アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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グラの忘却とボゥの心配

 

 あぁ〜…………。

 私はデブじゃない……デビューをdebutなんて綴るのは間違い……もう今後はdeviewって書くことにしましょう? はい決定!

 

 はぁー……。

 

 


 

 

《──少しは落ち着いたか?》

『なんのことでしょう。私は少しも取り乱したりしていませんよ』

《…………そういうことにしよう……》

 

 何を言ってるのかなアナさんは。

 

 私は見事に初勝利を飾った。

 いやー、レース中に後ろからぼこぼこ“領域”が迫ってくるのはかなり怖かったし、最後は何歩かペイジを使ってもらう羽目になったけど。

 サキさんの許可は取ってあったし、何の問題も無かった。無かったの。なにひとつ。

 

《……ボゥには感謝しておけよ》

『それはもちろん』

 

 

 7月の──実はもう、すでに半ば。

 完全休養日が重なったので、今日はボゥ先輩とたっぷり遊ぶことになった。

 

「先輩きれい! 深窓のご令嬢みたい!」

 

 ショートワンピースにガウチョパンツを合わせた先輩の上下は、どちらも夏らしい薄さに白というシンプルなもの。控えめなアクセサリーはシルバー。

 先輩は佐目毛(さめげ)という大変珍しい髪色で、白というかクリーム色というか象牙色というか……なので今日のコーデは、下手をすると全体がのっぺりと白すぎて幽霊みたいになってしまう。

 背が高くてスレンダーなモデル体型とキリッとした目力に自信がなきゃできない強気なコーデだ。もちろんとても似合っておられる。

 

「ありがと。アンタもマニッシュ似合うわね」

「褒められ──たんですかね。服も髪もお化粧も先輩のお手並みですが」

 

 私の方はほとんどアリー先輩のお友達からの借り物だったりする。丈の短いサマージャケットと直線的なチノパンはかなり余裕のあるシルエットで、逆に腰の締まりを強調する感じ。

 髪も含めて全体的に黒いので先輩の輝きを引き立てられる。ペアって感じがしてとても良い。

 

 ちなみにアリー先輩は私の腹筋(バッキバキ)をいたくお気に入りらしい。今日もヘソ出しを推していたけれどボゥ先輩に却下されていた。まぁ今日の先輩の隣を歩くこと考えたらね。

 ……なお結構な厚底を履かされている。それでも先輩より低いけど。

 お化粧は「ナチュラルオペラオーさんってところね」だそうだ。ニュアンスは分かるけどなんだそれ。

 

「言われてみれば7割自画自賛だわ。まぁ3割は素材の良さよ」

「……褒められた! 嬉しいです!」

「はいはい」

 

 というわけでショッピングである。先輩は(飾りっ気のない)私にお洒落させたいと言ってくれたし、私も選んでもらえるなら万々歳……だよね?

 

「──はっ、もしかしてお嬢様ご用達なブランドショップに連れて行かれたり……」

「そんなわけないでしょ。普通に学生向けの価格帯よ」

「いやぁ、普段から使ってる化粧液のお値段とか聞いちゃうと」

「実家経由の貰い物*だっつったでしょうが。アンタにだけは常識疑われたくないわ」

「そんなー」

 

 

 

 連れてこられたのは確かに学生も多いショッピングモールだった。

 はしゃぎながら店から店へと渡り歩く。なんだかのんびりお喋りするのも久しぶりだ──先輩も、そう思ってくれたらしい。

 

「最近、ずいぶん忙しかったみたいじゃない」

「そうなんですよー、あちこち連れ回されて」

「あちこち? サキさんと学外に出てたのは知ってるけど」

「色んな大学病院とか、URAとか、器具メーカーさんとか……細かい検査や計測ばっかりで疲れちゃいました」

 

 その全部が安全のためだとは理解している。普通なら絶対に故障するような頻度で走ることに、偉い人たちからの横槍が入らないよう予防線を引いているのだと。

 それでも面倒ではあったけれど。

 

「サキさんもちょっと心配症かなって……あ、いやいや感謝はしてますよ、ほんと」

「……それ、つまり……」

 

 先輩は呆然と絞り出す。

 

「あのアホローテ、本当に走るつもりなの?」

「アホローテ……まぁその、はい」

「……サキさんがそれを認めた……?」

「色々条件付きですし途中で止められるかもですが、とりあえずは」

「…………」

 

