アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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※タイトルの意味は次々話あたりで。


上手(うわて)のステイスル〉

 

 ウイニングライブを終えると、サキさんはすぐ私を病院に連れて行った。

 何か異常があったからではなく、結果を問わず受けると予定されていた検査だ。予約してあったとかで待ち時間もなくやってもらえたんだけど、お医者さんも検査技師さんも機械の故障を疑って──ついさっきのレースを観ていたそうだ──再検査になり、結局夕方までかかってしまった。

 一応結果は待つけれど、脚にダメージが見つかるとは思っていない。オラクルソードと回復弾を使ってたのはアナさんなんだから。

 

 

 待っている間、サキさんに頼んでレースの録画を見せてもらう。気になっていることがあるのだ。

 

『アナグラワンワン先頭でゴォール! ダートも芝もお構いなし、堂々たる逃げ勝ちです!』

『着差はおよそ1バ身半、2着はきわどいところでミルファク続けてファインマンダイアとゲージスプレイ──』

 

「…………あの子は、13着。ベレヘニヤは12着……」

「何を確かめたの?」

「下位の順位です。レース後に私を囲んだ人たちの中で最下位は13着。ってことは──」

「ベレヘニヤは【喚起】の圏内にいた。なのにワンに声をかけて来なかった。そう言いたいのね?」

「──サキさんすごい。そうです」

「トレーナーとしては当たり前な部分なのよねぇ。だけどもう少し教えて欲しい」

 

 サキさんは肩を竦めつつ空気を切り替えて、長椅子に座る私の正面にしゃがみ込んだ。同じ高さで視線がぶつかる。

 

「あなたは、そんなベレヘニヤのことをどう思ったのかしら」

「…………よく、分かりません。【喚起】が届いてなかったならスルーも分かりますけど……」

 

 サキさんもボゥ先輩も、耳にタコができるほど【喚起】の有用性を教えてくれた。その効果が実戦だとなお高まることはもうはっきりしている。だから極端な話、私は全員から壁ドンされたっておかしくはなかったんだ。

 実際にはベレヘニヤを含む10人弱が私をスルーした。彼女たちも【喚起】は浴びたはずだ。なのに、高々(﹅﹅)今回負けた程度(﹅﹅)で──、

 

「彼女たちに失望するのは、少し待って欲しいの」

 

──成長を諦めるだなんて……と。

 失望、失望か。やっぱりサキさんはすごいな。

 

「──しっくり来ます。失望、しかけていました」

「それは性急だと思う。【喚起】が届いても全員に効くとは限らないし、“領域”の予兆を良いものと感じる子ばかりでもない。成長のきっかけだと認識しても、あなたに引っ張り上げられることを拒む負けん気の強さだったかも知れない」

「むー……はい」

「納得いかなそうね?」

 

 頷く。納得はできない。

 だって最後に挙げられた可能性は、つまるところ力の選り好みだ──あぁ、自身の“領域”に危険(リスク)を嗅ぎ取った場合は例外だけど。レース中に掴める新しい力があるなら、それが(私から)与えられるものだろうと(自分で)掴み取るものだろうと使う(﹅﹅)べきに決まってるじゃないか。

 彼女らは“領域”を発揮できなかった。【喚起】の影響は感じつつ、レースの時間内では足らなかったのだ。だったら『もっと寄越せ』と迫ってくるのも当たり前で、そうしないのは……こう言っちゃなんだけど、向上心が足りないように見えてしまう。

 

「強くなれるなら誰に引っ張られたかなんて気にしますか? ほとんどのウマ娘はトレーナーや先輩やライバルに引き上げられるものでしょう」

「……あなたは正しいわ、アナグラワンワン。でも正しさはそれひとつじゃない──」

 

 正しさ。私のそれは兵士のような生存戦略だ。

 日常生活に合わないのは分かってる。でもレースで勝つには最適解じゃないだろうか。他の正しさで兵士の(ことわり)以上に勝てるのか?

