。強い覚悟の表れでしょう』

 

 光を反射しないように金属っぽさは抑えられてるから、金色というより山吹色……いややっぱり金色(ゴールド)なんだろうな。

 よく見ると、微妙に色調の異なる様々な黄金で、色んな大きさの長方形がランダムに散りばめられている。

 

《デジタル迷彩(カモ)?……いや違うか》

『寮母さんがなんですって?』

《アグネスデジタルは関係ない。砂漠の街とかだと、ああいう柄は風景に紛れて目眩ましになるんだ》

『ターフの上だとそんな効果は無さそうですが』

《あぁ。だから迷彩のための柄ではないのだろう》

『……“テセウスの船”』

《他に考えにくいな》

 

 船を構成する無数の木材のうち、腐ったり傷ついたりした1本や2本を交換しただけならそれは元の船だろう。ではそうやって使い続けて、ついには元の木材が全く残らないほど修理を重ねたなら、それは『元の船』と呼べるのだろうか──みたいな話。

 哲学の問題としてなら定まった答えは無い。『元の船』と呼びうる構成要件次第だからだ。素材が大事であるなら交換後は別の船としか言いようがないし、船長や船員こそ命って見方をするなら実体(ふね)が沈んでも造り直しが利く。

 

 そしてテセさんの答えはこの上なく分かりやすい。

 “何をどれだけ差し替えられても、私は私だ”。あの勝負服は継ぎ接ぎの板材を模しているのだろう。

 

『いつものように背中を見せまして、ファンの皆さん大いに盛り上がっています』

『以前からあったゴルシ焼きそばの広告に加えて……ゴルド焼きそば・移動販売中?』

 

販売中ーっ!

 

 客席のどこかからヤケクソ感のある男性の声。サブトレーナーさんが売り歩いているらしい。お疲れ様です。

 

 テセさんは一種の悟りを得たようだ。

 あのゴルシさんと濃密な付き合いがあって、あの群雲さんに担当されて、それでもなお変わらない不変性。

 あるいは変わってしまっていても、()()の状態を自分だと言い切れる柔軟性。

 

 2つ目は厄介だ、本当に。一時的な弱化を負わせようが身体のピークを過ぎようが、その状態からどうすれば勝てるかの最短を即座に駆けてくる。『こんな弱い自分は自分じゃない』みたいな──例に挙げたら悪いけど少し前のニュクスさんみたいな──メンタルの揺らぎがまず生じないってことだもの。

 

『ふ、ふふふふ』

《楽しそうだなぁ》

『そりゃそうですよ。あの様子なら私が何をしようと驚いて転んだりはしないでしょう』

《うわあ》

『すっごくいい。ゴールドカップの成果を思い切り試せそうです』

 

 テセさんはお立ち台を降りながら私とドゥに強い視線を向けてきたので、こちらも笑顔で睨み返しておいた。

 

 横から聴こえたのはドゥの溜め息。

 

「どしたの?」

「スポ根みてェなノリが暑苦しくってよゥ」

「……ふふ」

 

 肩を竦めたその様子に、分かりやすい変化は無い。勝負服も去年のジャパンカップ時と同じだ。

 脅威にならないように見える──そう見せている。顔の上半分を覆う仮面のせいで視線は読みづらいけど、そんなもので隠しきれやしないよ。

 熱の種類が違うだけじゃないか。ドゥだって、火傷しそうなほど熱い。

 

 



 

 

『各ウマ娘、ゲートインしていきます。最終的な1番人気はテセウスゴルドになりましたね』

『さすがに"金剛"アナグラワンワンでも4000mから中2日は厳しいとの見方が多かったようです。テセウスゴルドも素晴らしい仕上がりですし』

 

 今回のアナグラワンワンは支持率2位、ゲートは外寄りの12番。

 ドゥームデューキスは支持率3位、逃げに有利な内側2番。

 

 最も支持されたテセウスゴルドは中ほどの7番。

 通常ならゲートインは奇数から先に行うが、係員は彼女を誘導しない。

 たまにあることなのだ。気合いのノリ過ぎなどで他のウマ娘の邪魔になると判断されると、番号に関わらずパドックもゲートインも最後に回される。今日のテセウスゴルドのように。

 

(なおアナグラワンワンも経験*がある。本人は後から気付いて恥ずかしくなったのか考えないようにしているが)

 

 

 

 ドゥームデューキスは2番ゲート内の後ろ寄りいっぱいに構えをとった。有記念と同じロケットスタートをしようというのだ。

 

『ジイさんが後でうるせぇだろゥけど……仕方ねェのよ』

 

 いつも穏やかな老トレーナーから珍しくキツめに叱られた件なので、もちろん覚えてはいる。危険も承知で、それでも選ぶ。でなければ勝てないから。

 

『……仕方ねェ、か……』

 

 戦力認識を誤っているとは思わない。格の差は厳然とある。足掻かねば戦いにもならないことはそろそろ認めなければ。

 勝つという決意は必要だが、勝てるという誤認は邪魔だ。

 ドゥームデューキスはそんな風に考えていた──、

 

『最後にテセウスゴルド入っていきまして、全ウマ娘ゲートイン完了しました』

 

──つい3週間前、6月の頭頃までは。

 

 今は違う。

 実力差を鑑みて『相手がコケない限り勝てない』などと冷めていた、物分かりの良いドゥームデューキスはもういない。

 ナーサリーナースがそうであったように、現実も勝率も度外視のバ鹿になっている。

 

 ただしその切っ掛けは幼馴染ではなく──。

 

*
現実の2001年。オペラオーは5着、1着はマンハッタンカフェ。

*
2月:小倉大賞典→3月:高松宮記念→5月:新潟大賞典。

*
ジュニア12月の阪神ジュベナイルフィリーズ(35話『月に昂ぶる』)。直前にムーンカフェから宣戦布告を受けてウッキウキだった。

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