アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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最後の夏も直線ダッシュ

 

 サキさんがとんでもないことを言い出したのでそっちに意識が向いてたけど、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークスが行われる7月末は思い出深いあのレースの時期でもある。

 新潟1000m直線(センチョク)、アイビスサマーダッシュだ。

 

 今年も出るってのは流石に無理があったけど、サキさんと一緒に録画映像を観ることになった。

 

『これは激闘となりました、ベテランシニア勢とクラシック級がもつれるように入線!』

『先頭から1バ身以内に何人ゴールしたでしょうか、手元の映像からは……ゲージスプレイ有利とお伝えいたします』

 

 今回、特に注目していた相手は……3着か。

 

ゲージスプレイ*

> クビ

ベアリングシャフト

> ハナ

コンバスチャンバー

 

 品行方正で社交的。それこそ常識的って言葉が似合いそうなイメージだったのに、安田記念では自爆じみたことを目論んでいた過激なバスちゃん。

 ナーからは『できる範囲で気にかけとけ』みたいに言われている。そこはもちろんだ、私にとっても大切な後輩だから。

 

 とはいえ、あっちは挑みかかってくるつもり。戦力評価はシビアにしなきゃ義理を欠く。

 

「映像からなので推測ですけど、“領域”は使っていません。多分これまで1度も」

「そう。今のところライバルにはなり得ないと見ていいかしら」

「今のところは、そうですね」

 

 バスちゃんが私を相手に大物(ジャイアン)喰い(トキリング)を達成したいならマイルチャンピオンシップしか無い。あれは11月半ばだから後3ヶ月半。

 とすると、それまでに経験する実戦は。

 

「11月までに、あと1〜2戦してくるでしょうか」

「ありがちなローテの例としては、8月は合宿に専念して9月末にスプリンターズステークス。その次で決戦かしらね」

「…………」

 

 う、うん。そのぐらいかなとは思いつつ、サキさんが語る常識に一瞬だけ疑いを覚えてしまった。流石に考えすぎなので投げ捨てる。

 

「どのくらい伸びてきますかね」

「クラシックだし、あの子たちは実績を備えた血筋よ。夏の成長は大きいでしょう。

 スプリンターズSを観るまではっきりしたことは言えないけど、ワンは……あなたのこの夏の成長幅は、恐らくそれより小さい」

 

 言いにくそうにしつつ、それでもはっきり言ってくれることが嬉しい。改めて信頼を深くしながら頷き返した。

 

「はい。こっちの抽斗(ひきだし)はもうフルオープンですから、ちまちまと基礎能力を鍛えます。劇的に変わることは無いかと」

「ふふ。ワンが楽しそうで良かったわ」

 

 先行きの明るい内容じゃないはずなのにねぇ。激戦になるほど愉しくなっちゃう私をこんな風に支えてくれる、これが幸せじゃなくて何だと言うのか。

 

 

 そんなわけで夏合宿。

 

 ちなみにアリー先輩は次走を8月半ばの札幌記念(GⅡ・2000m)と決めているらしい。先輩のシニア2年目はここまで3戦0勝(東京新聞杯2着、大阪杯3着、安田記念2着)。そろそろ勝ちを掴むことも大切だ。

 私が言うのも妙な話だけどね。大阪杯と安田記念は私が獲った*んだし。

 

「先輩はもうマイルをやめて2000m辺りに専念するんですか?」

「……ワンちゃん、それは『(20)(00)マイル(1600)CSのどっちに出るか』ってこと?」

「えっ」

 

 そ、そんなこと一言も言ってないのに。私そんなに分かりやすいのかな。

 

「まぁそれも考えてましたけど。妹さんからの挑戦状はどうするのかなと」

「私は勝ち逃げしたいんだよねー」

 

 安田記念では先輩が2着でホウカンボクは3着だった。あれで勝ちってことにしてマイルを切り上げる選択もありえるだろう。

 でもアリー先輩、2000ぐらいまで走れるようになったってだけで一番の得意距離は今も1600っぽい。

 

