9月末のスプリンターズステークスに勝った後、コンバスチャンバーは月刊トゥインクルの取材でこんなことを訊かれた。
『勝てるとは思われていないレースをひっくり返したい──理由を伺っても良いですか?』
『え、そんなに変でしょうか』
記者は内心で『貴女ほどの執着は珍しいでしょうね』と思いつつ、本音を隠して続ける。
『いえ失礼しました、ロマンは理解できるつもりです。それに憧れる切っ掛けのような出来事があったのかなと思いまして』
『切っ掛け、ですか。うーん』
この手の話題で最もありがちなのは、幼い日に観た優駿の姿。しかしコンバスチャンバーが『細かいところはあやふやなんですが』と前置きして挙げた思い出はそうではなかった。
『小学校に入ってすぐの頃だと思います。家族旅行の最中に、たまたまちびっこレースを観る機会があって。私と歳の近い子たちの組でした』
『そこで大逆転を観たとか?』
『
幼いコンバスチャンバーにとって見知らぬ土地でのこと。そこにはひそひそと囁かれる有名な子供がいた。
これまでに出たレースの全てが最下位だったのに、懲りずに走り続ける哀れで不気味な
『でもその子は、すごく真剣だったんです。最後にゴールしても泣いたり不貞腐れたりせず、大人の人とあれこれ話して……次はどこどこで走ろう、みたいな顔をしていた気がします』
『不屈の闘志、というものでしょうか。すごい子ですね』
『はい。その時に思ったんです、きっとあの子の努力はいつか報われる──報われて欲しいって』
『……ちなみに、そのウマ娘とは?』
『それっきりです。見た目だけはばっちり覚えてるんですが……直接話したわけでもないですし、名前とかはあやふやで』
日付や地名は曖昧だが、鮮烈な印象は焼き付いている。そのウマ娘の
コンバスチャンバーは知らない。
渇望の原点が幼い日のグラであることを。
年は近そうだったので再会を夢見たことはあるが、大敗を繰り返していた彼女が中央トレセンに合格できるとは考えにくかった。ましてやウマソウルの覚醒によって(?)ツンツンした癖っ毛に変わっているなど想像するわけがない。しかもアナグラワンワンは、コンバスチャンバーが入学した時点ですでにGⅠウマ娘。過去と現在を結びつけろという方が無理である。
そんな2人がマイルチャンピオンシップで激突するのは原点から約8年後。
コンバスチャンバーが『もしかしてアレってワンワン先輩だった……?』と思い至るのは、マイルCSから更に10年近く経ってからの話だ。
ゴールまでおよそ500mの時点で、コンバスチャンバーはそのエンジンに火を入れた。
領域具現──給排気クランク機構
大きく外へと膨らみながらホームストレッチへ。追随した幼馴染から“領域”を受け取り、即座に重ね合わせる。
地を蹴る瞬間にだけ発動し、脚を回す間は小まめに休む。それによって爆発的な力を全て加速に変える、精密機械のような“領域”。
「だから君らは意味不明なものを使いこなし過ぎなんだってば!」
「さすがUMA娘の後輩ね……!」
「なんでもかんでも私のせいにしないでくれる!?」
どうも驚かれているようだが、コンバスチャンバーには何が正常で何が異常なのか分からない。そもそもベアリングシャフトから事前に言われたのは『渡すから受け取って、上手く使って』だけ。正直なところなんだか良く分からないものを分からないままブン回している。
脚の負担が軽くなったのは確かだ。これでますます速度を出せる。今はそれでいい。
残り300を切った。先頭の背中はじわじわと近づいてきている。届くか届かないか。
『このままじゃ厳しい! もっと、あと少しでいい!』
絞り出す。コンバスチャンバーの気迫はグラに寒気を感じさせるほど。
だからUMA娘は笑みを深め、更に突き放そうとして。
「いいね、
グラは後輩と同じことをやろうとした。すなわち
〈カリギュラ・ゼノ〉でそれをやれば刀身が槍になったり小剣に戻ったりしてしまうので【ブラッドアーツ】に支障が出るかも知れない。だから〈ルフス・カリギュラ〉の右腕でだけそれを試みた。
その結果、不意に喰核が解けそうになってしまい、僅かに体勢を崩す。
『──っ!?』
《グラ!?》
原因は分からない。しかし異常は明らかだった。右の腕輪が
所詮これは衣装なのだ。形を似せただけで、神機使いの生命線だった
ともあれ今はレース中。
そして
『く、お願い
最も負担の軽そうな小型アラガミを再装纏。
残りは150m、差は1バ身あるかないか。
「いける!」
叫んだのはコンバスチャンバー。"金剛"の精密な走りに何らかの疵が入ったことは理解しつつ、心配などはまるでしない。
「させない!」
グラも応じる。腕輪の破損は全くの想定外だが、『それがどうした』と即答するのが兵士のメンタルだ。ありえないトラブルは在って当然。そんな矛盾こそ戦場の常だと知っている。
『チャンスは、バスちゃんが抜いてくる瞬間!』
残り100m。とうとうコンバスチャンバーは先頭に並んだ。ただし彼女は4コーナーで大きく膨らんだから、このゴール前でも外ラチ近くにまで離れている。
