アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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最終進化のK&Q(2/2)

 

 アスコットに集まった観客たちにとっては悪夢のような光景だった。

 

『──とうとう最終コーナー、先頭は依然アナグラワンワン! リードは大きいぞ、ここから追いつけるウマ娘はいるんでしょうか!?』

 

 無謀としか思えない初速で駆け出したUMA娘なのに、その後まるでダレる気配が無い。それどころかオールドマイル(スウィンリー・ボトムから最終コーナーまでの直線)で2番手マルディンウィルトとの差を拡げた。

 

 1000mの通過タイムは57.5秒ほどで、最初が下りだったことを加味してもコースレコードを更新しうるハイペースだ。

 ちなみにそのレコードはドイツのウマ娘*によるものだったりする。それを破るのは今度こそ英国ウマ娘だと信じていたのに、レコードタイムまで日本に? 昨年の1着ムーンカフェに続き、今年も同じ国に苦杯を舐めさせられるのか?

 

 それを阻めそうな位置にいるのは唯一"詩人"のみ。

 これまでは負けを悟ると諦めるような不真面目さが伺えた問題児だが、今は歯を食いしばって前を追っている。

 ここに至ってその名を疎んじるような観客はいない。がんばれ、がんばれ、勝ってくれ。声が渇れようとその名を叫ぶ。

 

『残り600m、後続から動いたのは──我らがマルディンウィルト、更に昨年の勝者ムーンカフェ!』

 

 



 

 

 コースの高低差を考えれば、まずは後方から走り始めた慎重さを誤りとは思わない。

 だけど最初のコーナー辺りでそれどころじゃないと確信した。

 

 あっちは喰核(コア)を纏ったまま回復弾を使えるようになったみたいだから、これまで以上に手強いことは分かってたけど……それだけじゃない。他にも何か(﹅﹅)してる。

 私は前回の勝者。このK&Qもそうだし、グラにも天皇賞で勝った。だからってそんなの全然関係ない。受けて立つような態度は慢心だ。大胆に、不確かに、ギリギリのタイミングを見切れ。

 

 仕掛けどころはコーナーの途中。残り600mのここからだ。

 

 

 領域具現──神域は新月にて(フライ・ミス・トゥ・ザ・ムーン)

 

 

 一気に順位を上げながら……あぁ、集中力が極まってきた。時間がぬるりと間延びして。

 グラより近い位置、2番手にいたマルディンが〈新月〉に触れる。彼女だけを包んでいた小規模な“領域”があっさりと弾ける。

 違和感。

 

『──おかしい』

 

 これまでならあの荒々しい野性は〈新月〉に耐えた。完全に解除できたのはグラの喰核とで挟んだ時だけだ。

 先頭を行くグラは減速していないのに。今も間違いなく赤い(ルフ)()の力を纏っているのに! もう〈新月〉の効果範囲は届いたのに、アナさんがこちらに来る気配も無い!

 

『ってことは──』

 

 どうして、なんて回り道はしない。結論と対処への最短を思考する。

 

「──二重喰核(デュアルコア)……!」

気付くの早いよ!?

 

 驚きつつも嬉しそうな反応。コーナーの出口にいるグラを見やれば、真後ろからでは見えにくかった左腕が垣間見えた。

 黒い肩套(ペリース)に隠されていたのは──()だ。あのバ鹿。右手に着けてるのと同じ、これまではしていなかった、もう1つの()()ふざけてる。

 

 〈新月〉を閉じた。それどころじゃあない。

 脚を、足首も、指先まで、余すところなく。股関節は支点、大腰筋はバネ、両肩とその先は力点。いつかのドゥームのように、それ以上に、魂も使って身体を燃やせ。肺と心臓だけじゃまるで足りない。酸素持って来い!

 

 決して速くない〈ラケル〉とオールラウンドに強い〈ルフス〉を併用できてしまうとして(私の勝ち筋は一気に怪しくなる、なんて弱気は蹴り飛ばす)じゃあ残る弱点はなんだ。

 グラ自身の身体能力。そしてアナさんの【ブラッドアーツ】には限りがあること。今は額に槍が生えていない、温存している──つまり、今の内に抜くしかない。

 

 コーナーを抜けて残り500、差は5バ身。まだまだ。

 残り400、差は4バ身。これじゃ足りない。

 残り300、差は3バ身。マズい、上りが終わる。

 残り200、ついに平地を迎えて。

 

 赤い竜の額に、悍ましい槍が生えた。

 

