アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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 新しい名前が複数でてきますが、いわゆるモブウマ娘ちゃんです。


重賞レース そして壁ドン

 

 7月下旬、函館ジュニアステークス。

 GⅢの重賞レースだけど、グレードはあんまり気にしない。どうせどのグレードだって、私は“領域”使いと走ることになるから。

 

 ちなみに今は出走前の控え室。サキさんから念入りにチェックを受けている。

 

「……うん、当たり前だけど何の問題も無いわね」

「すいません、毎回お手数かけて」

「謝ることないわ。必要なことだもの」

 

 いやー、毎回のレース前後にみっちりと脚を診てもらう約束は──なんの異常もなくてもライブ後は必ず精密検査って辺りが特に──若干めんど……げふんげふん、もとい申し訳ない気持ちになる。

 それもこれも私が短いスパンで走りたがるせいなんだけど、あの出走計画を組んだ時より今の方がモチベーションは上がってしまった。闘う愉しさを実感したからね。

 

「北海道は初めてって言ってたけど、気温はどう?」

「涼しくて快適です。というか夏の東京でレースしたくない……」

「ふふ、少し分かるわ。でも今日は少し肌寒くないかしら」

「そうですか?」

 

 見ればサキさんは長袖の上にベストまで羽織った春秋の装いだ。そんなに涼しいだろうか。

 

活性化(バースト)状態だから体質が神機使い(ゴッドイーター)に寄ってるのかも知れない。普段もそのつもりでいると風邪ひくぞ》

『神機使いって寒さにも強いんです?』

《ヘソ出しとホットパンツでロシアを駆け回ったこともある》

『ロシアと比べたら北海道は余裕でしょうね……』

 

 基準がおかしい。でもアナさんの血を舐めてない時は気をつけることにしよう。

 

「寒くないならいいけど。コースと注意点は頭に入ってる?」

「はい。……厳しいレースになりそうです」

「ええ。予測は、今のところ立てられないし」

「すみません……」

「謝るのはこっちよ」

 

 本番で【喚起】を使うとどうなるかはメイクデビューで初めて実感した。悩ましいことだ。

 ボゥ先輩が言ったように周りを強くしてしまうって点も確かに問題。でもそれだけじゃなく、どんな“領域”が飛び出すやら予想もつかないから作戦の立てようが無いんだよね……。

 サキさんは『一緒に走るウマ娘のデータを全部集めて、それぞれからどんな“領域”が生まれるかを記録することで、今後初めて競う相手も予測できるようにする』と頼もしいことを言ってくれたけど今は圧倒的にデータ不足だし。

 

 総合すると、初戦と同じ戦法になる。

 先頭(ハナ)をとって譲らない──後ろから何が追ってこようと逃げ切る、だ。

 愉しくてゾクゾクしちゃうね。

 

「行ってらっしゃい」

「行ってきますっ!」

 

 


 

 

 パドックってどんな顔してたらいいんだろう。堂々としてれば問題ないはずなんだけど、みんな決めポーズ的なものをやってるので少し不安になる。

 

『16番人気、10番アナグラワンワン』

『デビュー戦はダートでした、本日は芝での初公式レースに挑みます』

『異色の経歴ですが頑張って欲しいですね』

 

 16人中の16番人気。両方走れるウマ娘は本当にレアらしいから無理もない。ちゃんと拍手はしてくれるのでぺこりと頭を下げてお立ち台(?)を降りた。

 結果で応えられたらいい……いや、うーんどうだろう? やっぱり『負けても死なない』からなぁ。1着を目指しはするけど執着はあんまり湧いて来ない。

 サキさんと立てたプランを遂行するだけだ。

 そんな風に集中力を高めていたゲート前で、話しかけてくる刺々しい声。

 

「あなた、何がしたいわけ?」

 

 知っている顔だ──クラスメイトだから名前ぐらいもちろん覚えている。ええっと。

 

「ん? あ、えーと、ベレヘニヤ」

「聞こえなかったの? 何がしたいのかって訊いてるの」

 

 なんだいきなり。彼女はクラスメイトというだけで、これまで直接話したことはない。嫌味ったらしい態度は何度も取られたけど、直接はぶつかってこないタイプだから。

 

「何って……レース?」

「ダートで走ってなさいよ」

「ジュニア級の夏にダートの重賞は無いよ」

「え」

「うん、驚くよね」

 

 無いのよ。重賞自体も少ない。なんでか知らないけど。

 

「それに今言われたって困る。ムーンカフェちゃんやドンナさんみたいに事前に言ってくれれば調整したのに」

「ッ……いい気になるなって言ってるのよ!」

「??? 別になってないけど……」

 

 ベレヘニヤは苛立たしげにゲートに向かってしまった。何怒ってんの……?