 無言になってしまって難しい顔で考え込んではいるけれど、しかし先輩の目と手は忙しなく動いている。

 ハンガーごと服を取って私にあて、戻す。次のハンガーを取って、今度はカゴへキープ。更に次は戻した。何を見ているやら私には分からない。

 

「すみません、ちゃんと報告してなくて」

「それはいいのよ。前も言ったけどトレーナーとウマ娘が決めることで、私は外野だもの」

「でも、相談に乗ってもらいましたし」

「気にしてないわ。それより……」

 

 しばらく考えた末の言葉は、やや唐突なもの。

 

「アンタってネットとかSNSとか、やらないわよね」

「やったことないです。始めた方がいいですか?」

絶対やめなさい。どうしてもやりたければ誰かと一緒にやること。そういうのは私よりアリーの方が得意だから頼ること」

「え、あ、その、」

「分かった? アンタだけでやるのは禁止。約束して

 

 なんで??? いえ別に構いませんが。

 

「ええと……分かりました、約束します」

「よし。サキさんとアリーにも言っとくからちょっと待って」

「はぁい」

 

 先輩がウマホでなんらかのメッセージを打ち込み終わるのを待ってから訊いてみる。別にどうしてもやりたいわけじゃあないけど。

 

「ちなみになんで禁止なんですか?」

「……どこにでも言いたい放題に言う人はいて、そういう声は目立つのよ。アンタも傷をほじられたくないでしょ」

「傷?」

「この2週間でようやく癒えた、初ライブ衣装の──」

「絶対に見ません」

「──そうしなさい」

 

 なんのことだか分からないなぁ。でも私は素直なので先輩の言う通りにしよう。

 

 


 

 

 学園の食堂と提携してるっていう屋台をみかけたので、アリー先輩プロデュースの味変(あじへん)はちみーとやらに初挑戦してみた。

 

「先輩はどれにしたんですか?」

「グリーン。モヒート風味よ」

「もひーと……」

 

 胡乱げな目で味見をさせてくれた。わーい。

 

「……草の味がします?」

「間違ってないけど爽やかとか言いなさいよ」

 

 他のも色の名前がついていて、ぱっと見ではよく分からない。店員さんに聞いて1つに決めたら、先輩は微妙な顔をしていた。

 

「ダークパープル……よりにもよってキワモノにいったわね……」

「甘いのが好きですって言ったらこれを勧められました。お嫌いですか?」

「好みは分かれる」

 

 さすがは先輩、どうも全部の味を1度は飲んだことがあるっぽい。私のも味見をどうぞと差し出したら断られてしまった。悲しい。

 

「さて、いただき──甘! あっまい!」

「何考えてたら蜂蜜とこし餡を合わせようなんて思うのかしらね」

「おいしー!」

「えっ」

 

 脳に来る甘さの爆弾。こういうの大好き。なんで売れないんだろう?

 

 


 

 

 そんなこんなであちこち遊んで、お昼は先輩のオススメだという洋食店に。

 ……洋食店??

 

「あの、ここは高級フレンチとかそういうヤツでは」

「そんな大層なもんじゃないわよ。いいからついて来なさい」

「ひぇ……お、お邪魔します」

 

 いやいやいやいや、ドアをくぐったら名乗りもしない内にボーイさんが「お待ちしておりました、お席はこちらです」とか案内してくれるのは間違いなく高級店でしょう。そりゃボゥ先輩は顔の売れてるGⅠウマ娘だけど、あのボーイさんからはそういうミーハーな気配が全然しない。

 あとね、案内された先が完全個室。私が知ってる町の洋食屋さんにこんな客席は無かったよ!

 

「な……ぅ……」

「何マヌケ面して──あぁ、いいから座りなさい。立ってる方が困らせるから」

「ひぃ……失礼します」

「なっさけないわねぇ」

 

 店員さんに引いてもらってる椅子に座るとか庶民には難易度高いですって……! さらりと「どうもありがとう」なんて席につける先輩はやっぱりお嬢様なのだ。

 

 頭が真っ白になりかける。私はなんでこんな場違いなところにいるんだろう。

 先輩はどうしてこんなお店を? ぶっちゃけ嫌がらせにしかなってないのでは? 何か怒らせてしまった?

