「あの後輩ちゃんの仕業だね!?」
「……実にキツい2ヶ月だった。半信半疑でやってきたが、耐えてきた甲斐はあったみたいだな」
グラのいう後輩とは、7月初旬のエクリプスステークス*で7着になったウマ娘のことだ。マルディンウィルトに憧れ、自身を見てもらいたいと願い、しかし充分な実力は示せなかった。
翌週に行われたジュライカップに快勝するUMA娘を見て直接対決は避け、ここ数ヶ月は『先輩がアナグラワンワンに勝つことを助ける』ことに情熱を燃やしているようだ。
様々な不足を補ったのが彼女である。
これまでは才能にかまけて日常を疎かにしていたマルディンウィルトを、鬼の心で矯正し筋骨を磨き抜いた──私生活に踏み込みたい私心もあったようだが。
バーデン大賞の様子から路面を荒らすことが有用と見るや、ラウンドヘアに頼み込んで“領域”を継承させてもらった──かなり理不尽な嫉妬を向けながらではあったが。
恥じらいについては特に教えたわけではない。最近の鍛え直した肉体を褒め称えた結果、改めて鏡を見たマルディンウィルト自身が『以前の私はなんだかだるっとしていたな……』と自戒しただけである。
実のところ、グラに宛てて多くの愚痴メッセージを送っていたのも後輩だったりする。
そもそもマルディンウィルトはそれほど筆まめなタイプではないのだ。一時期は初めて見つけた同類にはしゃいでいただけで。
K&Qに敗れて以降は練習ばかりに打ち込んでウマホをろくに触っていない。あまりにもほっぽり出すものだから『ご家族から緊急の連絡でもあったらどうするんですか』と後輩から咎められ、『じゃあお前が管理してくれ』と任せた次第である。
ライバルとのやり取りも、大枠では
そのような手厚いサポートを受けた、当のマルディンウィルトの内心は──当惑が大きい。
感謝の念は湧いてくる。彼女の助力が大きかったことも否定しない。
ただ、こうした繋がりに慣れていない。
『勝ちたい。勝ちたくなる。私の理由に他人が混ざる。
重さが増していく……鬱陶しさも。煩わしくないと言えば嘘になる。放っておいて欲しくもある』
これまで、レースとは解放だった。日常の抑圧から離れられる自由な時間だった。
それが侵される。鎖が繋がる。結果──自分でも何故か分からないが──速くなった。強くなった。
……望むものが勝利ならば、の話だが。
『第4コーナー入りまして残り500m弱、先頭は依然マルディンウィルト!』
『素晴らしい逃げです、ペースは落ちていません──しかし! 2番手アナグラワンワンはじりじりと迫る、差は2バ身を切ったでしょうか!』
走りにくい路面を生み出すことで追跡を妨害する“領域”は続いている。維持するマルディンウィルトも必死だ。後ろを振り返る余裕も無い。
間隔が狭まっていることだけは間違いない。それが最も重要だ。このままでは……また抜かれる? 許せるものか。認めて堪るか。
『負けたくない。心の底から負けたくない。
だが──!』
拒絶。遠ざかる背中を見送る際に味わった、言葉にできない無力感と嫌悪感。なんとしても逃れたい苦み。
とはいえ、思考も言語化も得意とは言えないマルディンウィルトもバ鹿ではない。この動機がおかしいことは分かっている。
そもそも、負けないだけなら簡単なのだ。
『──おかしいじゃないか!
