アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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ウーーーーッ(マイルCS・1/2)

 

 11月、早くも厳しい寒さに見舞われた京都。

 

『激戦間違いなしと言われています今年のマイルチャンピオンシップ。現時点の1番人気はアナグラワンワンですが、かなり票が散りました』

『ベレへニヤとホウカンボクだけでも先が読めませんからね』

 

 宝塚記念から連勝中の"黒金剛"アナグラワンワン。

 昨年のマイルCSと今年のヴィクトリアマイルを制したベレへニヤ。

 GⅠこそ未勝利ながら掲示板に入り続け、またGⅡ・Ⅲではほぼ常勝のホウカンボク。

 更にクラシック級からは桜花賞の上位3名が揃い踏みしている。ベアリングシャフト、レヴエルト、コンバスチャンバー。

 

 桜花賞の勝者はベアリングシャフトだった。

 しかし今日の注目は──、

 

『クラシック勢の中ではコンバスチャンバーの支持率が高いようです。やはり先日のスプリンターズステークスの影響でしょうか』

『大差をつけて勝った上、勝利者インタビューではっきりと“打倒金剛”を口にしましたからね。中々言えることではありません』

 

──桜花賞3着のコンバスチャンバーが集めている。

 

 

『バス……』

 

 ベアリングシャフトの心中は複雑だ。

 はっきり言えば今日のマイルCSに勝てる気はしていない。それだけならまだしも、勝つことよりも上に幼馴染の無事を置いてしまっている。

 レースや相手に対して不誠実だという自覚と罪悪感。

 しかしコンバスチャンバーの安全を最優先する選手はベアリングシャフトしかいない──本来なら各自が自身を護るべきに決まっているのに。

 

 アナグラワンワンとのレースとなればコンバスチャンバーは確実に点火する。火が点けば爆発する。そこはもう曲げようがない。契約トレーナーの老爺やナーサリーナースからも再三言い聞かせてもらった。それでもああ(﹅﹅)なのだから、どうにかできるのはもう同じレースを走る選手だけだ。

 そして『先輩を頼るのはもっとありえない』と考えた。

 

 だからベアリングシャフトは、自分が幼馴染を護るつもりでここにいる。

 口数や表情の変化に乏しく、自由人ではあるが内向的で人見知り。球体関節人形のような勝負服を着ている今はどこかミホノブルボンのような無機質さも感じさせる。それでも実態は(ブルボンもそうであったように)友人思いの心優しいウマ娘なのだ。

 

 

 そしてその幼馴染、排気筒などを備えたスチームパンク風の衣装に身を包んだコンバスチャンバーは──、

 

『勝つ……!』

 

──ゲートインの前から既に、"黒金剛"のことしか見えていない。

 それは傍目にも明らかな程で、ベレへニヤとホウカンボクは耳を絞って睨みつけている。普段の彼女はこうした雰囲気に敏感だが、今は気付いてもいないようだ。

 コンバスチャンバーも、アナグラワンワンやニュクスヘーメラーと同じ側。レースとなれば──特に打倒すべき格上がいれば──道徳心など吹き飛んでしまう。

 

 

 その視線の先で、グラは。

 

『いやぁ、()いですね』

《完全に悪役の台詞》

なんでですか!?

 

 後輩からの挑戦を素直に喜んでいた。

 悪役呼ばわりは不本意である。別に挑戦するよう仕向けたわけではない。それどころか積み上げた戦績は挑戦を諦めさせる方向に作用したはずだ。

 にも関わらず挑んできてくれる。しかも油断できない力を携えて。こんなに嬉しいことは無い。

 

『余計な憂いは消えました。勝つことに集中しましょう』

《ん……彼女の安全については? 色々と心配していただろう》

『あぁ、それはもう良いかなって』

《もう良い?》

 

 アナの問いに、確信をもって返す。

 普段のグラは他人の感情に全く鈍感だが、レースに関することだけは察しが良い。

 

『バスちゃんのことはベアちゃんが護りますから。下手に気を配る方が失礼でしょう』

《……結局、最後まで傍観になったな》

『私が口出す方がこじれると思ったんですぅ』

 

