少し肌寒くなってきた10月の半ば。
ドゥとストレッチしてるところに合流してきたワンワンは、なんだか暗い様子だ。
「どうかしたナ?」
「あー……ちょっと、久しぶりにお父さんと会うことになって」
おっと、これは結構な地雷の気配。ドゥが途端にピリピリしてしまう。
「……嫌い?」
「それは無いかな、メールはよくしてるし。ただ入学してから……もう半年は会ってないからさ。どんな顔して行けばいいのかなって」
「そのまんま行けば良いんだよゥ」
「そう、だよね。そうする」
セーフ。セーフか?
ワンワンはドゥにお父さんが居ないことなんて知らない。それにしたって今の剣呑な空気には気付きそうなもんだ。まぁ気付いてないお陰で起爆せずにやり過ごせたわけだけど。
ヒヤヒヤするから話題変えたいナー。
「2人は実家に帰ったりしてる? ていうかごめん、ドゥたちの地元ってどこだっけ」
「ふひ、電車で片道1時間だよゥ」
「そんなに遠くないんだね」
「いやいやいやいや、ドゥの冗談。静岡のちょっと向こうナ」
「新幹線で1時間じゃん」
「新幹線も電車だろゥ?」
そんな話をしてる内に仏頂面のベレヘニヤも来た。このまま父親トークからは離れてしまおう。
「ナーとドゥって昔から仲良かったの?」
「お? じゃあ話してやろっかナー」
……こんな『幼馴染みのペアに振る定番中の定番』をようやっと話題にする辺りも含めて、やっぱりワンワンのコミュニケーションスキルは放っとけねー感が強い。
損な性格だよナー? 私もドゥも。
ジョギング中は割と雑談していることが多い。ぺース走の練習も兼ねてるから、あえてペースを乱すような負荷をかけてるんだ──とかいうのは建前な気がするけど。喋りたいだけナ。
「ドゥとは幼稚園から一緒だったし、私はずっと仲良くなりたかったんだけど。ガードが固くて4年生くらいまでは邪険にされてたよナ?」
「ふひィ……い、今以上に陰キャであった
「陰キャとか以前にレースに人生捧げ過ぎだったナ。立派な競走ウマ娘にならなきゃいけないって」
そう言うと、興味なさそうだったベレヘニヤの耳がこちらを向いた。分かりやすいナー。彼女の家は競走ウマ娘が多いんだっけか。プレッシャーとか義務感とか……その辺でドゥに共感や仲間意識を抱くのは、半分だけ正しくてもう半分は大間違いだ。
まぁ笑い話の類である。ドゥは恥ずかしくて自分では話せないみたいだけど、むしろ笑い飛ばして欲しいらしいし。
「ベレヘニヤ。ドゥの髪、誰かに似てると思わないかナ? この赤みがかった鹿毛と、ちょっと変わった形の流星」
「ドゥームデューキスが?
……その組み合わせ、まさか!!?」
「え、誰のこと誰のこと?」
ワンワンが有名人の外見に詳しくないことは今更驚かない。でも名前は間違いなく知ってるはずだ。
「ドゥラメンテさん!?」
「え、そーなの!?」
そうだと思って見ればちょっと似てるよナー? 少なくとも色味は近いし、私がドゥって呼んでるのも『そういうこと』っぽいもんナー?
「ふ、ふひ…………赤の他人でございますゥ……」
「あ、危ないよベレヘニヤ」
ベレヘニヤが
分かるけど同情はしない。ドゥの方がもっと可哀想だったから。
「ドゥも『自分はあのドゥラメンテの娘なんだ』って誤解してた」
「は? なんでそんなことに」
「おばさま──ドゥのお母さんは本当に瓜二つでナ。他人の空似なんだけど」
「それだけのことで?」
「そっくりさん芸人・ドゥラメンタ*としてテレビにも出てたナ。だから家には勝負服っぽい衣装もあったし」
「「…………」」
「お、お恥ずかしィ……」
ワンワンたちからの視線がじっとりと湿る。呆れもあるんだろうし……哀れみも、ある。それは正しい。つまりドゥは思い違いで自分を追い込んでいたんだから。
おばさまもシングルマザーとして余裕が無かったんだろうけど……でもドゥにはきっと素質があって、ポニーカップなんかで勝てていたのも事実。応援したくなる気持ちは分かる。私だってドゥの走りに灼かれた側だし。
「まぁさすがに誤解させたままってのも可哀想だから、ちゃんとおばさまからネタバラシはされたんだナ──
「あまりにも遅くないかしら?」
「私もそう思う。でも言われるまで気付かねードゥもドゥだナ? そもそもドゥラメンテさんとは歳が近すぎるし」
「そうね」
「確かに」
「ふひィ……」
ワンワンにまで頷かれるのは割と大ダメージ。ドゥはペースを落としかけてどうにか踏みとどまる。
ともかくドゥは本当のことを知った。トレセン入学の直前に。
「……入学辞退とか、考えなかった?」
「それは無いぞワンワン。私の勘違いと、ナーとの約束は別だから」
「おぉ、なるほど」
ドゥの断言にちょっとばかし照れる。あとかなりプレッシャー。
一緒にトゥインクル・シリーズを走ろうとは言ってるしその為に頑張ってもいるけれど、どこまでついて行けるかは怪しいってのが正直なとこ。距離適性の違いは脇に置くとして、ドゥは真面目にGⅠとか目指せる器だから。
「まぁ……色々考えは……した。視野の狭さとか、ナーへの依存とか。ぅウ……恥しか無い人生……」
「ていっ」
無駄にネガティブモードに入りかけたドゥを軽いチョップで立ち直らせて(ワンワンは見慣れた光景だ)軌道修正する。
ドゥの生き方に恥ずべきことなんて無い。
「そんなわけで、ドゥの方から言い出したんだよナ。ワンワンのこと放っとけないって」
「あ、そうだったんだ。ありがとう!」
「ふぇ、ふヒ……でででも声かけたのはナーで」
「私は気にしてただけで踏み出さなかったよ。複雑な事情とかありそうだしさ」
「あの貧弱さだものねぇ」
「だよナー?」
入学直後から目立ってたワンワン。その頃の接し方は私もベレヘニヤと一緒だ。観てるだけで積極的には手を貸さなかった。
そりゃ困ってる現場に居合わせたら空気読んで手伝うけどナ。それ位はベレヘニヤ含めてみんなやってたわけで。
ただ、ドゥが気にかけたのは非力さについてじゃない。視野の狭さ、レース以外への興味の無さ、常識のアンバランスさ──まぁ自省をそのまんま反映しただけというか、ドゥもどんぐりの背比べというか。
ワンワンはドゥのことを『色々教えてくれる』みたいに思ってる節があるけど、それってドゥが最近学んだことをドヤってるだけだったりする。まぁ躓くポイントが似てれば伝えやすいんだろうからわざわざ言わないけど。
「ていうか、結局5月に何があったのよ」
「ウマソウルが急成長した──っぽい?」
「それ訊いちゃって良かったのナ?」
「別に隠してないよー」
わー、私とドゥが訊けずにいたことがあっさりと。というか競い合うライバル的には隠すべきポイントのような?
