夜、夢の中。
グラは神機の出し入れを練習しているが、明らかに身が入っていない。
悩んでいるのだろう。
ギンは言った。“GⅠ勝利”だけでは何をしたいのか分からんと。
サキからも問われた。何を思ってこんな過密ローテを組んだのかと。
とどめにボゥが暴いた。趣味が──言い換えれば独自の選好が──ないことを。
すなわち、なんのために走るのかと。
グラには具体的な目標も憧れもなく、私の逸話が強いる衝動を宥めるために──いささか消極的な理由で──戦っている。その目的は『本気で挑む』ことで達成され、実のところ勝つ必要は無い。
他者から勝利を奪わなくても別に良い、なんて考えているのかもな。
開催される全レースの中から例の11戦をピックアップした際、予定を詰めたのは『練習より本番の方が楽しいから』という我欲のようだが、よりグレードの高い重賞を選んだのは『勝ちにくいから』……どこか勝ちを避けるような無意識が、多少は働いたのではないかと見ている。
グラは自身を兵士脳などというし、実際なかなか
敗者の汗と涙には、同情と罪悪感を予感してしまうのだろう。……選抜レース以外で1着になったことはまだ無いが。
年齢相応の健やかさと生っちょろさを持つ子供とも言える。
『先輩は……どうして安田記念に出たんですか?』
アリーとボゥのレースについて問うたこともそうだ。こんな質問は無駄だと私は思ったし、答えを聞いてもやはり無駄に終わった。
それはどこまでも彼女らの間でしか成り立たない話だったから、グラの迷いを照らしてはくれない。
『最初はね、出るつもり無かったの。でも先輩に言われたんだ。応援する気持ちがあるなら本気で競って欲しいって。
割とヒドい話だよね? 私を跳ね板にして弾みをつけようとした、とまでは言わないけどさ〜』
『言っちゃってるじゃないですか……』
アルヘイボゥがアソカツリーに安田記念への出走を乞うた。もちろん八百長などではなく本気で競うことを。
見ようによっては褒められたことではないかも知れないし、アリーの反応も同じかも知れない。
『いいんだよ。私はそれでも構わないと思ったから。先輩を応援してるのは本当だしね』
『……自分が勝っちゃうかも、とか思いませんでした?』
『あ、ワンちゃん私の戦績忘れてる? 全然思わなかったよ、むしろ跳ね板にすらなれないのが怖かったかな』
安田記念前の時点では、クラシックに上がってから2戦0勝──5着と3着。
それでもなお、戦う前から負ける気なのは如何なものかと言う者もいるだろう。勝手に言わせておけという話だが。
『そんな……いえ、でも最終的には出たんですよね』
『こらこらワン子ちゃん。それは君のおかげだぞー?』
『えっ』
実際、アリーは安田記念を走った。ボゥを
ウマソウルである私がグラの人生と無縁で居られないように。
レースで勝てば必ず敗者を生み出すように。
世捨て人にでもならない限り、何がしかの縁が誰かしらに作用することは避けようが無い。
『ありがとう、ワンちゃん。感謝してるんだよ──きっと先輩も』
『いやそれはどうでしょう』
『君も素直じゃないよね〜?』
アソカツリーとの会話は他にも示唆に富むものだったが、やはりグラに答えは示さない。彼女は他者を押し退け自分が上回ることに罪悪を感じないタイプ、レースにおいてそれは当たり前というスタンスだ。
そして私も参考として不適格。
グラも分かっているから訊いてこないのだろう。私が──ゴッドイーターが戦っていた理由なんて、アラガミが人類の敵だからに他ならない。正当だろうが過剰だろうが防衛であり、咎も赦しも無い生存競争だ。
グラはウマ娘。
ウマソウルに強いられるものがあるにせよ、出走するレースを選ぶ余地はあるし負けたところで死にはしない。
仮に死ぬようなものなら私はもっと厳しく神機の扱いを叩き込んでいる。
実際にはそうではないし、これは彼女の人生だから、その迷いにこちらから口出しはしない。