 

 

《──落ち着け。ボゥだぞ?》

 

 

 ……それもそうか。

 

 

《恐らく『他人に聞かせられない話をしたい』辺りだろう。トレセンの外でな》

『……アナさん、こういうお店慣れてるんですか?』

《そんなわけないだろ。それより目の前に集中しろ。大事な話には違いない》

『……ありがとうございます』

 

 

 そんな脳内会話も、先輩は慣れたように──実際慣れさせてしまった──スルーして。

 予め頼んであったらしい豪華なランチがまとめて運び込まれて店員さんが出ていくと、先輩は(おごそ)かに口を開いた。

 

「……食べ方が分からないものとかある?」

「へあっ? あ、っと、はい。大丈夫そうです」

 

 見慣れない・嗅ぎ慣れないものは多いけど、貝とか蟹とかは無いし食器もお箸を用意してくれている。怯えていたほど困ることはないだろう。

 

「じゃあ、適当に食べながらでいいから答えて」

「…………」

 

 優しい気遣いと同時に、逃さないというプレッシャーを感じる。誤魔化しは許さない、と。

 いや逃げる気も誤魔化す気もありませんが。

 

 アンタどういうつもりよ、と。

 ごめんなさいすみません怒らせるつもりは無いんです。

 

 

「これも本来、私が口出しすることじゃないけど──どうして、公式レースで【喚起】を使ったの」

「……ああ」

 

 その問いの意図は分かる。

 確かに私は【喚起】を使っていた。一緒に走った人たちに思いきり影響を与えた。それはどちらかといえば私を不利にするもので、普通に考えれば使うべきではない。

 なのにどうして、と。

 

 ただ、問いが孕む熱量には圧倒された。

 ちょっとした疑問って訊き方じゃない。私でいえばアリー先輩に『どうして安田記念に出たのか』と問うた時に近い真摯さがあって、でもあれの何倍も切迫している。

 どうしてそんなに、と思う。

 

 同時に、ひどい話だね。

 そんな熱を向けてもらえることを嬉しく思っちゃうなんて。

 

「──ちゃんと、答えます。先輩に隠すようなことでもないので。なのに嫌な思いをさせちゃったみたいで、ごめんなさい」

「ええ」

「短く言うと、『それが私の全力だから』です。あの状態の方がちょっとだけ速いんです、私」

 

 詳しい話の前に結論だけ。そのつもりで先取りした。

 

「…………そう。そうなのね」

 

 だけどそれだけで、先輩の雰囲気は一気に軽いものになっている。あれぇ?

 

 




 

 

「短く言うと、『それが私の全力だから』です。あの状態の方がちょっとだけ速いんです、私」

 

 その言葉だけで、私が抱いていたモヤモヤは柔らかく流れていった。

 

「…………そう。そうなのね」

 

 私の反応にワンは首を傾げている。それはそうだろう。私だって不思議なくらいだ。

 

「…………?」

「冷める前に食べたら?」

「あ、はい」

 

 さっきまでは私のせいで食べるような空気じゃなかった──ワンだってそう思うはず。でも今はそうじゃないから、この子は割り切って食事を始める。

 どうかそのまま忘れてしまって欲しい。気にしないで欲しい。

 

 私はどうやらホッとしている。あの【喚起】は最善を尽くした結果なのだと知って。

 つまり恐れて・嫌がっていたのだ。この子がベストを尽くさずにライバルに塩を送るような、勝負を舐めたウマ娘だとは思いたくなかった。

 幸いにもそうではないらしい。だからこの話はもうただの雑談。

 

「それで?」

「えっと……私が寝る時にちょっと特別なことをすると、起きてから数時間は周りに【喚起】がかかります」

「そう言ってたわね」

「でもあれは、なんていうか……幾つかある作用の1つなんです。こういう言い方が正しいか分かんないですけど、ウマソウルが活性化してるみたいな状態で」

 

 急成長だの活性化だの、本当に落ち着きのないウマソウルだこと。

 そこに文句をつけても仕方がない、か。

 

「活性化中は【喚起】が働く、でも【喚起】だけではないってこと?」

「そう、そうなんです。走る速さも疲労の回復も、色んな面がちょっとずつ強化されるみたいで」

「……難儀なことねぇ」

 

