最終進化のK&Q(1/2)
専用の勝負服とは、それを持てる時点で競走ウマ娘の上澄みにある証だ。一般的にはGⅠへの初挑戦を機に作るものだから。
以後は細かな調整を加える程度であって(テセウスゴルドの色変えは目立つがこれに含まれる)、追加でもう1着となると本当に限られたウマ娘だけの特権。
年度代表に選ばれたことでその権利を得たグラだが、しばらくは作らずにいた。
……自分だけの勝負服というものに憧れてトレセンに来ながら、夢を諦める者も多く居るのだ。特別な憧れを持っていない自分が2着目を作ることにはどこか後ろめたさを感じたらしい。
にも関わらずこの夏になって作った理由は単純。
勝つために必要だからである。
つまりきっかけは春の天皇賞。今やムーンカフェの〈新月〉は極めて脅威度が高い。あの敗戦を覆すためにヴィクトリアマイルやゴールドカップでは自らを縛り、同時期に新しい勝負服を作ってもらっていた。
ジュニアの末に仕立てた最初の勝負服は、ほとんどアナの現役時代と同じものである──そうと知るのはアナとグラだけだが。
ぱっと連想されるのは『軍隊』だろう。それも制服ではなく戦闘服の方。
トップスこそノースリーブで肩と二の腕が出ていたが、真夏以外はケープを羽織っていたので肌の露出は最小限。ボトムスは足元まであるカーゴパンツ。
真っ黒な安全靴以外は斑なカーキ色で、これは『ターフにもダートにも紛れやすいかも』という洒落っ気の欠片も無い選択だった。いわゆる迷彩柄ではなかったものの意図としてはそれに近く、総じて実用一辺倒である。
胸元と背中を飾る銀色はフェンリルの紋章で、その刺繍は『月を喰らう狼』という恐ろしげなモチーフ。右手首の腕輪も太く大きく、華やかな印象は薄い。
柔らかさよりは硬さを。
親しみよりは近寄り難さを。
暖かさよりは冷たさを。
友愛よりは闘争を。
見る者にそういうイメージを抱かせる衣装だった。
アスコットのパドックに現れた新衣装のアナグラワンワンも、可愛らしさや可憐さとは縁遠いと言えるだろう。
やはりどことなく軍隊を連想させる。戦闘服よりも制服や儀礼服に近づきはしたが。
基調色は黒。自らの髪に似て鋼のような。
挿し色は曖昧な光沢を放ち、光の加減によって
下半身は細身のスラックスと革靴でシンプルにまとめた。
対してジャケットは綺羅びやかだ。右の胸元に飾られた多数のメダルは、良く見れば桜や菊の花、様々な杯、ペガサスの翼などを図案化したもの。自らの戦績を誇っているようだ。
左半身は大きな
『──パドックの模様お伝えしました。さて本バ場入場の時間です──』
新しいアナグラワンワンの姿を目の当たりにして、マルディンウィルトは──、
『走る前からこんなにヒリヒリするのは初めてだ、堪らないなァ!』
──甘美な武者震いを味わっている。
彼女からすると『
理屈ではなく直感で察する。あの勝負服は強力な
興奮して走り過ぎそうになるので、早々に待機所に招かれて休まされているのはご愛嬌。気合いのノリは最高潮だ。
一方で、注意深く観察するのはムーンカフェ。
『何か隠してるのは確定、と』
グラのことだから何らかの仕掛けがあるとは思うものの、内容までは流石に分からない。
隠しているのは明らかだから訊ねたりはしないが……分からないなら分からないで、それがどうしたという話。
『今回も驚かされることになりそうね……構わない。私は迎え撃つだけよ、何を仕掛けて来ようと』
レース中にどんな異常が起こっても正面から上回る。
そんな脳筋じみた戦い方がUMA娘から“王道”と称されていることを本人は知らない。彼女はグラのやり方を“邪道”だと思っていないのだ。
菊花賞での
その上でライバルの打ち手を予想する。ムーンカフェが考えた幾つかの候補はどれも“正道”の範疇だった──つまりルール違反などをするとは考えていない──が、具体的には搦め手に近いものばかり。グラならばどれも“邪道”に分類するだろう。
だから彼女は驚くことになる。
今回のグラは、“邪道”に頼るつもりが無い。小細工抜きで勝つつもりなのだ。王道ド真ん中を駆け抜けるように。
『──皆さんお待たせ致しました。キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークス、ゲートインが始まります──』
3週間前に走ったエクリプスステークスの最中、ウィルはこんなことを言っていた。
『ふ、ふは! 前は分からなかったがなるほど! キミは兵器で疾走っているわけだ! ハハハ!