「私も決めかねてるってのが本音かなー。来年こそ安田記念取りたいから、センロクのレース感覚も手放したくないし」

「おぉー。そしたら安田記念の勝者は4年連続でサキさんってことに!」

「そうそう! それ良いなって思っててー……でも他はふわふわなんだよね、特定のレースにこだわりとか、安田記念くらいしか無いの」

 

 アリー先輩にとって憧れのウマ娘はボゥ先輩だ。

 だから安田記念へのモチベーションは高くて、距離的にも得意なんだけど、好ましいかというと違うらしい。というかホウカンボクと走ることに嫌な思い出が多いのだとか。

 

 とはいえ私が1年生の頃と比べたら、ぎゃいぎゃい口喧嘩(?)する回数が増えた分だけ姉妹の仲は良くなってるようにも見えるんだけど。

 

「ま、ボクを避けるためのレース選びっていうのもムカつくし。サキさんと一緒に『勝率の高いとこ』選んでいくつもりー」

「……なるほど」

「そぉんな残念そうにしないでよ。これでも不甲斐ないとは思ってるんだから」

 

 そういう基準なら、先輩は秋天にもマイルCSにも出ない公算が高い──今年の間は。私がいるから。

 残念でもあるし申し訳なくも思う。でも……先輩の選択だ。

 

「ワガママは言いませんよ。私だってシニアですから」

「トゥインクル3年目はまだワガママ言っていいんだよー? ワンちゃんが私と走りたいなら、ある程度スケジュール調整して応じてあげるぐらいが『優しく模範的な4年目以降』なんだから」

「え、そんなにですか」

「義務ではないけど。できるだけしてあげましょうね〜みたいな?」

 

 結構重いんだな“最初の3年間”。ボゥ先輩も『大抵のワガママが許される』みたいな言い方してたけど、それは上の世代が気遣ってくれるおかげで成り立つことなんだ。

 …………だけどさ、それでいくと。

 

「あの、ホウカンボクからの挑戦は」

「もちろん実妹は対象外」

 

 迷いなく断言されてしまった。やっぱり仲良くなんかなってないのかも。

 

 


 

 

『それにしても私の身体、ほんっとーに微々たる成長しかしてくれませんね』

《ゼロやマイナスではないが……10代半ばとしては停滞感が否めないか。とはいえ喰核(コア)の並行運用は莫大なアドバンテージだぞ》

『そこは自覚してます。ただ、後ろからの足音は迫ってきてるんだろうなって』

《あぁ。そういう意味でもグラは逃げ切りを狙ってるわけだ》

『うぐ、嫌な言い方を……でもその通りです、トゥインクルに居残れば差はじわじわと詰まるでしょう。だから今年を狩り尽くします』

《安心しろ、私も楽しんでいる。この上なくな》

 

 


 

 

 8月第2週。フランス北部、英仏海峡に面したリゾート地であるドーヴィルのレース場で行われるジャック・ル・マロワ賞の当日。

 パドックを見渡す。……どれだけ探してもトリィさんの姿は無い。あれー?

 

 このレースは1600mだからトリィさんに有利な戦場とは言えない。

 でもあの人、1200mのレースでも勝ってるし……何より今年の出走数がかなり少ない。まだ2戦しかしていないのだ(3月の高松宮記念2着、6月のクイーンエリザベス2世ジュビリーステークス1着。どちらも1200mとスプリンターみたいなことしてる)。

 こちらとしてはもっとガンガンぶつけてくると予想してたんだよね。例えば6月のサンクルー大賞(2400m)とか。それが蓋を開けてみれば、高松宮記念を最後に顔も見ていない。

 

 まぁ心配は無用だ。

 相変わらずまめに連絡をとっているロスも元気だから、怪我や病気とかも無いだろうし……トリィさんが逃げるとか折れるとか、ムンちゃん並みにありえない。凱旋門賞で勝つために最善を尽くしているに決まってる。

