アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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動機なき出走 もしくは 必要なき動機(1/2)

 

 安田記念に勝ったことで、ボゥ先輩の雰囲気は随分変わった。

 

 これまでの先輩は、前回打ちのめされたスプリンターズステークスへの再挑戦こそ誓っていたものの勝ち目を見いだせずにいたという。焦り、迷い、苛立ち……そういうものに追い立てられて鋭く尖って──ともすれば尖り過ぎて──いたのが4月〜5月。GⅠの初勝利は大きな自信に繋がったことだろう。

 プラス、連戦した(常識的には連戦にあたるらしい)脚を休める期間に入ったことで寮室にいる時間がぐっと増えた。

 

 部屋でのんびりお喋りする時間なんて、前はほんのちょっとだったもんなぁ。

 

「これまでが短すぎたのよ。私もアンタも、ほとんど寝に戻るだけだったじゃない」

「……私は、ああいうやり方しか知らなかったので」

「昔の話でしょ。今はサキさんがちゃんと伸ばしてくれるんだから、オーバーワーク禁止」

「分かってますよう」

 

 模擬レース以前の私がやってたのは、お父さんから教わった──つまりはほとんどヒトミミ向けの──トレーニングばかり。平均的なウマ娘向けのはパワー不足でできなかったから、代わりにひたすら長時間やっていた。

 ……だから実は、今の生活リズムは余暇が多くて落ち着かない。勝手な自主練はバレて叱られたからもうやらないけれど。

 

 先輩に言われるまで気付きもしなかったよね。『トレーニング以外に趣味とか無いの?』なんて。ちなみにその時は『先輩だって似たようなものじゃないですか』と返した。まだ安田記念の前で、(とんが)りモードの先輩しか知らなかったから。

 以後は趣味を楽しんでおられる──まさに今も、日曜日を満喫中。

 

「うん、よし。目開けてご覧なさい」

「はい──うひゃあ」

「うひゃあとは何よ」

「誰ですかコレ……」

「アナグラワンワンとかいうんですって」

 

 鏡に映るのが私自身なのは、まぁ道理だけれど。なんだこのキリッとした美人は。さすがにお化粧濃くないですか?

 

「キレイはキレイですけど、この顔でどこを歩くんだという気が」

「あぁ、方向性は間違ってないわよ。テイエムオペラオーさんに寄せたメイクだもの」

「さすがにオペラオーさんもトレセンでの日常までこんなお顔じゃなかったのでは?」

「日常的に華々しいスタァだったらしいわ。寮母さん曰く、取材とか受ける時も学園での日常も同じ感じだったって」

「そ……そうなんですか」

 

 それは若干──いや、まぁ、それは置いといて。

 アルヘイボゥ先輩の趣味、それはお化粧である。サキさんとアリー先輩の髪をいじってもいたから、お化粧というか美容全般なのかな。

 

「いやぁ、楽しかったわ。前からアンタの顔だけは気に入ってたから」

「『だけ』に力こめすぎじゃないですかね」

「キリッとしてればそれこそオペラオーさんみたいな、なかなか華のある顔立ちなのよね。目も口も大きめで眉に力がある。

 ──表情がボケッとしてるのがもったいないわ」

「ひどい!」

 

 なお、態度や雰囲気が柔らかくなろうと私への罵倒は和らぐことがない。別にいいけど。

 

「……真顔だと怖いって言われたことがあって」

「あら、見る目のない戯言だこと。鏡を見なさいよ、怖いどころか頼りがいがあるでしょう?」

「むーん……」

 

 確かに先輩のお化粧はすごい。意識的に頬をゆるめてぽやっとして見ても、なんとなく絵になるというか……『ぼんやり』ではなく『物憂げ』と表現されるような。表情を引き締めればまさに舞台役者である。

 

「自分じゃなければ頼りがいがあるかも?」

「まぁそれはそうか。

 さて、写真も撮ったし落としちゃいましょう」

「……私が言ったことですけど、すぐ落としちゃうの勿体ないとか思いません?」

 

