アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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ジュニア級出走計画(バカローテ)(思い付き版)

 

 5月下旬。

 

 アソカツリー先輩との検証は続いている。『もうちょっとな気がする』らしいんだけど。

 で、その間はサキさんが私のトレーナーになってくれない……。

 

「もうほとんどトレーナーみたいなものじゃないですか。練習時間のほとんどを先輩たちと過ごしてるんですから」

「サキさんは筋を通す人だから。今してるアドバイスはあくまで助言止まりで、指示じゃないのよ。……気持ちは分かるけどね」

 

 寮室でアルヘイボゥ先輩に愚痴をこぼしてみたら、意外にも共感してもらえた。叱られるかと思ってたのに。

 

「むぅ。出走するレースについても助言が欲しいんですが」

「正式なトレーナーと話し合うべきことよ」

「じゃあトレーナー契約してくれたらいいのに」

「それは“領域”の件に結論が出てからって言ってるじゃない」

 

 うう、お硬い。先輩もガチガチに筋を通す人だと思う。

 

「サキさんからしたら、アンタを囲い込みたい部分と他のトレーナーに委ねたい部分があんの」

「えっと、後半はどうしてでしょう」

「芝ダート全距離対応なんてウマ娘、指導したことあるわけないもの」

「あぅ。じゃあ桐生院さんにつけと……?」

「有力な候補でしょうね」

「むぅ〜……」

 

 別に桐生院さんが気に入らないとかは無いし、実績とかを考えればこっちから売りこむべきとさえ言えるのかも。

 率直な本音として、どうしてもサキさんじゃなきゃイヤって拘りも無いし。

 今は、そう。レース選びのことで相談相手が欲しいだけなんだ。そのためだけに契約を結んでしまうのは軽率だから落ち着いて考えろと、押し留めてもらっている形。

 

「感謝はするべきなんでしょうね……」

「気が逸り過ぎよ、と言いたいとこだけど。正直ワンちゃんはメイクデビューぐらい勝てそうだし、先のことを考えたくもなるか」

 

《! アルヘイボゥがデレた!?》

『同感ですけど口に出ちゃったらどうするんですか!?』

《ごめんて》

 

「──褒められた気がします! 自信はそこまでないですけど!」

「そんなに尻尾振らない。サキさんもどっさり褒めてるでしょうが」

「サキさんは……褒めてくれながら引いているというか」

「どんなトレーナーでもそうなるわ。諦めなさい」

「諦めたくないですが!?」

 

 すごいこと言われた。トレーナーには引かれたくないでしょ。

 

「……そんな顔しないの。レースの出走計画だっけ? 私でよければ見てあげるわよ」

「先輩……!」

 

 甘えちゃいけないと思って頼まずにいたけど、持ちかけてくれるならアリだよね?

 出走を考えているレース名を日付順に書き連ねたノートを先輩にお見せする。

 

「……いきなりGⅢからとか……あら? これ全部芝じゃないの」

「挙げていったらそうなりました。別にどうしてもダート走りたいわけではないので」

「ふぅん……で、ここからどれを選ぶか悩んでるのね?」

「選ぶというか、これで良いのかなって感じです」

「…………」

 

 素直に答えたら、優しかった先輩の目がいつもの感じに戻った。また非常識なことを言ってしまったらしい。

 

「ワンちゃん? つまりアンタ、ここに挙げたの全部走ろうってわけ?」

「トラブルが無ければ」

「おバ鹿」

「あうっ!?」

 

 デコピンするほどですか!? “トラブルが無ければ”はムーンカフェちゃんも言ってた台詞だから堂々と胸を張ったのに。

 

「7月後半の函館ステークスから年末のホープフルステークスまで、5ヶ月半で11戦? 無謀どころの騒ぎじゃないわ」

「ちょっと多めですかね」

「違う、明らかに圧倒的に壊滅的に多すぎって話」

「えっ」

「本気で驚いてるのよねアンタは……」

 

 え、はい。そんなに多いんですかこれ。

 

「ローテのこと、ギンさんから教わったんじゃなかったの?」

「皐月賞、NHKマイルカップ、日本ダービーみたいなローテがあるとは聞きました」

「破壊神ローテ……タニノギムレットさんも脚を痛めたし、真似るな危険の代名詞じゃないの」

「そんなヤバいものだったんですか!?」

 

