アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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トゥインクルの果てへ(3/4)

 

 昨年の有記念に臨む際、グラはこんなことを考えていた。

 

『3着以下になるとしたら、それは私の大ポカ。ムンちゃん以外に敗けることは考えにくい』

 

 それを知っているわけではないが、今年のムーンカフェも似たような戦力分析だ。

 

『掲示板を逃すことは無い。今の私を正攻法で倒せるとしたらグラくらい──奇策で予想を覆してくるとしたら……トリィ、ウィル、ニュクスの誰かか』

 

 テセウスゴルドはピークアウトしている。ドゥームデューキスは地力に劣る。2人とも弱くはないし伸びてもいるが、異常性もとい危険性はそこまでではないとの判断。

 

 事前のデータだけでなく今日の走りもよく観察した。先頭近くから中団の後ろまで下がりながら、最後方のニュクスヘーメラーとテセウスゴルドまでを見た上で『分析に修正は要らない』と結論づけたのは第2コーナーの手前辺りでのこと。

 緩やかに位置を上げながら考える。

 

『残り1400を切った。グラも動く頃だわ』

 

 第2コーナーから向正面前半は降りだ。ムーンカフェの考え通り、アナグラワンワンにとっての仕掛け所にあたる。

 実際、何事も無ければここで仕掛けていただろう。しかしその直前に動いた者たちがいる。

 

 

 未現領域──我ら相喰む円卓の徒(プレデターズ・オブ・ラウンド)

 

 

『『『────っ!!』』』

 

 使い手(マルディンウィルト)ともう1人を除いて、全員が息を呑んだ。〈敗残に狂い果て〉の戦場とは異なる心象風景は、しかしあれとは別の意味で心胆を凍らせる。

 

 〈喰卓〉は友愛に溢れている。

 同じレースで競い合う自分たちは仲間だと、家族だと、裏表のない愛を謳う。

 16人のうち15人は敗れ去るという残酷で無慈悲な競演。ならばこの出会いは共通する戦意(こころ)がある故だと、一期一会を(ことほ)いでいる。

 そしてその先も隠さない。

 

『だから、私が勝っても文句は無いだろ?』

 

 悪い方向に言い換えるなら『愛している、だから全員死ん(まけ)()くれ』に近い。前提にあるのは()()たいよな、私もそうだ』という一方的な共感だろうか。

 やはり捻れて狂っている。確かに自らが勝つことと他を負かすことは表裏(イコ)一体(ール)だが、その冷たい殺意を愛おしさと混ぜ込んで(あるいは勘違いして)いるのが〈喰卓〉という“領域”だ。

 

 殺伐兵士脳のグラでさえギョッとせずには居られなかった。ムーンカフェもトリウムフォーゲンも一瞬身体が強張った。

 後ろから見ればその変調は明らか。大きなチャンスだ。

 

 

 領域転象──アテの招く歓談(フロム・アテ)

 

 

 ニュクスヘーメラーだけが、マルディンウィルトの捩れを当然のものとして受け流せた。怯えないどころか『ヌルい』と断じながら。

 実際、〈喰卓〉はこの場の全員に作用するものだ。力が散っている。その点ニュクスヘーメラーの牙は目移りしない。

 

 

 未現領域──讐咎神眼(イネヴィタブル・ネメシス)

 審判≫(Punish On)ムーンカフェ

 

 

 ネメシス*──復讐の女神と訳されがちだが、人の憍慢や神への不敬・不信心を戒める裁決と呵責の神性。因果応報という意味では復讐と言えなくもない。

 ()()〉で道徳心を揺るがせてから〈(ネメ)(シス)〉で咎めるという悪質なマッチポンプコンボだが、相手を選ばず深く刺さる。

 

「行きます!」

「っ! 速い……っ!」

 

 ムーンカフェも呻くほどの追い上げ。

 曰く、“必然としての”ネメシス。決して(イネヴ)逃れ(ィタ)えぬ(ブル)*神罰に由来する圧倒的な追走能力がニュクスヘーメラーの順位を引き上げる。

 