 

「──もとい、言い直す。

 彼女らに失望して見下すよりも、リベンジを警戒して備えていく方があなたの勝利は盤石になる」

 

 …………。

 

「だから驕らないで。誰かが“領域”を使っていればあなたは負けていたのよ」

「使えなかったじゃないですか。もし使えたのに隠したならソイツは嘘つきです」

「嘘が嫌いなのは知ってる。で?」

 

 で、って。

 

「嫌いな相手だったら勝手に見下して無様に負けるの?」

「っ──」

 

 それ、は。

 『向上心があるならライバル意識があろうと飲みこんで【喚起】を活用すればいいのに』という失望がブーメランになって突き刺さる。『兵士なら好き嫌いなんて度外視して備えろ・高めろ・鍛えろ』と。

 嫌いだから視界に入れたくないなんて、そんな理由で対策を怠るのはバカバカしい。

 

「…………分かり、ました。

 サキさん、ありがとうございます」

「……伝わって良かった。ワンも、思ったことを聞かせてくれてありがとうね」

「むっ」

 

 心から深々と頭を下げたのに、返答が心に引っ掛かってしまった。“思ったことを聞かせてくれて”ですって? 私、思ったことの半分も口に出してないんだけど。

 

「あの……まさかですけど。もしかして私って、何考えてるか分かり易かったりします?」

「今回は比較的。ボゥと相談して先回りしてたおかげでもある」

「先回りされるイコール内心だだ漏れってことでは」

「ワンは耳と尻尾だけじゃなく目も雄弁みたい。メイクデビュー後の貴女にはもっと満足感があった」

 

 うぁちゃー。今日のレースに物足りなさを感じてることも分かっちゃうのか。それが失望や見下しに近いもので、やがては油断と驕りを生むものだと教えてくれたわけだ。

 しかも、『正しい/正しくない』の話をしかけてすぐに『勝てる/勝てない』の軸で言い直した。私を納得させるなら明らかに後者の方が有効だ。

 

 ……なんか、倫理や善悪を忘れた外道ウマ娘だと思われてる気がしなくもないけど。

 そんなことないですからね? ね?

 

 


 

 

 検査結果は異常無し……いや、ダメージ無しという異常。

 

 ちなみに少しでもダメージが見つかった場合、常識的に充分なインターバルを空けて9月後半の芙蓉ステークスが次走になっていた。そこではムーンカフェちゃんと競い合うと約束しているから、間の出走を諦めてでも動かさない。

 

 ともあれ実際は私にとって期待通りの結果で、これなら8月も走れる──走ることをサキさんが許してくれる。

 

 

 そしてここからは3戦続けて札幌レース場だ。函館よりも楽なはず。

 

『激闘を制し、半バ身差でゴールに飛び込んだのは連戦のアナグラワンワン! 加速とスピードを見せつけたー!』

『ジュニア級の夏とは思えないハイレベルな戦いでしたね』

 

 着差こそギリギリになったものの、想定通りのやり易さはあった。()()は最初から最後まで平坦なのだ。ペイジを使いやすいので全体的に高速巡航。カーブ中はオラクルソードで脚を癒やすって使い分けもアナさんならばっちり。

 一方でこのコスモス賞は1800mあって、そのせいで1200mの函館JSよりも長く【喚起】が働いたのかな。3つか4つの“領域”に追われてかなり肝が冷えた。ギリギリ加減が愉しくて大満足とも言う。

 

 連絡先もまた増えた。うーん、“領域”を得たかそれに近い子ほどぐいぐい来るような印象がある。

 私からぐいぐい行く? 無理無理、ムーンカフェちゃんみたいにイヤな思いさせちゃう。

 

 

 その次も同じく札幌レース場。

 サキさんには先輩たちの合宿地と北海道を往復させて申し訳ないけども。

 

『連戦をものともしない快走! アナグラワンワン1バ身差で勝利です!』

『どうも平坦なコースは得意なようですね、変わったフォームですが走り易そうです』

 

 1500mのクローバー賞で“領域”を覚醒めさせたのは1人だけ。ある程度は距離(つまり【喚起】を浴びる時間)と比例するんだろうか。

 “領域”の情報を蓄積・分析してるサキさんによれば、まだはっきりしないけど個人差や相性差もありそうとのこと。

 

 

 更に更に、9月頭も札幌。

 

『まさかの4連戦、まさかの独走! 周囲の不安もなんのその、アナグラワンワン3バ身半から4バ身近い差をつけて重賞2勝目を飾りました!』

 

