※ドリームトロフィーリーグの日程は独自設定です。
エクリプスステークスとジュライカップに勝って、次は中1週でキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークス──ムンちゃんへのリベンジ戦だ。
これもアスコットでやるレースだからロンドントレセンの近くではあるんだけど、私は日本に帰る。
……渋るウィルを残して。2週間後にまた会えるでしょうに。
ちなみにゴールドカップから中2週でエクリプスS、そこからまた中2週でK&Qというローテは中々に過酷だ。だけど彼女は敗けを悟った時点で脚を緩めるような不真面目さんなので、身体にはさほど無理がかかってないっぽい。
ともかく帰るったら帰る。
この週末は私のレースこそ無いけど、用意してもらったモノも受け取りたいし。それに何より、ボゥ先輩のサマードリームトロフィーがあるからね! 生で応援するに決まってるじゃないか!
そんなわけで勇んで帰国したその日の晩。
ちょっと意外なお誘いを受けた。
「お帰りなさいワンワンさん、よければ愚痴を聞いてくれませんか!」
「ニュクスさん? 構いませんけど」
校舎も寮も違うから、直接会うのはなにげに4月(オーストラリアでの雷雨の件)以来だったりする。ここしばらくは日本とアメリカの各地でダート戦線を荒らし回っていて、ドンナさん以外には無敗のはず。
とはいえ、敗けたことについて愚痴るようなイメージは無いんだけどな。何だろう?
「本当にただの愚痴ですけど、ちょっと長くなるので明日にでもご飯食べながら」
「分かりました」
翌日。
改めて聞くと、確かに敗けたことの愚痴ではない。だけどドンナさんに関する話だ。
「あの人、しれっとUMA娘になってたんです!」
「はい???」
意味不明で首を傾げた私は悪くない。
「何があったんです?」
「帝王賞」
「帝王…………ん、帝王賞?」
ニュクスさんが口にしたのは大井レース場のダート戦だ。
平日開催で、開催日は宝塚記念とサンクルー大賞の間。それはつまり──、
「ドンナさん、確かさきたま杯で」
「はい。彼女が勝ちました」
「で、帝王賞にも?」
「勝ちましたね」
──宝塚の数日前にニュクスさんを破ったさきたま杯から、中0週の連闘ってこと。
ニュクスさんならともかく、ドンナさんってそこまでぶっ飛んでましたっけ?
「彼女は連闘なんてしないと思ってたから、私その週はアメリカに行ってたんです」
「ふむふむ」
「ドンナさんが居るって分かってたら帝王賞にしたのにぃ!」
「あー……」
……だから言わなかったんじゃないかなぁ。最近のニュクスさんはとにかくタフだ。
スタートの苦手さを開き直って捨ててるから、逃げの選手が前を取ることは全く難しくない。でもそこから最後までずーっとプレッシャーを受け続ける羽目になる。セオリーは通用しないし、スタミナ切れは期待するだけ無駄。
追込みで終盤勝負するのも怖い相手だ。なにしろ手札が多すぎて何をしてくるか分からない。『このタイミングでこれくらいのスピードを出せれば勝てるはず』みたいな計算が信用できず、そういう状況で脚を溜め続けるのってかなりストレスがかかる。
まとめると。
「ニュクスさんと2週連続で
「わかります」
「えぇ……」
自分で言ったよ。分かっちゃうんだ。
「いえ別に、出走計画を教えてくれなかったことは仕方ないというか……帝王賞は残念ですけど、普通は明かさないものですし」
「はい」
「でもあの人、なんか『自分は常識側です』みたいな顔してるのがちょっと」
「そうなんですか?」
ドンナさんにも最近会えていないし私が言うのもなんだけど、常識的とは言い難い気がする。
彼女のシニア級は1月のペガサスワールドカップから6月のさきたま杯&帝王賞まで、6戦全勝だ。そしてここには言わずと知れたダートレースの最高峰、ドバイワールドカップ(3月末)も含まれる。さらっと勝ってたよね。
ペガサスWCとドバイWCの両制覇はほとんど“ダートの世界女王”と同義で、日本ウマ娘では初の快挙。世界でも史上2人目*にあたるんじゃなかったかな。
じゃあ日本国内が
「あの戦績に加えて連闘までやらかしたら流石にUMA娘呼ばわりも仕方無いような」
「でしょう!?」
「まぁ、はい」
とりあえず頷く。ニュクスさんの食い付きに驚きながら。
それはそうなんだけど、さっき言ってた“『自分は常識側です』みたいな顔”ってどんなだろう。というか私も非常識顔(なんだそれ)してるつもりはありませんが?