 それ以前からマルディンウィルトの〈喰卓〉が全員に作用していた。

 使い手自身は『ライバルたちの長所がよく視えるようになり、それを取り入れて自分を強化できる』などと認識しているが……そんな大人しいものではない。

 

『『これ、〈極点〉……!?』』

 

 グラとムーンカフェの印象通り。効果はささやかながら内容は極めて近い。他者の力を齧って使う、友愛と矛盾しない殺意。

 

 

 残り1000m、向正面の半ばで第2コーナーからの下り坂は終わった。

 現在ムーンカフェは11番手。いや、ここで重要なのは順位よりも位置関係だ。マルディンウィルト8番手、ニュクスヘーメラー12番手。理屈の通じない2人に挟まれた現状は苦境と言って良い。

 

 なればこその3人目。

 強力なライバルが苦しんでいるなら、潰す。

 

 

 領域具現──封鎖虹霓神(ヘイムダル)

 

 

「トリィ!?」

謝らないわよ?

 

 ムーンカフェが意表を突かれたように、トリウムフォーゲンがこのタイミングで仕掛けたことは合理的とは言い難い。発動時の順位を固定する〈虹霓神〉は先頭に立ってから使うべきものだ。

 先頭は依然アナグラワンワンのまま。橋守による抑止効果は3番手以下にのみ働いている。

 

 苦境は大歓迎。頬を釣り上げて笑うムーンカフェに絶望は無い。ただし──、

 

「私から仕留めようってわけね……!」

 

──それは少し、違う。

 

 


 

 

 決して口にすることはないが、トリウムフォーゲンは困っている。

 このことは妹にも隠し通すと決めた。というより妹にこそ明かせない。

 

 『ムーンを先に潰しにかかった』のではなく『グラを後に回した』。

 後者の表現でも間違ってはいないが、より正確に言えば『グラを潰しにいきづらい』側面が確かにある。

 

やっぱり私、甘っちょろいのよねぇ……

 

 気に食わない、生意気なUMA娘だったはずなのに。

 妹のワガママを受け止めてくれた。妹の夢を応援してくれた。実家に顔を出せば弟たちにも懐かれ、両親からも気に入られて。ミネイ辺りはすでにあちらの方を(あるじ)として扱うだろう。

 つまるところ、トリウムフォーゲンの中でアナグラワンワンは『身内枠』に組み込まれつつある。たったそれだけ、取るに足らないはずの情。刃を鈍らせる余計なもの。

 

「…………?」

 

 先頭を行くグラは不思議そうに振り返っている。レースに関係無いことはとことんまで察しが悪い。

 

待ってなさい、あんたを倒すのは最後よ!

! 分かりました!

 

 3コーナーの入り口はすぐそこ。

 前からは嬉しそうな返事があったが、ペースコントロールは憎らしいほど正確だ。昂りに任せて脚を使ったりはしてくれない。

 そしてもちろん、敵は後続にもいる。いるはずなのに。

 

アレを使ってこない。何を狙ってる?

 

 残り800mまで来てなお、ムーンカフェが〈新月〉を使わない。あれが〈虹霓神〉を打ち破れることは先月のジャパンカップで証明されているので、すぐに〈極光奏〉に移行することになるだろうという腹積もりだったのだが。

 

 かなりのハイペースで1700m以上を駆け抜けたことで、コンバスチャンバーとベアリングシャフトはすでに息切れしている。4番手・5番手という位置も維持することができずズルズルと後退中。

 代わりにマルディンウィルトが5番手に上がってきた。7番手ムーンカフェの真後ろにはニュクスヘーメラーが食いついて離れない。

 

もう動かないと間に合わなくなりそうだけど……いいえ、余計な心配よね

 

 何を企んでいるのかは想像がつかない。

 そもそも内面を細かく推し量れるほど親しくもないのだ。実力や覚悟を認めてはいるから『無策ではないのだろう』と考えるが、その辺りが限界である。

 

 

 その時、後方で誰かが呟いた。

 

「……っ! マズい!」

 

