アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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 きわどい勝負でした(過去形)。


デビュー戦の後・初ライブの前

 

 安田記念を制したアルヘイボゥにとって、次の大目標は9月末のスプリンターズステークス。間にひと叩き挟むかも知れないが、まずは脚を休め疲労を抜くべきタイミングである──どこかの常識破壊UMA娘とは違うのだ。

 だから6月後半のこの日、メイクデビューを観に来て欲しいという求めに応じた。

 

 図太い後輩もパドックでは少しそわそわしていたが、それは全員がそうだ。ゲートインの時には落ち着いた様子だったから、勝てるだろうとは思った。

 ──選抜レースの日に激変した身体能力は、平均以上ではあってもトップクラスとまでは言えない。

 しかしそれ以前の微力でも補欠合格を掴んだように、アナグラは力のロスを減らすことに光るものがあった。

 

 今日まで着実にそれをこなしてきたのだから、勝利は順当だったといえる。

 

 

『メイクデビューに成功したのはアナグラワンワン! 危ういところでしたがゴール前に再度の加速を見せました!』

『誰が勝ってもおかしくない、非常にハイレベルなレースでした。アナグラワンワンは力強くもぎ取った印象ですね』

 

 

 最初から最後まで先頭を譲らない逃げ勝ち──最終直線では例のスパイクを使わされたようだが。

 勝ったこと自体に驚きはない。

 

 どうせ何かやらかすとは覚悟していたから、非常識については呆れる程度で流してしまおう。

 もちろん初勝利を祝ってやりたい気持ちもある。

 しかしそれでも、アルヘイボゥには不満というか……納得しがたい思いが残った。

 

「どうだった? その様子じゃ何かしら視えたんだろ」

「……ええ、まあ。地獄絵図でしたよ」

「地獄?」

 

 経験豊富な元トレーナーであっても千田ギンはヒトミミだから、“領域”は感知できない。ウマ娘であっても大多数には無理だ。外から視て取れるのは──特殊な例外は別として──“領域”の使い手だけである。

 アルヘイボゥには視えていた。

 ……アナグラワンワンを知っているから頭痛で済んでいるものの、他の使い手が観戦していれば度肝を抜かれていることだろう。

 

「メイクデビューのレース中に、少なくとも1人。はっきりとはいかない“領域”モドキも含めたら4人? 覚醒してましたよ」

「……マジか」

「ワンちゃん、最後ちょっと泣きそうな顔で逃げてたでしょう? 後ろから虎の化け物みたいのが迫ってましたから」

「…………」

 

 ギンは出走表を確かめる。アナグラに追い縋るも届かなかった2着、ティーガードンナ。その名前に聞き覚えは薄い──仮にデビュー前から“領域”を使えていたなら、輝かしい新人として知られているだろうに。

 

「お嬢ちゃんの……【喚起】だったか、あれの影響だって?」

「ジュニアの初レースですよ、他に考えにくいでしょう。私やアリーが経験したのはあくまで練習中のそれで、真剣に競い合えば効果が高まったとしても納得できますし」

「お前さん、あの子のことだと強引に納得するとこあるからな……」

「他にどうしろって仰るんです?」

 

 にっこりと微笑まれてギンは肩をすくめる。本題ではないし、確かにどうしようもないので。

 

「今回で“領域”を習得できてりゃ、その子らは未勝利戦から上がってくるだろう」

「それですよ。あの子、自分のライバルを強くしてるわけじゃないですか」

「今日はダートだから、ジュニア級の間はぶつからねえだろうが……ボゥが言ってんのはそうじゃねえわな」

 

 そう、アルヘイボゥが不満なのはそこである。

 ──なぜレース中に【喚起】を使ったのか。

 

 その場その場での切り替えはできないようだが、オン・オフがあることははっきりしている。アソカツリーも交えて検証する中でアナグラ自身も分かってきたと言っていた。

 レースのある今日この日、オフにしておくという選択はできたはずなのだ。

 