私は、ムーンカフェは、どうして
戦いを回避すればいい。そうすれば負けずに済む。
後輩はそうした。敗戦直後の自分もそうするつもりだった。ムーンカフェはそれを拒み、自分は月の狂気に
迷ってしまう。惑ってしまう。
どうせ生きて戦い死ぬだけだ。ただ勝ちたいから勝つだけだ。そのはずなのに、ぐるぐると理由を探している。
恐れてしまう。震えてしまう。
だって、敵は余りにも。
重く鋭い斬撃が〈敗残〉の戦場を穿つ。
状況次第ではグラの不利に働くものだが──、
「ぐぁ! ちっ、全くえげつない!」
──〈敗残〉と〈岸壁〉を並行展開するような“曲芸”に対してはこの上ない妨害だ。荒れた戦場が霧散したことに「ありがと!」などと返してくる辺りも実に腹立たしい。
2人の差がぐんと詰まる。しかしマルディンウィルトも諦めない。改めて〈岸壁〉のみを再展開した。この直感的な選択は、グラからするとかなり嫌な対応である。
〈岸壁〉だけならば〈閉ざす者〉によるキャンセルが通じるだろう。しかし〈拓く〉と〈閉ざす〉で両手が塞がってしまうと純粋なスピード面が心許ない。かと言って〈閉ざす〉と〈ルフス〉などにすれば前半同様に“曲芸”を再開する余地が生じてしまう。
つまり、不整地を完封する方法が無い。
それならそれでやりようはあるが。
『残すところ400m直線のみ! 先頭2人の差は1バ身、マルディンウィルト必死に逃げていますペースは全く落ちません!』
『3番手以下は大きく離されました、最終直線追い上げを見せられるか?』
グラはそっと後方を振り返る。後続はまだ第4コーナーに居て、真後ろが無人であることを確認。ここしかない。
『アナさん、1発だけ全開でお願いします!』
《フルパワー1射、了解》
安全性の問題で封印せざるを得なかった手札を切る。
〈拓く者〉を再現することで足裏の刃は小剣から長剣に変じており、この兵装は内部に火砲も備えているのだ。
(グラは『剣の中に砲ですか?』と首を傾げ、アナも『言われてみるとワケの分からん仕様だな』と不思議がったりもしたが、ロングブレードはそういう武器だった)
砲と言っても射程は短く狙いもつけづらい。あくまで剣戟の距離で用いる隠し武器の類であり、
この機構をインパルスエッジという。
斬りつけた大地の下でオラクルエネルギーが弾けた。大量の土と芝が舞い上がる様は地雷でも炸裂したかのようだ。
これはヒトミミの目にも視えているため大きな悲鳴が上がった。しかしレースは止まらない。過去を振り返ればウマ娘レースではしばしばこういうことが起こってきたし、それ以上に『今止めるなんてとんでもない』から。
『文字通りの爆発的加速だ、アナグラワンワン一気に先頭を捉えた、並んだ、そのまま抜いていくぅぅ!』
位置関係が逆転する。それは〈岸壁〉による不整地から逃れたということ。もはやグラを阻むものは何も無い──、
ルフス・カリギュラ
カリギュラ・ゼノ
アバドン
──もとい、アナの体力的な問題で再現しかけた喰核を選び直す必要はあったようだが。いずれにしてもその速力は異形の域である。
『前に出てもなお、マルディンウィルトとのリードを更に広げている! きっちり差しまして今ゴールイン!』
| ① | アナグラワンワン | ||
| > 3/4 | |||
| ② | マルディンウィルト | ||
ゴール後、掲示板を見たウィルはわんわんと泣き出してしまった。ターフの上で人目も憚らず、小さな子供みたいに。
驚きがあって、同時に納得感もある。ウィルならこの位の奇行はおかしくない、みたいな。
むしろその後──今の方が不可解だ。
ウイニングランと勝利者インタビューを終えて地下に戻ってくると、ウィルは何やら怒っている。どうやら私に向けて。
何も言ってはこないけれど、突き刺さる視線は鋭い。怒りどころか恨みとか憎しみに近くない? 隣りに寄り添う後輩ちゃんならこういう反応もしそうだけど、ウィルがこんなに怒るのは初めて見る。
不思議だ。
インタビューなんてほんの10分そこそこなのに、号泣からの感情がジェットコースターすぎるって。
しかもサキさんは──、
「サキさん、私のいない間に何が?」
「何って、きっかけはワンのインタビューよ?」
「えっ。別に今回は挑発とかしてないですよね!?」
──原因は私だと言う。心当たり無いんですが。
