ボゥ先輩のスプリンターズステークス勝利を盛大にお祝いしたり、ナーやドゥとのジョギングにベレヘニヤが加わったり、私の神機操作がちょっぴり(?)進歩したり、アナさんの【ブラッドアーツ】とやらに全く進展が無かったり……色々やってる間に10月も半ばを過ぎた。
さぁドンナさんと再戦するなでしこ賞までもう少し……というところで。
思いがけず連絡が入って、人と会うことになった。
人と、なんて言い方は良くないかな。
メールのやり取りこそしてたけど、もう半年も顔を合わせずにいた──お父さんなんだから。
『大きくなった』と言われるのは構わない。本当のことだし、お父さんが体育教師としての目線で筋肉の付き方とかを見てたのは分かるから。
だけど『よく喋るようになった』はどうだろう? 私、昔から割と口数は多かったはずなんだけど。
「口数は、な。だが以前は……今だから言うが、割と適当に喋ってたろ。深く考えずに『それらしいこと』を返すようなクセがあった」
「…………」
「分かってる、あれも努力の結果だろうし、だから責めてもいない。ただ変わったなと言ったんだ」
む、う。小学生までの私なら猛反発しそうだな。
でも的外れではない。私は──ボゥ先輩と知り合った頃の私を顧みれば──沈黙を恐れるみたいに喋っていた。適当というか考え無しというか……うん。
「そうやって黙ることもあまり無かったな、良い変化に見える──そうでなくても大きな変化だ。きっと出会いにも恵まれたんだろう」
「それはそう思うよ」
先輩たち、ムンちゃんたち、サキさんやギンさんも。
まぁ一番影響大きいのはアナさんだろうから、ちょっとありのままには話しにくいんだけど。
「心配していたような不味い状態じゃなさそうで少し安心したよ。実感としてはどうだ?」
「……メールは、マメにしてるでしょ」
「レースの日付だけじゃなくて、どう思ってるとかを聞ければ嬉しい」
「うーん……愉しい、かな。レースは特に。練習もそこそこ」
「それは良かった」
少し前にドゥにも言ったけど、お父さんのことは嫌いでも苦手でもない。ただ今もウマソウルを崇める厄介ファンが煩いから、アナさんが抑えてくれてなおちょっぴりムカムカ来てしまうのだけど。
うるさいなぁGⅠ勝ったら実家帰るってば! なんて、もちろん口には出せないわけで。
そんな風にモヤモヤしていたら、お父さんは予想もしていなかった提案を投げてきた。
「もし、そうすることがプラスになるならの話だが」
「うん?」
「今度は母さんも連れてこようか」
「んえ!?」
あ、あー、そうなるのか。お父さんとしては、私のメンタルが思ったより悪い状態じゃないと見たから。
「『GⅠに勝つまで帰らない』とは言ってたけど、会わないとは言わなかっただろ。家でなければ会えるじゃないか」
「そうだけど……」
あれが勢い任せの放言に過ぎないことも、そんな言葉すら嘘にできない不器用さも、分かってくれている。レースの方にも気を遣ってくれて。
「俺も母さんも、レースやライブは全部観てる。録画もばっちり残してるからな」
「消して」
「ヤだよ」
「観ないで」
「断る」
「……私がいる場所では観ないで」
「分かった、母さんにも伝えておく」
お父さんはこういう……事務的というか淡々というか、言葉を飾らない人だ(私からのメールが出走予定を連ねた事務連絡みたいになるのはこの父の影響だと主張したい)。それは私の気質と合っている──お母さんからは『子供が無理して
逆にお母さんはこういう会話ができない人。
仮に顔を合わせたら、会話の端々に『大丈夫?』『無理してない?』『休みなさい』とかがくっつくタイプだ。そんなのはサキさんが全部やってくれてて、無理なんかしたくてもさせてもらえないんだから、全部『大丈夫』としか言えないじゃん。でもそう答えたら『またそうやって聞き流して』みたいな。
要するに苦手。
苦手な
「今はまだ、ちょっと……会いたくないかな」
「そうか、ならいい。距離と時間をおいたことで母さんも色々考えたようだし、時機を待つのも良いだろう」
うーん……まぁ昔なら私のレース映像なんか『心臓が止まっちゃう』とか言って目を逸らしそうだもんね。観ていられるなら前と同じってことはないんだと思う。たぶん。
だけど『時機を待つのも良い』というなら、今日は何かきっかけがあったんだろうか。
「……お父さんは、どうして急に?」
「あぁ、これを読んでな」
言いながら鞄から取り出されたのは──月刊トゥインクル。その最新号。
「ぐぇっ」
「なんて声出すんだ」
「いや、なんか恥ずかしいよそれ」
「恥ずかしいものか。立派なことだぞ」
今月号の目玉特集は、芙蓉ステークスで激闘を繰り広げたジュニア級2人のロングインタビュー。言わずもがなムンちゃんと私のことだ。もう売られてるとか早くない?
