“その疑問”が生じた切っ掛けはクラシック期の5月、皐月賞を終えてのことだった。
レース中に力を使い果たしたアナが、グラが起きている間に初めて眠ったのだ。特に問題なく数時間後に目覚めはしたが、その夜は夢の中で詰め寄られた。
「本当に、本当に何の問題も無いんですね!?」
「しつこい。痛みやら自分が削れる感じやら、お前の想像力が豊か過ぎる」
「無いなら無いってはっきり言ってください」
「無い、全く無い。よく寝てスッキリだ」
アナは嘘を吐いていない。『そういった異常を感じたら隠さない』ことを約束させられたが、それも守るつもりでいる。レースの支障になるのは本意ではないからだ。
それはそれとして面倒になったのも確かである。『アナの居ない時間』を久々に体験したグラは、その英雄の“終わり”を意識してしまった。
いつかその魂は言葉を失い、
自分の中で死を──
再びの死を迎えるのではないか?
「突然居なくなったりしませんよね……?」
「約束通り正直に言おう。分からん」
「ぬぅ……アナさん、時々『自分なんて居ない方が良い』とか思ってそうだから」
「思ってるぞ? レース関連の力だけ残して消えられたらベストだな」
「縁起でもない!!」
グラは猛抗議するが、アナの本音は『こんなのがずっと居る方が困るだろ』である。レース中は良いにしても、恋人や伴侶を持とうとすれば──当分は心配要らなそうだが──大いに邪魔になるだろう。
アン・マグノリアにとってここは見知らぬ異世界であり、自分が魂として再臨した理由は分かっていない。むしろ分かっていることの方が少ないとさえ言える。
自分に何ができるかということさえ、グラと共に試行錯誤しながら確かめて/切り拓いてきたのだ。体験したことが知りうる全て。自分がいつ消えるかなど消えてみるまで分からない。
それが変わり始めたのはシニアの春頃から。
ラケル・クラウディウスの再現に成功した故か。その生前の視点を追体験した影響か。あるいは2つの腕輪という『自分の死後の未来』に触れたせいか。
根拠の不確かな、なのに拭い去れぬ予感。
自分はいずれ消える。
時を経るごとにそれは段々と明確になる。
喜ばしいことに、それはトゥインクルシリーズよりも先の話だ。
やがては──2度目の有馬を走る前、腕輪を作り直している頃には──意識が消える時期も含めて確信に至っていた。
流石にすぐ知らせるのは不味いだろうと、隠したままにトゥインクルシリーズを駆け抜けて。
ならばいつどうやって伝えるべきかと悩みを抱えることになる。
『泣くだろうなぁ……』
トゥインクルシリーズにデビューした時、グラは13歳。東京大賞典の時点で15歳。
彼女をまだまだ子供と見做すアン・マグノリアは、そこで何を選んだか。
この英雄はおおむねグラの味方だが、根本的に俗人である。善人かといえばそうとも言い難い。
泣かせたくないとは考えた。それは確かに本心で、同時にこうも思う。
『めんどくさ』
いっそ伝えなくてもいいんじゃないかな──そんな発想は流石に却下しつつ、面倒に感じたのも本心には違いなかった。
それに、トゥインクルシリーズを引退した半年後には繋駕競走の乗り手としてデビューを発表。以降は【ブラッドアーツ】を使う機会こそ乏しかったが、トロゥスポットの『両親に勝つ』という目標は高い壁であり、レースへの集中を乱すことはやはり伝えにくい。
勝ったり負けたりを繰り返すこと数年。
年間を通して完勝と言える成績を掴んだ時、グラはすでに20歳。
年が明け、2月の誕生日を迎えれば21になる。アナの中でも子供扱いはとうに卒業だ。
流石にもう泣いたりはしないだろうと考え、夢の中でじっくりと話すことにした。
「伝えるのが遅くなったが、実は私の死期がはっきりした」
「は? 隠さず伝えるって約束でしたよね」
成人したグラに泣く様子はない。代わりに瞬間沸騰の激怒。アナは鬱陶しそうに溜め息を吐く。
「そう怒るなよ……」
「怒りますよ、嘘ついたんじゃないですか」
「嘘ではない。痛みとかどうとかは無いんだ」
約束したのは『異常を伝える』こと。アナの消失はおそらく必然──消えることが正常な年限を迎えるだけ。
「……じゃあ、死期っていうのは」
「自然死。あっちで私が死んだ年齢にグラが達した時、私は消えるだろう」
「なる、ほど」
納得と共に、グラの表情からは僅かに強張りが抜けた。安堵を抱いたのだ。
アン・マグノリアの死は老衰によるものだとグラも知っている。何歳の時かは訊いていないが、どんなに短くてもまだ20年か30年はあると考えた。
アナとしてはそう思わせておいても良かったのだが……後が面倒になりそうなので先に対処しておく。
「あのなぁ。
「っ!?」
存在自体が倫理に反する、改造人間にして生体兵器。それが神機使いである。
そもそも本来の腕輪は、グラの勝負服のように着脱可能なものではない。骨を貫き血管やリンパ管に直結して固着されたコネクタだ。薬理的な調整はあらゆる臓器を侵し、オラクルという異物を日常的に浴びて、更にアラガミとの戦いによる負傷も数知れず──もとい、負傷についてはアンはほとんどしなかったが。
「ソーマやリンドウさんは長生きしそうだが、あの2人は例外だ。私の身体は常識的一般神機使いだった」
「そ、ん…………そんなことより、何歳なんです!? アナさんが亡くなったのは!」
