アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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トゥインクルの果てへ(2/4)

 

 有のレース中は、返事をする余裕が無かったが。

 

変態! UMA娘!!

 

 コンバスチャンバーとベアリングシャフトはこの言葉がいたく不服だった。『ドゥ先輩に言われたくないです』というわけだ。

 後日、抗議されたドゥームデューキスは思い切り目を逸らす。

 

『わ、私はただ受け取ったモンを使っただけだからよゥ』

 

 視線の先には幼馴染。彼女もまた責任を受け取らない。

 

『ワンワンのいるレースじゃなきゃあんな真似できるわけねーナ』

 

 そう、ナーサリーナースもまた“領域”の受け渡しを行っていたのだ。事前練習ではどうにも上手くいかなかったので、レース中のぶっつけ本番で。その点はバス&ベアと共通である。

 

 ただし、後輩ペアは同じターフ上でそれをした。

 対してナーサリーナースは──、

 

『でもナー先輩は出てないじゃないですか!』

 

──自身は走らず、観客席からの祈りだけでドゥームデューキスへと伝えた点が異質。1年長くUMA娘と付き合ってきただけのことはある。

 

『おめーらこそ何だよゥ、あの2人でひとつみてーなの』

『それはナー先輩もやったって聞きましたよ』

『ミルファク*、よけーなこと話しやがったナ……』

『つまりナーだけがUMA娘ってワケ』

 

 どっちもどっちだろう。

 

 

 なお有記念ではテセウスゴルドも他者の“領域”を見せた。レース以前に継承を済ませてきた彼女だが、こちらについては異常というほどのことはない。

 本来の持ち主はアグネスデジタルやマンハッタンカフェと同じくドリームトロフィーを駆け抜けた優駿であり、元祖と言われるほど誰もが認めるUMA 娘なのだから。今さらである。

 

 



 



 

 

 

 継承因子:(サクセサー・オブ・)うたたね冬眠鼠(ナーサリーナース)

 

 

 ドゥームデューキスは1周目の第4コーナーで親友の力を借りた。しかしこれは『攻めた』とか『動いた』と言えるほど能動的なものではない。手札を切らされた形だ。

 

『バ鹿じゃねーの、速過ぎんだろゥ!』

 

 ここまでの400m(2ハロン)、ドゥームデューキスのカウントでは23秒台で来ている。スタート直後はともかく後半は1ハロン11秒台──これはゼンノロブロイがレコードを刻んだ年*の時計に近い。

 

 後ろから後輩2人が迫るのはまだいい。最後まで駆け通す以前に『(ワン)(ワン)に一泡吹かせたい』ような魂胆が透けて見えるから、後のことを考えていないのだろう。

 しかし前を行く2人はどうだ。本気ではあっても全力ではない。脚も(ソウル)も残している。それなのに差はじりじりと開いていくではないか。

 

『地力が伸びてやがる……!』

 

 去年の有時点でも、アナグラワンワンの身体能力は『貧弱』の域を脱しつつあった。それがまた育っている。世界中の転戦を経ることで。

 現時点でも(仮に数値化すれば)トリウムフォーゲンやムーンカフェよりは明らかに劣っているし、テセウスゴルドやドゥームデューキスよりも下だろう。

 しかし使い方はすでに歴戦の古豪だ。今は右腕に何の喰核(コア)も纏っていない。3コーナーを直進して稼いだ速度を維持したまま曲がっているだけで、力の差を見せつけている。

 

 


 

 未来の視点から言うならば、ドゥームデューキスはこのレースで掲示板を逃した。結果は7着。

 5着とは1/4バ身も離れていなかったが、本人は『勝負にも絡めなかった』と振り返る。

 

『逃げの私が序盤から振り切られそうだったんだぜ? 諦め悪く追っかけはしたが、そんだけだ』

 

 自己を卑下するくせのある彼女の言葉だから、他の選手からは違った評価もあるだろう。

 ただ、同じく『勝負にも絡めなかった』という評価を(ドゥームデューキスにではなく自らに)下した者がいる。

 

『私は……あー、追込みに絞ったのは悪くなかったと思うんだがなぁ……』

 

 若干の迷いと後悔を滲ませるのはテセウスゴルド。

 有の最終順位は──6着。

 


 

 

 そんな未来など確定していないレースの最中。

 テセウスゴルドは焦りに囚われている。

 

