アラガミ喰べてたウマソウル   作:土屋 四方

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※実在ウマ娘ちゃんの未来を捏造しています。


面談

 

 5月初頭、新入生向けの選抜レースが行われたその日の夕刻。

 中央トレセン学園の新入生が1名、理事長室に呼び出されていた。

 

 

 

「お待たせして申し訳ありません。アナグラワンワンです」

 

 呼び出し時の宣言通り時間はかかったものの、制服に着替えた問題児が入室して頭を下げる。

 

 長い青毛はあまり手入れされていないように見える。(うなじ)の後ろでひとつ結びにしているが、まとまりきっておらずあちこちへ跳ねているのだ──今朝になって急変した髪質に対応できていない。

 身長は150cmに満たないものの、意思の強そうな瞳や背筋の伸びた振る舞いからは小柄という印象を受けにくい。ただし同時に、どこか子供っぽいような雰囲気もある──こちらは制服をきちんと着れていないせい。胸元のリボンも捻れて偏っている。

 

 そんなアナグラが頭を上げると、口火を切ったのはやや苛烈な言葉。

 

「君は、自分が何をしたか分かっているのか?」

 

 投げかけたのは鹿毛の国際()ウマ娘()協会()職員。この中央トレセン学園の卒業生(OG)だ。卒業に際して生徒会長という役職は譲ったものの、"皇帝"と称されるのは今も唯一無二。

 シンボリルドルフの威圧を受けてなお、アナグラは僅かに怯んだだけで言葉を返す。

 

「危険走行のルール違反をしたおそれがあると。その事情聴取のようなものですよね」

「否定ッ! ルール違反の疑いはすでに払拭されている、その点は安心したまえ!」

 

 対称的に明るく応じたのは秋川やよい理事長。

 聴取のための嫌われ役(バッドガイ)を自分でやろうとして秘書から却下され、その役は別件で学園に来ていたシンボリルドルフに委ねている。

 

「そうですか。よかった……」

「ですが、訊いておきたいことはあります。まず事実確認をしましょうか」

 

 言いながら、理事長秘書の駿川たづなが大きなスクリーンの電源を入れる。

 

『新1年生にとっては長距離にあたる芝2200m、8名のゲートインが完了しました』

 

 最初に動画が映し出された。数時間前に行われた選抜レースの様子だ。

 

『第1レースでは素晴らしい記録が出ました、この第2レースはどうなるでしょうか。さぁ今スタ──!?

 速い! 1枠1番アナグラワンワン、素晴らしいスタートからかなりのペースで飛び出した、これは逃げというより大逃げか!?』

 

 ぐんぐんと後続を突き放すアナグラを、実況もギャラリーも心配した。単純なスピードもそうだし、フォームもおかしい。こんな走り方でスピードが出るとは考えにくいような脚の振り方だ。

 最後まで走りきれるとは考えにくく、実際に減速はした──ただし、かなり早い段階で。

 

『おっとアナグラワンワン、コーナリングは苦手でしょうか。苦手というより……が、頑張って欲しいですね!』

 

 実況が思わず言葉に詰まり応援で誤魔化すほどの酷い走りだった。氷の上でも走っているように、慎重に慎重に歩を進め──そしてコーナーを抜けると同時に飛び出す。またも異様なフォームと大逃げのペースで。

 

『最終直線で再び後続を突き放し、余裕を持ってゴールしたのはアナグラワンワンです!