「正確なところはラケル先生すら知らないんだよ、孤児だから」
「大体でいいですって!」
アン・マグノリアが老衰により亡くなったのは、記録上では28歳のこと。誕生日が不明瞭なことを踏まえると29だったかも知れないし、逆に27だった可能性もある。
「残り10年切ってるじゃないですか!?」
「ああ」
「ああって──!」
山のように文句を並べたかったが、グラはそれらを飲み込んだ。
分かってしまうのだ。アナはそれを受け入れている。覚悟しているとか諦めているとかではなく、消失を良い未来と捉えている。何を言ってもきっと翻意はしてくれない。
ならば。
なら、それまでの時をどう過ごすのか。希望を問いそうになった。それも飲み込んだ。
訊くまでもない。『グラの望むように』などとほざくに決まっている。何をしたいとか何処に行きたいとか、思っていても教えてはくれない。
だから。
仕方ない。グラは勝手に決めた。
アナの期待通り涙は抑え込んで──、
「分かりました」
「……おい、何が分かった。何を決めた」
──アナの予測を遥かに振り切って突き抜ける。
かつて樫本理子が示唆した、『究極的な答え』へと。
「子供を産んで育てます」
「…………はぁ!?」
ハードルはあった。
「相手が居ないと子供はできないんだぞ」
「なんとかします」
最悪精子バンクに頼ることも考えたが、グラがやろうとしているのは『アナに幸せな家庭を体験させる』ことだ。できることなら夫も持ちたい。
「候補でもいるのか?」
「いるわけないじゃないですか」
「じゃあ厳しいと思うが……」
この場合、グラの経歴はむしろ邪魔な荷物となる。
ちなみに、シンボリルドルフやトウカイテイオーらの要請を受けてニュクスヘーメラーの〈嘆願〉を用いたドリームマッチを定期的に開催しているが、英雄クラスの優駿たちの中には似たような理由で婚活に苦労する例が珍しくないらしい。大き過ぎる偉業はお相手も萎縮させてしまうのだ。
それを知るグラは手段を選ばない。
「こういうのはコネですよコネ」
「逞しくなっ……いや昔から逞しかったか」
頼ったのはトロゥスポットの実家。長く続く繋駕ウマ娘の名家である以上、そういうウマ娘との結婚にも前向きな男性に繋がる伝手は持っているだろう。
「それで相手がどうにかなるにしても。
私は邪魔だろう? その、子作りの」
「【ブラッドアーツ】空撃ちして気絶してくれたらその間にサクッと済ませますよ」
「情緒の欠片も無いな……」
情緒。グラに対しては期待するだけ虚しいものである。
「そもそも私、結婚相手にアナさんのこと隠すつもり無いですし」
「何言ってんだお前」
トゥインクルシリーズの引退後、流石に両親にはアナのことを伝えてある。アルヘイボゥたちやトロゥスポットにも話した。
かと言って、現時点では他人である伴侶にまで求めることだろうか?
「時間が無いんですから、受け入れられる人を選ぶまでです」
「実在するのかそんなヤツ」
「すると思いますよ。マンガ家とか映画監督とかならむしろ喜ぶんじゃないですかね」
「あー、それはそうかもな……作品のネタにでもさせるのか」
「アナさんが嫌じゃなければ」
「別に、好きにすればいい」
かくして、相手ごとに
婚姻の後は速やかに子供を作るつもりでいるので、もちろんトロゥスポットなどには相談済み。
結果的に相手はすぐに見つかったので、ここから1年ほどは表舞台から消えることとなる。
男は、端的に言えばアナグラワンワンの信奉者だった。芯まですっかり脳を灼かれていた。
ヒトミミである以上アナの夢に入ることはできない。それでもその存在を欠片も疑わず、何もかもをグラの言葉のままに受け入れる。
だからこそ、それを完成させるまでに長い年月を要してしまった。半端なものは世に出せないと、優秀なスタッフ集めだけに数年をかけた。
ようやく迎えたマスターアップの日、グラは29歳になっていた。
アナの本来の命数は恐らく既に尽きている。
3人の子供を産み育て──うち2人はウマ娘であり、胎内にいる間は血脈を通してアナの意識と交流していた──夫になった男にも親愛を抱くようになったから、精神力で無理やりにこの日までしがみついてきた。
【神速! 連撃! 狩りは進化した!】
ハイスピードハンティングアクションゲーム、タイトルは『GOD EATER』。
これまでのテスト版も幾度となくプレイしてきたグラは、発売前の完成物をリアルタイムアタックのように進めていく。若い頃から速さには自信があるのだ。
オウガテイルを狩った。ヴァジュラを喰った。コンゴウ4体の同時討伐もした。アテやエリスやネメシスといった、アナには見覚えの無い厄介なアラガミも斃した。
その中の、果たしてどのタイミングだったか。
気付けばグラの──、
『……アナさん?』
──ツンツンと跳ねていた髪が、すとんと落ちている。くせの無い真っ直ぐなショートヘアとして。
トレセン学園に入った当時の、5月以前のように。
『っ──、
ありがとう、ございました……!!』
返ってくる言葉は無く。
こうして
季節が巡る限り、離別は必然だ。
だからきっと。
「イタダキマス、だな♪」
「えっ」
そんな出会いもあるのだろう。
ご愛読ありがとうございました。
『アラガミ喰べてたウマソウル』、本編完結です。
明日、オマケを1本公開するのが最後の更新となります。