「あぁ……」

 

 マルディンが呟きを零し、緊張の糸が僅かに緩む。

 以前の彼女ならもっと早い段階で投げ出していたでしょう。でも今日はここまで私と並んでグラを追っていた。それもここまでらしい。

 弱い、とは思えなかった。無理も無いと納得しそうになった──いいえ。私は諦めない。

 

 【ブラッドアーツ】の赫雷が弾けても。アルヘイボゥさんから受け継いだという“()()”が逆巻いても。

 捕まえるはずだったグラの背中が、逆に遠のいていこうとも。

 

 

『新生した、進化してしまった"黒金剛"アナグラワンワン! 2着に4バ身ほどの差をつけて堂々たる勝利──公式タイム未確定ながら、レースレコードの更新は確実と見られます!!』

 

『3着マルディンウィルトも素晴らしいタイムです、が。この時計で3着ですか……!』

 

 

 あぁ、あぁ。なんてことだろう。

 完敗、だ。

 健闘を称え合うなんてできそうにない。必死に強がってなお、涙を堪えるので精一杯。

 どうしよう。どうしたらいい? 今の私じゃ勝てない。100回やって100回敗ける、そういう力を見せつけられた。

 

 お姉様。真壁さん。この際タキオンさんでもいい。

 ──助けて。

 

 



 

 

アナグラワンワン

> 412

ムーンカフェ

> 34

マルディンウィルト

 

 

 アナグラワンワンの支持率も低くはなかった(例年の海外勢と比べればかなり高かった)から予想外とは言えないまでも、これほどの着差がつくと考えていた者はいないだろう。

 1バ身差でも『きっちり勝った』などと言われる世界。3バ身も離れれば『格の違い』とさえ囁かれることがある。

 仮にムーンカフェやマルディンウィルトが不調だったならともかく、今回の2人はむしろ好調だった(日常的な範囲の波なら【喚起】で最高潮に高まるので)。どちらも昨年のK&Qよりタイムを縮めて、その結果がこれだ。

 

 

 ムーンカフェが二重喰核(デュアルコア)と称したアラガミの並行(﹅﹅)再現には、もちろん新しい衣装が関わっている。

 ただし本当に必要なのは左手の腕輪だけ。アナの生前には実用化されていなかった次世代型神機(ゴッド)使い(イーター)は、両腕に腕輪を嵌めることで異なる神機を扱えるようになると──なったらいいなぁと──ラケルの知識にあった。

 双剣と思しき未知の武器を設計した記憶も。

 

 夢の中でスサノオなどと戦った訓練でも、グラは腕輪を2つ嵌めて左右の手に異なる刀身を持っていた。あそこなら服や装備は思いのまま。その成功体験を現実に引っ張り出すための新衣装と言える。

 

 真偽は確かめようもないが、恐らくアナの死後にそういう使われ方をしたのだとグラは考えている。

 アラガミがいた世界における〈アナグラ11〉は武名轟く英雄で、一種の象徴だ。その遺物たる(ショート)(ブレード)が、新たな災厄を期に引っ張り出されることもあるだろう。きちんとした双剣が造られるまでの間に合わせか何かで、同じく使われていなかった小剣と(ペア)にされたとか。

 

 未来の誰かが、左右に別々の神機を手にし片手で振るっていたのなら。そのことが広く知られ語られたなら。

 逸話には2つの(プレデター)が備わっている──グラはそれぞれで別の喰核を再現した。

 アナは《こじつけにも程がある》と溜め息を吐いたものの、実際にできたものは仕方がない。

 

 

 実は〈閉ざす者(ラケル)〉を纏ったのはゲートインの頃である。左腕にこっそりと再現していた。先に〈新月〉を喰らっては堪らないので。

 だから最初の直線で〈敗残〉が危うい形で使われた際、その場ですぐ“閉ざす”こともできたのだ。わざわざ集団の前に出てからそうしたのは、〈ルフス〉なり〈ゼノ〉なりを纏ったままそれをするところをムーンカフェに見せたくなかったから。

 

 欲を言えば、今回のレースではまだ“なにがなんだか分からない”と思わせておきたかった。以前に指摘された通り隠しごとはド下手なため、あっさり露見してしまったが。

 正面や真後ろからでは覆われていた左腕も、右カーブ中の後ろからでは腕輪が見えてしまったようだ。

 

