アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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ライバルとの絆(ジュニア9月・芙蓉ステークス)

 

 9月の末、とうとうやってきた芙蓉ステークスの日。

 アナグラワンワンにとってもムーンカフェにとっても初めての中山レース場。観客席にはアソカツリーなどが応援に来ている。

(スプリンターズステークスがすぐそこなのでアルヘイボゥは来ていない)

 

 控え室でのアナグラは、千田サキに心配されるほどの戦る気だ。

 

「気合いが入るのも分かるけどかかり過ぎ。作戦無しに勝てる相手じゃないでしょう」

「フゥ……分かってます。でもムーンカフェちゃんもすごい気合いで」

「そうね。だからこそ貴女の走りをしなさい」

「はい。今日までの全部、ガツンと見せてきます」

 

 

 

『各ウマ娘、ゲートイン──おや、ちょっと戸惑う子がいるようで時間がかかるでしょうか』

『気持ちは分かる気がします。今日の空気は異様ですから』

『そうですね。中山レース場の観客席、本日の混み具合はまるで重賞競走です。芙蓉ステークスがOP戦であることを忘れそうになります』

 

 何人かがゲートインに手間取ったことと観客の多さや熱気は確かに関係しているだろう。ただしより大きな原因は──、

 

『しかしそんな注目度も納得でしょう、1番人気ムーンカフェと2番人気アナグラワンワンは共にGⅢウマ娘、今回初の直接対決となります』

『戦績で見ればムーンカフェは2戦2勝、アナグラワンワンは5戦5勝。流石に連戦が厳しいとの見方が支持率に表れたか』

 

──2人がぶつけ合うまじり気の無い戦意。それこそGⅠクラスでしか経験しないような、重力と錯覚するほどに張り詰めた集中力。

 

 しかしゲートに入れば萎縮は消えゆく。

 勝つ(いきる)気の無い者などいない。ならば彼らはレースという怪物を共に狩る同志であり、例外なくアナグラワンワンによって鼓舞されるから。戦場における【喚起】はそういう力である。

 

『今2000mの旅がスタート綺麗に揃いました。これまで逃げで勝ってきたアナグラワンワン先頭(ハナ)を取りたいがそうはさせじと横に並ぶのはゲージスプレイ、すぐ後ろおぉっとここにムーンカフェ!』

『逃げ、いえ先行策でしょうか。メイクデビュー・前走と差しで勝ったムーンカフェ、アナグラワンワン思わずぎょっとした表情』

 

 いきなりの誤算。ムーンカフェは差しという先入観があった。ここまでの勝ち方もそうだし、加えてマンハッタンカフェの勇名があるから。

 しかし彼女の実質的な師はアグネスタキオンであり、先行も得意戦法である。

 

 また、横に並ぶゲージスプレイの存在も悩ましい。函館ジュニアステークスで争ったことからも分かる通り、彼女は短距離走者だ。この中距離レースにいること自体が想定外。

 しかし意図は明白だった。あの日に掴みきれなかった“領域”を完成させるべく、【喚起】を浴びに来たのだ。その狙いはすぐに叶う。

 

 

 領域具現──Imaginary Boson:Sp=2

 

 

『スタミナに不安のあるゲージスプレイですがいきなりのスパートか! 急激に登るホームストレッチを跳ぶように駆け抜け先頭で1コーナーへ突入しました!』

『アナグラワンワン食らいついていますが少し苦しいか、2バ身開けたムーンカフェこちらは余裕の表情、続きまして──』

 

 

 重力(グラビトン)にでも関わる“領域”なのか、ゲージスプレイは登り坂をお構いなしに加速。はっきりと先頭を奪われたアナグラワンワンは密かに歯噛みする。

 この中山レース場は函館と同じく平らな直線が無い──傾斜路やカーブでペイジを使えるボディバランスは未だに身についていないというのに。スタートだけはどうにか間に合わせたが、全体的なスピードに不安が残る。

 

 このままではズルズルと減速して沈み、再浮上の目は無い。──2ヶ月前のままならそうなっていた。

 