『このままじゃマズいな──』

 

 〈錨破(アンカーレス)〉によって最初から最後まで全力を出すこともできる彼女だが、今回は追込みで爆発する予定だった。

 元々の気質もそうだし、アナグラワンワンやコンバスチャンバーがマイルチャンピオンシップで魅せたラストスパートに感化された面もある。何よりゴールドシップから〈不沈艦〉の因子を継承したことで、これまで以上に終盤勝負への思いが強まっているのだ。

 

『──いくら何でも差がデカ過ぎる!』

 

 が、それにしても先頭が遠い。今は4コーナーから直線に向き直ったところ。ただし1周目の。

 これが残り300mの最終直線ならば悲観するどころかアガる差なのだが、実際にはゴールまで2000m弱もある。

 

『大歓声の中で急坂を駆け上がる、先頭アナグラワンワン僅かにリードを作っ──いえ、トリウムフォーゲンすぐに差を詰めて張り付きます』

『3番手ドゥームデューキスは苦しいか、後を追うクラシックの2人も、これはかかってしまっているかも知れません』

 

 遅れて坂へ飛び込む。仮に今の差を保って1周してこれれば望みはありそうな差だ。

 しかしかなりハードルの高い『れば』である。ここまでのハイペースもそうだし、更に壁はもう1つ。

 現在16番手にいるテセウスゴルドの目前で、ちらちらと後ろを気にしながら走るUMA娘。

 

「ち、やりづれぇな! ニュクス、何企んでやがる!?」

「そんなの、勝つこと以外にありえますか?」

「へっ、そりゃそうだわなぁ!」

 

 確かに訊くまでもない、直感で理解した。

 ニュクスヘーメラーは自分を利用して前へ行くつもりだと。踏みつけて発射台にするつもりか、協力してツインターボ師匠ツインエンジン的な推力にする気かは分からないが、最終的に敵同士になることははっきりしている。

 

 ならば対処は? 動くべきはいつだ?

 

『……悩むな! 私は最後に賭ける!』

 

 この乱戦を読み切ることなど誰にもできない。ひたすらに自分の強みを押し付けるのが得策だ。ましてニュクスヘーメラーは『早く加速しろ』と言わんばかりに手ぐすね引いているように見える。

 ここは温存。そう決めてテセウスゴルドは坂を駆け上がった。

 

 

 

『……テセウスさんは出ませんか』

 

 坂を登り切って残りは1700m。第1コーナーまでの直線で、15番手に控えるニュクスヘーメラーは慎重にタイミングを測っている。

 追込みの爆発力という点では自信があった。感情的で自分本位なギリシャ神話体系の力は天候をも左右するほどだ。その全てを自在に操れるとはとても言えないが(使い手にとっても割と理不尽なので)今日このレースに限っては心も魂も、やりたいこともやるべきことも、全てが『勝利』を軸足にして廻っている。

 

 昼と夜が、感謝と嫉妬が、歓びと憎しみが交じり合う混沌。それがニュクスヘーメラーという魂だと定義したから、彼女は言葉で切り分けない。直観で悟り感覚で選ぶ。

 

『私ひとりでは勝てない』

 

 理屈抜きに受け入れた。打開策が必要だと。

 

『誰かを使おう(﹅﹅﹅)

 

 躊躇いなく決めた。路面や天候や声援などの要因よりも、事態を左右する影響力が大きいのは()イバ()()だから

 

『テセウスさんでは間に(﹅﹅)合わ(﹅﹅)()()

 

 冷たく断じた。これ以上の差を受け入れるのは判断ミスだと。ここは温存すべき局面ではないと。

 もちろん我武者羅にぶっ放せば良いわけでもないが。

 

 天から見下ろすように状況を俯瞰する。

 先頭は第1コーナーに突っ込んでいくところだ。アナグラワンワンの後ろにはトリウムフォーゲンがぴたりと張り付いている。

 少し間が空いてドゥームデューキス。3番手を維持しているが余裕は無い様子。クラシックの2人はまだ元気だが、最後までは保たないだろう。

 更に間があって6番手以下の中団が続く……が、その中で先頭近くにいたはずの1人が後ろの方に下がってきていた。

 

 トラブル? ありえない。

 

『……私を見てる。私たちを』

 

 彼女は、ムーンカフェは全員(﹅﹅)()勝つつもりだ。乱戦を読み切るつもりは無くとも踏み潰す気だ。だから最初に逃げの集団を見て、中団を見ながら下がって、今こうして最後方も見ている。

