アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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異端の歓楽

 

 ゴールラインを過ぎてすぐ、左隣のドゥから力が抜けた。慌てて手を伸ばす。ほとんど同時に右隣のテセさんも。

 がしっと支えて、後続の邪魔にならないようよたよた歩きながら──、

 

担架お願いします、2人分!!

 

──声を張り上げて、すぐに気付いた。右側の違和感に。

 

 んー。まぁ良いか、わざわざ訂正しなくても。

 

 

 

 2人を載せた担架を見送った時点では、1着から3着までが写真判定待ちになっていた。私としては逃げ切ったと思いたいんだけど……自信があるとは言えない。

 盛大にミスった感もあるし。

 

『……アナさん、怒ってます?』

《いや? 怒る理由が無い》

『でも、私の判断ミスで』

《まぁ最適解ではなかったが》

『ですよね……』

 

 4コーナーでアナさんに使ってもらうべきは〈クリムゾングライド〉じゃなかった。失策だ。ちまちまと*僅かなリードを稼いだりして。何やってんだ私。

 

《まぁ自滅戦法みたいなものを2人も仕掛けてきたんだ。焦るのも当然だから反省し過ぎるなよ。私は少し寝る》

『はぁい。お疲れ様です』

《グラもお疲れ》

 

 むう、慰められてしまった。

 焦りというよりは慣れの問題な気がするんだよなぁ。ムンちゃんと戦ううちに邪道志向に染まり過ぎたような。

 選ぶべきだった最速は4コーナーで〈疾風突き〉、最終直線で〈縮地〉と〈風梳柱〉。つまりアナさんとボゥ先輩を信じて真っ向からテセさんの末脚を捻じ伏せることだったのに……そういう王道な勝ち方に不慣れなせいで、惑った。

 

 悔いが残る──いや、まぁ良いか。

 左右どちらからも、骨折とか腱断裂とかの嫌な音はしなかったし。特にテセさんは、あの様子なら引退とか有り得ないっぽいし。

 また()れば良いんだ。今回の反省を活かす機会はある。

 

 


 

 

 地下に戻ってサキさんに迎えられて(そして脚を診られて呆れられ)、それでも着順は確定していない。

 オークスやジャパンカップの時と同じく完全同着の可能性が出てきた。……ドゥはなんか、そういう運命がソウルに刻まれてたりするのかな。

 

「ライブ、どうするんでしょうね」

「大慌てで協議中。2人は無理でしょうし、繰り上げにするなら──」

「えっ?」

「──ワン?」

 

 サキさんの言葉に驚いてしまった。

 訊けば、担架で運ばれた2人はどちらも控え室から出てきていないという。ドゥについてはお爺さんトレーナーからライブは無理と回答があったものの、テセさん側はそれすらまだだと言うのだ。

 

……それ、きっとサボりですよ

「えっ」

 

 カチンと来た。戸惑うサキさんに説明もしないまま立ち上がり、テセさんの控え室へ向かう。

 

 ドアの前にはサブトレーナーの男性とベアちゃんが立っていた。

 

「先輩、お疲れ様です」

「ありがとう。中は、群雲さんとテセさんだけ?」

「はい。しばらく入らないで欲しいって」

 

 ベアちゃん達の表情は暗い。無駄に心配かけちゃ駄目でしょうよ。

 ノックをしたらテセさんからダルそうな返事があったので、ちょっと強引だけどサキさんを連れて入ってしまおう。

 流石に外から大声で伝えるわけにはいかない。他人に聴かれたらマズそうだから。

 

 

「入って良いなんて言ってねーぞ?」

「引っ張り出しに来たんだから待つわけないでしょ」

 

 強く応えながら視線を走らせる。群雲さんが会話に使う端末には、テセさんにライブをやるよう説得する言葉。やっぱり体調は問題無いんじゃないか。

 

「〈錨破(アンカーレス)〉、とんでもないですね。まさか脚へのダメージまでどうにかするなんて」

「ぇ……」

 

 サキさんが呻きながら遠くを見るのも無理はない。テセさんが最終直線で使った2度目の〈錨破〉はそこまでのダメージをほとんど無効化した。消したわけじゃないけど、全身に散らすことで脚に残るものを緩和した、みたいな?