 ……おや、これは審議でしょうか? 審判がフラッグを振っていますね』

 

 アナグラは最後まで先頭を譲らず、最初にゴールテープを切った。

 ただし──1着と確定したのはしばらく後である。たづなが画面を静止画に切り替えながら問う。

 

「先ほど言っていた通り、危険走行が疑われました。こちらの写真、貴女がつけた蹄跡(あしあと)ですね?」

「はい、間違いありません」

 

 ターフの芝を写した写真には、深く掘られたような穴が確認できた。

 レースではウマ娘同士の距離がかなり近くなることもあるため、蹄鉄の形は厳しく規定されている。スパイクのような突起を持たせることは厳禁。

 

 レース直後にその場で確認されたアナグラのシューズは、ルール通りの装蹄がされていた。突起を出し入れするような細工も無い。

 続けてたづなが再生した走行中のスロー動画でも、靴の裏に突起物は見当たらない──ただしこれらは判断材料から除くべきだろう。

 理屈に合わないことが起きているのだ。

 ならば、これは。

 

「“領域”によるものだと言うんだな?」

 

 シンボリルドルフは意図的に威圧を籠めた。

 役割としてそうしている面もあるが、厳しく指導する必要を感じているのも嘘ではない。

 

「“領域”?」

「名は知らんか。ウマソウルの力を高めることで起こる様々な現象の極致をそう呼ぶ」

「極致かは分かりませんが……ウマソウルの力なのは確かです」

 

 そうであればカメラなどにはただの蹄鉄として写るだろう。

 アナグラに罪を悔いる様子は見当たらない。確かに証拠の残しようがないし、競技ルールには“領域”に関する縛りが無いから違反にも当たらないだろう。

 しかしだからと開き直られては困る。自戒すべき危険行為だ。

 

「感嘆! すでにそこまで使いこなしていることは称賛に値しよう!」

「理事長、我々は安全意識を問うている。新入生の慢心を助長しないで頂きたい」

 

 褒めもする。叱りもする。そういう役割分担。

 

《ただ叱り罰するつもりならこんなことはしない》

 

 配役であることを暴露されては演じ甲斐も無いが。おかげでアナグラの態度からは怯えが完全に消えた。

 

「まず、安全性に自信がありました。けれど実戦で使うのは初めてでしたから、幾つかの対策を加えたつもりです」

「対策というのは?」

「2200mにエントリーする新入生は少ないこと。まして大逃げを打てば接触のリスクは最小限です。芝ならダートほど後続の邪魔にならないとも考えました。それと──」

 

 たづなの問いにはきはきと答えながら、後ろ手に持っていたシューズを3人に見せる。実際に選抜レースで履いていたものだ。

 

「──実演したいので履き替えてもいいですか?」

「「「実演……?」」」

 

 ちなみにアナグラワンワンは、ほとんどの“領域”がレース中にしか起こせない奇跡であることを知らない。

 そもそもそれが“領域”であるかは不明だが。

 

 

 

 椅子に浅く腰掛け、アナグラは片足を持ち上げる。履き替えたシューズの──紐は結んでいないが──裏面を3人に見せたのだ。

 

「普通の蹄鉄ですよね?」

「うむ」

「では、えーと見やすいように角度を変えますか」

 

 確認を済ませると、足を上げたまま身体を少し横に向け──ウマソウルに頼む。

 

「「おぉ……?」」

 

 瞬時に1本の突起が生えた。蹄鉄の爪先部分が変形して棘のようになっている。アナの力のうち(ブレード)の効果だ。

 それを見て、たづなはすぐにスマートフォンを構えた。カメラで蹄鉄を撮影したのだ。“領域”によるものならその突起は写らないはず──しかし。

 

「えっ……お2人とも、これを」

「「なっ!!??」」

 

 “領域”を見ないはずの機械の目は、はっきりと鈍色の輝きを捉えていた。

 

《……ウマ娘は物理法則を超越してるんじゃなかったのか?》

『そう聞きますけど……やけに驚かれてますね……?』

 

 驚いて当たり前である。ウマ娘は金属を変形させる魔法使いではないのだから。

 しかしグラには気付けない。自身のウマソウルがひどく弱かった自覚のあまり、『普通のウマソウルならこれくらいできるんだろう』という想定が大いにズレているのだ。

 

(事実、『見えないスパイクでも生えてるんじゃないか』と思えるほどの急加速もしばしば見られる──重賞レースの常連のようなウマ娘には)

 

 絶句する3人に少し焦りながら、アナグラはその安全性を説き始める。

 