「ドンナさん、すっごく後輩人気が高いんです」
「嫉妬じゃないですか」
「私もあんな風に囲まれてみたい……!」
えぇ……びっくりして大きな声でちゃったよ。
ドンナさんはずっと『戦意は向けつつ執着はしない』みたいな接し方をしてくれた。異端扱いしてきた覚えも無い。距離感に圧を感じさせないというかそんなタイプだから、頼られ親しまれるのも当たり前な気がする。
一方のニュクスさんは、ドゥに言わせれば“陰の者”寄りなんだろう。忌み名の件もあったから仕方ないとは思うけど。
もちろん私もニュクスさん側だ。慕ってくれる後輩なんてバスちゃんとベアちゃんだけ。
それはありがたいことで──同時に、分からなくもないかな。ファンからの人気は私もニュクスさんも一定以上にあるんだ。でもそういうのとは違うんですよね。これはトレセンの中での話。
「その、見てて羨ましく思うことはあります。アリー先輩とかナーとか」
「あー、アソカツリーさんも顔が広いですよね」
「はい。でも私はあんな風にできる自信無いので……諦めちゃってますね」
「えー。諦めたくないです」
「えーって言われても」
この年上さんは。いやまぁ前からこんな感じか。
私は、うーん。
お友達がゼロではないし、1人1人との付き合いも濃密だ(と思ってる)から別に構わないかなぁ。それはニュクスさんも同じはずなんだけど。
《……恐らく前提が違う。病気の件を自覚する以前は友人が多かったんじゃないか》
『あー、なるほど?』
言われてみればそうか。現状にはそこまで差が無いけど、私にとってはプラスでニュクスさんにとってはマイナスなわけですね。
お友達を増やしたいっていうような相談なら私が不適格なのは明らか。結論やアドバイスなんか出るわけない。
「──と、そろそろいい時間ですね」
「あ、おしゃべりに夢中になってました」
最初からニュクスさんはただの愚痴と言っていた。そういう建前で、このところ持てていなかった雑談の機会を設けてくれたわけだ。
「ふふ。久々で楽しかったです、ありがとうございます」
「こちらこそ!」
ニュクスさんも私なんかよりよっぽど気配り上手だと思いますよ。
……最後にピリッと締めてくることも含めて。
「ああ、言い忘れるところでした」
「はい、なんでしょう?」
「ドンナさんへのリベンジは10月に済ませるつもりです。その後は芝に戻りますので──秋天で会いましょう」
うわぁ。嬉しいけど怖い。嬉しいけど。
サマードリームトロフィーの直前。
アルヘイボゥはひとつの
「ワン子、ライブには来ないでね」
「え゛っっっ」
「……そんなに凹まなくてもいいじゃない」
悲愴なリアクションに早速罪悪感を抱いてしまうが、決めたことを覆すつもりは無い。
「レースは応援してくれて構わないから」
「な、なん、なんでライブはダメなんですか」
「興奮して周りが見えなくなるじゃない」
ネットでも『アナグラワンワンはステージ上より応援席にいる方が運動量がある』などと笑い話になっていることだ。
サキやギンから伝えられているため当人も自覚はしている。それでも自制は利かない。アルヘイボゥへの思いは特別なのだ。
「先輩がレースに勝ったらそうなる気がします」
「でしょ。……だから来ないで」
「おぉう。んふ」
こっそりと呟いた勝利宣言で機嫌が上向いたらしい。落ち着いて考え始めたその表情は極めて読みやすい。
アルヘイボゥが勝った後のライブで大人しくできるか? 不可能。
では応援をしないことは耐えられるか? レースを観て良いならまぁギリギリ。先輩に恥をかかせたいわけではない。
「納得した?」
「我慢します」
「ありがとう」
申し訳なさそうに礼を述べた側も、本当ならこんなことは言いたくない。
この後輩はただ全力で盛り上がってくれるだけで迷惑行為までは行かないのだから、声が大きいとか動きが激しいなんて理由でライブから締め出すのは理不尽な話だ。分かっている。