表紙も私たちの写真なので、なんかこう直視できない。恥ずかしい。
「それで……えっと、その雑誌がどうかしたの?」
「年末にまたこの子と競うんだろう?」
「うん、その予定」
雑誌のインタビューでも話した通り、私たちはどちらも『決着がついた』とは思っていない。
いやまぁ『選抜レースで手抜きしてた疑惑』はとっくに晴れてたらしいから、私にとっての大きな目的は達成済みなんだけど。勝負はまた別だからね。
「俺や母さんとのことが、
「…………」
お父さんは一体どれだけ……今も言いかけた言葉を飲み込んだように、無数の落とし穴を避けるみたいな気配りをしてくれてるやら。
今日顔を合わせてから──ううん、思い返せば最近のメールでもずっと──私の
「……負担かもって思うようなところ、あった?」
「気付いてないのか」
「うーん? ゲラのチェックってことで目は通したはずだけど」
「完成した紙面は見てないんだな? ほら」
うぇー、見開きにされた。完成見本も一応は見たけど薄目でざっと眺めただけなんだよな……。
右端にムンちゃん左端に私、それぞれアップの写真。真ん中の大きなスペースにインタビューの本文が配置されている。その中でお父さんが指差したのは……ページ両端の隅っこだった。
ほんの小さな四角形。中には簡単なプロフィール──名前とか出身地とか好きな食べ物とか──が並んでいるだけだ。
「ここ? ただの一問一答だよね」
「読み比べてみるといい」
「ムンちゃんのと?」
確かに細かくは読んでいない。2つを比べてもいない。
そしてそういう目で見れば、なるほど違いははっきりしている。ムンちゃんの方にだけ、質問がひとつ多いのだ。
「『ご家族について』……私、こんなこと訊かれてない」
「少し目に付く違いではあるが。まぁ読者は深堀りしないと思うぞ、身内に不幸があったとでも勝手に解釈するだろう」
「…………」
これはきっと、というか間違いなく。サキさんがブロックしてくれた結果だ。『アナグラワンワンには家族に関する質問NGで』みたいな。サキさんや先輩たちとの雑談ですら、家族に関することは何にも話せていないから……ここでも知らぬ間に気を遣われていた。
なんだかなぁ。ウマソウルのことを抜きにして恥ずかしいよ。私が私にブーイングだ。
今すぐお母さんに会おうとは逆に思えなくなった。もうちょっと、なんていうかちゃんとしたい。
できることから。
例えばそう、名前とか。
「…………お父さん。お母さんにも伝えて欲しいんだけど」
「うん?」
「私のことは好きに呼んで」
私は小さい頃、両親から与えられたヒトとしての名*を受け入れるより先に、ウマソウルの名を識っていた。誰かから呼ばれるまでもなく、私にはアナグラワンワンと名札がついていた。
お母さんは最初それを喜んで、ソウルの名前で呼んでくれて。もしくはワンワンに
私はそれが嬉しかった。そう呼ばれるのが好きだった。
……お母さんがそれを止めてしまって寂しかった。
そのことで未だにお父さんに気を遣わせている。
「トレセンでもさ、ワンワンとかワン子とかおバ鹿とか色々呼ばれてるし」
「おバ鹿?」
「あ、イジメとかじゃないから平気だよ、嫌なあだ名はちゃんと断ってる。ただ、どれも呪いなんかじゃないって今は思ってるから──、」
私の非力さがきっかけで、お母さんは本来の名しか使わなくなった。(ちっとも勝てない私を)ウマソウルの名でレースに縛りたくないとか言って。私は私で戸籍名の方を無視するようなこともしちゃったし。
お父さんからはどの呼び方もしにくいのだろう。しにくくさせてしまったんだ。今は気にならない──『アナ』と『グラ』だけは別として、それ以外なら。
こんなことでお父さんを疲れさせる方が申し訳ない。
「──
