アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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極北の情報戦(2/2)

 

 8月下旬、ロスのご実家にやってきた。

 家というかお屋敷というか、総面積は『東京レース場●個分』とか数えるぐらいにはありそう。広いのは分かるけど広いことしか伝わらない例のアレだ。

 

 理事長先生の私設練習場が可愛く思えるレベルのぶっ飛んだ規模で、庶民に過ぎない私とサキさんは大いに腰が引けたけれど……それは最初だけ。決めなきゃいけないことが色々あったし。

 

 あちらとしてはロス以外の親族にも乗って欲しいとか、一族のライバルには乗ってほしくないとか。まぁ囲い込みだよね。

 こっちとしてはドリームトロフィーリーグを邪魔しないで欲しいとか。

 その辺は大体円満にまとまった、と思う。

 

(サキさんが繋のノウハウを教わる件については、家としての命令だけじゃ動かないからトレーナーそれぞれを実力で納得させろみたいな話になった。もちろんサキさんなら突破してくれるはず)

 

 

 それらとは別に──、

 

『うーん…………』

《ずいぶん悩んでいるな?》

『だって、筋違いじゃないですか』

 

──伝えずにいる要望が、1つある。

 

 トリィさんの情報が欲しい。最近どこで何をしているのか。

 だけどこれを持ち出すのは良くない気がして……だってロスから頼まれた乗り手の件とはなーんにも関係無い。

 

 それを承知していながら、なおも気になる理由は2つ。

 1つはトリィさんへの警戒。シンプルに手強い相手だから。

 もう1つはチャンスだから。ここにはきっと手がかりがある。手がかりというか答えかも? そういう怪しさがぷんぷん匂っている。

 

 

 例えば冬に産まれたばかりの妹ちゃんだ。

 ベビーベッドには大きなぬいぐるみやおもちゃなどが所狭しと並んでいて、というかベッドの外にまで溢れるほどで、その有り様にロスもご両親も呆れたような苦笑を浮かべていた──つまり、この家のいつもの光景ではないのだろう。

 あの反応、トリィさんからの贈り物だと思うんだよね。妹のことが大好きなお姉ちゃんだし、顔を見に足繁く里帰りしていても不思議じゃない。

 

 もっと言えば、私とサキさんが滞在している今この時、トリィさんも来ている可能性は充分にある。一番大きな母屋だけでも待ち合わせしなきゃ会えない広さだもの。複数ある離れも含めたら──それと家の人たちの協力があれば──鉢合わせを避けるなんて簡単だ。

 

 

 もうひとつ怪しいのは、2日目に敷地内で見かけた工事現場らしきもの。高いフェンスと布で囲まれて中が見えなくなっていた。

 この時はロスでもミネイでもないヒトミミのメイドさんが案内についてくれてたんだけど──、

 

なにか工事中ですか

はい、恐れ入りますがあちらには近付かれませんようお願い致します

分かりました。…………

 

──抱いたのはちょっとした疑問。近付こうとか怪しいとかは思っていなくて、ただ半端なサイズに感じられた。

 日本でいうと二階建ての戸建て住宅ぐらいだろうか。幾らなんでも物置きとしては大きいし、かといって人が住まう類にしては小さ過ぎる──このお屋敷基準だとね。他の“離れ”はひとつひとつが豪邸サイズだから。

 

 中には何があるんだろう、と。

 気になりつつ訊ねはしなかった。しなかったのに。

 

古いオラトリーの補修中でして

オラトリー……礼拝堂ですか。へえ

ええ。そしてここから東に見えますのが──

 

 案内してくれた人は、そのフェンスから意識を逸らそうとした、ような気が。

 

『え、今なんか誤魔化されましたよね?』

《そのようだな。もっとも、グラに関係のある秘密とは限らないが》

『む。それはそう──』

 

 アナさんの言うことも一理ある。だけどどうしても引っかかるのだ。

 

『──いえ、でもここって……』

 

 ここの敷地内にはウマ娘が思い切り走れる場所が幾つもあって、それらを見せてもらっている途中だった。

 工事中らしきフェンスを見かけた練習場は、この時は無人。単純に工事現場が近いせいかも知れない。そう考えても筋は通る、けれど。

 