 それ要するに、『最善を尽くしたら周りを強くしてしまう』わけでしょ。やめろとも言えないじゃないの。

 

「活性化中に【喚起】だけを切ることはできないのよね?」

「できないと思います。元々意識して使ってたものではないらしいので」

「…………」

「先輩?」

 

 ……らしい(﹅﹅﹅)って。それで隠せてるつもりなのかしらこのおバ鹿は。

 

「あのねぇ……アンタ、その見えないお友達のことは触れて欲しいの、欲しくないの?」

「ぁ」

「まぁ相談されたって私には何もできないけど。もしかしたらアリーかギンさんの伝手でマチカネ家の開運グッズや御守りとかは手に入るかも知れない、その辺りが精々かしら」

「いえ、違くて……! できれば触れないでもらえると……」

「そ。じゃあ聞かなかったことにするわ、面倒だし」

 

 この子のおかしなところにいちいち付き合っていたらきりがない。サキさんはスルーできない部分も多いから大変だろうけど、私はワンのトレーナーじゃないんだから適度に流さなくちゃ。

 …………いや、それでいうと誰よりも直面させられるのはこの子自身か。

 

「……本番のレースで【喚起】が強まることは? 事前に分かってたの?」

「分かってませんでしたよぅ……めちゃくちゃびっくりしました」

「──びっくりって言うか半泣きだったじゃない、最後とか」

 

 大きく頷き食事の手を止めて、それはもう大変だったと振り返るワン。

 色の無い鎖に絡め取られ、足下はぐずぐずと沈むようで、おまけにすぐ後ろからは雷をまとった大虎が迫っていたんだとか。端から見てさえ地獄絵図みたいな有り様だったけど、あの先頭を逃げた当事者にはそんな風に見えてたのか。

 

「ティーガードンナ以外は“領域”というほどはっきりしてないように見えたけどね」

「それはそうです。ちょっとアレな言い方になりますけど“領域モドキ”みたいな。でもそれが4人か5人分あって……その上でヴァジュにゃんが来ましたから」

「ヴァジュにゃん?」

「ぅあ、えーとその、ドンナさん*の“領域”のことです」

「そんな可愛らしいものだったかしら……?」

 

 あれは虎とかライオンとかそういうのでしょう。にゃんて何よにゃんて。

 その言い草はある意味“領域モドキ”よりもよほど嘲弄じみた響きで、叱った方が良いだろうかと少し考えてしまった。

 

 

 考えて、でも言えずに終わる。

 

 ──ワンが、知らない表情をしていたから。

 

 

「私が勝つので。虎だろうと神の(ヴァ)雷霆(ジュラ)*だろうと、この先またぶつかった時も勝つ気でいます。そういう決意も込めての(ヴァ)(ジュ)扱い(にゃん)です」

「…………貴女……」

「矛盾したことを言いますけど──ふふ、愉しかったんです、あのレース。捉まったら喰われて死ぬような気がして半泣きで逃げてたのに、おかしいですよね」

 

 レースを楽しむことはおかしくない。ウマ娘の本能に近い欲求だ。

 問題は無い、はず。

 

「最後の直線なんかもう必死で、頭も身体も振り絞って……これまでの練習が支えてくれる充実感があった。だからあの瞬間のためにもっと備えようって。鍛えたいって。

 私、前よりずっとレースが()しくなりました。次も愉しみで仕方ない」

 

 前向きなことを言っている。アスリートとしての真っ直ぐな姿勢。使えるものを使わない舐めプではないし、ライバルを貶めてもいないだろう。

 何も問題は無いはずなのに……どうしてこんなに胸がザワつく?

 

「……そう」

 

 近いものは──恐怖。

 冗談じゃない。私がこの子を恐れるなんて、そんな感情は見せてやるものか。

 

「函館、頑張んなさい」

「はいっ!!」

 

*
実は幼少期にアルビノと間違われており、親戚からスキンケア用品などを山ほど贈られたのはそのためでもある。佐目毛もメラニン色素は少ないが、アルビノに特有の様々な症状は現れない。

*
同じジュニア級だが年上なので。

*
ヴァジュラ:アラガミの1種。雷をまとう大虎。本来は充分に危険な相手だが、これを『弱い方のねこ』感覚で狩れるからアナは英雄になった。




 次話、函館ジュニアステークス。
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