アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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月房(つき)から測る異端(グラ)

 

『最終直線で再び後続を突き放し、余裕を持ってゴールしたのはアナグラワンワンです!

 ……おや、これは審議でしょうか? 審判がフラッグを振っていますね』

 

 5月に選抜レースの映像を観て、私は怒りを抱いた。真面目に走っているようには見えなかったのだ。レースを侮辱している、そんな風に感じた。その場で彼女に宣戦布告してしまうほどに。

 

『負けない……貴女には絶対負けない。

 公式のレースで正面から、上回ってみせる!』

 

 だけど落ち着いて振り返った時、不可解さに首を傾げた。

 私ってこんなにレースを神聖視してたっけ、と。

 

 


 

 

 そもそも私は一般家庭出身で、家の名とか血の誇りとかいったモチベーションは全く無い。そんな(しがらみ)に生まれた時から囚われるとしたら、なんだか重くて走りづらそうに思えてしまう。

 もっとシンプルに個人的に、走りたいから走るのだ。

 

 マンハッタンカフェお姉様への敬愛も……走り始めた理由ではない。

 彼女との縁はレースではなく霊視体質から始まった。幼い頃から人に視えないモノが視えた私は、お姉様を『偉大なGⅠウマ娘』としてではなく『霊障関係の先達』として知ったのだ。

 だから競走ウマ娘に対する憧れよりは、恩や感謝の方が強いというか……先だったというか。

 

 それに実のところ(クラスメイトにはほんのり嘘をついているけれど)、お姉様からはほとんど走りを教わっていない。

 正確には、不本意ながら、お姉様のご友人からということになる。

 

『お薬の時間だよぉ〜?』

『ぃやぁぁああ!?』

 

 捕まったところで飲まされるのはお薬みたいな匂いの紅茶であって、お薬じゃないし毒でもない。それでも苦手なものは苦手だし、あの笑顔で追いかけられたら逃げるでしょう!

 引退したとはいえ彼女もGⅠウマ娘。小学生の私に逃げ切れるはずもなく、毎回ばっちり飲まされていたけど……あの鬼ごっこで速くなれたのは確かなのよね。

 それとお姉様のコーヒーをより美味しく感じるようになった気もする。

 だからってアグネスタキオンさんを師匠とか呼ぶのはお断りだ。絶対にイヤ。

 

 

 ──つまるところ、彼女らは理由ではなく。

 走れたからだ。速かったからだ。楽しかったからだ。私が中央トレセンに来たのはその程度の理由。

 もちろんちびっこレースやポニーカップでの切磋琢磨はあったし、勝つ喜びも敗ける悔しさも味わって自発的に選んだ道ではある。

 だけど入学時の私なら、不真面目な走りに対してあんなに怒ることは無かった。

 

 怒りを得たのは、それより後。

 

 


 

 

 入学してすぐの頃、小耳に挟んだ噂話。

 

『この学年にはサトノ家もメジロ家もシンボリ家もいない』

『チャンスだ、この世代でなら活躍できる』

 

 ……腑抜けた話よね。

 そりゃあスペシャルウィークさんやグラスワンダーさんたちと同じ世代にあたったら厳しいレース人生になるだろうけど、違う世代なら輝けるってことにはならない──というかあの6人もそういう家ではなかったような?

 だからそんな話には耳を貸さなかった。

 

 だけど怒りもしなかったのよ。『走る前から相手を見下すな』だとか『そんなことより自分の走りを磨け』だとか、そういうお綺麗なことはたぶん思いもしなかった。ただ下らないとスルーしただけで。

 

 

 同じ頃、もう1つ別の話もよく囁かれていた。

 

『この学年にはとんでもない落ちこぼれがいる』

『ラッキーだ、最下位にはならずに済む』

 

 アナグラワンワンを指すのは言うまでもない。彼女は有名だった。それも納得できる程に劣っていた。

 裏口入学じゃないか、なんて噂もほんの一瞬あったかしら。だけど私を含む大方が信じたのは『病弱だから』という解釈。

 

 だって彼女の走りは研ぎ澄まされていた。磨き抜かれていた。裏口入学なんてことを考える卑怯者にできるとは思えない完成度の走り。

 悲しいまでに脚力が無いからスピードも出ないというだけで、その乏しいパワーをできうる限り前進に使いきるボディコントロールは私を含めた誰より優れていたんだ。

 

 

 美しいと思った。

 それを身に着けるまでの膨大な研鑽には聖なるものさえ感じた。

 あの非力さと貧弱さを持って生まれたら、私に同じことができただろうか?