 もっともグラにとって、バレることは大した問題ではない。うまく隠してもムーンカフェならば──()()具現(げつ)()()転象(げつ)を両立したことのある彼女なら──察しただろうし、他のライバルにもいずれは知られると覚悟していた。

 そもそも『2つの喰核を並行再現できる』事実は、分かっていても対策が極めて難しいわけで。

 

 

 王道を独走しうる力。

 シンプルに速く、デバフ系“領域”は届かず、膨大なスタミナと回復弾を有し、芝の違いも重バ場も準備期間さえあれば対応する。坂やカーブは弱点どころか得意な方で、かといって直線は槍の独壇場。

 ……客観的に言って、今のアナグラワンワンに勝ちたければ不整(トレイ)地走(ルラン)を挑むのが最も賢い。それならまだ勝ち目がある──平地での勝利は現実的とは言い難い。

 

 仮に、ジュニア期やトレセン入学前の子供がこれらの力だけを与えられたとして、恐らく全力を振るうことは躊躇うだろう。

 周りに疎まれることやレースを壊すこと、孤独と疎外とを恐れて。

 

 しかしグラは躊躇わない。

 手抜きが嫌いだからでもあるがそれだけではなく、この程度(﹅﹅)でそんな扱いは受けないと信じているからだ。UMA娘は自分だけではないし、UMA娘と知りながら挑んでくる友人もいる。油断などしようものなら待ってましたとひっくり返され、それを許せば高笑いで煽ってくるのだ、特にドゥームデューキス辺りは。

 

 ウマ娘はそんなに弱くない。グラはそれを前提に勝利者インタビューの言葉を選んだ。

 元々が愉しくて走っている身、アナを楽しませることも考えれば、より盛り上がるようにするのみ。

 

 

『──これまで以上に強さを示した戦いでしたね。今後について何かあれば一言お願いします』

 

「今は成長できたことの興奮もあって、もう誰にも負けないみたいな気持ちです。これからもドイツ・アイルランド・フランス・日本と大きなレースを狙いますが、それらを全部勝ったらもう、堂々と世界最強って名乗れるんじゃないでしょうか」

 

 挑発的なのはわざとである。そうしたいと願い、サキに添削も頼んだ。

 

「逆に言えば──今後の私に勝てるなら、それは世界トップクラスのウマ娘であることの証明です。ご希望の方は今年(﹅﹅)中に(﹅﹅)奪りに来てくださいね」

 

 この部分、添削前は『私の首が欲しければ』などとなっていたのでとても危うかった。いずれにせよ挑発としての効果は大したものだが。

 

 “最初の3年間”という習慣は長年のファンであればなんとなく漏れ聞く公然の秘密なので、事実上の引退予告をも意味するこの発言もさほど驚きは呼ばない。とはいえ3年での引退(を(ほの)めかしたこと)は言うなれば"皇帝"級の扱いなわけで……まぁ事実を正しく認識すればその通りであり、『コイツついに開き直りやがった』ぐらいの話。

 また、言葉としては“今後の私に勝てるなら”であっても裏返せば『私に勝たずに最強とか名乗れないでしょ?』と取れてしまう。というかトリウムフォーゲンは間違いなくそう解釈する。

 日本にいるライバルたちも──今年しか競う機会の無さそうな後輩たちも。期限を切られて黙っていられるような性格ならこの異端児と付き合ってはいられない。

 

 そしてもちろん、地下の控え室でこれを聴く最大のライバルも。

 丸くなり震えていた背中に芯が(とお)り、垂れていた頭は地上を睨む。折れている暇など無い。見過ごせるわけも無い。

 

 奪うとしたら、それは私だ。

 

 その視線はウイナーズサークルのグラにも確かに感じられた。強烈な寒気として。

 

 

「ッ────!?!」

 

『? どうかされましたか?』

 

「いえ、その。ムンちゃん以外に敗けたらヒドい目に遭いそうだと……私だってそんなつもりありませんけどね」

 

 

 目覚ましい進化を遂げたアナグラワンワン、トゥインクルシリーズでの予定レースは残り9戦。

 彼女の連勝を止めることは、世界中の強豪ウマ娘たちが目指すべき目標となった。それはまるで高額賞金首のような扱い。狙われ挑まれるラスボス的ポジションこそ、本人の望むところなのだ。

 

*
現実では2013年、ドイツのノヴェリストが2分24秒60を記録している。





※グラが平常心であれば、インタビューのように公的な発言では『ムーンカフェさん』などと呼びます。ラストの『ムンちゃん』は動揺のあらわれです。
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