アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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爆刃(インパルスエッジ)の爪痕

 

 アイルランドからの帰りにフランスに立ち寄る。ムンちゃんのヴェルメイユ賞を応援するためだ。

 私も去年ここで戦った。ロンシャンレース場の2400mは凱旋門賞と全く同じだから、シミュレーションとして最適だったのだ。

 言い換えると、凱旋門を本気で狙うためのプロセス。3週間後、中2週。ムンちゃんなら無理のないローテだ。

 

『先頭を逃げるのはルーテデラソワ、しかしペースは控えめです。全員が後半勝負を選びましたか?』

『そのようです。前半戦はゆっくりと──ここで中団から飛び出した、日本のムーンカフェ!』

 

 ……残り1100m。大きくカーブするあの辺りは『全力疾走してはいけない急降下』ってことになっている。まして凱旋門賞に挑みたいなら脚にダメージは残せないから、尚のこと抑えめに走る区間だ。

 普通は、ね。

 回復弾がある私は思い切り駆け下りるし、トリィさんも頑丈さに任せてそうしていた。ムンちゃんに出来ることも今さら驚かない。

 そこに加えて──、

 

『ムーンカフェに合わせるように、先頭ルーテデラソワも前傾!?』

『どうなってるんですか最近のロンシャンは!?』

 

──ルーテさんまでおかしなことに……凱旋門を見据えた成長なんだろうなぁ。

 でも今日のところは勝てない。ムンちゃんの方が速い。

 

『残り直線400mゆるやかな上り坂、2番手ムーンカフェはじりじりと、しかし着実に先頭へ迫っていく!』

『ルーテデラソワも溜めてきた末脚を使っているはずですがそれでもリードが消えて──今ゴールイン! きっちり差し切ったムーンカフェ!』

 

 

ムーンカフェ
> 12

ルーテデラソワ

 

 

 “きっちり差し切り”……まさにそんな感じだった。最初から半バ身差で勝つつもりでいて、その通りやってのけたような。

 ゾクゾクしちゃうね。隣で観ていたサキさんの声も少し震えている。

 

「ワン……今回のムーンカフェは全力だったかしら?」

「どうですかね。“領域”を使わなかったのは確かです」

「ルーテデラソワは」

「後半はずっと使ってました。〈()すに(ーテ)任せ(さん)()〉はどちらかと言えば追走向きですが」

「そう…………」

 

 “領域”を使わずに“領域”に勝つ。それは『難しいながらそこまで異常なことではない』、らしい。強力な武器ではあっても必殺技とかじゃないからね。例えば“領域”に頼りきった(ジュ)(ニア)が相手なら“領域”無しのベテランが勝つことは普通にあるだろう。

 もちろんルーテさんはそんなに弱くない。なのに地力だけで上回るとか、全くもう。

 

 今の──K&Qで私に敗れてからの──ムンちゃんは、春天後の私みたいな状態だ。ヴィクトリアマイルやゴールドカップでそうだったように、自らに枷をかけて走っている。

 私と違ってムンちゃんは勝ったけれど、目的は同じだ。成長のためにそうしている。これからもっと強くなるための準備期間。

 

 だけど……。

 

「ムンちゃんのことなら、私でも少しは分かる気がするんです」

「凱旋門で仕掛けてきそうなことが?」

「はい──いえ、ええと」

 

 サキさんに頷き返して、慌てて補足する。

 

「多分、凱旋門には間に合いません。今日時点ではまだ迷っている……成長の青写真を描けていない状態だと思います」

 

 もちろん油断はしない。

 でも今度の凱旋門では他にヤバ過ぎる相手がいるから、ムンちゃんへの警戒優先度は下げざるを得ないだろう。

 

 

 トリィさんは今日もいなかったから。

 怪我をしたわけでもないのに今年はここまで2戦しかせず、全部の時間を準備に費やしてきた。彼女にとっては凱旋門賞が今年の3戦目。コンディションは万全中の万全でくる。

 

 こわいこわい。すっごく愉しみ。

 

 


 