 

 

 ──だから(﹅﹅﹅)彼女の選抜レースに怒ってしまった。

 そんな無様は貴女の走りではないでしょう。そのくせタイムだけは速くなってるなんて。

 

 とても口には出せない。こればかりはお姉様にも秘密だ。

 勝手な期待と勝手な落胆、あまりにも恥ずかし過ぎる。

 アナグラワンワンの走りを神聖視して、その聖性を当人に穢された気がして、そんな心理を自覚もせずに当たり散らしただけじゃないか。

 

 

 見る影もなく崩れ去ったように思えた彼女の走りも、7月8月と北海道で走る頃にはすっかり再建された。持病が治ったのかなんなのか、前とは比べ物にならない筋力に合わせてフォームも大幅に改造されたけど……それでも私に気付かせる。

 この無駄の無さ、真っ白なギリシャ彫刻を思わせる突き詰められた合理。4月の私はこれに魅入られたのだと。

 そして──決して楽には勝てない相手だと。

 

 

 少し後悔をして、でもそれ以上に戦いたくて。だから『芙蓉ステークスを一緒に走ろう』という約束はそのまま継続。

 楽しみね、アナグラワンワン。貴女を見下しはしない。見上げもしない。私の敵として不足無し。挑むつもりでこっちも──いいえ、そっち以上に──研ぎ澄ましてあげようじゃない。

 

 そうしてついに、決戦の9月を迎える。

 

 



 

 

 『M』というシンプルな店名のカフェ。ここのオーナーがかのマンハッタンカフェであることは、ファンの間では公然の秘密だ。日常的に店頭に立つには些か有名人すぎるので、普段は2階にある私的なスペースで特別な相手にだけコーヒーを振る舞っている。

 

 9月初頭のこの日、2階には3人の客人が集った。ムーンカフェとそのトレーナー(彼はかつてマンハッタンカフェのトレーナーも務めた)、加えてアグネスタキオンだ。

 ムーンカフェははっきりと不満顔である──タキオンがいるからではない。

 

「それで、今日こそ芙蓉Sの作戦をはっきり教えてくれるんですよね? アナグラワンワンのことになる度に口ごもってたの、全部説明してくださいよ」

「はっきり答えられなくてごめんよムーン、でもまだ分からないことがあるんだ。それを今日のレースで確かめてからとさせて欲しい」

「えぇ……これまでのも繰り返し観たじゃないですか」

「うん、言い直そう。今日のレースを2人に──カフェ君とタキオン君に確かめてもらってから、だ」

 

 テレビ中継が映し出すのは札幌レース場の様子。もうすぐゲートインらしい。

 トレーナーの持つタブレットでは前走までの記録を一覧できる──アナグラの7月8月、ありえないほど短い間隔での連勝記録。

 

 但しこの日、元GⅠウマ娘の判断を仰ぎに来た理由は連戦に関してではない。彼らはその名を知らないが、【喚起】についてのことだ。

 

 

『まさかの4連戦、まさかの独走! 周囲の不安もなんのその、アナグラワンワン3バ身半から4バ身近い差をつけて重賞2勝目を飾りました!』

『レース後は毎回精密検査を受けるそうですが、脚へのダメージがほとんど見つからないらしいんですね』

『そんなことがあるんですか!?』

『いえ、通常ありえないことです。医師たちも驚くそうですよ』

 

 

「……どう見る?」

「ぜひ調べさせて欲しいなぁ!」

 

 タキオンの欲望をスルーして、トレーナーはかつての担当に視線を送った。マンハッタンカフェは信じられないと目を瞠りつつ、見たままを答える。

 

「アナタもご存知の通り、“領域”はカメラに映りません、が……」

「使っているように見えた?」

「はい。ただ……2番手と3番手の子が、ですけど」

「ふむ。ジュニア級の夏に“領域”を使えたウマ娘なんてそう居ないよね」

「そう、ですね。同期だと……ポッケさん*ぐらいかと」

 

