アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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コンバスチャンバー:
 実は元々やべー奴だった。



間章Ⅵ
異端を見る後輩(バス)


 

 ワンワン先輩がサンクルー大賞を勝った数日後。

 放課後の練習を早めに終えたこの日、私は珍しいお誘いを受けました。

 

「おうバス、たまには晩飯一緒に食わねーかナ?」

「えっ、はい是非!」

 

 同じトレーナーに師事するナー先輩はとっても人当たりの良い人です。重賞に幾つも勝ってるスターなのに全然気取らないし、下級生のこともよく気遣ってくれます。ドゥ先輩といる時は悪そうな顔することもあるけど、あれは単に悪ぶってるだけでしょう。

 だから私は全く無警戒に頷いて、シャワーを浴びた後に合流すると──、

 

「あれ? 食堂じゃないんですか?」

「外出許可は栗東(そっちの)寮からも取ってあるから問題ねーナ。美味い店教えてやんよ」

「あ、そういえばトレセンの周りのお店とかあんまり知らない……ありがとうございます!」

 

──ほいほいと学外に連れ出されて、半分個室みたいなお食事処に招かれてしまいました。

 ……あの、ここって時間によっては居酒屋になるような感じのお店なのでは。もちろんお酒なんて頼みませんが、こう密室感というか……閉じ込められた感というか。

 こうして座ってしまえば逃げるわけにもいかないので、完全に手遅れなのですが。

 

「さて。私らもジイさんも気付くのが遅くなっちまったが、改めて訊かせてもらおっかナ?」

「な、その、私、なにを」

 

 笑顔のまんま怒っていらっしゃる。いつも明るく、不機嫌な様子すら見せないナー先輩が。

 怒られるような心当たりは何も──なんて、うっかり口走らなくて良かったです。心当たりは猛烈にあるので。

 

「まず落ち着けナ。飯頼んで、それから安田記念の答え合わせといこうや」

「ごめんなさいっ!!」

「謝るのは順序も相手もちげーんだわ」

 

 1ヶ月前、私が大負けした安田記念。叱られても仕方の無いことをやらかしました。

 ナー先輩は私の分まで注文を済ませながら続けます。

 

「過ぎたことだから言うけど、勝ち目なんかほとんど無かった。ジイさんがはっきり伝えたんだからよっぽどだ。バスはそれをちゃんと聞いた──聞いた上で、勝てる気でいたよナ?」

「勝てる気というか、その……やってみなきゃ分からない、的な」

「まぁ上位陣が総崩れするような偶然だってゼロ(パー)じゃねえし、それに賭けることを悪いとも言わねえよ。でもそうじゃなかったろ」

「…………」

 

 そう、ですね。私は分かっていました。普通にやったら勝てないこと。棚ぼた的な勝利すら余りに低確率なこと。それなのに制止を振り切って出走したんです。

 “勝てる気で”……それも的外れではないでしょう。負ける前提で出たわけではありませんから。

 勝算が無いはずなのに自信ありげな私の振る舞いは、トレーナーにも先輩方にも不可解だったはず。それが今暴かれようとしています。

 

「『普通にやったら勝てない、でも自滅覚悟なら目はある』──そう考えたんだナ?」

「……はい」

「怪我するヒマさえ無かったわけだ」

「……そうです……」

 

 今年の安田記念はマイル戦とは思えないハイペースでした。スタート直後からワンワン先輩とアソカツリーさんが先頭を争って、どんどん遠ざかっていってしまったんです。

 そのせいで/そのおかげで。私は自分を使い(﹅﹅)潰す(﹅﹅)機会すら掴めずに大敗。無事にレースを終えて、その結果には不可解さだけが残ったと。先頭に絡んで大怪我とかしてたら『なるほどそういうつもりだったのか』と理解されたでしょうけどね。

 

 ──あ。やば。激ヤバ。

 

「…………もしかして、宝塚のドゥ先輩って」

「切っ掛けはバスかもな。だがああするって決めたのはドゥだ」

 

 ナー先輩の幼馴染で大親友を入院させたのは私だ、とか。そういうご認識ではないと仰いますが、ちょっと言葉通りには受け取りづらいものが。

 

「あの、目が笑ってません」

「ドゥのこと抜きにしても、おめーの無茶な覚悟にも腹ァ立ててんだ」

「ヒェ……」

 