 思い切り参考にしたのに。よくよく思い返せば厳しいローテの代表格として挙げられた気もするけど、可能な範囲の難しさなのかと思ってた。

 

「え、じゃあ月に1戦とか……?」

「それだって毎月は多いわ。私たちの脚はそんなに頑丈じゃない」

「え〜……」

「こんなことを不満がられてもね」

 

 常識なのだろう、たぶん。それこそ授業でもやらない位の。普通にウマ娘と交流してウマ娘レースに興味を持ってたら当たり前に知りうるような。

 

「……どうしたのよ。アンタそんなに走るの好きだったかしら?」

「うーん、自分でもそう思いますけど。なんというか……練習よりは本番が好きです」

「あぁ。時々戦闘民族みたいな所あるわよね」

「さすが先輩、よくお分かりで」

 

 睨まれてしまった。大丈夫、甘えませんって。

 ……でも、どうしようかな。勝負がそんなに少ないのは──ううん、ウマソウルの衝動は抜きにしても私自身が──退屈に感じてしまいそう。

 

 ムーンカフェちゃんは弱くないと認めてくれた。

 先輩はメイクデビューに勝てそうと言ってくれた。

 今日までの練習では神機を使っていないのに、だ。身体性能とその操作技術だけで、サキさんを『タイムの伸びが異常』と驚かせた。

 ──まぁ元が遅すぎただけだから、現時点のベストタイムは学年平均よりちょっと下くらい*なんだけど。サキさんの指導があればまだまだ伸びそうな手応えを感じていて、メイクデビューまではあと1ヶ月ある。

 

 そのことが嬉しい。

 誇らしく思う。

 だから……試したい。実戦で。

 

《ふ、ふ。グラの戦意が伝わってくる》

『あ、すいません』

《謝ることはない、心地良い昂りだ。さてグラ、私の力は必要か?》

『なんとかなるんですか?』

《できる。一応、サキの確認が必要だが》

 

「……先輩。明日ちょっとサキさんの時間をお借りしたいんですが」

「またおかしなことやろうとしてるわねアンタ……勝手にやるよりマシか。私は構わないから、アリーとサキさんに頼んでみなさい」

「はいっ!」

 

 



 

 

 翌日の午後。

 アナグラワンワンはこう切り出した。

 

「サキさんって、マッサージしたら疲労の溜まり具合とか測れますよね」

「ある程度は、ね。長期にわたって溜まっていく疲労は見えづらいけど、短期的なものなら分かるつもり」

「今の状態と2000m走った直後だったら違いは歴然ですか?」

「ええ。レース並みのペースで走るなら確実に」

「じゃあそれ、試していいですか。例のスパイクに近い(﹅﹅)もの(﹅﹅)を使うので、1人で走るつもりですが」

 

 千田サキは身構えた。またしても常識が迷子になると思ったのだ。頼みの綱のアルヘイボゥはアソカツリーとトラックを周回していて隣には居ない。

 

「スパイクに近いものっていうのは?」

「実演しても伝わりづらいんですが……安全性はお見せしますね」

 

 アナグラは隠すことなく見せたが、懸念した通りサキの頭には疑問符が増えるばかり。

 理事長からの念押しにあった『銀色の円錐』とは異なる、しかし武器と思しきその刀身。蹄鉄から生えた薄荷(はっか)色は間違いなく目に映っている。

 

 ──しかし、芝生も土も小石も、その刃には触れることなくすり抜けてしまう。

 

「???」

「何も傷つけない、刃ならざる刃です。触ってもこの通り無傷──というかそもそも触れません」

 

 アナグラ自ら指を使って実演する。肝を冷やしたが本当になんとも無いらしい。立体映像のようなものだろうか。

 であれば、例の突起(ペイジ)のような加速力には全く貢献しないはずで、何のために生やしたやらという話だが。

 

「これを使って良いなら、脚へのダメージは極限まで小さくできます」

 

 これはアナが考案した『グラが多くのレースを走るための』神機運用。主眼は脚へのダメージを軽減すること──という説明は微妙に不正確だが。

 ともかくサキに期待されているのは、ここまでグラなりに言葉を尽くしている通り、疲労具合を客観的に測ることだ。

 意図さえ把握できれば細かいことは気にしないのも手だと、アルヘイボゥからは言われている。サキにも当然譲れないラインはあるが。

 

「……比べるために、走る前の脚の状態を確かめさせて。

 それから、2000mを2分15秒以上かけて走ること。レコードタイムに迫るような走りは禁止」

「分かりましたっ」

 