 

《察するに、未だにグラを『落ちこぼれ』と見てるんじゃないか》

『えー。そこからは1ヶ月以上前に脱したつもりなんですが』

《それは直接見て知っているだろう。認められるかは別だが》

『……よく、分かりません』

 

 うちのクラス(というか学年)で中長距離のエースといえばムーンカフェちゃんだ。

 対して短距離だと抜きん出た1人がいない。トップ数人のベストタイムがとても近いのだ。ベレヘニヤは……それに半歩及ばない、ぐらいだったかな。

 私は模擬レースではアナさんに頼らないからずっと下。そういう意味での格付けは彼女(あっち)が上。苛立つ理由が無い。

 

 なら声をかけてきた理由は別にあるんだろうけど──、

 

『あ、もしかして。このレースで負ける可能性を恐れてプレッシャーをかけてきたとか?』

《…………まぁ、外れてはいないかもな……》

『私の実力を高く買ってくれてるってことですね。いい人だ』

《その認識で行くと確実に怒らせるぞ》

『そうですか?』

 

──うーん、分かんない。走れば分かるかな。

 

 


 

 

 ゲートイン。

 勝負どころはスタートの瞬間だ。

 

『函館ジュニアステークス、今スタート同時に抜け出したのは10番アナグラワンワン』

『他の子たちが出遅れたわけではありません、10番の初速がすさまじいですね』

 

 ここでだけはペイジを使った──というか、ここでしか使えない。函館レース場のトラックはほぼずっと登り坂か下り坂で、平らなのはぴょこんとはみでたスターティングポケットとゴール前の僅かな距離だけだから。

 既に足下はゆるい登り坂に入っていて、この状態でスパイクを使うのはカーブと同じくらいバランスが危うい──アナさんにやってもらう形だとね。私の意思で細かい操作ができればいいけど今はまだ無理だから、もうオラクルソードに切り替えて脚を癒やしてもらっている。

 

『ゆるく登る向こう正面、先頭を逃げるアナグラワンワンの背後に6人のウマ娘が迫ります』

『1200mという距離を踏まえてもかなり詰まった展開ですね。コーナーを前に位置取りが重要になっています』

 

 背後の足音は近くて多い。別に後続に団子を作ろうなんて意図はなくて、これが私の全力だ。

 ペイジを除けば加速力(パワー)最高速(スピード)も平均程度──平均じゃレースには勝てない。

 私の強みはスタミナとボディバランスにある。一旦どかんと加速してしまえばその勢いをほとんどロスしないから、坂だろうがコーナーだろうがほぼ減速せずに逃げ続けるのだ。

 逆に言うと、もし減速してしまったら(平地が乏しいこのコースでは)かなり厳しくなると言っていい。

 

『3コーナー入って2番手・好位置につけたのはミルファク、更にゲージスプレイとファインマンダイアが続きます』

『後続集団は混戦模様、差し追込みの子たちは前に出づらいか?』

 

 先頭を駆ける私はコーナーで最短距離を行ける。直線よりは有利な区間だ。2番手との距離は──詰まってこない、僅かに離せてるくらい。

 第3コーナーを抜けると同時に坂が下りに転じる。この下り坂が最終直線の半ばまで続くせいで、ここで加速するのは躊躇われるらしい。ゴール前の100mくらいは平地なので、重力に身を任せ過ぎれば脚を痛める。

 この高低差と、第4コーナー半ばで先頭を取れている現状からすると、私の勝利は遠くない──普通ならそう言えた。

 

『さぁ下り坂のまま直線に入りました2番手の3人は加速できるか!?』

『先頭アナグラワンワン、素晴らしいコーナリングで速度が全く落ちません。このまま逃げ切りでしょうか!』

 

 そんなに簡単な話は無い。何かが今にも後ろから迫ってくるはずだ。

 ドンナさんみたいにおっかない猛追か、脚を護るような“領域”を使いながらの加速か、はたまた私を減速させるようなものかも──と、全力で駆けていたら。

 

 

『アナグラワンワン先頭でゴォール! ダートも芝もお構いなし、堂々たる逃げ勝ちです!』

『着差はおよそ1バ身半、2着はきわどいところでミルファク続けてファインマンダイアとゲージスプレイ──』

 

 

 ……そのままゴールできちゃった……?