 〈エトワール凱旋式〉は展開位置が観客席だから〈閉ざす者〉でもキャンセルできない可能性があって、あの“領域”は【ブラッドアーツ】を封じてしまう。今も警戒度の高い強敵だ。

 

 対戦が続くようだと身体にもソウルにも負担がかかりそうでハラハラ・ワクワクしてたけど、何度もぶつかるよりは大一番でガツンとかます方針を選んだらしい。

 もちろん大歓迎──いや、本音としては凱旋門前にもうちょっと情報が欲しいかな。練習の映像をSNSにあげるようなことも全くしていない。

 トーヴェさんなら情報統制くらいするか。こっちは丸裸みたいなもんなのに、実に心地快い警戒だ。

 

 そうそう、トーヴェさんと言えば──、

 

 

 

 トリィさんのトレーナーである彼女と、(のち)に知り合ったミネイとの間にはどこか共通するものが感じられた。顔は別に似てないけど、奔放で行動的なウマ娘を制御するやり方がそっくり。だから昔から近しく育ってきたのかなーと。

 これは私だけでなくサキさんも似たような印象を抱いたらしい──まぁ誤解だったんだけど。

 

『血の繋がりはありませんし、直接話したこともそれほどありませんね』

『あれ、そうなんだ』

『そもそも当家において、彼女は割と新顔です』

『あー、平地の指導をできる人がいなかったのかな。それで外からスカウトしたとか?』

『はい』

 

 ロスたちのご実家は繋競走の家だ。というかスウェーデンでの平地競走はかなりマイナー競技っぽい。だからトリィさんのトレーナーを身内から出すことはできなくて、新しくトーヴェさんを雇ったと。

 

『レフィ様──トリウムフォーゲン様の扱い(﹅﹅)()を教育したのが私の母ですので、トーヴェは言わば私の妹弟子です。似ているとしたらそれが理由でしょう』

『……“扱い方”……』

 

 

 

──みたいに言ってたっけ。

 

 正直言って会うのが怖くなったよ、ミネイのお母さん。

 トリィさん、トレセンに来た時は年下のミネイに軽くあしらわれるような感じ*だった。ああいう接し方を教えた人がトーヴェさんのことも鍛えたっていうのは納得いく類似だけど……その人の視点だと私って『姫様を誑かしたUMA娘』なんだろうし。

 ウィルほどの拒絶感は無いけど、『格式ある家に見合った振る舞い』とか求められたら私も自信ゼロだし。

 

 全く、8月後半のスウェーデン訪問はどうなることやら。

 

 

《グラ? 考え事か?》

『っと、失礼しました。もうゲートインですね』

《別に謝ることはない》

 

 おっと、よそ事を考えすぎていた。

 右の腕輪に触れて集中力を研ぎ直す。今は目の前のジャック・ル・マロワ賞だ。

 率直に言うならこのコースで敗ける気は全くしないけれど、そんな油断は失礼だし嫌いだから。

 

 最初から最後まで先頭だ。

 駆け引きは要らない。小細工も要らない。

 だってここは、ある意味で懐かしのサマーダッシュ。

 

《良い景色だな……今回は余裕だろう》

『油断を咎めたりしないんです?』

《このコースで、この戦力差で敗けたら大笑いしてやろう》

 

 ああ、全くだ。本当に良い景色だし、敗けたら笑われても仕方ない。

 ドーヴィルレース場には周回トラックもあるけれど、ジャック・ル・マロワで使うのは直線だけ。おまけに1600mの最初から最後まで平坦ときた。これはもう〈ゼノ〉と突撃(チャージス)(ピア)の独壇場とさえ言えるだろう。

 

『……じゃあ、頑張って大差勝ちを目指しましょう』

 

 

 喰核再現(プレデイテッド・コア)

  ルフス・カリギュラ

  カリギュラ・ゼノ

 

 

 

 

 大差勝ちしました。

 

*
グラと同期の専業スプリンター。高松宮記念3着。

*
東京新聞杯(GⅢ)の1着はホウカンボク。

*
106話『Q:トロゥスポットの未来はどっち』

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