 ただし、アナグラの独断による暴走ではないらしい。というのもアルヘイボゥに直接の観戦を頼んできたのは後輩ではなくトレーナーだったから。

 おそらく事前に相談した上で、サキも【喚起】の使用は承知していたのだろう。ただ彼女にはその影響が見えないから、その観察をこちらへ委ねたのだ。

 

「ワンちゃんもサキさんも、何を考えてるやら」

「むーん……」

「大騒ぎになるんじゃないですか、“領域”使いがこんなに増えたら」

「む。アルヘイボゥ、少し誤解がありそうだな」

「え」

 

 ギンにフルネームを呼ばれ、アルヘイボゥは居住まいを正す。叱られるような雰囲気だし、この男は無意味にそんな空気を纏わない。

 

「お前さんは去年“領域”に打ちのめされて、この前“領域”で勝ちをもぎ取った。だから分からなくもねぇが、さっきの言い方は過大評価だぜ。使えるヤツが増えたって問題は無えさ」

「そう……なんですかね」

「パワーやスタミナと同じだ。重要な要素ではあるが、それだけじゃ勝負は決まらねえ。だろ?」

「…………はい」

 

 “領域”だけで勝負は決まらない。否定のしようもない事実だ。直接目の当たりにしたことなのだから。

 京王杯でも安田記念でも戦ったアルバイトスタッフは“領域”を持っていない。彼女のバ群コントロールは先読みやペースコントロールといった技術の結晶だった。

 それでも昨年のマイルチャンピオンシップ勝者はアルバイトスタッフなのだ。複数の“領域”使いがひしめき合い、アルヘイボゥは掲示板にも絡めず理解すら及ばなかったあのレースで、彼女はその流れを支配しきった──思い返せば、どうにかして強者同士の“領域”を潰し合わせたのだろうか。

 

 “領域”は時に理屈を超えるが、かといって無敵のチートでもないということ。

 

「──だからな、別に“領域”を覚醒させることはいいのさ。『アイツと走ったウマ娘は急成長する』なんて、過去の優駿にもそう囁かれるヤツはいるだろ?」

「あそこまで急激ではない気がしますが。まぁ、はい」

 

 敗戦もまたウマ娘を成長させる。勝者が誰であってもそういう側面はある。

 

 ……あるが。

 

「──ん? ギンさん話そらしてません?

 ワンは『成長させない』ことができるのにさせちゃってて、それがあの子にも不利になるって話ですよ」

「誤魔化されてはくれねぇか。ボゥは怒る気がしたんだよなぁ。

 とはいえ俺も詳しくは知らねえぞ。サキと話してそう決めたらしい」

「敵に塩を送るような真似をですか?」

「まぁまぁ、落ち着けぃ」

 

 ギンが宥めにかかったところで、会場にアナウンスが流れる。

 

『皆さま、大変長らくお待たせしました。間もなくウイニングライブを開始いたします』

 

 照明が落ちる客席から、「待ってたよー!」やら「ごゆっくりー!」といった叫びが返った。

 そう、ここはすでにライブ会場。

 アナグラワンワンがセンターを飾るウイニングライブは、何らかの原因で開幕が遅れていたのだ。都合10分ほどだろうか。

 

「あんまり聞かねえ話だよな。機材トラブルとかかね?」

「普通じゃないことが起こったならワンちゃん絡みかも」

「ボゥ、それは流石に……」

 

 

 ──しかし、ファンファーレと共に幕が上がってみれば。

 どうやら遅れとアナグラワンワンは関係しているようだ。

 

 

 臙脂のインナーに白と青のアウター、スカート状の大きなドレープが印象的な揃いの衣装、『スターティング・フューチャー』。

 初めてのウイニングライブの他、季節のイベントでも着る機会があるので競走ウマ娘はみんな持っている。

 つまり学園側は大量に作る必要があるので、仕立てはパターンオーダーという簡易的なもの。今日の衣装は2週間前に身体のサイズを測って発注し、今日までフィッティングはしていない。それで問題は無いのだ──普通なら。

 

 普通でないから起こってしまった事態。

 サイズが合っていない。衣装が小さくて。

 