親とのことがあるから最速でGⅠを取りに行くのは確定にせよ……それ以外には特に行く当てもない旅に、ぽつんと放り出されたような心細さを感じているとしても。
「…………」
グラは何か問いたい様子だ。だがこちらからは水を向けない。
私はできるだけ影響を与えたくないんだ。『どうして戦うか』なんて、悩んだことすらない脳筋は助けにならないだろうし。
とはいえ邪険にするつもりはない。気晴らしの雑談なり神機についての話なり、話したければ付き合おう。
そういうつもりで待ち構えて──しかし大いに意表をつかれる。
「……お酒って美味しいんですか?」
「──は? やめておけ」
咄嗟に否定したが、これは妥当だろう。この国では飲酒が許されない年齢のはずだ。
しかしどうやら、グラ自身が飲みたいという話ではないらしい。
「そうじゃなくて、お休みの日の話。アナさんの好きなこと、教えてください。趣味トークですよ」
「あぁ、そういうことか。……んー……」
これは少し困った。グラが相手だから無用な嘘はつかないが──、
「美味くは……なかった。酒蔵なんて施設がまともに残ってるわけもないし、この世界で言えば工業用アルコールに近いものを適当に割って飲んでいた*のだろう」
「えぇ……そこまでして飲みたいもんですか」
──困らせてしまうよな。本当にあの世界はロクでもない。
……流石に医療用アルコールに手を付けるほどの酒カスは、少なくとも
「味はどうでも良かったんじゃないか。仲間と騒ぐ時間は悪くなかった」
「へぇ……聞きたいです、フェンリル──アナグラの皆さんのこと」
「構わないが、何もかも話せばきりがない。あと30分もしたらお前は寝る時間だし」
「えっ、じゃあえっと〜、」
少し悩んで、グラはテーマを絞る。
今の彼女が求めるもの──動機。選好。渇望。
「ゴッドイーターの人たちって、趣味とかあったんですか?」
……おや、私にとってあまりよろしくない流れな気がする。
「私の同期はアニメにハマっていた」
「アニメなんてあったんですね」
「過去作品のアーカイブだ。新作が作られることはない」
「悲しい……」
「趣味人といえばハルさんだが……却下」
「逆に気になりますが?」
「成人女性の肉体をこよなく愛する人だ」
「はい、却下で」
「趣味、趣味なぁ……カレルの金稼ぎは違うし、ジーナのアレも趣味とは……カノンちゃんも物騒すぎるし」
「物騒な趣味とは……?」
「カノンちゃんはアラガミもろとも味方を吹っ飛ばす迷ガンナーだ」
「迷ってレベルですかソレ!?」
「あ、待て待て思い出した。彼女お菓子作りも趣味*なんだ」
「怖くて食べたくないんですけど」
「安心していい、神機を握らない限りは無害だから」
「それは神機使いとしてどうなんです……?」
「避けてしまえば誤射にはならない」
──などと、あれこれ仲間を挙げて話を振り回してはみたものの。どうしてもあんな世界だから、趣味的な時間を持てたヤツばかりじゃない。
それにグラも(そこまで)愚かではないから、直前までの話の流れくらいは覚えているだろう。
「後は、そうだな──」
「……あの、話そらしてません?」
「──バレたか」
「そもそもアナさんの趣味を聞いたんですよ」
「覚えてるよ、済まない。……それこそドン引きされそうで言いづらかった」
そもそも酒の味なんかを訊ねてきたのは、以前に『非番の日は泥酔して半日寝てたこともある』なんて話をしたからだろう。
あれは嘘ではない。嘘ではないが。
「酒なんか飲んだの、実はその1度きりで」
「え」
「仲間たちが私を休ませようとしたんだ。『寝食を削るのもいい加減にしろ、このバトルジャンキーめ』みたいに」
「バトル……戦闘狂? アナさんが?」
「否定したいが、周りからはそう見えたらしい」
アリサやエリナのような──アラガミに怒りや恨みをぶつけるような──戦い方をしたつもりはない。
私にとってアレらは『剣や銃で対処可能な自然災害』だ。台風や地震に備えるように向き合っていた。
「じゃあどうしてバトルジャンキーなんて」
「戦いを愉しむ側面があったのは間違いない。だからじゃないか」