 


 

 

『ゲート開きました揃ったスタートです、早速するすると出ていくのはやはりアナグラワンワン』

『ホウカンボク追走しますが先頭を争う様子はありません、真後ろにつけました』

 

 京都のマイルレースは、トラックから少しはみだしたスターティングポケットで幕を開ける。よって向正面の直線が少し長い。トラック内の直線は外回りの場合500mほどだが、ポケットの分100m以上も直線が延びるのだ。

 

 ただでさえ2つだけのコーナーが、スタートから遠くなるということ。レース全体としてみれば最終直線の比重が軽くなるとも言えるだろう。

 それを踏まえると追込み勝負は選びにくい。実際の隊列にもそのことは表れている。

 

『差しが得意なベレへニヤは中団の前寄り、追込みのベアリングシャフトは中団後方。普段よりも前めの位置を選んだでしょうか?』

『そうですね、よほどの自信が無ければ最後方には控えません』

 

 しかし、注目の的であるコンバスチャンバーは最後尾。じっと脚を溜めて撃発の時を待つ。

 

 ちなみにレヴエルトは逃げウマ娘なので位置取りは普段通りである。ホウカンボクについていくだけでも必死なので余裕は皆無だが。

 

 

『上り坂では"金剛"がリードを作りました、さぁ外回りの3コーナー入りまして、コースが下りに転じます!』

『レースが動きますよ──っと、まず加速したのは先頭だ!』

 

 京都の丘を(脚を守るために)ゆっくり降っていたのは昔の話。そもそもロンシャンやアスコットに比べれば大した高低差は存在しないのだから、グラは迷いなく前傾する。これに勝たねばならない以上、ホウカンボクやベレへニヤもそういう練習は当然してきた。

 

 現在3番手のレヴエルトも、もちろんそのつもりではあったのだが──、

 

『ひぃいっ!?』

 

──下り坂への本能的恐怖、周りのシニア級たちの命知らずにも見える加速姿勢、そして乱れ飛ぶ“領域”の数々に、思わず踏込みが遅れてしまう。

 “領域”を体験した回数こそ多いのだが、熱量がまるで違う。

 

『これまで先輩が見せてくれた〈新月〉は、全然優しかった……そうだよね、練習だもん』

 

 練習で“領域”を浴びせてやれる先輩はそもそも滅多にいない。『浴び慣れる』こと自体がおかしいのである。ムーンカフェと真壁は改めて言い聞かせてやるべきだろう。手遅れかも知れないが。

 

 

 3コーナー以降の目まぐるしい変化。このタイミングでコンバスチャンバーは動かなかった。

 仕掛けどころは最後のコーナー。

 

 

 領域具現──給排気クランク機構

 

 

『ついに動いたコンバスチャンバー、前走でも見せた爆発的な追い脚、あっという間に順位を上げていく!』

 

 コンバスチャンバーの“領域”は自動車などの内燃(エン)機関(ジン)が下敷きになっている。ガソリンと空気の混合気体を圧縮し、これに火を点けて起こる爆発の力で進むものを模した。

 その真価は意外なことに『効率性』にある。燃焼室で起こった爆発エネルギーは無駄なく使い尽くされるのだ。

 まずは排気。爆燃の勢いそのままに燃え殻を捨てる。

 次いで吸気。排気の力をバネなどで反発させて次の燃料を取り込む。

 そして圧縮。燃焼室(コンバスチョンチャンバー)に気体を閉じ込め、押し縮めることで次の爆発でも大きな力を得る、ぐるぐると回る仕組み。

 

 すなわち『速い瞬間と遅い瞬間のサイクル』。

 最初のきっかけは恐らく昨年の7月頃、アナグラワンワンと初めて話した時*だろう。とはいえ現在のコンバスチャンバーがあの併走のような異常なピッチ走法をしているわけではない。