 そう、函館に続き2つ目のGⅢである札幌ジュニアステークスだ。

 

『レース後は毎回精密検査を受けるそうですが、脚へのダメージがほとんど見つからないらしいんですね』

『そんなことがあるんですか!?』

『いえ、通常ありえないことです。医師たちも驚くそうですよ』

 

 この頃になるとサキさんはすっかり慣れてしまっていて、逆に病院では毎回驚かれている──慣れでダメージを見過ごさないよう、いつも違う人が診てくれるので。今回なんか医療機器メーカーの偉い人とエンジニアさんまで来て一緒に悩んでいるので申し訳ないやらなんやら。念の為と言って2回以上調べられるのが毎回恒例になってるし。

 

 そっちは毎回のことだけど、かといって成長が無いわけじゃない。平地の札幌レース場で走るこの1ヶ月、練習してきた新技が形になったのだ。

 

「今回の勝因はコーナリングね。前から経済コース*をなぞれてたけど、今回はより高速で駆け抜けていた」

「はい! まだ改善の余地もありそうです」

 

 同じ条件のコスモス賞から、タイムを1秒弱も縮められたのだ。しかもこれについてはアナさんによる操作では(﹅﹅)()()

 ──や、平地のペイジとコーナーのオラクルソード&回復弾は未だにお願いしてるけど。コーナリングの高速化に貢献したのはそのどちらでもなく、(シールド)。しかも私の意思で出し入れしたものである。

 

「嬉しそうね。次走が楽しみ?」

「そりゃあもう!!」

 

 やろう、ムーンカフェちゃん。

 私が勝負で手を抜くようなウマ娘じゃないってこと、分かってもらえると思うから。

 

 


 

 

 札幌JSは9月の頭で芙蓉Sは末だから、間は4週間ほどある(これを(なか)3週と呼ぶらしい)。

 その間は平和な学生生活だ。

 

「ワンワン、遠足の前みたい……」

「うん! 愉しみ!」

「張り切ってるナー。ま、それはあっち(ムーンカフェ)もか」

 

 教室には気兼ねなく話せるお友達が2人できた──いや、貧弱だった頃から気にかけてくれてた2人だ。色んなことを助けてもらってた引け目でこちらが線を引いてしまっていた。

 今はちゃんと仲良くなれてる、と思う。人付き合いには未だに苦手意識が強いけど、有り難くつるんでもらっている。

 

「本気でやって欲しいよ、こっちも本気だもん──中3週で、少しゆっくりできるし」

「ふひ、普通は中3週を休憩とは言わないんだよゥ……」

 

 常識的なツッコミもしてもらえるしね! 最近サキさんやボゥ先輩は常識を教えてくれないので困る──諦めないでくださいお願いします。

 

 

 少し前は、2人が優しいのは【喚起】狙いなのかなぁなんて疑ったりもした。まぁ仮にそうであっても私に損は無いし、構わないっちゃ構わないんだけど。

 『最初から私の考え過ぎだった』というのが最近の結論だ。彼女たちと自主練で走るのは不定期だし【喚起】があったり無かったりするのに、なんにも訊いたり願ったりしてこないから。

 

 それでもクラスメイトの中で一番影響を受けてるのはこの2人。ぼちぼち効果が出てきてもおかしくない。

 ……というか、未勝利戦で2人とも“領域”使ってたよね。

 

「こっちは未勝利戦でも躓いてるのにナー」

「ごめんよゥ、先に私だけ……」

 

 ナーもデビューできる(ルート)はあったでしょう……?

 

「……ナーたち、なんでわざわざ未勝利戦ぶつけたの?」

「「約束だから」」

「おぉ、息ぴったり」

 

 ナーサリーナース(2戦0勝)とドゥームデューキス(2戦1勝)は幼馴染みだという。『一緒にデビューする』と約束しておいて未勝利戦でぶつかるのは矛盾にも感じるけれど、本人たちが話し合って決めたならそれでいい……のかな。少なくとも彼女らは納得してるっぽい。

 

「でもまぁ、次はナーもいけるんじゃない? 3番手とはかなり──ぶ」

「ワンワン、シャラップ」

 