 

 フランスからの帰りはムンちゃんと同じ飛行機にした。今年の夏は全然会えずにいたから、ゆっくり話せるのは1月半ぶりだ──ここでも気楽にお喋りとはいかないのが残念でならない。

 

「そういえばサキさんたち、レパーズタウンでのレース後に何かあったんですか?」

「ああ、それはね──」

 

 うん、元々の予定では昨日(チャンピオンステークス当日)の夜にはフランスに渡ってるはずだった。実際に来れたのは今日(ヴェルメイユ賞当日)の朝だ。

 予定から遅れたのはちょっとしたトラブルのせい。結果的に問題は無かったんだけども。

 

 

 原因はインパルスエッジでターフを穿った件。

 誰にも掠り傷ひとつ負わせてないからスルーしてもらえるかと思いきや、『まさか不発弾でも埋まってるのか!?』みたいな騒ぎになってしまった。レース場全体の金属探知とかそんな大事(おおごと)に発展しそうで。

 こっちも焦ったよ。私がやったことでお金や時間を無駄にさせるのはあまりにも申し訳ない。

 だけどその時の責任者っぽい人は……これまでウマ娘と直接関わることが少なかったのかな。UMA娘には明らかに不慣れなご様子で。

 つまり『ウマ娘の踏み込みで地面が炸裂するなんておかしいだろ』みたいなことを仰った。すっごく常識的で、逆に新鮮。物理法則なんて、そんなものもレース場の外にはあるんでしたっけ?

 

 まぁその男性は明らかに現場の人じゃなかったので(スポンサーとか?)、レース場のスタッフさんに任せておけば良い感じに宥めてもらえたのかも知れない。

 でも、その……あまりにも私の脚を心配してくれるものだから、ついつい余計なことを言ってしまったのだ。

 

『問題ありませんよ、私は無傷です』

『しかし!』

『あー、蹄鉄だけは……これじゃ修理も無理そうなので交換ですけど。平気です、ご心配ありがとうございます』

 

 ……絶句してたな、あの人。そりゃ金属の蹄鉄が粉々になってたら心配は深まるばかりか。ちょっとだけ申し訳ない。私の周りは最近あんまり驚かないから感覚が麻痺してたのかも。

 もちろんこれもインパルスエッジの余波というか反動なので、レース場や運営側にはなんの瑕疵も無い。シューズの予備だって沢山あるからレースへの支障も無い。

 ノープロブレム。だからさっさと解放してくれるだけで良かったんだけど、なんやかんや厳重な安全確認をされたり病院での検査を倍増されたりして時間がかかったのだった。

 

 

 ──っていう出来事を、サキさんが語って聞かせている。ムンちゃんはその隣の席で呻く。

 

「蹄鉄が、粉々……?」

「ええ。ゴールした後は(﹅﹅)ね」

「…………」

 

 なんだか含みのある、思わせぶりな答え方だ。流石はサキさん。

 

 無言で聞いている私は2人の後の列で、真壁さんと横並び。

 だってムンちゃんと面と向かってお喋りしたら隠し事は一切できない。本当は色々と雑談もしたいけど。したいけど!

 

 普段通りに私&サキさん、ムンちゃん&真壁さんの並びで飛行機に乗ろうとしたら、それを拒まれた。つまり今の彼女は勝負モードなのだ。積極的に私の情報を抜きに来ている。

 こっちとしてもヒントを与えてあげるような余裕は無いので、サキさんに防壁をお願いした次第。

 

 真壁さんはほら、男性なこともあって余りぐいぐい踏み込んでこないし。さっきから話しかけたそうな雰囲気は感じるけど、私がアイマスクをしてからは遠慮してくれている。

 

 いくら私でも、眠ってる間に失言したりはしないはずだ。

 ……隣がムンちゃんだと、何かを察せられる危険性が否定しきれないけど。

 

 



 

 

 アイルランド最高峰と目され、また昨年はムーンカフェが敗れたチャンピオンステークスを制したアナグラワンワン。凱旋門賞の前哨戦的な位置づけのヴェルメイユ賞を制したムーンカフェ。