 1着、1着ではあるけれど。うーん予想外。

 ちょっとだけ不完全燃焼だけど、大きく吸い込んだ冷たい空気は心地よい。どくどくと脈打つ心臓から全身へと活力が巡っていく。

 どよめく客席にもしてやったり感があるし、サキさんが腕組みで喜んでるのも──いや、あれはハラハラの方が大きそうだな?

 

『アナグラワンワン、しばし呆然としてから喜びを弾けさせました。ペースを刻み通した落ち着きぶりから一転、あどけない勝利の舞です』

『ぴょんぴょんと跳ねていますね──と、どうやらトレーナーに止められましたか』

 

 安心させようと思ったのに叱られてしまった。大丈夫ですったら。

 

 


 

 

 自分が勝った時、敗者とどう接したらいいか?

 こんなこと悩む方がおかしいのかも知れないけど、負け続けだった私には難しいことで。過去、ドンケツだった私から祝福されて素直に喜んでくれた勝者もあんまり思い出せないから余計に。

 

 でもメイクデビューの時に『悩む必要なんて無かったな』って思えたんだ。ドンナさん──2着だったティーガードンナさんの方から、再戦のお誘いをもらえたから。

 

『すごく嬉しいです。でも予定では芝を走ることになってて』

『はぁ? マジかよ……』

『トレーナーと相談してみます。その──』

『じゃあ連絡先交換しようぜ!』

 

 みたいな感じでお友達が増えたのだ。圧倒的感謝……!

 いつどこにするかは未定だけど、ジュニアの内にもう1度はドンナさんと走れるようにするつもり。

 

 だから、今日も誰か声かけてくれないかなーと思ってはいた。期待してた。

 でもこんな風に囲まれるのはちょっと想定外っていうか。

 

「さっきのあれ何!?」

「なんかしてたよね!?」

「もう1回! あとちょっとでなんか分かる気がするの!」

「あわわわわ、とりあえずライブですよライブ!」

 

 かろうじてお客さんの目のあるところじゃないけど、地下バ道に入ってすぐのところで囲まれた私。噂に聞く壁ドン(逆ハーレム風)だろうか。違うね。

 

 分かっている。彼女たちは【喚起】や“領域”が欲しいのであって私と競うことはどうでもいいのだ。

 構わない──どころかそういう実利狙いは嫌いじゃない。しかも覚醒めてくれたら私も愉しめるんだからWIN-WINだろう。

 もっともレースの出走予定を変えようとまでは思わないかな。今のところそこまでしたいのは、【喚起】を知らずに約束してくれたムーンカフェちゃんや『次は勝つ』と言ってくれたドンナさん位だ。

 

 ちなみに壁ドン勢の1人はとりわけ必死だった。後で聞いたら帯広トレセンの所属らしい。それじゃ私と併走とか中々できないもんね。

 

「ライブの後で次のレースとか教えてよ?」

「あ、ライブの後すぐ予定があるんです」

「じゃあ連絡先!」

 

 やったぜ。ほとんど使ってなかったウマホにどんどん連絡先が増えていくのはワクワクする。

 

 

 ところで、私を囲んだのは5人か6人くらい。全員ではなかったわけだ。

 目も合わせず足早に去っていったベレヘニヤは何を思っていたのだろう。一緒に走ったはずなのに──分からない。

 




※現在のグラは決して最強チートオリ主ではありません。
 次話、さくさくレースしつつ新たな技術を。


□モブちゃんズの名前の由来

ミルファク
 モブウマ娘『アルゴル』からの連想。
 ペルセウス座の2等星Mirfaq。
ベレヘニヤ
 同上。
 ペルセウス座の12等星Berehinya。
ゲージスプレイ
 モブウマ娘『ヒッグススプレイ』の変形。
 ヒッグス粒子→ゲージ粒子でGauge-Spray。
ファインマンダイア
 『ヒッグススプレイ』からの連想。
 物理学つながりのFeynman-Diagram。
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