ついさっき答えてきたインタビュー、どこに問題があったって言うんだろう。
『お疲れ様でした。激戦に見えましたが、まずは一言お聞かせください』
最初はいつものようにレースの振り返りを求められた。ウィルの強さを称え、苦戦だったと応えたのは本心だ。実際以上に持ち上げたりはしていない。怒る理由にはならないだろう。
その次は世界各地で訊かれること。
『日本にはすぐ帰られるんですか?』
この手の質問、昔は上手く答えられなかったんだよね。何を訊きたいのか、意図がよく分からなくて。
サキさんによると『イヤじゃなければ近くの観光名所でも挙げておくといい』とのこと。今回で言うと──、
『実はフランスに寄る予定で……なので昨日の内にダブリン城を観てきました』
──こんな風に言っておくとレパーズタウンのお客さんはちょっと良い気分になってくれる。美味しかった地元のお料理とかでもいい。
ちなみにダブリン城は今ではすっかり観光名所だけど、大昔はヴァイキングが使っていたとかで、戦闘用と思われる遺構も幾つか残っている。アナさん共々楽しめたので満足です。
インタビュアーさんも笑顔で頷いてから問いを重ねた。
『フランスというと?』
『明日、ロンシャンでやるヴェルメイユ賞に』
『出るんですか!?』
『出ませんよ!?』
冗談ですよね? 冗談だって信じてます。流石に2日連続でレースなんてサキさんが許してくれませんよ。
『私のライバルが、ムーンカフェさんが出るので。応援していこうかと』
『ああ、キング&クイーンの』
ムンちゃんのことに触れはしたけど、すごく持ち上げたりしたわけじゃない。
この後は次走である凱旋門賞の話題になって、そこではトリィさんへの警戒(≒高評価)を口にしたから、ウィルが嫉妬みたいなものを感じるとしたらこの辺りだろうか……?
──うーん、やっぱりこんなに怒られるほどの失言は無かった気がするんだけど。
周りは察してる風だけど私には分からない。こんなの訊くしかないよね。声を荒げられるとしても。
「ウィル? 私なんか悪いこと言っちゃった?」
「…………言ったことじゃない、言わなかったことが不満なんだ」
「言わなかったこと」
「私と! 再戦するつもりは無いのか!?」
「え、あー、そういう?」
確かに『どこかで再戦して決着を』みたいな話は全くしていない。
……だって訊かれなかったし。ここがイギリスなら質問されたかも知れないけどさ。
そもそも、あの場でそんな話できるわけないじゃないか。
「や、ウィルにその意思があるか分からないのにマイクの前で誘えないよ。下手したら無理強いになっちゃう」
「私が1度や2度の敗戦で折れると思ったわけか」
「あの大泣きを見たらその可能性は考えるよね」
「なんだとぉー!?」
見くびられたみたいで腹を立てているようだけど。ますます耳を絞っているけれど。
ウィルのトレーナーさんも後輩ちゃんも私の言葉にうんうんと頷いているので孤軍奮闘である。
「先輩、今回は分が悪いですよ。あの場で再戦の誘いをしてこないのは常識的な対応です。ちょっと意外なくらい」
お、分かりやすく刺々しい。まぁこの子は普通に私のこと嫌いなんだろう。
「お前は私の味方じゃなかったのか?」
「味方ですよ。だから怒るよりも再戦の約束をしましょう。次に勝てばいいんです」
「むう……丸め込まれている気がするな……」
実際に丸め込まれてるんだと思うよ。なるほどこうやって後輩ちゃんがウィルのエネルギーを方向付けてるわけだ。
侮れないなぁ。でも見落としは今回限り。再戦は歓迎する。
トゥインクルシリーズで私が予定しているレースは、あと6つ。
あちらのトレーナーさんはウィルに短期休養が必要と判断しているらしい。それを踏まえると──、
「
まぁどこででも、受けて立つよウィル」
──決戦の地は日本ってことになりそうだ。
……飛行機が怖い?
アイルランドにも船で来てたの!?
知らないよそんなの!!
※翌日のヴェルメイユ賞には流石に出ません。
クラシックの時に勝っています(82話)。
(ゴッドイーター未プレイの方へ)
ジュリウス・ヴィスコンティはラケル・クラウディウスの教え子にして犠牲者です。ある特異体質があったために、それを利用して特異点(終末捕喰を引き起こすコア)に改造されました。
改造前に振るっていたロングブレードは改造後の〈世界を拓く者〉になっても手放していません。