 だからあれほどの追込みをかけられたんだし、同じ理由でウイニングライブだっていけるはず。

 

「なんでそんなこと分かるんだお前、こわ」

「ドゥよりずっと軽かったですから。本当は担架も要らなかったでしょ」

「そんなに怒んなよ〜」

 

 心底から面倒臭そうなお返事。

 気持ちは分からなくもない。菊花賞翌朝の私みたいな、ソウルを燃やし尽くした状態だろうから。身体が無事でも心がついてこないよね。

 でもそれを理由にライブを休むのは違うと思う。

 

「気分が乗らないなんて、2着以下のウマ娘はみんなそうじゃないですか」

「正論パンチやめてくんね?」

「ドゥはやりたくてもやれないんですよ。ていうか群雲さんも、もっとビシッと言ってください」

 

 今は〈アイテール〉を纏っていないから私にも彼女の姿は視えていない。だけど端末に残っている説得は読める。

 やけに遠慮がちで遠回しだ。ここは『つべこべ言わずにライブやってきなさい』とか叱っても良いと思うんですが?

 サキさんがログを読んでぽつりと呟く。

 

「群雲さん、あなた……担当するウマ娘に隠し事でも?」

「「隠し事?」」

 

 テセさんと声が被った。意外ではあるけど言われてみれば、何か後ろめたいことがあるような歯切れの悪さだ。

 群雲さんからのお返()が来ない。しびれを切らして〈アイテール〉を纏うとそっぽを向いて挙動不審……うん、脅してしまおう。

 

ムンちゃんみたいに〈雲隠れ〉解いてあげましょうか。今なら出来ますよ私」

「あら、群雲トレーナーの素顔が見れるなんて嬉しいわ」

「サキさんが見たいなら早速」

 

 本当に〈閉ざす者〉をやっちゃおうとしたところ、その直前で新しい文字が増える。

 

〔騙していたわけでは〕

「説明してなかったことがあるんですね。それ自体は、担当を勝たせるために有効な時もあると思いますが」

「…………あ。ちょっとオイ、霞ちゃん?」

 

 サキさんの言葉でテセさんが何かに気づいて、私も遅れて思い当たる。

 それはなんだか、実に容赦ない誤魔化しではなかろうか──兵士的な意味で。

 

「私のピークはここだって言ったよな!?」

〔それは事実。ただ、ピークを過ぎたらすぐ引退なんてことは言ってない〕

宝塚(きょう)で最後にするっつっても何も言わなかったじゃねーか!」

〔陳謝。良い感じに気合いが乗ってたから口出しせずにいた。ごめんなさい〕

 

 あー。どうもラストレース云々はテセさんが勝手に覚悟を決めたことで、その勇み足を群雲さんはしめしめと放置していたわけだ(わざと誤解させたのかも知れないけど)。

 結果的には過去最高のパフォーマンスが出ていたし、公表とかもしてないから問題無いっちゃ問題無い──本人の心情を別にすれば。

 

「マジかよ霞ちゃん……」

〔ラストレースになる可能性も充分にあった。あんな“領域”に覚醒(めざ)めるなんて予想できなかったし〕

「そりゃそうだろうけどよ」

 

 …………。

 どうかなー。群雲さん、可能性くらいは考えてたんじゃないかなー。だって新しい勝負服、どうみても『入れ替え』とか『新生』みたいな“領域”と相性が良さそう。こうなることを見越したというか、期待はしてたデザインなのでは?

 

 だけど今は言わずに置こう。

 テセさんがライブに出れそうならそれを早く決めてもらわないと、運営さん側も大変だし。

 

 

 ──それに勝負服まわりで余計なことを喋ると、うっかり情報を漏らしかねないし。

 

 


 

 

 結局、私とテセさんは同着と判定された。

 

 変則的なライブの後は3人仲良く(?)病院行きになって、ドゥは1ヶ月ほど運動禁止との診断。

 

「1ヶ月か……衰えっちまゥが、年末には間に合いそうだ」

 

 そんな感じでやる気を燃やすものだから、トレーナーのお爺さんとナーに思い切り叱られていた。あんな無謀な走り方はもうするなと。ほんとだよ。

 

 テセさんは目が死んでいる。ありえないほど脚の疲労が軽かったみたいで、同じ検査を2セット受けたからだ。

 お医者さんや技師さんたちも背後に宇宙を背負っておられる。強く生きて欲しい。私で慣れた皆さんならきっと大丈夫ですって。流石に私よりはダメージが残ってるみたいですし。

