アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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残り4戦!

 

 凱旋門賞の直後は、まだそんな様子は無かったんだけど。

 2週間後、コーフィールドカップに勝った私がオーストラリアから帰ってきたら、もうムンちゃんは変わっていた。

 

「お帰りなさいグラ。快勝だったわね」

 

 お昼休みの食堂。

 ムンちゃんは私の正面に陣取った。ででんと置かれた食事はいつになく山盛りだ。

 そしてなんだか満面の笑顔に感じられて、思わず驚いてしまう。

 

「うわ」

「失礼ね。元はといえば貴女が分かりやす過ぎるからなのに」

 

 いやまぁ、たぶん変わったというより戻っただけなんだけど。K&Qよりも前のムンちゃんに。

 

 

 彼女は勝つために私のことを探りたい。そして大体のことは私と直接話せば分かってしまう。だからこうして正面から接するだけで情報は得られるのだ。

 だけどヴェルメイユ賞の後、飛行機では私の横ではなくサキさんの横で妥協した。あの妙な距離感の方がイレギュラーだったんだよ。普段のムンちゃんなら、勝つために有用な情報収集を遠慮なんかするわけない。

 あの時はまだ勝算が無かったんだろうね。その状態で私の弱点とかを訊き出すのはフェアじゃないとか、そんなこと考えたんじゃないかな。

 で、今は既に何らかの勝ち目を見出してるわけだ。()()()──弱点を知ろうが知るまいが勝つつもりだから──こうして話すことにももう引け目を感じないと。ムンちゃんもたいがい面倒臭い王道を歩んでらっしゃる。

 

 

 改めて見れば、それは笑顔というよりドヤ顔なのかも知れない。自信が窺える。そう、K&Q以来こちらに向けてこなかったものだ。

 てことは、え、まさか。

 

「たった2週間でできるようになったの? トリィさんのアレみたいなことを?」

「いいえ、まだ完成形が見えた段階。ジャパンカップには間に合わせたいわね」

 

 早いったら。ジャパンCまではまだ1ヶ月あるけど、トリィさんは高松宮記念でヒントを得てから実現まで5ヶ月かけてるんだよ。

 

「グラが引退しちゃうじゃないの、そんな悠長にしてたら」

「とうとう心の声に返事が返ってきた!」

 

 ちなみに私のトゥインクルシリーズは残り4戦の予定だ。

 秋の天皇賞。

 マイルチャンピオンシップ。

 ジャパンカップ。

 有記念。

 

「顔に出てるのよ」

「えぇ……?」

 

 思わず自分の顔に手をやってみる。ゆるい笑顔だった。だってムンちゃんとお喋りできるの久々だから。

 そこへもうひとり合流してくる。

 

「お隣失礼します。ワンワンさん、コーフィールドおめでとうございます」

「ニュクスさん──うわ」

「ふふ。“うわ”ですって」

 

 上品な物腰とは全く不釣り合いに、ギラギラしたお目々のニュクスさんである。あの、額のそれは瞳に見えるだけでただの模様でしたよね?

 

『流星がゆらゆら燃えて見えるの、気の所為でしょうか』

《“領域”だな。恐らく情報収集系の》

『うへぇ、またなんか増えてる』

《年始の発表では『秋天は確実に獲りたいからコーフィールドCは出ないかも』とか言ってただろ。なのに出たから怒ってるんじゃないか?》

『あー』

 

 それは怒るかも知れない。ニュクスさんは怒ってても口にしない気がするし。

 コーフィールドは私も迷ったんですけども。先を考えると出ておいた方が良いなと思って。

 

 言葉に詰まる私の代わりに、アナさんとやり取りしてることも分かってそうなムンちゃんが応える。

 

「あらニュクス、貴女も久しぶり」

「そういえば最近はお話しする機会もありませんでしたね、申し訳ありません」

「責めてないわよ別に。ただ、リベンジは達成したはずなのに忙しそうねって」

「うふふ」

 