だけどベレヘニヤは『訊けば答える』ことを予想してたらしい。
「このバ鹿びっくりするほど開けっぴろげだし、だからって知ったところで対策なんて取りようが無いのよ」
「む。ベレヘニヤからバ鹿って言われるのはなんかイヤ」
「ムーンカフェには毎日のように言われてるじゃないの」
「ムンちゃんは良いの。ベレヘニヤは……そうだ、私に勝ったら好きに呼んでいいよ」
「それ死ぬほど嫌味だって分かって言ってる? いえ分かってないでしょ?」
ベレヘニヤに1票。ワンワンの立場からそれを言うのは割とえげつない傲慢さだ。
──そう、私はきっとこっち側。
「悔しかったら勝てばいいんだよ」
「ふひ。じゃあ私はワンワンに“先生”って呼ばせよゥ」
……おぁー。思わずベレヘニヤに目をやってしまった。なんか向こうもこっち見てて視線がぶつかる。溜め息をつきかけて双方飲み込む。やれやれ。
「お? いいよドゥ、私に勝ったらねー?」
「ホープフル……はまだ厳しい。クラシックでは追いつくぞゥ……」
「どんとこーい!」
こういうトコなんだよナー。血筋とか関係なしに、ドゥの気質は『あっち側』だ。ワンワンは言うまでもなく。
多分、競技者としては何も間違ってない。
『こっち側』──私やベレヘニヤの方が不純とさえ言える。
でも、ずっとこっちに居ようとは思わない。
ドゥのため? それはある。他の理由は分からない。だけどとりあえず、バ鹿にバ鹿と言ってやりたい気持ちも確実にある。
えーと、12月後半はホープフルステークスでムーンカフェと再戦だってワクワクしてたナ。ドゥはそこに出ることを目指してるけど私に2000mはちょっち長い。なら別の何処か。
「「──12月前半の予定は?」」
おっと。ベレヘニヤと……ベレーと言葉がかぶった。
ワンワンは
「阪神ジュベナイルフィリーズ。2人とも出てくれるの?」
「人をナチュラルにバックダンサー扱いするのやめなさいよ!」
「? ……あ、そんなつもり全然無かった」
「ベレー、ワンワンは言葉選びが終わってるだけで悪気は無い。許せとは言わんけど怒っても疲れるだけナ」
「ナーサリーもドゥームも、よくコイツとつるんでられるわね……?」
深く考えないことだナー。考えちゃうとどうしてもワンワンとトレーニングする時のナニカ*が頭を
少なくともワンワンは悪いやつじゃない。
人を傷つけるようなことも……意図的には、しない。
「……そう言うベレヘニヤだって友達いなくない……?」
「ワンワン、それ思っても言っちゃいけないやつナ」
「わっ、ごめんベレヘニヤ!」
「謝るのも不正解ナ?」
「じゃあどうしたらいいの!?」
正解なんてものは無い。ベレヘニヤがどうしたいかだ。
ただ、不正解は山ほどあるけれど。
「あ、私友達になってあげようか!」
「あんたねぇぇぇ!?」
それは怒る。怒られた方がいい。ベレーはワンワンの後ろからペースを上げて追い立てる。
「わ、わっと? ペース上げすぎだよベッちゃん!」
「ベレヘニヤって呼びなさい!」
「私が勝ったのに?」
「なんでもレースで決めるんじゃないわよ!」
それはそう。怒られてるのにワンワンは追いかけっこ気分で楽しみ始めてるし。走りが全てかよっていう──全てなのか。壁を感じるナー。
私とドゥはペースを守っているので自然と背中を見送ることになった。
「……ふふ、ナーもずいぶん染まってる」
少し距離が空いたところで、何やら心外なことを言われた。
「え、私が? ワンワンに?」
「そう」
「失礼な。私は常識的一般ウマ娘だナ」
私のどこがあのUMA娘に──、
「ホープフルステークスに出るウマ娘が、12月前半もどこか走るとは普通思わねぇんだよゥ」
「それもそうだ!?」
──ヤバい染まってたナ。言われるまで全然気づかなかった。
あいつ、周りの常識を破壊する能力とかもあるのかも知れない。こわぁ……。
※12月の話で改めて触れますが、ベレヘニヤは阪神JFに出走しません(できません)。ナーサリーは出ます。