 今日の私は半日休養で、時間があるなら朝食後に化粧をさせろと言われて。

 嫌ではなかったけれど、出来上がった状態ではあんまり汗をかいちゃダメらしく……つまり午後のトレーニングができない。それは困るから、終わったらすぐ落とすことを条件にお引き受けした。

 それでも惜しく感じるほどの出来だったのになぁ。

 

「せっかく時間かけてくれたのに」

「私はその時間を楽しんでるからねぇ。落とさなきゃ次のお化粧ができないじゃない?」

「その発想はなかったです」

 

 目と口を閉じてと言われて何かぬりぬりされ始めたので、私は喋れなくなった。先輩はぽつぽつと昔話をしてくれる。

 

「うちは小さな床屋なんだけど、お父さんの実家は名家というか──あ、ウマ娘の血統じゃなくてね。資産家というか、社長さんとか? まぁそういう人たちなの」

 

 あぁ、だから先輩って時々お嬢様みたいな言葉遣いが出るのか。……そのせいで毒舌の斬れ味が増してる感もあるけど。

 

「化粧品とかシャンプーとかのメーカーだから、うちにもそういうのが溢れるほどあったのよ。小さな子がやるようなヒドいお化粧しても、叱られるどころか褒められる環境ってわけ」

 

 おー。小さな先輩がばっちりメイクでドヤ顔してるところを想像してみる。かわいい。

 それは趣味にもなるんだろうなとほっこりしていたところに──先輩の言葉が、少しだけ温度を変える。

 

「それで、アンタの趣味の話だけど」

 

 そう言われても、ぐにぐにクレンジング(?)されている私は答えられない。

 答えなくても良い状況を、先輩が作った。

 

「どーでもいいことは話すくせに、家のことや昔の話は最低限しかしない。言いたくないなら言わなくてもいいわ。

 でも趣味が無いんなら、私やアリーの趣味に付き合いなさい。気が進まなくてもとりあえず巻き込まれとけば、運良く気に入るかも知れないんだから」

 

 返事はできない。それも含めて気遣いであることは分かる。

 

「あぁ、ただサキさんは別。仮に誘われたらきっぱり断りなさい。あの人お酒大好きなくせにびっくりするほど弱いし、泥酔すると誰彼かまわずお酒勧めるから。断れば無理強いはしてこないけど、面倒臭いのよね……」

「それ詳──ッッ!?」

「おバ鹿、口閉じてなさいよ。舐めても身体に害は無いけど」

 

 にが、なんか、苦い! こんなの顔に塗ってる時にトレーナーの面白情報とか話さないでくれません!? 気遣いだと思われたくないからってツンデレがイジワルなんですよ先輩は!

 

 


 

 

 翌朝、たまたまアリー先輩の趣味も知ることになった。

 誘われたわけじゃないし、最初は誤解しちゃったんだけど。

 

「おっきな花壇ですね、これアリー先輩が?」

「やっほーおはよー。ジョギング? やり過ぎてない?」

「ちゃんとサキさんのメニュー通りです。もうしませんってば」

 

 先輩が水をやっていたのは寮の花壇らしい場所。でも改めて見れば隣の区画とは様子が違う。

 個人の花壇としてはかなり広いし、なのに1種類のお花で統一されてるっぽい。なんでだろう?

 

「ワンちゃんはお花とか興味あるかな」

 

 見回していたら先に質問されてしまった。

 アリー先輩には訊いてみたいことがあったんだけど、まぁ急ぐことでもないから後でいいか。

 

「元気そうなのは分かりますけど……すみません、なんてお花なのかも」

 

 ちょっとだけアジサイに似てる? いや、縦に伸びた茎の先に白い小花がぼこっと密集している。アジサイってこんな咲き方じゃなかったよね……?

 首を傾げていると、先輩は「うんうん」と納得顔。

 

「あんまり見かけないでしょ。これ、ニンジンの花」

「えっ」

 

 てことは、ここは花壇じゃなくて畑……?