 なんか探ったりはぐらかしたりしてる。こわい。

 

 スタートダッシュを諦めると開き直ったニュクスさんは、このところダートに専念していた。6月のさきたま杯で敗れたのがよほど悔しかったようで、ドンナさんに挑み続けていたのだ。

 凱旋門の1週間後(つまり先週)、ニュクスさんはとうとうドンナさんに勝った。マイルCS南部杯が行われた盛岡レース場は超満員だったという。

 

 で、その南部杯以降も忙しそうっては当たり前で。

 だってニュクスさんが芝に復帰する秋天は今度の日曜日なんだから。

 

 秋の天皇賞。

 去年の私は菊花賞での消耗から走れなかったレース。

 そしてテセさんが調子を崩して大敗したレースでもある。……宝塚記念で引退とか言ってた気もするけど、先月の新潟記念(GⅢ・2000m)には悠々と勝っている。あれでもピークアウトしてる、らしい。群雲さんによれば。

 そんな去年の秋天勝者はルーテさんだけど──、

 

「そういえばグラ、ルーテのことは聞いた?」

「ルーテさん? 特に何も」

「秋天は回避ですって。ジャパンCに来るらしいわ」

 

──今年は出ないとのこと。

 

 ていうかジャパンCですか。そこには確実にトリィさんもリベンジに来る。ルーテさんも把握してるだろう。

 承知の上で、先日の凱旋門も体験したのに、それでも来るんですか。

 

「…………」

「物好きって、グラには言われたくないでしょ」

「まだ言ってないもん」

「口では、ね」

 

 目は口ほどに物を言ったようだ。でも『物好き』と思ったのは半分だけ。残りはルーテさんの負けん気に対する好感である。あのトリィさんに牙を剥けるのは相当なド根性だろう。

 もっともジャパンCには、というかジャパンCにも──、

 

「ルーテデラソワさんですか。久方ぶりに競いますね」

 

──ニュクスさんは出る。もう何がなんだか。

 

「「うわあ」」

「なんですかムーンさんまで」

「ゲートの件を開き直ってからちょっとヤバいの、自覚してる? 下手に触れたら噛みついてきそうなのよ」

「噛みませんよ?」

「私たちは分かってるけど、ルーテは驚くと思うわ」

 

 ニュクスさんとルーテさんは……去年の東京優駿で戦って以来の再会だ。あの時のニュクスさんは今よりずっと大人しい感じだったから、変化に驚くのは間違いない。

 気を強く持たないと呑まれる可能性すらある。ウィルとのレース経験があれば別だけど、無いもんね。

 ニュクスさんとウィルを知る私やムンちゃんから言わせれば、トリィさんの“領域”はあれでまだまだ理性的っていうか、合理的な方なのよ。『出て行こうとすれば阻み、それを振り切る強者ならば潰す』、だから(はっきり言っちゃうと)弱者には何もしない。

 ギリシャの神性や野生児にはこういう理屈すら無いから本当に対策しづらいんだ。

 

 ……あ、てことはトリィさんからしても『去年のジャパンCとは別人みたいにヤバい奴になってる』って見えるのかニュクスさん。

 もうどうなるか分かんないなこれ。

 

 


 

 

 放課後。

 今日のところは軽めのメニューしかできない私は、久々にナー&ドゥとジョギングに出かけた。ペースコントロールはナーが担当。

 

「絶っっ対に無理すんなよナ?」

「分かった分かった分かってる。ッたくウマミミタコミミだっつの」

 

 宝塚記念で無茶をして運動禁止くらってたドゥは自業自得である。怪我自体はもう完治してるけど。

 

「結局、復帰はどうなりそうなの?」

「11月半ば以降で許可が出た。だからジャパンC出たかったんだけどよゥ」

「勝ち目がねーだろナ。タイトルが欲しいならチャレンジカップでも出とけ」

 