参考にしよう。次はこうはいかない』
こちらが【ブラッドアーツ】を見せたタイミングでのことだ。その嗅覚は間違いなく鋭い──意味不明なレベルに。なんでそんなこと分かるんだ。
いや、そこはひとまず脇におこう。問題は、ウィルが私の走りを
あっちも何らかの武器を纏ってくるとか? その可能性も考えたし、シンプルな回答はウィルらしくもある。
でも違う。ウマ娘のウィルはまだしもウマソウルのマルディン・ウィルトは、そんな器用なタイプじゃないと思う。衣服すら嫌うぐらいだもん、文明との相性はきっと最悪レベルなんでしょ。
失礼かもだけど、知己の中で近いのはニュクスさんだろう。改めてギリシャ神話を学んでみたら、あちらの神々はヒトの都合をことごとく無視するっていうか……日本も大概だけどさ。
ともかくそんなタイプだから、きっと 極端から極端に振ってくる 自分の得意を突き詰める方向だろうと考えて──正解だった。
スタート直後に
領域具現──
『なんか……遠い? 違いますね、濃くて狭い』
《そのようだな。範囲を狭めて効果を高めたか》
私の枠は大外で、それでも強引に先頭を取るつもりだった。
ウィルを含む4人ほどがこの狙いとかち合い、同時に野性を掘り起こされる──ほとんど強制的に。
彼女が選んだ獣の武器、それは群れること。集団の勢いがぐんと増して、イン寄り先頭を確保したい私を阻む。
「ちょ、ねえウィル!? それ大丈夫なの!?」
「私は何も
そ、そう? ウィルも焦ってない? さてはぶっつけ本番だなこれ、危なっかしい。合理的で野性的なことだけは認めるけども。
ここでそれは不味いでしょうよ。
このレースはスタートから800mほど直線が続き、その間に22mも下る。坂の底が最初のコーナーで、抜けたら直ぐ登りに転じるため脚への負担はとても大きい──ムンちゃんが中団よりやや後ろに控えてるぐらいだ。
この直線で強引な逃げなんて選べるのは私に回復弾があるからで、そうでなきゃこんなのは自滅みたいなもの。ウィルに引き出された走りが多少は効率や耐久度を高めてるとしても……やっぱりちょっと危ないな。
『前に出て“閉じ”ます』
《了解》
予定外だけど臨機応変ってことで、喰核を切り替えて強引に先頭を奪った。そこから〈世界を閉ざす者〉の力で〈敗残〉を封じにかかる。
「ッチィ……!」
「舌打ちひとつで耐えないで欲しいんだけど」
封じ──きれてないなぁ。“領域”自体はまだ生きてる。
『なんなんでしょうあのしぶとさ?』
《マルディン・ウィルトという人物はこの世界の歴史に刻まれてるからじゃないか?》
『あ。あー、そうなりますか……』
ロスが回復弾もどきを使えるのと同じ理屈。ここはイギリスだしお客さんはみんなその人物を知ってるんだもんね。
一応ウィル以外への影響はキャンセルできたから、それで良しとしとこう。
〈ゼノ〉を纏ってる今、“領域”込みでもウィルに抜かれるつもりは無い。
最初の直線が終わり、スウィンリー・ボトムと呼ばれるコース最低点へ。
右に曲がると同時に傾斜が上りに転じ、ウィルが苦しげに呻く。
「そ、んなペースで最後まで、行くつもりか……!」
「あや、バレちゃった」
集中力が尖りきってる今、実況の声は聴こえてこない。でもきっと『かかってしまっているかも』とか言われてるんだろうな。
間違いなくオーバーペースに見えるはずだ。最初からそのつもりで走ってる。
色々と考えて定めた私なりの王道は、大逃げ。
先頭を取ったらそのまま最後まで逃げ切る。人によっては『面白みが無い』とか感じることを承知で。非常識で傍若無人な、揺るぎない強者のあり方だ。
そういう王道を征けることを、これからの走りで証明してみせよう。
「キミこそ脚を壊すんじゃないのか!?」
流石のウィルも少し遅れ始めた。無理も無い。
ゴールドカップ4000mに比べたらマシとはいえ、今回の2400mだってこの高低差は楽じゃないもの。
私みたいに回復弾バカスカ撃ってるか、もしくは──生粋のステイヤーでもない限り。
「心配要らないよ。そもそも人の心配してる場合?」
「──ッ!!」
ウィルもプレッシャーに気づいたようだ。最後方にいたムンちゃんが位置を上げ始めている。だけど私は慌てない。
傾斜が細かな変化を続けるこの直線は得意分野だからね。喰核を〈ルフス〉に戻して【ブラッドアーツ】を温存したままでも距離は保てる。
2番手のウィルまでは2バ身半。
8番手あたりにいるムンちゃんまでは8バ身ほど。
もうすぐでラスト1000mに差し掛かる。残りは直線が少し、コーナーが1つ、ホームストレッチ500mだけだ。
最後の勝負どころはコーナーか、それともその前後になるか。
ねぇムンちゃん、ちょっと半端なタイミングで進出を始めたのは私との距離が開き過ぎたからなのかな。
そうだと良いけど、違っても構わない。この先のどこで仕掛けてくるかも、きっと私の予想は当たらないし。
どこでも一緒だ。抜かせるもんか。
〈
アナさんも渡さない。〈新月〉が〈極点〉に変わることは無いと思ってもらおう。
その上で、
スピードも窮めてみせる。
驚いてくれると思うよ。だけど驚かなくたって良いんだ。そんな反応に期待するのは邪道だから。
ムンちゃんが全く冷静なままで最善を尽くしたとして、その上を行きたい。必要なことは備えて来たつもり。
凹んで戦意喪失とかありえないでしょう? だから遠慮なく狩らせてもらう。
神機使いに持ちうる、全ての力と可能性を以て。