 

「そういえばニンジンの花って初めて見たかもです」

「花が咲いちゃうと味が落ちるからー。普通は咲く前に収穫なの」

「そうなんですか。じゃあこれはもう食べられないんです?」

 

 すると先輩はよくぞ訊いてくれたと尻尾を揺らし、上機嫌に応える。

 

「んふー、じゃあ教えてあげよー」

 

 そして──小さな花をひとつ毟り取った。

 

「えっ」

 

 どうして突然と思う間もなく、花壇の端の方にある別の株からもう1つ小花を毟って。

 勢いよくぱさぱさと振ってから、面食らう私の鼻先に差し出してくる。

 

「食べ比べてみて」

「お花を食べるんですか!?」

食用花(エディブルフラワー)って言うんだよ。大丈夫だから、ほら」

「むむ……」

 

 ちょっとだけ抵抗はあるけど、食べられるものらしいし。大きさは小指の爪くらいしかないし、せっかくだからぱくっといこう。

 ──おぉ?

 

「甘い! 香りもニンジンだ!」

「ふふーん。後から取った方はどう?」

「端っこに生えてたヤツですよね──こっちは甘くない?」

 

 ドヤ顔の先輩が言うには、後から食べた方が普通のニンジン。先に食べた甘いのは品種改良や育て方を工夫した結果らしい。

 

「ニンジンは甘くて美味しいでしょ? で、花が咲くと美味しくなくなるって聞いたから、じゃあお花が美味しくなったのかと思うじゃない」

「おー、考えたこともなかったです。でもそれは美味しくなかったんですね」

「そうなんだよー、栄養は間違いなく根っこから花に移ってるのにさ。だから工夫次第かなって色々やってみて──」

 

 解説を聞いてまたびっくりしたんだけど、私が甘いと驚いたお花にはほとんど甘味成分が含まれないらしい。ただニンジン(普段食べる根っこ部分)の風味が強くて、だから味を錯覚するんだって。

 そしてそれは先輩にとっても良いことなのだと。カロリーもほぼゼロだから。

 

「──つまりね? ニンジン大好きだけど太っちゃうから食べられないって子には、いいオヤツになると思うのー」

「すごい! 大発明──発明でいいのかな? とにかくすごいです!」

「むふーん。もっと褒めていいよ?」

 

 そう、先輩の趣味はお花を育てることではなく、農作と品種改良だった──かと思いきや。

 それも誤解。早とちり。

 

「すっごく売れると思わない?」

「えっ」

「ニンジン嫌いなウマ娘っていないもんね。これは売れる! 今度こそ天下とっちゃう!」

「先輩?」

 

 話の流れが急変したようで、アリー先輩は徹頭徹尾そのつもりだった。

 よくよく話を聞けば、先輩の趣味は──お金儲けだ。正確には新商品の開発?

 

「食堂で売ってるはちみー、どの味が好き?」

「味……えっと、無印というかプレーン的なヤツしか飲んだことないです」

「そっかぁ残念。強敵なんだよねー」

 

 はちみーのバリエーションの幾つかは、アリー先輩がOG*と組んで開発した新商品だという。でも昔からあるノーマルはちみーが人気すぎて売れ行きはイマイチなんだとか。

 

「いつかノーマルはちみー並みの大ヒット定番商品を生み出してみたいんだ〜」

「おぉ……!!」

 

 握り拳で夢を語る先輩は、口の端がぐっと上がった挑戦的な笑顔。勝ち気なウマ娘がレース中に見せるそれにそっくりだ。

 

 なんだかレースよりも燃えてるみたいに見えてしまう。いえ、別に顔で判断はしませんけども。

 

 


 

 

 すっかり商売の話が盛り上がってしまったけれど、それが一段落したらアリー先輩の方から「ごめんね、何か話あった?」と水を向けてくれたので、最後に訊くことができた。

 

「先輩は……その、責めてるとかではないんですが」

「うんうん?」

「どうして……安田記念に出たんですか?

「あ〜」

 

 ボゥ先輩とぶつかることは分かってたはず。

 アリー先輩もあの人のことが大好きなはず。

 そのことは、レース選びに関係しないのだろうか?

 

*
ボーノボーノなヒシアケボノさん。




※ウマ娘世界のニンジンなので、現実のニンジンとは別ものと考えてください。現実のニンジンの花も一応食べられますが、根の部分の香りはほとんどありません。
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