 出ること自体はナーも止めていない。ブランクを取り戻すのにまだもう少しって段階らしい。

 だけどドゥは不服なようだ。チャレンジC(GⅢ・2000m)の日程、11月の末ってところが。

 

「それに出ちまうと年末の有が近すぎる。このアホじゃねーんだから」

「じゃあもう復帰戦が有でよくね?」

「ナーまで非常識なこと言わねェでくれよ」

「「どの口で」」

 

 私の扱いについてはもう何も言わないけど、ドゥもドゥだ。宝塚で自身を人質にしたことは忘れてないぞ。

 復帰明けに有っていうナーのプランも大概だけどね。そんなの私としても張り合いが薄れるので口を挟む。

 

「療養明けの慣らし運転みたいなものなんだから、時期と距離さえ合えば重賞にこだわらなくてもいいんじゃない?」

「おめーに言われると腹立つ正論だナ」

「私は……オープンとかリステッドに出たら顰蹙(ひんしゅく)ものでしょ」

「「間違いない」」

 

 力強く断言されてしまった。先輩たちからも散々言われたから出ませんよーだ。

 ともかくドゥの復帰戦は11月半ば、私との再戦は有になるっぽい。

 

 怪我からの快復がスムーズに進んだのは喜ぶべきことだ。ただしもちろん、怪我をしないのが最善に決まっている。

 その点、彼女の走りは本当に心配。

 

「ちなみにバスちゃんはどんな感じ?」

「「……あー……」」

 

 ふたりも微妙な反応だ。

 そりゃあねぇ、スプリンターズSで見せた瞬発がノーリスクとは考えにくい。無事だったのは『たまたま』かも知れない。何らかの“領域”は使ってるにせよ、彼女の執着(ゆめ)を思えばリスクなんてむしろ燃料にしかねないし。

 もちろん危うさはナーたちが再三言い聞かせてるはずで──、

 

「ありゃ駄目だナ、周りが何言ってもレース本番になったら忘れるタイプだ」

「おぉう……」

 

──言い聞かせたら解決なんて楽な話でもない、と。おまけにドゥがダメ押しをくれる。

 

「ちなみに爆発(アレ)のインスピレーション元はおめーの走りだってよゥ」

「え」

「チャンピオンステークスでやってただろ」

「……げぇ」

 

 あー、インパルスエッジのことか。言われてみれば納得ではある。

 バスちゃんにとっては『やっと手に入れた強力な武器』なんだろう。これまでが負けばかりだったわけじゃないけど、GⅠを勝ったのはスプリンターズSが初めてだし。

 となると、その力を手放せとか封印しろとか言われても中々難しい。当たり前だ。

 

『マイルCS、どうしましょうね……』

《今考えるべきは秋天だろ》

『それはそうなんですけどぉ』

 

 むーん……例えば宝塚でのドゥやテセさんが、あるいはマイルCSでのバスちゃんが。自分の意志で限界を越え、再起不能な大怪我を負ったとして。

 それを私のせいだとは思わない。私に勝つためだとしても。レースの結果がどうであっても。

 私たちはプロアスリートだ。走るレースも引退時期も自分の燃やしどころも、決めるのは自分。例外は信頼するトレーナーくらいで、他人の口出しなんか聞き入れたくない。

 

 だ・け・ど。

 だからって怪我されたら嫌な気分にはなるんだよ。防げるものなら防ぎたいじゃないか。

 

『なにか無いんですか、無茶をしがちな新兵にリスク管理を教える秘訣みたいな』

《私が考えうる手段だと、この世界でウマ娘相手にやるには暴力的すぎる》

『あー、フェンリルだと荒療治も許されそうですもんね』

 

 逆に言えば、許される範囲の荒療治なら担当のお爺さんトレーナーがやってるはずだ。

 なるほど、つまるところ『事前の対処は不可能』ってことかな。

 

 じゃあ仕方がない。

 アナさんの言う通り、今は天皇賞に集中しよう。

 

 

 レースの最中だ。

 バスちゃんをしばくのは。

 

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