けれども、それをするのが他ならぬアナグラワンワンとなると……。
世代の代名詞。不壊の金剛。日本最強。世界すら喰らう蹂躙者。
例えばの話、"皇帝"シンボリルドルフから熱狂的な応援を浴びたらどんな気分になるだろう? アルヘイボゥが感じているのはそうした居心地の悪さだ。
走ることに関して何か教えてやった覚えは無いし、アイビスサマーダッシュも自分が負けたと思っている。だからもっと雑な扱いで構わないのだ。いつまでも先輩々々と慕われるのはどこか不相応で据わりが悪いと感じてしまう。
……まぁ、そんなことを言えば本当に泣きかねない。心優しいアルヘイボゥは妥協した。
プライベートでは好きにして構わないけれど、人目のある場所では少し抑えて欲しいと。というかライブでの盛り上がり方は本当にドン引きレベルだぞ自覚しろと。
「ライブ中は周りのお客さんも盛り上がってると思うんですけど」
「その中でも際立ってるって話よ。しかも今のアンタ、サイリウム振るためだけに
「──その発想はありませんでした」
「やめなさい」
言われてしまうと本当にやりかねない。レースでも応援でも、できることをやらないのはストレスなので。
渋々ながらグラは納得した。ライブには行かないことを約束し、アルヘイボゥは胸を撫で下ろした。
めでたしめでたし──かと思いきや。
優しさと常識を備えたウマ娘も見落としていたことがある。
サマードリームトロフィーの短距離芝部門で見事に勝利したアルヘイボゥがライブステージのセンターから見たのは、以前より更に熱と深みを増した 熱狂を越えて狂信に近いほどの 恍惚に溺れる2人組。
……グラの両親だ。
娘から伝え聞く話で頻繁に名前の挙がる元ルームメイト。同じトレーナーに師事する先輩。
感謝するのは当たり前だ。入学させた頃は本当に本当に心配していたのだから。常識も情緒もコミュニケーション能力も不足していたことは親が一番よく分かっている。
サキやギンは両親から感謝された際、謙遜もあって『ウマ娘同士にしか分からない部分も同室のボゥがよく導いてくれて』などと答えてきた。加えてこの両親、実は未だにアナの存在を知らされていない。
その結果『娘がここまでやってこれたのは大部分がアルヘイボゥさんのお陰』という認識になり、感謝を通り越して崇拝に近い域に至ったらしい。
とはいえ2人は競技者ではなく、応援してくれる観客である。ライブ会場から追い出すようなことはできない。
アルヘイボゥは笑顔で演じきった。プロである。
控え室に戻るとマネージャー面した後輩が尻尾を振っていたので、そちらには制裁を加えておいたが。
サマードリームトロフィーの後、日本でやることを済ませたアナグラワンワンは再びイギリスへ向かう。
手にしたスーツケースには対ムーンカフェの秘密兵器。日本で作ってもらっていた真新しい勝負服だ。
出発地も目的地も同じだが、ムーンカフェとは飛行機をずらした。仮に同じ便に乗り合わせたら、あまりの緊張感に体調を崩す乗客が出たかも知れない。
『敗けない──』
サキでさえ声をかけるのが躊躇われるほど、戦意は細く細く尖ってゆく。
殺すためでも生きるためでもない、ただ勝つことだけを目的とした戦い。それは一見人道的なようで、見方によっては酷く野蛮な営みでもある。必要も無いのに、勝たないと死ぬなんて選手はいないのに、それでも削り合い・潰し合い・喰らい合うのだから。
『──勝ちたい』
ただそれだけ。
野蛮ではあっても純粋で。
高尚ではなくても洗練され。
言葉では足りない原初の飢え。
キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークスの出走まで、およそ40時間。
こんな引きですが、次話は大人視点のお話を挟みます。
K&Qはその次から。