 “領域”という言葉を知らないムーンカフェは話についていけない。

 タキオンはそんな後輩の頭をよしよしと撫でながら──、

 

「髪つぶれるから止めてくださいよう!」

「はいはい、分かったよ」

 

──鬱陶しそうに払い除けられつつ同意する。

 

「私も同感だねえ。このレースで2人、前走で1人、その前はもっとだ。ワンワン君のレースには──そこにだけ──明らかに使い手が多過ぎる」

「……タキオン君がそこまで注目してるなら、こちらとしては学生を守るために警戒しないといけないんだけど」

「心外だねえ、人を危険人物みたいに」

 

 大人2人からの視線が湿度を増した。タキオンは卒業後もしばしばやらかしている。

 

 例えばムーンカフェは憧れのあまりマンハッタンカフェの真似をしたがるが、生来の髪質では髪型をお揃いにすることも難しかった。幼いムーンカフェはそれを変えたいと願い、タキオンは善意100%で応えた──本人の希望なのだから問題は無いと、髪質を根本的に改造してしまったのだ。

 マンハッタンカフェが気付いて止めるのがもう少し遅ければ、ムーンカフェの輝くような芦毛も黒く染められていただろう。

 

(マンハッタンカフェがかなり本気で怒ったので、タキオンはすぐに対抗薬を用意した。髪質を元に戻すことはすでにいつでも可能。しかしムーンカフェが使いたがらないのでそのままになっている)

 

 そんなタキオンだが、アナグラワンワンに何か飲ませようなどとは一切考えていない。トレーナーの懸念は杞憂だ。

 

「彼女を注視しているのは個人的な別件さ、忘れてくれたまえ」

「……ならそうしよう。ともかく2人とも、アナグラワンワンに『覚醒を促す何かがある』点には同意なんだね?」

 

 すぐに返った2つの頷きを受けて、トレーナーはムーンカフェに向き直る。そういうことなら隠す意味が薄いから。

 

「お待たせムーン。今から話すことは──“領域”についての知識は、他言無用だ。若いウマ娘にはあまり明かさないことになっていてね」

「……これまでは言えなかった、ということですか」

「幾つかの理由から言うべきではないとされているんだ」

 

 話さずにいた理由を指折り挙げていく。

 まず“領域”はウマ娘にしか感じ取れないものだからトレーナーの言葉は全て受け売りだ。

 常識で語れるものではないから言葉で伝えても信じにくい。信じようにも『そんなバ鹿な』と言いたくなる。

 カメラに映らないから証明などもできない。真剣勝負でしか使えないから再現も難しい。

 

「実際に体験すれば『理屈を超えた何かがある』のは疑いようもない──らしいよ」

 

 怪訝そうにしつつもその言葉を咀嚼するムーンカフェ。やがてぽつりと本音をこぼす。

 

「なんだかインチ──いえ、超能力の類みたいですね」

 

 ところが3人は、飲み込んだ前半にこそ肯定を返すではないか。

 

「『そんなのインチキ』って思っちゃったこと、私もあります……」

「そこまで便利ではないけど、食らう側からするとねぇ」

「情報が乏しいから仕掛ける側が有利になりがちって意味でも間違ってないかな」

「ええ……」

 

 とはいえ、トレーナーから教えられるのは“領域”という言葉や一般的な性質まで。担当するウマ娘に固有のそれは、どんな能力かもどうやって習得するのかも個人差が極めて大きい。

 そもそも習得できないウマ娘も多いが、彼女らに素質が無かったのか練習が的外れだったのかも不可知。謎だらけだ。

 

「決まった教え方というものは無いし、得られる保証も無い。強力な武器なのにね。それなら“領域”って名前だけ教わったって気が(はや)るばかりだろう?」

「……なるほど、確かに」

 

 だから教えなかった。そうする意味が薄いから。

 しかし教えた。芙蓉ステークスの最中にムーンカフェも──そして周りも──覚醒める可能性が高いから。

 

 これほどの人数が“領域”を使えている以上、アナグラワンワンの影響は何かしらあるのだろう。

 このことはどうしても、勝負を無礼(ナメ)ているように誤解されがちだ。

 

「……周りを(たす)けてるようにも……見えますね」

「お優しいことだ。レースをなんだと思ってるやら」

 