 

 そう、私はレース後も万全のまま。

 〈風梳柱〉は最後の一瞬しか使ってないし、脚はまめに回復してたから元気いっぱいだ。

 

 

「ドゥは真面目にお説教きいときなよ。私も心配したんだからね」

「とか言いながら自分は明日から海外だろ?」

「うん、朝イチの飛行機で」

「そっちこそ怪我すんなよボケ」

 

 普段以上に口が悪い気がするけど……まぁ怪我の影響ってことにしておこう。

 この機会にしばらく座学に集中させるってナーが言ってるし、そういうことなら私も手を貸すからね。覚悟しといてよ赤点の常連さん?

 

 

 まぁドゥの言うことも分かる。常識的に見たら私のローテの方がよっぽど破滅的なのだろう。

 宝塚記念の翌週はフランス・サンクルーでサンクルー大賞2400m。

 その翌週はイギリス・サンダウンでエクリプスステークス2000m。

 更に翌週がイギリス・ニューマーケットでジュライカップ1200m。

 

 芝の違いは樫本さんのおかげでどうにかなってるものの、気をつけるべきことがもうひとつ。この予定は1月に公表してるから、世界中の強豪たちが私を潰しにかかってくる可能性がある。

 

 

 フランス勢に睨まれたせいで2着になった凱旋門賞の教訓は『その手の敵意を買い過ぎるべきじゃない』だけど──、

 

「開き直って傲岸不遜キャラになってない!?」

「誤解です。でも『どう足掻いても敵視されちゃう』でしょう?」

 

──サンクルーの先頭を走りながらルーテさんに答えたような結論になった。

 各地でお友達を作って憎悪(ヘイト)コントロールとか、そんな器用なコミュニケーションが私に出来るわけないし。やろうとしても裏目に出そうだし。

 

「それを開き直りって──」

「勝てばいいんですよ勝てば」

「──あぁもう、させるもんですか……!」

 

 わざわざ煽ったりバ鹿にしたり、そういう言動までは取らない*けどね。

 ルーテさんを含むフランスの皆さんの戦意は〈風梳柱〉で美味しくいただきました。(もぐ)(もぐ)

 

(なおサンクルー大賞はロイヤルアスコット最終日の約1週間後。クイーンエリザベス2世ジュビリーステークスに勝ったトリィさんは流石に観客席だ)

 

 

 というわけで、次はイギリスだ。

 ちなみにほんの数日だけど日本に戻る。私は飛行機の移動を苦にしない。だからお勉強をサボれるなんて思わないことだよドゥ。

 

 



 

 

 サンクルー大賞を終えた7月初頭。

 グラはいつものように夢の中でトレーニングに励んでいる。

 

 ここしばらくはグラによる独自の試行錯誤が増えた。きっかけは春天でムーンカフェに敗けたこと。変わらなければ駄目だと痛感し、またラケル・クラウディウスの残響を手がかりとして。

 挑んでいるのは(プレデター)と武装の同時運用など、アナもやったことがない使い方だ。だから教えられないことも多いが、武器を備えての戦いとなるとグラはまるで拙かった。そこを鍛えようとしている。

 

 具体的には神機を手にしたまま走り込んだり──、

 

「足を止めるな、死にたいのか?」

「なんですいすい進めるんです!?」

「盾を使え盾を」

「そしたら足止まるじゃないですか!!」

「一瞬だけ構えろ、軽避盾(バックラー)なんだから」

 

──再現したアラガミが放つオラクル弾の雨の中を、悲鳴をあげながら駆け抜けたり。『私を攻撃しろ』と命じたのはグラだし、やめさせることはいつでもできるとはいえ、レースのトレーニングにはとても見えない荒っぽさだ。

 姿勢を低くしたグラは決死の覚悟でやり過ごすが、それすらアナの求める最低水準に過ぎなかった。

 

「っく……!!」

「それで良い、さぁこの距離が本番だぞ」

「え──」

 

 眼の前に迫ったのは1対の捕喰器官。

 迂闊に接近したグラにその大顎が迫る。

 

「──(喰われる!?)」

 