『先頭を取っておきたかったんですけどね……!』

《こちらはオラクルソードと回復弾で構わないな?》

『はい任せます! (シールド)は私が!』

 

 神機が持つ3種の外装は、それぞれ違った形に発現する。

 (ブレード)は蹄鉄が変形して。

 (ライフル)は靴を砲口として。

 そして盾は、胴衣(﹅﹅)が硬化することで。

 

 盾の中でも最軽量の避盾(バックラー)は、防御力が低い代わりに展開と格納が一瞬で済む取り回しの良さが持ち味だ。

 兵士(ゴッドイーター)ではないグラにとって防御力など些事である。それより、胴の範囲ならば好きな位置・好きな大きさ・好きな角度(﹅﹅)に展開できる点が重要だった。

 

 速さを求める者にとってこの自在な板は、盾というより(セイル)。風を掴んで舵を切り、進路を整えるばかりか加速にすら利用する。

 

『坂を登り切って第2コーナーは下りに転じます、ここでアナグラワンワン加速! 加速! 膨らんでいたゲージスプレイのインを一閃駆け抜けたぁ!』

『どうしてあの速度でインベタを曲がれてるんですか!?』

『おっとここで解説が解説を放棄したようです』

 

 帆船が風上へ向かう上手(うわて)回しの際に定帆(ステイスル)を頼るように。下りながら曲がるスノーボードが雪面を切り裂く反発で姿勢を安定させるように。

 盾が捉える風圧もあてにした最高速のコーナリングは札幌での3連戦で学び取ったものだ。

 

『向こう正面に入りました先頭アナグラワンワン、後続はぐーっと開いてゲージスプレイ失速したところをムーンカフェに躱されまして2番手交代』

『展開が縦長になりました、今度はムーンカフェが苦しそうです。先行としてはもう少し詰めておきたいところ』

『3コーナーに入る手前で更に差が開いたか!? 速い速いアナグラワンワン1人旅を続けられるか!』

 

 中山のバックストレッチは最後の短い区間がほぼ平坦なので、アナグラはそこでもペイジによる加速を入れた。そのままコーナーに突入するが盾があればオーバースピードにはならない。

 平坦な3コーナーに入った時点でムーンカフェとの差は4バ身以上──5バ身近い。ゴールまでは800mを切り、心肺にはまだ余裕がある。

 

 これはアナグラワンワンで決まったか、と。

 “領域”や【喚起】を知らなければそう分析する戦況だ。

 しかしそんな風に思っているランナーはいない。

 

 

 領域具現──アトラスの試練

 

 

『っ、地震!?』

《ちがう、“領域”だ!》

 

 ターフは烈しく揺さぶられている。しかし客席や内(ラチ)などに揺れはなく、明らかに自然現象ではない。そもそも揺れを感じられるのはレース中のウマ娘だけだが。

 崩れた体勢をひねって背後を見れば、ムーンカフェもその後ろも揃ってフォームを乱している。どうやら使用者をも巻き込むタイプのものらしく──、

 

『あ、解けた。一番フラついてるあの人が震源でしょうか、難儀な“領域”ですね』

《そのデメリットで効果範囲を広げたりしてるのかもな……冷静に考えてる場合か?》

『いやぁ、かなり不味いですコレ』

 

──激震自体はすぐに止んだ。悪影響は全員が受けた。

 しかし誰より効いたのはアナグラワンワンである。何歩かよたついたせいで、コーナーに入った時のスピードがすっかり散ってしまったからだ。ここから再加速する脚力において、彼女は──平均であって貧弱ではないものの──上位ではない。

 

 しかも、だ。

 

 

 領域具現──歪み果てし遠近法

 凝視≫(Gaze On)アナグラワンワン

 

 

『んっく!?』

《今度はなんだ!?》

 

 あまりに強い視線を感じて、咄嗟に振り返ってしまった。ばちりと目が合うのは4番手のランナー。間にムーンカフェともう1人を挟んでいるのに、4番手が最も近く感じられ──その狂った遠近感が現実を侵襲する。距離感だけでなく実際の距離もどんどん詰まってしまう。