 日本のレース界は大いに沸いた。話題の中心は3週間後、揃って帰国した2人が激突する凱旋門。

 あるいは他のレースでも、ここまで8連勝中の"黒金剛"を阻むのは誰か/あるいは最後まで勝ち通すのか。

 

(鋼色の髪を持つグラがブラックダイヤと称されることは以前からあった*ものの、単にダイヤモンドと呼ばれることがほとんどだった。K&Qで黒系の新勝負服をお披露目してからはじわじわと定着しつつある)

 

 簡単なことではないが、誰かがアナグラワンワンを打ち負かすとして。

 可能性が高い候補者は少なくない。日本のファン視点でもムーンカフェを筆頭に、テセウスゴルド・ニュクスヘーメラー・ドゥームデューキスなど、他にも幾つかの名前が思い浮かぶだろう。あのUMA娘は無敵でも無敗でもないのだ。

 当人の主観的な『強敵リスト』でいえばトリウムフォーゲンがトップまたは2番手に入ってくるし、またマルディンウィルトも外せない。

 

 そこに挙げられるウマ娘には共通点がある──ファン目線でもグラ目線でも。

 ひとつはアナグラワンワンとの対戦経験があること。何しろ出走数が尋常ではないので、有力な選手ならばこれまでにどこかでぶつかっている。

 もうひとつがシニア級であること。クラシック級ではまず相手にならないと見られている。

 

 

 そう見られて、いた。

 帰国から2週間後、9月の終わりまでは。凱旋門賞の前週に中山レース場で行われる、スプリンターズステークスまでは。

 

『第4コーナー抜けるところバ群は激しく動きます、さぁ中山の直線は短──いぞぉ!?』

『い、今のは……?』

 

 言葉に詰まった放送席を責めることはできまい。観客席ですら一瞬静まりかけた。それほど意味不明な加速だった。

 最後方からの一閃。斬れ味。ワープ。差しや追込みの鋭さを表す言葉は色々とあるだろう。しかしこれを目の当たりにした者たちは口を揃える。

 見たままといえば見たままに。

 

『"爆発"そのものの差し脚! ターフに大きく傷痕を残し、僅か310mの直線で10人以上を抜き去りました!』

 

 アイルランドのファンが観れば思うかも知れない。『あぁ、日本のウマ娘レースではターフが爆発するくらい日常的なのか』と。

 過去に例があるというだけで流石に日常ではないのだが、信じてもらえるかどうか。

 

『これは、自分でも驚いたという表情でしょうか? ようやく笑顔を弾けさせます』

 

 レース中の鬼気迫る──観る者を焦げ付かせるような──爆熱の戦意から一転、観客席に向ける笑顔は実に愛らしい。かつてスプリンターズSを制した名スプリンター、可愛い可愛いカレンチャンを思わせる風貌だ。

 

 桜花賞3着、安田記念着外、3度目となる今回でGⅠ初勝利。

 勝利者インタビューで明かした次なる目標は──、

 

「クラシック級がワンワン先輩に勝てるなんて、思ってくれる人は少ないでしょう。ですが、だからこそ私は挑みたい。11月のマイルチャンピオンシップ、楽しみにしていてください。

 皆さんも……先輩も」

 

──格上喰い(ジャイアントキリング)という浪漫。

 グラを慕う後輩、コンバスチャンバーは『強敵リスト』に堂々名乗りを上げた。

 

 

 これまでは秘めていた執着(ゆめ)を垣間見せたことで、以前からのファンたちは戸惑ったものの……その多くは『可憐さと危うさのギャップが堪らなくイイ』というおかしな方向に歪んでいったという。

 

*
初めてそう呼ばれたのはフランス。69話『隠れた3日の精算』





(74話の後書きから再掲)

コンバスチャンバー:Combustion Chamber(燃焼室)
 ガソリンエンジンなどで圧縮した混合気体に火をつけて爆発させる空間、コンバスチョンチャンバーを縮めた命名。
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