「こんな見た目ですけど、刃は先端にしかありません。なので……ほら、こうして指で撫でても安全です」

 

 上体を倒し、実際にその小さな円錐(の側面)に触れた。確かに指は無傷だ。

 しかし3人は安堵どころではない。まだ驚きが尾を引いている。

 

『どうしましょう、あんまり響いてない気がします』

《ペイジに斬れ味は無いが、そういう問題じゃないだろう。速さと長さの実演だ、任せておけ》

 

 グラも詳しくは聞けていないが、『ペイジ』は剣の型名(なまえ)だ。ショートブレードに分類される刺突剣で、横向きの力が加わろうと並大抵のことでは折れない──敵対すれば厄介で、武器にできれば頼もしい──(ボルグ・)(カムラン)の剣先。

 アナにとっては愛剣の1本。数え切れないアラガミの弱点を貫いてきた精確さには堂々と胸を張れる。だから出し入れにはコンマ1秒もかからないし、突き出す長さも自由自在と断言できた。

 

 ──その自信を、3人は怖々と確かめた。色々とやらせてみて、その上で認めざるを得なかった。

 この新入生は異常だ、と。

 そんな風に思われているとは露も知らず、アナグラは続ける。

 

「地面を蹴る瞬間にだけ穿って、振り抜いた時にはもう消しています。ですからこの突起が誰かを傷つけることは無いと判断しました」

「驚異ッ! 驚きに言葉も無い!」

「1歩ごとに出し入れしていた、と……?」

 

 呻きながら、シンボリルドルフは再度スロー映像に目をやった。突起は見当たらない。

 それがカメラに写らぬ“領域”と考えたから、見えずとも危ないと警戒した。しかしこうして写るモノなら、見た目通りに安全だったことになる……。

 

「はい。それを曲がりながらやる自信が無かったので、コーナーでは一切使いませんでした。だから走り方も変えて、お恥ずかしいザマを──うへぁ」

「あ、ごめんなさい」

 

 アナグラの言葉に合わせてたづなが映像を切り替えた。(呻き声をあげさせてしまったが)嫌がらせのつもりはなく、確かにコーナーの走りは大違いだったと見返すつもりで。

 改めて比べると、直線のフォームにあった違和感は氷解する。

 

「納得! スパイクがあるならば合理的と言えよう!」

「こんな地面を撫でるような蹴り足、普通は滑るだけだろうな。逆にコーナーでは滑りかけているようだが……?」

「スパイクを使わなかったにせよ、ここまで変わりますか?」

 

 シンボリルドルフとたづなから向けられた疑問に、アナグラは居心地悪そうに身をよじらせた。本気で恥じ入っているのだ。

 寮の裏庭では高速でのカーブなど練習できず、安全のためには使わずに走るしか無かったとはいえ。それにしたって酷い。急上昇したパワーを完全に持て余している。

 

「実はその、ウマソウルが突然パワーアップしまして。着替えに時間がかかると言ったのも、服を破りかねないからなんです」

「確認! 午前中の授業を休んだのもそのためかね?」

「そうです、すみません……」

 

 

 ──この場で何を訊かれどう答えるか、グラとて考えていなかったわけではない。しかし台本というほどのものは用意しなかった。嘘をつく気は無かったし、話の流れを読めるとも思えなかったから。

 

 だから、3人からすれば当然の疑問に虚を突かれてしまう。

 

 

「急成長したばかりのウマソウルの特殊能力を、これほど理解し使いこなせるものなのか?」

「──あっ」

 

 どうやって理解したのか?→ウマソウルが教えてくれました。

 どうやって制御したのか?→ウマソウルがやってくれました。

 

 正直に答えるならそういうことになる。

 荒廃した異世界のことは脇に置くとしても、言葉を話すウマソウルという奇っ怪なモノについて明かすことになってしまう。

 

『どっ……どうしましょう!?』

《別に無理して隠す必要は無いが、信じてもらえるかは怪しいところだ。嘘も方便だぞ?》

 

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