 何日かかけて他の場所も見学させてもらって、ますます疑念が募っていく。こじつけみたいな可能性が真実に思えてならない。

 だけど……うーん。

 

『明らかに見てほしくなさそうなものを、盗み見てしまって良いものでしょうか』

《なんだなんだ、随分イイコちゃんになったじゃないか》

『あ、相談相手を間違えた気がする』

《そうだな、私は止めない。隠したければ隠し通せという話で、暴かれる方が間抜けなのさ》

『それは勝負ごとの理屈だと思いますけど』

勝負(レース)と関係あると思うんだろ? なら見過ごせないはずだ。関係無かったら謝るしかない》

『そんなもんですかね……』

 

 ぶちぶち考えたものの、きっと結論は出ていた。だってこの状況って、『レースを左右しそうな秘密が目の前にあるっぽくて』『今なら暴くことができそうで』『暴くことが私の有利に働きそう』なわけで。

 これをスルーするのは私の理屈だと手抜きにあたる。

 

 

 ……レースに関係あっても無くても謝ろう、うん。

 

 

 というわけで、スウェーデンで過ごす最後の夜。私は蹄鉄つきのシューズに履き替え、サキさんにだけ断って寝室を抜け出した。

 (ブレード)切り替え、ファントムピアス。これは隠密(スニー)行動(キング)に役立つ効果を備えた刀身だ(〈消音〉で自分の立てる音を抑え、〈ユーバーセンス〉で視界外の生命体を検知する)。このままこっそりと例のフェンスを覗きに行こう。

 

《そういえば、あの場所の何がそんなに気になるんだ?》

『えっと、あそこって“極端な重バ場のような、少し特殊な練習用”みたいに説明されたじゃないですか』

《ああ。実際スピードが出にくいダートのような路面だった》

『はい。つまりとても柔らかいということで──』

 

 あそこでなら、たぶん小さな子供(﹅﹅)が転んでも怪我をしづらい。

 それを踏まえて思い返すと、見せてもらった中に子供用の練習フィールドが無かったことが気になる。どこも車をつけての練習に使われていて、車なしだと混ざりにくそうだった。

 

 それはおかしいんだ。

 何処かにあるはずなんだ。

 

『──あの工事現場そばのトラックで、幼い頃のトリィさんとロスが競ってた*んじゃないかなって』

《ほう、そこを結びつけるか。だとしたら……トリウムフォーゲンに関する何かがあるなら、グラに見せまいとするのは納得だな》

『はい。ロスやミネイは本当に知らないのかも知れませんが』

 

 足音を消して人目を避けたまま屋外を行く。夏で雪が少ないから足跡も残らない。誰にも気付かれず、夜中の見回りなどもスルーできている。

 トーヴェさんのことも鍛えたというミネイのお母さん(を含むベテランっぽい方々)、メイド服を着た特殊部隊かと疑うくらい鋭い感覚をお持ちだったけど、流石にアラガミや神機使いほどではなかったようだ。ちゃんと通じて良かった。

 

 さぁ、問題のエリアへ急ごう。

 

 

 

 今年の凱旋門賞まで2ヶ月を切っている。トリィさんは確実に厳しいトレーニングを積んでいるはず。

 それをここでやるメリットは小さくないんだよね。

 まず秘密を守りやすいこと。ライバルからの情報収集をシャットアウトしやすい(じゃあなんで私が来られたかって、そりゃ私を招いたのがロスだから。トリィさんが自分の都合で禁止するとは思えない)。

 更にここは彼女の故郷──勝利を持ち帰るべき土地であること。

 

 彼女は凱旋門(トリウムフォーゲン)だ。好き嫌いに関わらずそれがソウルの名前。だけどスウェーデンには凱旋門と呼ばれる史跡が無い。

 最も有名かつロンシャンレース場に近いのはパリにあるエトワール凱旋門だから、以前は特に好きでもないらしいナポレオン・ボナパルト風の衣装を身に纏っていたけれど。そのせいで“領域”の出力が今ひとつな面もあったけれど。