 何かに気付いたらしい。トリウムフォーゲンの耳では慌てた声の主を咄嗟に聴き分けられないが、位置的にはムーンカフェの近く──8番手・ニュクスヘーメラー。

 第3コーナーを曲がりながらという妙な位置で強引に進出を始め、今マルディンウィルトをも抜き去って一気に5番手まで上がってきた。

 更に──、

 

 

 未現領域──讐咎神眼

 審判≫トリウムフォーゲン

 

 

──〈神眼〉のターゲットを切り替えて追走を強める。何を察したのやら、今の内にムーンカフェとのリードを広げておきたいようだ。

 

 トリウムフォーゲンはこの攻勢を危険視しなかった。一時的になら前に立たれる可能性があるが、それでももう200mも行かない内に第4コーナー、そこに達すれば虹橋(ビフレスト)は燃え尽きる。〈極光奏〉に移行することで余裕を持って差し返せると考えたのだ。

 ニュクスヘーメラーについての戦力分析は間違っていない。

 ただしそれ以外の部分で致命的なことを見落としている。

 

 この時の彼女が警戒すべきだったのは、ニュクスヘーメラーでもムーンカフェでもマルディンウィルトでもなく。

 名前も挙がらないようなウマ娘たちだ。みな常識を備えている──ただし、この世代の日本での常識を。

 

 彼女らはジャパンCでも〈虹霓神〉を浴びた。その後〈極光奏〉に変わるのも視た。効果も大筋で察した。

 だから『第4コーナーに入ればトリウムフォーゲンが手を付けられなくなる』ことはとっくに予測済み。

 よって彼女らは一斉に動く。示し合わせたわけでなく各自が最適を選んで、炸裂するのは第3コーナーを抜ける直前。

 

 

 領域具現──我道への抜錨(リスペクト・ザ・ゴールド)

 継承因子:(サクセサー・オブ・)不沈艦、抜錨ォッ(ゴールドシップ)

 

 未現領域──循環否定迷宮

 

 

 テセウスゴルドとドゥームデューキスの足掻きも揃った。

 

! ったく、日本の(ジャポンスカ)は本当に油断ならない!

 

 乱れ飛ぶ“領域”。あるいはロングスパートを始めた圧力。〈虹霓神〉にかかる後方からの圧力がぐんと増した。

 凱旋門賞の時は4人か5人が挑戦を諦めて、護られるに甘んじていたのに。

 今日ここでは全員が──混乱から脱する暇のないペガサスヴェールは別として──虹橋を渡らんとする勇士たちだ。日本にまともなウマ娘はいないのだろうか。

 

トリィさん、自分が観察されてる自覚無かったんですか?

無くはなかったけど、おかしいでしょう色々と!!

 

 そもそも先月のジャパンC時点で、『トリウムフォーゲンが有記念にも出る』と知っていた日本ウマ娘がどれだけいただろう。

 腕輪を壊した"金剛"からの連絡と根回しで、出ると決めてはいた。だがわざわざ公表したわけではない。

 

グラは軽々しく言い触らすタイプじゃない、知ってたとしてもムーンぐらいのはず!

 

 つまり彼女らは、戦うかどうかも分からない相手を『次は勝つ』と睨みながらジャパンCを走っていたということ。それが()で活きている。勝てないとか格上とか、そんな弱気は誰も持っていなかった故に。

 日本勢は誰も驚いていない。ああ、どうやら普通のことらしい。これがUMA娘の、UMAシスターズのホームか。

 

 

 驚いてしまった。トリウムフォーゲンは感じ入ってしまった。

 ──ムーンカフェが予測し期待していた通りに。

 

『残り520m、やっと隙を見せたわねトリィ』

 

 7番手か8番手、中団に埋もれた危うい位置にいながらムーンカフェは(わら)った。

 

 最後のコーナー入り口、ここからなら間に合うと。

 もう1着か2着しかありえない──自分とグラとの1対1だと。

 

*
夜の女神ニュクスの娘である。エリスの(恐らく)姉、アテのおばにあたる。

*
Inevitable:回避不能な。逃れようの無い。

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