「…………なるほど、ちょっと引きますね」
「だろう? あ、流石にアラガミをいたぶるとかそういう愉しみ方ではないぞ」
出撃時以外の、アナグラでの過ごし方が問題だったのだろう。私の時間の使い方は、確かに少しばかり偏っていた。
神機の改造やメンテナンス。使ったことのない武器はとりあえず触って振り回してみたかった。
それら全て生き残るために必要なことではあったけれど……いや、全ては嘘か。ロマンや見栄えを求めたことも少なくないから。作っただけで実戦で使ってない武器も多かったしな……。
「あの宴会を仕組んだのはリッカ──
要するに私の趣味は『神機使いであること』だったと、さもなくば無趣味な仕事人間だったと、そういう話。
引かれるだろうし恥ずかしい気もするから、進んで話したいことじゃない。話を逸そうとしたのはそれだけの理由だ。
そんな程度の話しにくさであって。
まさか──まさか、そんな風に捉えられるとは考えてもいなかった。
「…………いいんだ」
「グラ?」
「……愉しんでも、いいんだ」
それはもちろん、ウマ娘がレースを楽しむことは責められまい。トレセン学園の価値観においても私の主観でも、それはなんら罪ではない。
が、今のグラは少し違う。爛々とした瞳の輝きは、ソウルが覗かせる黒い
「世界と命を護る戦いでさえ、愉しんでいい。遊んでいい。鍛えた力を振るうことは、単純に気持ちいい……ですよね?」
「あ……あぁ。しかしグラ──、」
私がその快を否定すれば嘘になる。だから曖昧に頷くしかなかったが。
「──それは極論だぞ。生存競争に晒された兵士に特有の、平和や友愛からほど遠い開き直りだ。愉しむのはいいが、愉しむだけに染まるなよ」
私がこの世界に持ち込みたくなかった、子供の人生を歪めると
レースの世界には合っているのかも知れないが、そればかりに
「? もちろんレースの相手を貶めるようなことは考えてませんよ?
でも私がどれだけ勝とうと、誰かの命を奪うわけじゃない。なら躊躇うことも無いし、どうせなら愉しんだ方がお得だなって」
「それは……そうだが」
私のせいで兵士じみた考えが感染ったのか、グラがこうだから私が宿ったのか。
どちらにせよソレは既にそこにある。ウマソウルは宿ってしまっている。グラの一部として、彼女の性質として。
「……何か深刻なこと考えてそうですけど、ウマ娘が競走に意欲を示すのは割と普通のことですからね。アナさんのせいとかじゃないです」
「さっきまでの黒い笑顔、鏡で見せてやりたいよ。まるでアラガミのようだった」
「それは流石に酷くないですか?」
「ふふ、すまんすまん。とはいえ神機の力が宿ってるんだ、アラガミそのものではないにせよ、アラガミの性質は間違いなくあるが」
「えっ」
「ん?」
どうした、何をそんなに驚いて──いや、もしかして?
「言っていなかったか? 神機のコアは人為的な調整を施したアラガミだ」
「初耳ですが!?」
「武器の正体なんてなんだって構わないだろう。グラにとっては速さに繋がるかどうかだ」
「それはっ! ……そうですけど」
その割り切りの速さは相当な兵士脳だと思うぞ。言わないが。
「剣も盾も銃も後付けの外装に過ぎない。
「…………速さに繋がるんです?」
「分からん。私からの指示は通らなかったから、今はグラが
「えぇ……」
剣や銃を怖れないこの子も、喰にだけは忌避感を示す。怖ろしいのだろう。無理もない。
だが……先日までと違って今のグラには、それ以外の感情も見え隠れする。
「3種の外装を使いこなせる頃には多少なりと従わせられるんじゃないか」
「…………がんばり、ます」
視線は落ちているし、声も小さい。けれど口の端は僅かに上がっている。
自分に何ができるのか、追究し・磨き高めて・発揮することへの期待感。
「……頑張って、愉しんで、いいんだ……♪」
私の方がドン引きしそうだ。『この子の価値観に悪影響を与えたくない』とか、完全に手遅れなのでは……?
次話、ようやく初の公式レース。