 

 

 それから、およそ3分後。

 アナグラワンワンの脚に触れながら、千田サキは自らの指や経験を疑っていた。

 

『走る前の脚と、ほとんど変わらない──!?』

 

 ジュニアどころかメイクデビュー前の5月後半。2000mというだけでも短くはない。

 それを2分13秒で駆け抜けておいて、疲労が残らない筈が無い──この際なのでペース超過は脇に置くとしても。

 身体は火照っているし息も上がっている。心拍も強く速い。

 脚にも疲労はある……はずだ。目にも指にも感知できないだけで。現時点で受け入れるには、『ほぼ全快状態のまま』はあまりにも非常識な推論である。

 

「病院で精密検査も受けましょう」

「分かりました」

「……気を悪くしないで欲しいんだけど、念の為に薬物検査もした方が良い」

「薬物?──あ、そういう疑惑にもなりますか。全然考えてなかった」

「使ったとは思っていないわ。勘繰りを入れさせないためだと納得して頂戴」

「ありがとうございます。お手数かけます」

 

 

 病院で厳密な検査を受けた。

 もちろん薬物は出なかった。

 

 ──サキの車で病院から帰る途中。

 

「ボゥがUMA娘よばわりするのも分かる気がする……」

「そんなぁ。いえ、非常識なのは自覚してますけど」

 

 レントゲンやCTなどを診て健康な脚だと太鼓判を捺した医師は、『つい先程2000mを走ったばかり』というサキの言葉をジョークと決めつけた。そんなわけが無いと言うのだ。

 つまりサキの指が鈍っていたわけではない。

 

「説明はできそう?」

「一応は」

 

 薄荷色に見えていた刃は、その銘をオラクルソードという。その特性は『あらゆる攻撃力がゼロである』ことと『オラクルの生成量が多い』こと。

 

「オラクル?」

「それは、ごめんなさい。私もなんだか分かんないです。謎パワーです」

「なぞぱわー」

「とりあえずそれでご納得ください」

 

 アナにとってオラクルというエネルギーは銃弾だ。それを炎や氷に変えて撃ち出すのが(ライフル)という兵装である。

 基本的には攻撃に用いていたものだが、オラクルは傷を癒やす『回復弾』としても使える。

 

「つまり、脚を癒やしながら走っていた……?」

「そうです。地面を蹴る度に謎パワーを生み出して、そのパワーを回復に使い続けます」

「なんだか身体に悪そうな──でも異常は見つからなかったか」

「それにスパイクよりもっと安全ですよね」

「うぅーん……」

 

 サキは唸った。そうせずに居られなかった。

 ……止める理由が無いのだ。原理はどうあれ怪我をしないのは素晴らしいことだし、他者やモノを傷付けることも無い。

 

 いつもの悩みだが、ウマソウルは未知と神秘に満ちている。最たるものが“領域”で、アルヘイボゥやもっとベテランのウマ娘であってもそれをはっきり言語化できない──アナグラワンワンの説明にはオラクルという謎要素が入っているものの、それでも比較的マシな部類とさえ言えた。

 

「……それを使えば過酷なローテも走りきれるって?」

「あ、先輩から聞きましたか」

「考え直すように言ってくれって頼まれたの」

「さすが先輩、優しい」

「ホントそうよね──ってそうじゃなくて」

 

 年末までにメイクデビューを除いて11戦、と聞いている。普通なら絶対に許可しない過密スケジュールだ。

 しかし今日試したことで改めてはっきりした。アナグラワンワンは普通ではない。安全に走りきれる可能性はある。本人も望んでいる。

 止められる理由があるのだろうか?

 

「……試しに、11戦挙げてもらえるかしら」

「はーい、少々お待ちを」

 

 アナグラは手帳を取り出し、間違えないようレース名を読み上げていく。

 

 7月、函館ジュニアステークス(GⅢ)。

 8月、コスモス賞&クローバー賞。

 9月、札幌ジュニアステークス(GⅢ)&芙蓉ステークス。

 

 ここまででも充分に異常だ。

 ちなみに幾つかあった選択肢からこれらを選んだ理由は「夏なので涼しいところ行きたいなって」などと言う。確かに芙蓉S以外は北海道だが、実に頭が悪い。

 そしてこの先はおかしさが加速する。

 