距離がある──ヒトやウマ娘の基準でいえば。アラガミのサイズによっては“すぐそこ”とも言える。
そして、先頭を逃げるのでなければアバドンの強みは失われる。右腕が空くということだ。
《どうするつもりだ?》
『アナさんはそのまま槍を! 右はぶち壊します!』
《はぁ?》
残り50m。グラはほんの僅か2番手に落ち、同時に切り替えて地を蹴る。
右腕:ウロヴォロス
分かっている。だからグラはその踏み込みに全てを注いだし、その瞬間弾け飛ぶ腕輪を胸元にかき抱いて確保した。後続には破片ひとつ零さない。
ウロヴォロスは山のような巨体でありながら、兎のようにぴょいと跳ねるのである。その時だけは妙に俊敏な辺りが腹立たしい。
宙を行くグラ以外にとっては大きなイレギュラーだ。とりわけ、毎秒5回以上のペースで“領域”のオン/オフを切り替えているコンバスチャンバーにとっては。
「ぅぐっ!? くっ、そぉ!」
彼女の走りは繊細さにおいてグラのそれに近い。不整地にも震動にも弱い。ならば地面を揺らしてしまえというわけだ。
代わりに腕輪は左しか残っていないし身体も宙に浮いてしまっているが、その程度はこの距離なら問題にならない。
『彗星衝でフィニッシュです!』
《了解》
神機使いは空中でも駆けられるのだ。特に槍を手にしていれば。
愉しいレースだった。
バスちゃんの夢を叶えさせてあげるわけにはいかなかったけど、彼女はレース前より明らかに強くなったし大きな怪我もしていない。あ、ベアちゃんや他のみんなもね。
ついニコニコと頬を緩めながら地下へ戻る。いやぁ本当に良いレースだった──なんて余韻を吹き飛ばす、暗い表情でのお出迎え。それも2人。
「え、なんですか一体。サキさんはなんとなく分かりますけど」
「ごめんね……」
差し出された手に、内側から千切られたような腕輪を乗せる。つまりサキさんは『腕輪のおかしさに気づけなかった』と自分を責めているのだ。目標設定に無理がある気もしますけど、こちらはまだ理解の範疇で。
もう1人は全然分からない。サキさんの隣で同じようにどんよりしているのは……アリー先輩だ。
「先輩はその、どうして?」
「いやー……軽率なこと言っちゃったなって。バスちゃんとベアちゃん、どう? 見た感じは普通そうだけど、怪我とか隠してないかな?」
「無事だと思いますよ。我慢してる風には見えません」
「そっか、良かった……」
何のことやら事情を訊くと、どうやら今日のびっくり現象のひとつはアリー先輩が原因だったらしい。
先月、ベアちゃんが訪ねてきたそうだ。リハビリがどんなに辛かったか、みたいな話を教えて欲しいと。『怪我をするとこんなにツラいんだぞ』って体験談を仕入れて、それでバスちゃんの無茶を止めようとしたんだろう。
アリー先輩は訊かれたことに答えつつ、サービスのつもりでオマケ情報も渡してしまった。
『こういうこともできるみたいだよ、私も実際やったことあるんだけどさ』
あー、ボゥ先輩との安田記念*でやってましたね、“領域”の受け渡し。教えちゃいましたかー。
「教えたからってできるようになると思わないじゃん!?」
「ですねえ。でもベアちゃんの〈回転心体〉が無かったら、その方がバスちゃんは危なかった気もしますし」
「それは結果論だよー、適当なこと言っちゃった……反省しなきゃ」
そ、それを言い出すと『〈クランク機構〉があんな危なっかしい代物になったのがそもそも私のせい』という疑いがあるのでなんとも。その程度のヒントだけでベアちゃんが継承をやってのけた点には、間違いなく群雲さんも関わってるでしょうし。
「先輩が反省することじゃない気がします──ちなみに、腕輪が壊れた私への心配とかは無いんですか?」
「ワンちゃんなら何とかするでしょ?」
「迷わず言いきりましたね……」
いやー、そんな余裕綽々な状況ではないです。
私の右手首あたりを慎重に触診するサキさんは、アリー先輩よりは危機感を共有してくれてると思いたいところだ。
ジャパンカップまでたった7日。身体にもソウルにも問題は無いけど、腕輪の手配が間に合うかどうか。
片腕だけで挑むのは、流石にちょっと勝ち目を見いだせない。だって相手はムンちゃん・トリィさん・ニュクスさん・ルーテさんの揃い踏みだ。
……割とヤバいのでは?
せめて良い方に考えよう。ジャパンCや有馬の最中に壊れるよりはマシだった、とか。
※ウマぴょいしようにも、実はアナって馬じゃないので許してください。
(ゴッドイーター未プレイの方へ)
ウロヴォロスはとにかくデカいアラガミです。足下に潜りこんで接近戦を挑むと、相手の下半身しか画面に入らない感じ。巨体に見合った攻撃力も特徴で、中でもジャンプ&踏みつけは盾を構えていても削り殺されることがあるほど。
ゲーム内では『一部のベテラン以外は戦う機会も無いような強敵』として描写されていました。
プレイヤーの視点で言えば『初心者殺しだけど慣れちゃえば余裕』な感じでしょうか。