 ぱっつんぱっつんというほどには酷くない。指摘されない限り気付かない人もいるだろう。

 メイクデビューを直接観に来るようなファンはそれなりの割合が違和感を見て取ったが。

 

「そんなに食べたら肥えるってずっと言ってきたじゃない、あのおバ鹿ワン子……!!」

「っ…………」

 

 (誰に見られているわけでもないが)2人は顔から火が出る思いだった。

 ギンにとって娘のサキはトレーナーとしての教え子でもあり、どうしてこうなったと悔しくも思う。食事や体重管理の重要性など言うまでもなく、それでも重ねて伝えてきたはずなのに。

 

 尤も、少しだけ窮屈そうに踊るアナグラワンワンの身体は『肥えた』とされるものではない。鎧のような筋肉で覆われている──その厚みが計測時から急激に増したせいで衣装は悲鳴を上げているが。

 

「なぁボゥ、あの衣装ってサイズ調節ができるはずだよな?」

私は作った時のまま何もしておりませんが?

「笑顔が怖ぇよ……お前はその体型で健康なんだから怒るこたねえだろうに」

 

 ギンが指摘した通り、パターンオーダーでありフィッティングの労力も省いたあの衣装は背中側や側面に複数の折り目(タック)が隠されている。仕付け糸を切って折り幅を調節すれば数cm程度は無理なくカバーできるし、今日に限ってはほぼ全てのウマ娘が微調整をされたはずだ。

 

 ──約1名はそれでは間に合わず、慌てて急場しのぎが施されたようだが。

 その作業を数分程度で済ませた衣装部の奮起は称えられるべきだろう。

 

 

 

 それはそれとして、アルヘイボゥとギンはそれぞれ疑念を抱く。

 なぜ【喚起】を使わせたのか。

 なぜ体型の急変を許したのか。

 

 正式なトレーナー契約が結ばれてからは、アナグラも自分でサキに説明するよう頑張っているし、それが拙くてもサキは理解できるようになるべきだ。だからアルヘイボゥは最初のように間を取り持ったりはしていない。

 しかしこれは話をするべきだろうか──いや、たかだか同室の先輩というだけでは分を越えているだろうか? そもそもなんでそこまであのUMAを気遣う必要が?

 

 アルヘイボゥが天然の善性から悩む傍らで、ギンも似たことを考えている。

 

 あちらは娘とはいえ正式なトレーナーであり、こちらは親とはいえ引退したロートルだ。

 口は出したい。しかしそうすべきではない。そう考えた。

 

 

 ──が、ギンは直後に考えを翻す。これは流石に叱るべきだと。

 

 

 楽曲の最後、センターのアナグラワンワンは正面に向けて気合いを込めるように『むんっ』と両肘を曲げてフィニッシュとなる。

 そんな決めポーズの瞬間。

 

 ──ビリィッ!!

 

 などという音が、観客に聴こえたわけではなかった。衣装がずれ落ちてぽろりなどという惨事も起こっていない。

 しかしアナグラの表情は雄弁に『やってしまった』と凍っているし、とどめに2着のティーガードンナはセンターの背中に手を添えている。ここは本来はそんなポーズではないのに。

 中継のカメラは慌てて別の角度に切り替えているが、会場で観ている観客にははっきり分かってしまった。

 

 

『担当外にまで迷惑かけて、サキのやつ何やってやがる……!』

 

 ギンの目が険しく尖る。この後すぐはアナグラワンワンのケアなどで忙しいだろうが、遅くなろうと今夜の内に話をせねばなるまい。

 

 

 

 ──なおこの時、アルヘイボゥは周囲のファンに頭を下げて回っていた。

 

「すみませんがこの件はネットなどには……はい、えぇアルヘイボゥです、いつも応援ありがとうございます。よろしければ後輩のアナグラワンワンのこともよしなに、ただ今日のことは広めずに頂けると。ありがとうございます──」

 

 

 おかげで事件のことは流出しなかったものの、走ったわけでもないアルヘイボゥのファンは増えたという。

 

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