 そりゃあ、まぁ。『1つのレースに勝つ為に身体を壊しても後悔しない』みたいなやり方が周りからどう見られるかは理解しているつもりです。

 理解してやっているから余計にタチが悪い、とはベアから言われて耳にタコですが。 

 

「……おめー、反省してねぇナ? 私この後ジイさんに報告する約束なんだぞ?」

「…………だからって、口先だけ反省するわけにも」

 

 溜め息を吐かれてしまいました。学園に入る頃に両親から向けられたものとそっくりな。

 心配してくれているのでしょう。ありがたくは思うんです。

 

 それでも私は変われない。

 

「勝ちたいんです。一生に一度きりでも構いません。引退することになってでも果たしたいって」

「安田記念で?」

「別に、レースは何処ででも。私がやりたいのは格上(ジャイアン)食い(トキリング)です

「あー…………確かにあそこで勝ってりゃ文句無しにそう言われるだろうが」

 

 でしょう? あの錚々たるメンバーでクラシック級が勝つ事態なんて誰も想像しなかったはずです。それを現実にしたい。

 私が憧れる皆さんのお名前を具体的に挙げるのは少し憚られますが(勝てるとは思われてなかった方々ってことですからね)、例えばシンボリルドルフさんを破ったカツラギエースさんとか。他にもあの方とかあの方*とか。

 

「……あの人らって勝ったあと故障とかしてたっけナ?」

「いえいえ、格上に挑んでひっくり返すことにロマンを感じてるだけで。私だってしなくて済むなら怪我なんかしたくないですよ、当たり前じゃないですか」

「あァん?」

「ごめんなさい」

 

 ふざけ過ぎてしまいました。勝つのに必要なら故障を厭わない点も含めて、本心ではあるのですが。

 

「じゃあ、バスがワンワンと絡んでるのって……」

「?」

「あ、ふつーに懐いてるだけなのナ」

「はい。え、なんだと思ったんです?」

「“好都合だ”って発想なのかとよ」

 

 ? ……!

 あー、まぁ、それはそうですけど!

 

「確かに私の夢は、誰もが認める圧倒的強者が居てくれないと叶えづらいものです。でもそういうの抜きにして先輩は素敵ですよ」

「素敵とは」

 

 真顔で訊き返さないでください、即答はしかねるので。でも嘘じゃないんです。

 

「……安田記念の後、言ってくれたんです。『怪我には気をつけて欲しいけど、挑んでくれるのは嬉しい』って」

「自爆しようとしたことバレてんだナ。言ってあったのか」

「いえ。走りで伝わってしまったのかと」

「あー……レース中だけは察し良いからなアイツ」

 

 “だけ”に力を籠めすぎではないでしょうか。お気持ちは分かっちゃいますけども。

 

 私が、他ならぬ私が、ワンワン先輩に勝つ。そんなの無理だって誰もが思うでしょう。構いません──いいえ、だからこそ良いのです。

 人生を懸けて挑む価値がある。らせて骨も断たせて、汗と血まで絞り尽くす羽目になろうと。たっタひとつの勝利に手が届くなら。

 

「………………」

「──あ」

「お前、これまで擬態が上手かっただけなのナ……」

 

 あぁ、見られてしまいました。昔から隠せ隠せと言われていた本性を。

 

「多分それワンワンより過激だぞ」

「さすがに言い過ぎでは?」

「アイツなんだかんだで博打はしねーよ? できることやってるだけで」

 

 ……言われてみればそんな気もしますが。

 違うんですよ、私はレースで勝ちたいんです! クセの強さとか競うつもりはありませんから!