 常に完勝を目指す。そういうアスリートであることは以前から承知していた。その姿勢にアナグラワンワンが好感を抱いていることも知っている。

 

 が、それはそれとして──

 

『あんまり好きじゃないんですよね、ああいうとこ。“強者の傲慢”っていうか……おっと、言葉は余計です。感情の赴くままに!』

 

──気に入らないから牙を剥く。

 無計画なようで、というか実際に無計画なわけだが、ニュクスヘーメラーのようなタイプはこれが一番強いのだ。

 彼女のような。言い換えると、理屈を投げ捨てているタイプは。

 

 


 

 アイルランドチャンピオンステークスの際、マルディンウィルトには迷いがあった。それまでは深く考えずにいた足下が、『勝てない』という焦りの中で揺らいだ。

 直接対決を避ければ敗戦は確実に避けられるのに、わざわざぶつかる理由。もっと勝ち易いレースも選べるのに、あえて激戦に出る理由。

 彼女の原点には動機が薄い。憧れも情熱もなく、日常から逃避できる戦場で“深呼吸”をしていただけ。勝ちにも負けにも執着は無かった。

 

 それが変わったことを、トレーナーはもちろん察している。『勝ちたくなったのも敗けるのが怖くなったのも、真剣に戦ったからだ』などと言語化もしてくれるだろう──きっと間違ってはいない。言葉にするならそれが一番近い。

 

 ただしこのウマ娘はもっと感覚的だ。

 競技者になろうと、挑戦者になろうと。

 


 

 

『何もおかしくはない。誰も狂っていない』

 

 中団の前方(全体の8番手)で、マルディンウィルトはそんな実感を得る。

 

『全く、かつての私は軽々しく“狂気”などと言っていたものだ。恥ずかしくなってくる』

 

 第1コーナーの曲がり始めは登り。爪先に力を入れつつ、コース取りの為にはインにも体重を傾けたい。登り終えれば平坦になるがカーブはややきつくなり、そこから第2コーナーは下りに転じる。

 難所というほどのものではない。マルディンウィルトにとっては何も考えずに突き抜けられる、特に変哲ないコースだ。

 

 しかしここを駆け抜ける際、周りのウマ娘たちには驚くほどの工夫が見られた。0.1秒未満を削るために。1cmでも有利な位置を取るために。

 きっとアナグラワンワンには勝てないだろうに。実力差も承知しているだろうに。

 

『強敵に挑むことが狂気なら、この国のウマ娘は全員狂っていることになってしまう』

 

 それは、まぁ、その。

 もしテレパシーで内心が伝わったら、周囲の日本ウマ娘たちは気まずそうに目を逸らすかも知れない。客観的には常識的強豪ウマ娘な彼女たちだが、『頭おかしくなきゃ今年の有には出てないよね』的な自覚があるので。

 実際にはそんな思いは伝わらない。マルディンウィルトは結論に達する。

 

『私はふつう(﹅﹅﹅)だ。当たり前のウマ娘だ』

 

 これまでずっと常識や集団から爪弾きにされてきた彼女にとって、もしくは異世界の動物(うま)の本能にとって、()()という実感は特別なもの。

 集団はある種の引力を伴う。時に束縛(くさり)として作用することもあるだろう。

 しかし心の深いところに生じた『独りではない』という実感は、マルディンウィルトの中で『どんなにハジケても大丈夫』に着地する──それはそうだ、アナグラワンワンという異端の好き放題を見ていれば不安など抱かない。

 

 

 勝ちたい気持ちは有り触れていて。

 行動に移すことも当然で。

 

 それでもマルディンウィルトは"狂詩人"の物語と無縁ではない。

 主君や仲間を戦で喪い理性を蝕まれた。そんな経験はしていなくても、叫びすら上げられない嘆きは魂の一部だ。

 

 併せて、開き直る。

 (ともがら)の死を悲しむのは当たり前。一体全体、彼のどこが狂っていたのだろう?

 

 

 未現領域──我ら相喰む円卓の徒(プレデターズ・オブ・ラウンド)

 

*
昨年のNHKマイルカップでのこと。59-60話「乱戦海里」

*
現実では2004年。400m地点の先頭はタップダンスシチー号で、彼はロブロイに次ぐ歴代2位の記録を持つ。

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