「……そうか。ちなみに好きな呼ばれ方とかは?」
「んー。
「分かった。本当に大きくなったな、ワオン」
「……そうかな」
「そうとも」
ちなみに、トレセンに帰ったらサキさんにめちゃくちゃ心配された。心配というか、なでしこ賞への出走を今にも取り消されそうな勢いだった。
「なんでですか!? 全然大丈夫ですけど!?」
「だってなんだかワンが急に大人になってる。昔のことを思い出しちゃってしんどいのを隠してるんじゃ……」
お父さんと話してくるとは伝えましたけど。だからご心配は分かりますけど。
今の私、とてもクール。むしろ好調まである。
「久々に親と会ったら精神的に成長したっておかしくないと思いません?」
「ワンがそんな
「流石に泣きますよ私でも」
どうにか出走予定の変更は無しにしてもらったけど、似たようなやり取りを寮室でも繰り返すことになった。
みんな私をなんだと思ってるんだ。
初めての京都レース場。
「よう! 久しぶりだなワンワン!」
「ドンナさん……」
彼女と会うのはデビュー戦以来。
ゴール後の地下バ道に入ってすぐ『また
待ち遠しかったし、ワイルドみを増したドンナさんとの再会は素直に嬉しいよ? ただ、予想外の再会も多くって。
「今日ここで再戦すること、言いふらしました?」
「え、伝えたらマズかったか。あいつ等もリベンジしたいって言うからさ」
「視線の圧が強い……!」
なんか今日の選手、半分近くが知ってる顔なんですが。というかドンナさんと一緒にデビュー戦を走った皆さんですよねぇ……!?
《……? ずいぶん戸惑ってるみたいだが》
『1度でも勝ったことのあるウマ娘って3割くらいなんです。なのにあのデビュー戦を走った中からこんなに未勝利戦を抜けてきた。多すぎます』
《そんなことか。【喚起】の影響と彼女らの努力だろ》
『そうですけどぉ……!』
「ワンワン?」
「あ、と。私も口止めとかしませんでしたし、驚いただけで」
おっとっと、ドンナさんはダートメインなのと学年も上だから普段はほとんど顔を合わせないのだ。私の奇癖にも慣れていない。突然黙ったらびっくりするよね。
「愉しみです」
「おうオレもだ! 覚悟しとけよ〜?」
「皆さんの方こそ!」
頭を切り替えて、なでしこ賞。ダート1400m。
途中に大きな上り下りがある他は平坦だし、スターティングポケットから200m弱は芝である。相対的に私には有利なコースと言っていいだろう。
デビュー戦ではドンナさん以外(3着以下)とかなり差がついたけど、今日はどうなるかな。あの日のままってことはありえない。
私は……盾を帆にする使い方は明確なレベルアップと呼べる。他は微妙だ。据え置きまたは僅かにレベルダウンしてそうな部分。完全に未知数な部分。
未知といえば相手の“領域”も。大体分かってるのはドンナさん含む4人くらいで、他の人たちはダート故のデータ不足でサキさんの予測も働かないとのこと。
総じて──序盤は割と出たとこ勝負だ。いつものことだね。
最終的にはドンナさんとの激突になると思うけど、そこでもどうなることやら。
……だから、さ。
『なんか暗いですよーアナさん。気負わずいきましょうよ』
《練習でできなかった【ブラッドアーツ】が本番なら成功するなんてことあるのか……?》
『不発だったら成功するまでやればいいんです』
《そんな機会は恐らく無い、と話さなかったか?》
『あぅ。そうでしたね』
《…………私がグラに
いやいや。
気負って欲しくはないけど落ち着けとも思っていない。落ち着くよりもきっと勝率の高いやり方がある。
『愉しみましょう。“ヴァジュにゃん”から逃げ切るだけ──きっとそう簡単にはいかないんですから』
《……大物だよ、グラは》
褒められちゃった。照れるぜ。