 マンハッタンカフェは物憂げに。アグネスタキオンは皮肉っぽく。

 その両方をムーンカフェは否定する。

 

「いいえ。あの子は手を抜いたりしません。全力で走っています」

「おやぁ? 少し前は嫌っていたと思うけど」

「……考えを改めました」

「ふぅ〜ん?」

「なんですか、なにが可笑しいんです?」

 

 急な心変わりをタキオンにからかわれ、とげとげしく仔猫のように反発する。教室での振る舞いよりも少し幼いムーンカフェだ。

 

 そんな2人を微笑ましく見守るマンハッタンカフェ。その視線はただ柔らかく応援するもので、不安や懸念といった色は薄い──トレーナーには少し意外だった。アナグラワンワンは未知の要素が多すぎて、激突には気掛かりなことが多いのに。

 マンハッタンカフェは根拠もなく気を緩めるような気質ではない。何かしら安心材料はあるようだ。

 

「そういえば、カフェもアナグラワンワンに会ったんだっけ?」

「いえ、会ったというか……見かけただけ、です」

「君から見た印象を聞かせてもらっていいかな──あ、ありがとう」

 

 トレーナーのカップを珈琲で満たされたものに交換してから、マンハッタンカフェはぽつぽつと振り返る。

 

 ──最初にその名を聴いたのは5月、ムーンカフェからの電話だった。

 

『本人は実害ナシって言ってるけど、悪霊みたいなものにすっごく狙われ始めたクラスメイトがいるんです。(アラ)(ガミ)って呼んでたんですがご存知ですか?』

 

 そう言われても伝聞では判断しづらい。心配ではあったが具体的な霊障が起こっているわけではないそうなので、『機会をみて直接確かめる』と決めるに留めた。

 ──すでに卒業したGⅠウマ娘が特定の新入生を見に行くとなると妙な噂が立ちかねないので、すぐには動けなかったが。

 

 その機会は7月にやってきた。あの駿川たづなから、『眠気に効いて胃に優しい珈琲なんてありませんかね……?』と助けを求められたのだ。

 

(なお彼女を襲ったイレギュラーな仕事とストレスの源は、正体不明の能力で毎月2回走るなどと(のたま)うUMA娘とその安全確認のために医療リソースを最大限使いたい千田サキだったりするが、マンハッタンカフェの知るところではない)

 

 好みを聞きながらブレンドするという名目で学園を訪ね──そこで、視た。

 

「ムーンの言った通り、でした。姿は恐ろしいし、彼女への悪意は強いけれど……本人にそれは届かない。周りへの悪影響もありません」

「……ちなみに、どんな風に見えたの?」

「色んな怪物が居ました……特に印象的なのは、(アイ)(アン)処女(メイデン)を生き物にした*ような……?」

「こわいね!?」

「それと……真っ黒な人面獅子*、でしょうか」

「ひぇぇ……」

 

 卒業後はカフェを営む傍ら、ムーンカフェのような霊障相談にも善意で応じてきたマンハッタンカフェ。その経験で視てきたモノに照らせば、アナグラワンワンに(たか)ろうとしているのは神なんてご大層な存在ではない。

 実体としては──言葉は悪いが──ありふれた雑霊だ。大半は動物霊の類だろう。それがアナグラワンワンの影響力に引っ張られて形を変えているに過ぎない。

 

「詳しくは分かりませんが……彼女の周りではむしろ霊障が減る、はずです。ぐんぐん引き寄せるので」

「それ、アナグラワンワンは平気なのかい?」

「…………」

 

 答える代わりにトレーナーのタブレットに目を落とす。なるほど確かに、北海道での4連勝を見れば心配する必要は無かろう。

 

 

 

「なるほど…………、ありがとう。

 これでやっと、ムーンを勝たせるための仕事ができる」

「応援しています。アナタとムーンなら、きっと」

 

 得られる限りの情報は得た。

 芙蓉ステークスは4週間後だ。

 

*
ジャングルポケットのこと。

*
コクーンメイデン

*
ディアウス・ピター




※アグネスタキオンがアナグラワンワンに興味を持つ『個人的な別件』は、クラシック級になるまで進展が無いのでここではスルーしてください。

 次話、芙蓉ステークス。
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