 10月、サウジアラビアロイヤルカップ(GⅢ)&アルテミスステークス(GⅢ)。

 11月、京王杯ジュニアステークス(GⅡ)&京都ジュニアステークス(GⅢ)。

 12月、阪神ジュベナイルフィリーズ(GⅠ)&ホープフルステークス(GⅠ)。

 

 あわせてGⅢ5戦、GⅡ1戦、GⅠ2戦。

 異常であり異端。常識的には不可能と断言できる──ただしその常識は無惨にも切り裂かれた。どこが“何も傷つけない、刃ならざる刃”だろうか。あの薄荷色のせいでサキの常識はズタボロだ。

 

 自分にこんな異才を指導できるのか? そんな自問を先周りするようにグラは言い募る──昨夜の内にアナと相談した流れに沿って。

 

「常識のない私でも、きっとこの予想は間違ってないと思うんです──こんなウマ娘を指導したことのあるトレーナーは、居ません」

「…………それもそうね」

「サキさんの頭には桐生院さんや他の方の名前があったかも知れませんが、誰だって未経験でしょう」

「ええ」

 

 それでもなお残る名前として、担当ウマ娘に怪我をさせないことにかけては随一の沖野トレーナーが居るが……アナグラは彼に良い印象を持っていないし、サキの見立てでも2人の相性はあまり良くない。

 

 アナグラワンワンはどちらかといえば理論派のウマ娘だと思われた。あるトレーニングにどんな効果があるのか、それを最大化するにはどうしたらいいのか、考えながら打ち込むことを好む。

 ……過去5年間、ずっとそうやって積み上げてきたのだ。奇抜で斬新な思いつきは喜ばないだろう。

 

 同時に、気性難と言われてしまう側面も確かに持っている。

 安全面を蔑ろにすることは少ないし、その為に何かを制限しても素直に従う──従いはするが、目や耳が不服を訴えることは珍しくない。

 

 守られること全般に対する、隠してもなお滲む嫌悪のようなもの。

 そんな制限を捨て去って解き放たれたいという破滅的な荒々しさ。

 端々から窺える自己愛の薄さ。

 

 沖野トレーナーのような自主性を伸ばす奔放な指導は……アナグラにはリスキーだ、とサキは思ってしまう。

 いや、奔放というなら最悪の未来はトレーナーをつけないことか。このウマ娘は1人でもある程度までは行けてしまう。その時に大人が隣にいないような事態よりは、自分が契約する方が幾分かマシ。

 

 ──覚悟の時だ。

 

「……私に担当させてくれる? もしかしたら“領域”の件でボゥやアリーを勝たせたいだけの、貴女を利用する悪ぅいトレーナーかも知れないけど」

「ぷっ、なんですかソレ。変に悪ぶって、アルヘイボゥ先輩みたいですよ」

「褒め言葉と受け取っておくわ」

 

 サキがトレーナー資格を取ったのは7年前。サブトレーナーではなく自分だけの担当を持ったのは5年前から。新人ではないがベテランを名乗るにも早い気がしている。

 自信があるとは言えなかったが……アルヘイボゥがいることは強みだ。サキのやるべきは主にメンタルケアなのだから。

 走りについては──アナグラワンワンの内側に、何らかの導き手がいるようだし。

 

 だから指導に関してはなんとかなるだろう、と思えた。

 一方では避けられない胃痛を予感してもいたが、暗い表情は気合いで隠し通す。

 

 

『そんなクソローテを走らせたらファンもマスコミも私を叩くだろうなぁ……』

 

 

 それはそうなるに決まっている。

 誰だって容易に予想できることだ──アナグラは分かっていないが。

 

*
グラの不正確な認識。詳しくは後書きにて。





■現時点のアナグラワンワンのタイムについて
 本人は『学年平均よりちょっと下くらい』と言っていますが、これは正確ではありません。適性外のウマ娘はそもそも計測に参加しないためです。
 たとえばムーンカフェは芝・中長距離のタイムのみ測りました。ダートやスプリントを計測すればかなり遅いでしょうし、それを含めれば『平均』タイムは悪化しますが、グラのいう『学年平均』には含まれていないのです。
 そういった『適性のある生徒の平均』と比べ、芝ダート全距離で『ちょっと下』をマークしているのがグラという奇才です。

 仮に今の時点でメイクデビューをやるとしたら、凄まじくクジ運が良いかスパイクを解禁しない限り、1着にはなれません。
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