 4本の脚、剣にして砲でもある巨針を備えた尾、黒い甲殻から紫の燐光を漏らすその姿。

 かつて神機使い(ゴッドイーター)を積極的に襲ったことで『接触禁忌種』に指定された危険なアラガミ、スサノオだ。

 その殺意を向けられたグラは一瞬立ち竦む。

 すぐ横にはアナが控えている(弾雨は平然と避けてきた)が……しかし手は出さない。

 

 必要が無いので。

 

 スサノオの繰り出した咬撃は縦に割断された。

 アラガミはその程度で怯まない。即座に逆の腕が牙を剥き、これも一文字に斬り裂かれる。

 

「ふっ──ぅあー! 危なかったー!?」

「おや、随分と余裕だな?」

 

 思わず叫んだグラだがスサノオは止まらない。腕を開くように胴の正面を晒すと、そこに隠された本当の口を開いて──、

 

「私がミスったら助けてくれるでしょう?」

「…………まぁそのつもりではあるんだが」

 

──その口から身体の奥にまで、アサルトライフルの砲身を挿し込まれた。

 

 勝負ありと見てグラが再現を解くと、スサノオはデータに戻っていく。どこか恐怖に慄いている様子なのは気のせいだろうか。

 

 

 

「ふぅ……少しは形になってきたでしょうか」

 

 先ほどまで暴れていたスサノオは、グラが神機を──正確には(プレデター)部分を──変形させたものだった。その攻撃を防いだ盾も斬り裂いた剣も突きつけた銃もグラのもの。

 夢の外で並行運用ができるように、夢の中ではこうしたことができる。

 

「お前もうフェンリルでもやっていけるんじゃないか」

「師匠が良かったので」

「私が教えてないことも多いんだが?」

 

 アナの手にも神機はあるが、こちらは記憶から再現した衣装のようなものだ。かつて出来たことはできるがそれ以上は決してできない。

 同じことはアラガミたちについても言える。記録されたデータに過ぎない彼らは成長しない。

 

 未踏に分け入るのは今を生きるグラだけ。

 そしてもちろん、欲するのは強さよりも速さだ。スサノオと闘っていたのは並行運用に慣れつつ精度を上げることが目的だった。

 

「5月と6月、ほんの2ヶ月でよくここまで上達したよ」

 

 大きな成長であることは間違いない。ただ──、

 

夢の中(ここ)なら怪我しても平気ですしね。無茶ができたお陰でもあります」

 

──これを踏まえてもなお、現状ではまだ、ムーンカフェに勝てるかどうか怪しい。

 

 〈世界を閉ざす者〉を予め展開しておけば〈新月〉には対抗できる。アナを引き剥がされることはなく、〈極点〉への変化は防げるし【ブラッドアーツ】や〈風梳柱〉などの“領域”も使っていけるだろう。

 しかし〈閉ざす者〉は速くない。〈ゼノ〉や〈ルフス〉はもちろん、平均的な喰核(コア)と比べてさえ遅い。流石に陸地での〈グボロ・グボロ〉よりはマシだが。

 このことが大きな足枷になる。

 

小剣(ショートブレード)での【アーツ】はあまり直進性が高くないからなぁ」

「盾も銃も、間接的には速さを支えてくれますけど……」

 

 顔を見合わせる2人。

 グラはムーンカフェのことをやや過大評価するクセがあるが、アナからの客観的な(強いてどちらかと言えばグラ寄りな)評価でも勝てるとは言い切れないようだ。

 

 だから、秘策はもうひとつ。

 

「ですよね。

 ……よかった。サキさんに相談しておいて」

 

 それを使っての練習は、夢の中ならこれまでも重ねてきた。現実世界でもそれを作ってもらうよう既に手配してある。

 エクリプスSとジュライCには難しそうだが、7月末のキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークスには間に合うはずだ。すなわち、ムーンカフェとの再戦には。

 

「あれさえあれば……勝てる。

 これまでみたいな邪道じゃなく、勝つべくして勝てる。ムンちゃんにだって」

 

 秘策の正体は、年度代表ウマ娘に選ばれたことで作る資格を得た()しい(﹅﹅)勝負(﹅﹅)()

 

 

 それを利用した戦い方は、アナから見てさえ異常だ。

 

「……大変だな、ムーンカフェもウマ娘レース界も」

「普通に応援してくれませんか!?」

 

*
一般的にはちまちまなどというスピードではない。

*
煽っているつもりは無い。

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