 追求したのは効率性。脚力を加速に使える時間はごく限られている。『その瞬間にだけ力を出せば良い、それ以外の時間に力んでも無駄が多い』とコンバスチャンバーは考えた。だから〈クランク機構〉は片脚ごとに一瞬の具現化と解除とを繰り返す。1秒間に5回以上というハイペースで。

 

 マイルレースは約90秒〜100秒で決着し、最終直線は20秒前後しかないが、その中で脚と地面が接している瞬間はかき集めても10秒未満。右脚だけなら5秒未満、左脚も同様だ。

 鈍器よりも槍の方が貫通力が高い。運動量が同じなら接触面積が小さいほど破壊的だ。ソウルの力も短い時間に集中させた方が効率が良くなる。

 似たようなことはアナグラワンワンもやっていたが、彼女の秋天でさえ【ブラッドアーツ】や〈風梳柱〉は最後の10秒以上継続(﹅﹅)していた。〈クランク機構〉の総発動時間はそれより更に短い。つまり無駄が削ぎ落とされ・力が集中しているわけで。

 

 速い。比類なく速い。

 問題があるとすれば──、

 

『外ラチいっぱいまで膨らみながら、これは先頭をも捉える勢い!』

『ホウカンボクとベレへニヤは既に射程と言えそうです、しかし改めて見ても脚は大丈夫なのか……』

 

──その機械じみた高効率に、身体が耐えうるかという点だが。

 だからこそ、護る為にこそ、彼女はここにいるのだ。

 

 

 領域継承(インヘリタンス)自在回転心体(ベアリングシャフト)

 

 

 昨年の安田記念でアソカツリーがそうしたように、“領域”の本質を大切な相手に伝え渡した。

 渡されたコンバスチャンバーは即座にそれを発動し、“領域”のオン/オフに伴う身体への負荷を受け流し始める。

 

 脚の回転もスムーズになり、とうとう2番手集団に並んだ。ホウカンボクたちは思い切り顔をしかめる。

 

「だから君らは意味不明なものを使いこなし過ぎなんだってば!」

「さすがUMA娘の後輩ね……!」

なんでもかんでも私のせいにしないでくれる!?

 

 たった今行われたスムーズな譲渡についてはグラも大いに驚いた。綿密に準備し何度も練習を重ねてから常識を踏みにじってきた彼女からすれば、バス&ベアによるレース中の授受はそれこそ“曲芸”だ。

 

継承(うけわたし)ぐらい事前に済ませてきたらいいのに!」

 

 本心からそう思って声に出した。現地で観戦しているムーンカフェやニュクスヘーメラーも似たようなことを思った。

 3人ともUMA娘(ひじょうしき)だ。コンバスチャンバーは困り顔で答える。

 

「や、そんなこと言われましても……私たちは本番でしか“領域”を扱えませんので」

「あっ」

 

 そう、事前に受け渡せるならベアリングシャフトもそうしていた。できなかったからこうしている。

 アグネスデジタルやマンハッタンカフェはレース外での受け渡しを成功させているが、彼女らと同じことをやれというのも酷だろう。

 

 すでに述べたように、“領域”を浴び慣れているレヴエルトの方が異端なのだ。バス&ベアはまだ常識的といえる──いや、“領域”を渡したり受け取ったりという発想も中々にアレではあるが。

 ただしこの件の主犯はグラではなく他にいる。*

 

 

 なんにせよコンバスチャンバーの身体は壊れる様子もなく、それどころか更に速度を増した。2番手集団に並びかけては追い抜いていく末脚は先頭アナグラワンワンより速いように見える。

 残り約200m地点の一瞬を切り取れば、差は1バ身半から1バ身へと詰まっていくところ。きわどいところで逆転もありえるペースだ。

 

 もっともそれは、コンバスチャンバーの追い脚のみによるものではない

 

『──っ!?』

《グラ!?》

『く、お願い()って……!』

 

 アナグラワンワンが万全ではないために、すなわち秋天で抱えたリスクが発露した故に、体勢が崩れたのである。

 

 

 残り150m。レースはまだ終わっていない。

 

*
74話「先輩はUMA娘なので参考にしないことにします」

*
次話にて。

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