 ドゥの掌で口を塞がれ、こくこくと頷く。どうやら2人がぶっちぎりで置き去りにした選手がこの教室にいるらしい。

 ギリギリセーフ……アウトか。アウトだと2人の目が言っている。私は大人しく口を閉じて、ナーの明るい話題転換に耳を傾けた。

 

 

 

《──しかし、教室の雰囲気もかなり変わったものだ》

『そりゃそうでしょう。未だに私を落ちこぼれ扱いできる人は流石にいません』

《確かに》

 

 9月半ばの今日までに、ジュニア級の重賞競走は数えるほどしか行われていない。それを2つ勝ち取ったのなんて私だけだ。

 しかも函館は1200mで札幌は1800mである。期間的な意味でも距離的な意味でも『お前なんでここにいるんだ』って目で見られまくったよね。他陣営はもちろん、下手するとお客さんからも。

 

《クラスの……学年のエース級と見做されたか。芙蓉Sは注目の的になる》

『まだ数少ないGⅢウマ娘同士(﹅﹅)の激突ですしね』

《ああ》

 

 ……そう、ムーンカフェちゃんもすでにGⅢウマ娘である。圧倒的大差でメイクデビューを飾った後はそのまま芙蓉Sに進むって聞いてたんだけどなー?

 8月後半にしれっとGⅢに出て勝っている。新潟ジュニアステークスだ。

 ──マイルじゃんか! まぁ1600mは彼女には短過ぎて、本当にギリギリの勝利だったけれど。

 自惚れでないなら函館で勝った私を意識してくれたのかな。そうだったら嬉しい。もっと言えば『これで私もGⅢウマ娘よ』みたいに分かりやすくデレてくれたら良かったのに。

 

『ムーンカフェちゃんはクーデレってやつですよね』

《そうか……?》

 

 そんな彼女はツーンと澄ましつつ私と距離を置いてるけど、それは敵意でも悪意でも無い。必要なことがあれば話してくれるし、たまにお昼ご飯も一緒するし。

 教室は私にとって過ごしやすい場所になった。

 

 ──と、簡単には気を抜かないのがアナさんである。

 

《そんなことよりグラ、逆恨みの暴発には気をつけておけよ》

『はぁい。暴発についてはアナさんの気にし過ぎだと思いますが』

 

 逆恨み……と決めつけはしないけど、嫉妬とかに似たものは確かに向けられてるんだろう。対抗心とも呼べる感情だもん、無いわけはない。私たちはアスリートだ。

 そしてアナさんは、それが悪い形で爆発するんじゃないかと案じている。

 

《杞憂ならそれでいい。私には際どい精神状態に見えるぞ、最近のベレヘニヤは》

 

 ……函館ジュニアステークス以降、彼女は孤立している。私への評価を改めていく周囲の変化を拒むように。

 それが暴力や妨害として噴き出すリスク……うーん、ゼロとは言わないけど高くはないんじゃないかなぁ。

 

 あるとしたら、例えばオーバーワークで身体を壊すとか。うん、そっちのがまだありそう。

 もっとも、ベレヘニヤが私の言葉に耳を貸すかは疑問だけど。

 

『……次のレースが済んだら真面目に考えます』

《とりあえずその程度でいい。グラの安全に関わらないことなら私は口出ししない》

 

 それなら後回しだなぁ。今は芙蓉Sのことで頭がいっぱい。

 

 世間的にはただのオープン競走でも、私史上最高のモチベーションで挑んでいる。ムーンカフェちゃんはまだてんでポンコツだった私に初めて戦いを挑んでくれた特別な人だ。

 そんな彼女から卑怯者だとは思われたくない。

 

 ……あれ?

 最近の様子からして、既にそうは思われてないような?

 

*
(ラチ)スレスレの最短ルートのこと




※次話、ムーンカフェ視点。次々話が芙蓉ステークス。


□オリウマ娘ちゃんズの名前の由来

ナーサリーナース:Nursery-Nurse
 由来なし。語感と覚えやすさから。んなぁー。
 久川(なー)ちゃんっぽさはありません。
ドゥームデューキス:Doom-Duchess
 由来なし。語感と覚えやすさから。デュフ……。
 Duchessとつく競走馬は複数実在するので、実際には使われないだろう悪運(Doom)という単語をあえてつけています。
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