 

 



 

 

 やり方は別として、コンバスチャンバーのターゲット設定は妥当なものだ。アナグラワンワンが世代を代表する最強格であることは間違いない。

 ペガサスワールドカップターフからサンクルー大賞まで、6ヶ月で12戦9勝。敗れた3戦も全て2着。……たったの半年でGⅠを9勝という時空の歪みを──もとい、異常なローテを──脇においても、勝率75%の連対率100%は凄まじい。

 

 

 本人は全く気にしていないが、世間からアナグラワンワンへの評価はきっぱり分かれている。

 否定的なものは『いくらなんでもやり過ぎ』、つまりは『俺の推しがずっと欲しがっていたタイトルを横から奪った』という僻みのようなもので……正当なレースの結果だと頭では分かっていても、そうした感情は自然なものだろう。ただしこちらは少数派である。

 肯定的な声として『何が起こるか分からなくて面白い』的なものが圧倒的に多い。エンタメ的な意味で強いのだ。

 

(かつては『観ているだけで心配になる』という声も多かった。大半はもうバ鹿らしくなっている)

 

 例えばペガサスWCターフの勝利は、直後に行われたダート戦への注目度を高めティーガードンナへの声援を大いに増やした。宣言通りのペガサス独占にはドラマ性が見出される。

 勝利者インタビューでフランクキルローマイルステークスの名前を挙げてインタビュアーを驚かせたことも笑いを誘った。

 アメリカ的には笑いごとではないが。

 

 高松宮記念ではテセウスゴルドやトリウムフォーゲンの短距離戦、オーストラリアのクイーンエリザベスステークスでは急な落雷と直後の晴天、どちらも珍しいものが見られた。

 異常(トンチキ)な意味ばかりではなく、真っ当なレースとしての価値も高い。春天でのムーンカフェとの激闘。期待度は高くなかったベレへニヤがヴィクトリアマイルで見せた成長と勝利。

 時おり挟まるお茶目な(?)異常を楽しめるなら──多くのレースファンは深く考えない。楽しんだ方がお得なので──アナグラワンワンのエンタメ性は実に高いのだった。

 

 

 ……もちろんこれらは、外から見ればという話であって。

 

 美浦寮の談話室で、ナーサリーナースは腕を組んで唸っている。

 目の前には例のホワイトボード。

 

①高松宮記念★ワン

②大阪杯★ワン

③春天☆ムーン

④ヴィクトリアマイル☆ベレー

⑤安田記念★ワン

⑥宝塚記念☆テセ

★ワン

 

 春の3冠(大阪杯・春天・宝塚記念)達成阻止は喜びつつ、ここで満足などできない。

 完全同着に終わった宝塚も、『アナグラワンワンに国内GⅠを渡さない』を目標とした以上は負けに近い。テセウスゴルドにとっては勝利カウントでも美浦寮的には2勝4敗。

 

 国内では残り4戦。秋天、マイルチャンピオンシップ、ジャパンカップに有記念。ナーサリーナースの勝ち目が最も大きいのは距離から言ってマイルCSに決まっている。

 ベレへニヤとホウカンボクも走る予定になっていて、それだけでも頭が痛い。そこへ加えて──、

 

『まさかあのアホと世代が近いことを有り難がるアホがいるなんてナー……』

 

──理解困難な後輩、コンバスチャンバーはきっと来る。ならばベアリングシャフトもか?

 彼女らはレースと関わりの深い家の生まれだから“最初の3年間”のことも知っているし、となれば『ワンワン先輩と直接競える最後の機会』に見えるはずだ。

 そんなレースであの危うい後輩がどうなってしまうのか。

 

『シンプルに怖えーわ。ここで楽しいとか思えるのはやべー奴だけナ』

 

 悪い想像が色々と浮かんでしまう。それまでにあの物騒な思想が丸くなってくれれば良いが期待薄だろう。

 安田記念のように突き放すのが最も安全。ナーサリーナースの考えにおいては最もコンバスチャンバーに優しい対応だ。自分でできるかはやや不安だが。

 

 

 

 季節は夏を迎えようとしている。ウマ娘にとっての成長期だ。夏の前後でどれだけ飛躍できるかが秋以降の明暗を分ける。

 

 アナグラワンワンやコンバスチャンバーがどうなってしまうやら、ナーサリーナースは怖ろしいとしか思えなかった。

 常識的一般ウマ娘の自分には理解も予想もできぬ、などと自嘲しつつ。

 

 

 ──なお、彼女は彼女で分かっていない。

 マイルCSへの出走を当たり前に選択できる辺りを理解不能だと感じている同期もそれなりにいるということを。GⅠを特別視する常識的な価値観はすっかり歪められてしまった。

 残念ながら手遅れである。

 

*
ウマ娘化されていないので本文からは伏せ。ギャロップダイナ(1985秋天)やダイユウサク(1991有馬)辺り?

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