 

『ターゲットを絞った弱体化っぽいです……!』

《落ち着け! 距離が狭まるにつれて効果も落ちてる!》

 

『4コーナーに入ったところで勝負所、ムーンカフェにテセウスゴルドつづいてアイオブエンヴィがアナグラワンワンを捉えました! 疲れたでしょうか失速していますアナグラワンワン、先頭を守──守れないムーンカフェが先頭を奪った!』

 

 さらに。

 

 

 領域具現──黄金への憧憬(リスペクト・ザ・ゴールド)

 

 

『3つ目──見た目がド派手だけどこっちに悪影響なし、自己加速系!』

 

『ムーンカフェ更に前に出た、ここでテセウスゴルド外に膨らみながらラストスパート猛追を開始! アイオブエンヴィもアナグラワンワンを躱し3番手に上がっています』

 

 

 立て続けに“領域”が使われ、アナグラワンワンはあっという間に4番手。先頭のムーンカフェは2バ身以上も先。

 ──この時点でグラは、独力(﹅﹅)での(﹅﹅)勝利を諦めた。都合の良い隠し札など残ってはいない。

 その手にあるのは博打のような可能性だけ。

 もちろんそれで充分過ぎる。負けたところで死にはしないのだから。

 

 

 

 グラはこれまでに見知った“領域”について事細かくサキに報告してきた。サキはその情報を使い手のパーソナリティや脚質などと照らし合わせて考察を巡らせ、ムーンカフェの“領域”についてこんな予測を立てた──正解率は高くて6割、と前置いて。

 

『ティーガードンナのような自己加速効果ではない、と思うわ。ボゥのように妨害を無効化するタイプだと見ている。でなければアリーのような、何らかのルールを強いる系統じゃないかしら。多分きっと、なんとなくね』

『そんなに予防線張らなくても……』

 

 

 

 ならば賭けよう。『ムーンカフェの“領域”は周りの“領域”効果を消し飛ばし禁止するものだ』という可能性に。

 どうせアイオブエンヴィによる弱体化〈歪み果てし遠近法〉が解除されない限り勝ち目は無いのだ。ここからアナグラワンワンが勝てるとしたら、ムーンカフェがそれをどうにかしたケースのみ。

 

 だからその前提で動く。もはや負けて元々である。

 首尾よく〈歪み果てし遠近法〉および〈黄金への憧憬〉が消えたとして、それだけで勝ちが転がり込んで来るか?

 ──否だ。〈アトラスの試練〉で減速させられた分は、なんとかして自力で再加速しなくては。

 

『アナさん、ペイジ3歩!』

《はぁ!?──くそ、タイミング指示しろ!》

 

 好機はムーンカフェが“領域”を開く直前。

 それはテセウスゴルドがムーンカフェに迫るその瞬間。

 すなわち、今。

 グラは4コーナーの途中で進路を正面(﹅﹅)に変えて──、

 

『今です、左・右・左!』

 

──コーナーの出口を外柵いっぱいまでの直線(﹅﹅)と見做して滑走路とする。

 

《ラチにぶつかるなよ──

 「ぶつかったって死にゃしません!

 ──このじゃじゃウマめ!!》

 

 どうみても柵への暴走。しかし観客が悲鳴をあげるより速く盾の空力で急旋回し、ラチと平行にホームストレッチを直進する体勢へ。

 同時に選手たちの視界はまたも転変を迎える。

 

 

 領域具現──神域は新月にて(フライ・ミス・トゥ・ザ・ムーン)

 

 

 天は夜に染まり、ゴールの彼方には青い地球を臨む。観客席は消え失せ、ラチとゴールラインだけが残る月面世界──ただし荒野には見る間に緑が萌え色とりどりの花が開いていく。

 