 

 だったら凱旋の地(スウェーデン)に門を建ててしまえばいいじゃないか。

 どうせなら、妹に敗れた原点(オリジン)に紐づけて。

 

 

 

 そんな考えで忍んできたエリアには……こんな深夜なのに、誰かいる。ファントムピアスの特性が感知するのは2つの生命反応。

 片方は激しく走り回り、もう片方は止まったまま。

 

『……予想がドンピシャなのは良いとして、すっごい気合いですねトリィさん……』

 

 直接見るまでもなかった。トーヴェさんの声、重く力強い足音、何より〈凱旋式〉の気配。間違いなくあの2人がいる。フェンスの中身はきっとミニチュア版凱旋門だ。

 ここは、とりあえず──、

 

《お。グラの腰が引けるのは珍しいな》

『盗み見てることの罪悪感もありまして。バレない内に逃げます』

 

──寝室に戻ろっと。

 それからお詫びのお手紙でも考えようかな。直接謝るの、ちょっと怖いし。

 

 


 

 

 翌朝。

 珍しく寝不足だ。どうにも考えてしまって。

 

 トリィさんは自らの原点に立ち返ることで〈凱旋式〉に手を加えていて、それを厳に隠していた。凱旋門賞の切り札とするためだろう。私はその手札を覗き見た。

 ……言わずにおいた方が有利だよね。

 

 道徳の面から言えば知ってしまったことを明かすべきなんだろうし、謝るためにも明かすつもりでいたけど、こちとら騙し討ち上等の兵士脳である。

 あちらが隠し(まもり)、こちらは暴い(せめ)た。フェアな情報戦だ。真剣勝負ならこちらも隠すのが筋じゃないか、みたいなことをぐるぐると悩み続けた。

 

 

 だけど結論から言えば。

 ヒトミミにもウマ娘にも、向き不向きはある。

 

 

「おはようございま──どうしたんですワンワンさん、体調が悪そうですが」

「おはようロス。ちょっと寝不足で……そんなに分かる?」

「ええ。まるでお姉様の秘密を知ってしまったかのようです。私に申し訳なくて謝りたいと思いつつ、勝負ごとなのだから謝るのもおかしいと悩んでおられたとか?

「そんな具体的な『まるで』ある?」

 

 私の顔面、文字を表示する機能でもあるんだろうか。

 アナさんとサキさんと笑われながら話を聞くと、トリィさんがいることはロスも知らなかったらしい。つまり完全に私の表情だけから悟ったってことじゃないか。

 もう隠しようがないので全部白状しましたよ、ええ。

 

「──お姉様が。ワンワンさん、よく気付かれましたね」

「ロスの顔色読みスキルも末恐ろしいんだけど……」

 

 ちなみに、私をフェンスから遠ざけようとしていた案内役さんの容姿を伝えると「そんな使用人はいません」という。どうもトーヴェさんの変装だったらしい。

 彼女は私の興味をあそこ(工事中に偽装したフェンスの中)から逸らしたかったはずだ。そのために、アドリブだったのかな、不正確な説明をしてしまった。それが違和感のとっかかりである。

 

「私たちが幼少の頃をトーヴェは知りませんからね。当家に来て年次の浅い彼女なら、細部に齟齬も出るでしょう」

「……怒らないんだね」

「子供扱いしないでください。お姉様もワンワンさんも、勝負のためにやったことと承知しております」

 

 とか言いながらめちゃくちゃ不満そうだけどね。お姉様の隠し事が寂しいみたい。ここの姉妹は仲が良くてほっこりする。

 

「トリィさんに会えるかな?」

「ワンワンさんとは顔を合わせたがらないかと」

「あー。じゃあ伝言頼めるかな、秘密兵器は秘密じゃなくなったよって」

「承りました、伝えておきます」

 

 



 

 

 こうして8月は過ぎ去った。

 9月の予定はドイツのバーデン大賞とアイルランドのチャンピオンステークス。

 10月にはアナグラワンワンにとって2度目の凱旋門賞が控えている。

 

*
姉妹の過去は106話『Q:トロゥスポットの未来はどっち』にて。

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