 アイオブエンヴィによる〈歪み果てし遠近法〉のデバフ効果は消え失せ、その反動か彼女は大きく減速した。

 テセウスゴルドも〈黄金への憧憬〉という強力なブーストを失った。

 並ばれかけていた先頭ムーンカフェは一瞬だけ視線を後方へ。そこにアナグラワンワンの姿は無い──しかし、居る。左手の外ラチいっぱい、ほぼ真横。

 

『さぁ中山ゴール前200mの急坂を登る先頭ムーンカフェ、大外アナグラワンワンとはほぼ横並び、3番手テセウスゴルドは差しきれないか!?』

 

 ムーンカフェの“領域”はグラの期待通りに他の“領域”を封じた。

 が、1人だけが例外などという好都合はありえるはずも無く。

 

『アナさん! アナさん!?』

《────》

『っ……!』

 

 この時、グラの足裏からオラクルソードは消え回復弾も絶えている。アナによる神機操作が沈黙した──させられたのだ。ムーンカフェの“領域”によって。

 ここに来て『自分だけの力で』戦うことになったグラ。

 すでに速度は得た。このままでも2着か3着にはなれる──ムーンカフェには届かないが。

 幸いにも自らの意思でならペイジの展開もできそうだ。たった1人コース最外を走る今なら他人を傷付ける心配も無い。

 練習は足りていないのでバランスを崩して転倒するリスクもあるが、それも自分だけならば盾によって身を守れる。

 

 失敗は負け、成功は勝ち。

 躊躇う理由がどこにあろうか。

 

『坂が緩やかになる残り80mでぶち抜く──!!』

 

『最内と最外に離れた横並び、僅かにムーンカフェが前に見えます残り100m!』

『これまで何度か見せた急加速で今回も巻き返すかアナグラワンワン!?』

 

 蹄鉄が鋭い剣となってターフを抉る。

 その角度と深さは、運も味方してグラの意図した通りのもの。身体はグンと力強く加速する。

 これで3番手テセウスゴルドは振り切った。

 

 次の1歩でムーンカフェに並べる。更にその次で追い抜けるだろう。ただし──、

 

『ゴールがもうちょっと向こうなら……!!』

 

──その直前でレースは終わり、敗けもしくは同着になるというのがグラの直感。

 瞬間速度では上回っている、ゴールが実際より5m遠ければ確実に自分が勝つ、そう思った。

 この時ムーンカフェも、『ゴールが実際より5m近ければ自分の勝利だ』と考えている。このままでは敗けもしくは同着になると。

 

 

 終幕間近のゴール前。

 誰の想定にも無かった最後の奇跡。

 

 

 領域捕喰(﹅﹅)──疑似極点(アルダノヴァ)

 凝視≫(Gaze On)アナグラワンワン

 

 

『最後の最後で突き放した1着ムーンカフェ! 半バ身弱の差をつけてアナグラワンワンを下しました!』

『20mほど離れて*の接戦というのも珍しいですね』

『2人は速度を緩めながらお互いを見合っています、掲示板を確かめずとも順位は確信しているようで──おっと?』

『何か言い争っていますか……? いえ、アナグラワンワンの尻尾は楽しげですが』

 

 

「なにあれワンワン!?」

「ハッ、ハッ……、! 初めてワンワンって呼んでくれたね、ムンムン!」

「誰よムンムンて! それより! さっきの!」

 

「なにって訊かれても──、

 《く……今なにが起きた……?》

 ──分かんない」

 

「分かんないの!?」

 

 

 確かなことは結果のみ。

 2人の初めての直接対決となった芙蓉ステークス、1着はムーンカフェ。

 ──なお、3着のテセウスゴルドまでがレコードタイムを上回る好走だった。

 

*
中山のコース幅は20〜25m




 レース三昧はここまでで一段落。疑似極点(アルダノヴァ)については次話にて。


□オリウマ娘ちゃんズの名前の由来

テセウスゴルド:Thēseus Gold
 テセウスの船+黄金(の不沈艦)。
 固有スキル〈黄金への憧憬(リスペクト・ザ・ゴールド)
アイオブエンヴィ:Eye of Envy
 嫉妬の目。
 固有スキル〈歪み果てし遠近法〉
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